The Days of Multi第五部第20章 投稿者: DOM
The Days of Multi
第5部 Days with Serika
☆第20章 美少女楓 (マルチ25才)



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<おもな登場人物>

 柏木耕一  鶴来屋の副会長。
 柏木楓   千鶴の妹。実は耕一の「正妻」。メイドロボ体だが、本物の楓の魂を宿す。
 柏木芹香  耕一の妻。来栖川グループの会長。
       仕事の関係で、耕一と別居を余儀なくされている。
 柏木香織  耕一と芹香の娘。隆山第一高校に通う一年生。
       容姿は芹香そっくりだが、明るく活動的、やや脳天気。
 佐々木浩  香織の幼友達。隆山高校の一年生。
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 ある日、香織が学校から帰って来ると、門前にたたずむひとりの少年がいた。

(あ? …あれは…)

 後ろ姿に見覚えがある。

「浩ちゃん?」

 名前を呼ばれた少年はびくっと振り返ると、

「あ… か、香織…か?」

「久しぶりだね。」

 香織は、幼友だちに会って上機嫌だ。

「何か用?」

「いや… 用というほどでも…」

「ふうん? …今日は部活はないの?」

「…俺、部活、やめたんだよ。」

「ええ? どうして?」

 香織が目を丸くする。

「ま… いろいろあってな。」

「そうなの…」

 香織の方も、部活や学校のことではいろいろあったから、同情的だ。

「それじゃ、時間あるんだね?
 ちょっと寄ってかない?」

「え? …でも、悪いから…」

「そんなことないって。どうぞどうぞ。」

 香織は浩の手を引いて、門内へといざなった。

「お、おい…」

「そう言えば、古なじみのわりに、
 お互いの家には入ったことなかったよねー。
 …あれ? 鍵がかかってる?
 楓お姉ちゃん、きっとお買い物行ったんだ。」

 香織は鍵を取り出す。

「俺、やっぱり遠慮するよ。留守みたいだから…」

「留守じゃないわよ。私がいるもん。」

 さっさと鍵を開けて邸内に導き入れる。

「お、お邪魔します…」

 浩は、すでに玄関の立派なたたずまいに圧倒されている。

「ささ、ご遠慮なく。」

 香織は浩の様子に気がつきもせず、

「…ここが私の部屋。」

 まっすぐに自分の部屋まで通してしまった。



 広い邸内に、年頃の男女がふたりきり。
 おまけに、女の子の部屋だ。
 浩の方はいよいよ落ち着かない。
 香織の方は全然警戒心がない…ということは、浩を一人前の男性として認識していないことになる。

「今、飲み物持って来るから、待っててね?
 えーと、オレンジジュースと、麦茶と、
 紅茶と、コーヒーと、どれがいい?」

「い、いいよ。いらないよ。」

「遠慮しなくていいってば。今日も暑かったし。
 のど渇いたでしょ? 何がいい?」

「そ、それじゃ… 麦茶くれ。」

「かしこまりました、旦那様。」(おじぎ)

 香織はおどけて、来栖川邸のメイドロボの真似をしながら、台所へ向かった。

(だ…旦那様!?)

 浩はいよいよ焦りながら、落ち着きなく視線をさまよわせた。
 女の子の部屋らしく、ウサギのぬいぐるみや、ピンクの花柄のベッドカバーがかわいらしい。
 …ただし、浩は気がつかなかったが、ありがちなアイドルスターのポスターなどは一枚もなかった。
 もちろん、香織が耕一に夢中だからである…
 浩はベッドの存在を意識して、さらに落ち着きをなくしていた。



「…旦那様。お茶をお持ちしました。」

 香織はまだおどけている。

「よ、よせよ。」

「へへ、似合わないか?」

 香織も、浩同様、床に腰を下ろし、麦茶を渡す。

「でも、ほんとひさしぶりだね。
 半年ぶりかな?」

 高校生になってから、会うのは初めてだ。

「そうだな。…おまえ、転校しちゃったし…」



 …浩と香織は、別々の高校に進学したが、同じ隆山市内のこと、その気になればいつでも会える…
浩は最初、そう高をくくっていたのだ。
 ところが、五月になって…

「おい、一高の柏木、知ってるだろ?」

「ああ、有名な美少女だな?」

「あいつ、東京の方へ転校したんだと。」

「ほんとか? …かーっ、惜しいことしたな。
 そうとわかっていたら、早めにデートでも申し込んどくんだった。」

「ばーか、おまえなんか見向きもされねえよ。」

 友人たちのそんな会話が耳に入った。

(香織が…?)

 浩は愕然とした。



「おい、佐々木!! おまえ、この頃たるんでるぞ!!」

「す、すみません…」

 香織の転校を知って以来、時々ぼうっと考え込むようになった浩は、部活の練習中もそのために
2、3回注意を受けた。
 そして、ある日、業を煮やした上級生からこっぴどく叱られたのだ。
 最初のうちは神妙にお叱りを受けていたのだが、もともと浩もそう気が長い方ではない。
 延々と叱り飛ばされた挙げ句、

「お前みたいないい加減なやつは、いくら練習したってものになるわけがない!!
 せいぜいみんなの足手まといになるのが関の山だ!!」

「な… 何だって!?」

 後は売り言葉に買い言葉、その勢いで退部してしまった。



(ふん… あんな部活、やめてせいせいした。)

 今さら他のクラブに入る気にもならず、自然に帰宅部所属となった。
 ところが、夏休みが明けて間もなく、香織がまた帰って来たという噂を耳にしたのだ。
 矢も盾もたまらなくなって、柏木家をのぞきに来たところ、香織と出くわしたわけである…



「…うん。でも、また帰って来たし。」

「…もう、東京の方へは行かないのか?」

「また転校するかってこと?
 やだよ、誰が何と言っても、私は隆山の方がいい。
 実を言うとね、今度だって、
 どうしても帰りたいって、駄々こねたんだ。」

「そ、そうか。」

 少し安心する浩。

「こっちには…友だちもいるし。」

 幼馴染みの浩を除けば、同性の話し相手が二、三あるだけだが…向こうよりはずっとましだ。

「あっちの学校じゃ、友だちはできなかったのか?」

「うん。…やな奴ばかり。」

 エクストリーム部のみんなと、オカルト研究会の「皆さん」は、いい人たちだったけど…

「そっか。…おまえも、苦労したんだな。」



 何となく、ふたりしてしみじみ、という感じになっていると、

「ただいま。…香織、帰っているの?」

 という声がした。

「あ、楓お姉ちゃんだ。…ちょっと待っててね。」

 香織は、浩が来ていることを楓に伝えると、また戻って来た。
 しばらくふたりでお互いの学校のことなど話していると、

「失礼します。」

 という静かな声が聞こえた。
 楓が、ふたり分のケーキと紅茶を持って入って来る。

「佐々木君、でしたね? ご無沙汰しています。
 ゆっくりしていって下さいね。」

 浩は目を見張った。
 楓とは以前に何度も顔を会わせているはずだが、最後に会ったのは浩が小学一年生の時。
 今日改めて見ると、楓は目のさめるような美少女だった。
 楓の体は、高校二年生のまま年を取らない。
 もっとも、見た目はそれよりやや幼く、香織と同年かそれより下に見える。
 楓がメイドロボなのは熟知している浩だが、長い髪に大らかそうな目をした香織とはタイプの違う、
日本人形のように端正な顔立ちに、思わず息を飲んでしまうのだ。

「では、失礼します。」

 楓が立って行った後も、何となくぼうっとしている浩。

「浩ちゃん、どうかしたの?」

「え? …い、いや、何でもない。」



 その夜。

(香織。変わってねーな…)

 ひさしぶりに会った、にこやかでかわいい顔が目に浮かぶ。

(楓さんか… きれいな人だなあ…)

 メイドロボの端正な顔立が目に焼きついている。
 …ふたりの美少女の面影を追いながら、なかなか寝つかれない浩だった。



(佐々木君… また、香織と仲良くしてくれるといいんだけど…)

 香織の父親一辺倒が治るチャンスかも知れない。
 楓はそんなことを考えていた。



「パパぁ…」

 相変わらず、父に甘える夢を見る香織。
 父のたくましい腕に抱き締められて、幸せいっぱいだ。
 いつまでもこのままでいたい…

「香織。愛しているよ。」

「パパ。大好き…」

 夢の中のラブシーンは続く…


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