The Days of Multi第五部第19章 投稿者: DOM
The Days of Multi
第5部 Days with Serika
☆第19章 帰還 (マルチ25才)



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<おもな登場人物>

 柏木耕一  鶴来屋の副会長。
 柏木千鶴  耕一の従姉。鶴来屋の会長。
 柏木楓   千鶴の妹。実は耕一の「正妻」。メイドロボ体だが、本物の楓の魂を宿す。
 柏木芹香  耕一の妻。来栖川グループの会長。
       仕事の関係で、耕一と別居を余儀なくされている。
 柏木香織  耕一と芹香の娘。高校一年生。
       容姿は芹香そっくりだが、明るく活動的、やや脳天気。
 マルチ   耕一の妻(のひとり)だったが、自発的に身を引き、芹香の秘書をしている。
 ミリー   量産型セリオ。来栖川邸のメイドロボ。
 長瀬綾香  芹香の妹で、長瀬源五郎の妻。元エクストリームの女王。
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「ママ!! 私、もうあんな学校、やだ!!
 パパの所に帰りたいよ!!」

「…………」

「え? ママと一緒にいるのが嫌なのですか?
 違うってば、学校が嫌なの!!
 どいつもこいつも、陰でこそこそ人の悪口言って!!」

「…………」

「え? ママの時も、ずいぶん陰口を叩かれた?
 そ、そうなの? で、どうしたの?
 え? 聞こえないふりをしていた?
 …私、そんなことできないよ!!」

「…………」

「まだ夢は見るのでしょう、って?
 …いいじゃないの、どうせただの夢なんだから!!
 夢である限り、実害はないわけだし…
 この間の時、パパにはもうばれちゃったし、
 今さら隠す必要もないでしょう!?
 だったら、隆山に帰っても…」

「…………」

「隆山に帰ると、
 パパのエルクゥパワーとの干渉でいよいよ不安定になる?
 知ってるわよ!!
 でも、あの学校に行ってたら、もっと不安定になりそうなの!!
 ええ、ええ、授業中にいきなり立ち上がって、自分の顔を鈎爪でひっかくか、
 さもなきゃ手当りしだいに生徒を狩りたくなっちゃうくらい!!」

 芹香がいくら説得しても、香織は「隆山へ帰る」の一点張りだった。



 二学期が始まって、一週間も経たないときだった。
 夏休みの間、何とか抑えられていた香織の学校に対する不満は、休みが明けた途端一挙に膨れ上が
り、ついに爆発してしまったのだ。
 芹香の説得も効かず、来栖川邸のメンバーが入れ代わり立ち代わりなだめたりすかしたりしたが、
やはり効果はなかった。
 大体、香織が最も信頼している芹香やマルチが説得しても頑として言うことを聞かないという事実
が、その積もり積もった憤懣の凄さを表わしている。
 ほとほと困った来栖川家では、マルチと並ぶもうひとりの母親代わりである楓に、最後の望みを託
すことになった。



「もしもし、楓お姉ちゃん?
 …うん、香織よ。話は聞いてくれたんでしょ?
 …そうよ、どうしても帰りたいの。
 …ううん、こっちの人はみんないい人だし、ママもいるし、
 そういう意味では楽しいけど…
 問題は学校よ、学校!!
 母さんにも言ったけど、
 今にもエルクゥパワーを爆発させそうになるのを、
 かろうじて我慢している状態なのよ!
 いくら何でも、まずいでしょ!?
 この力を公然と使って、おまけに人を傷つけたりしたら?
 …え? …楓お姉ちゃん!! お願いだから我慢して!!
 香織も、夢を見られても気にしないことにするから!!
 …やだ、どうしても帰りたいんだよー!!」

 楓の説得も失敗したようだ。



 残るは耕一くらいだが… 娘にこの上なく甘い耕一では、逆に言いくるめられて、帰還の許可を出
してしまいそうで、かえってまずい、ということになった。



 香織は、駄々をこね出して以来、学校に行っていない。
 日中は部屋に閉じこもっている。
 別に家人をシャットアウトしているわけではなく、誰かが話があると言えばちゃんと迎え入れるの
だが…いかなる説得にも、頑として首を縦に振らないのである。



「…ったくー、あの娘が言い出したら聞かないのは知ってたけど、
 まさか、ここまで強情を張るとは思わなかったわ。」

 綾香がため息をつく。
 連日の説得工作も功を奏さず、疲れた顔だ。

「ありゃ、よっぽど学校が嫌なのか、
 よっぽど義兄さんの傍にいたいのか、
 その両方なのか、だわね。
 …いっそ寺女にでも転校させたら、とも思ったけど、
 考えてみると、あの自由な東風高校でも我慢できないというのに、
 窮屈なお嬢様学校なんか行ったら、それこそ大暴れしかねないし…
 …こうなったら、本人の言う通り、隆山に帰してやったら?」

 ふるふる

「…そんなに、例のエルクゥパワーの干渉による暴走って危険なの?
 え? 極めて危険です?
 そう… それじゃ、おいそれと帰すわけにもいかないのね?」

 危険の意味あいが違うのだが…



 しかし、結局は…

「ただいまーっ!!」

 元気いっぱい柏木家の玄関に駆け込んだ香織。
 来栖川家からは、道中の護衛(監視役?)も兼ねるため、メイドロボのミリーが付き添って来ている。
 …香織の頑なな主張の前に、周囲もついに折れたのだ。

「…お帰りなさい。ほんとにしょうのない子ね。」

 楓が苦笑しつつ迎える。

「ごめんなさい、わがまま言って。」

 チロッと舌を出す香織。

「仕方がありません。
 その代わり、できるだけの用心をしないといけないので、
 そのつもりでね。」

「うん!」

「−−それでは、私はこれで…」

「ミリーさん、どうもお手数かけました。」

「皆によろしくね!!」

 隆山に帰ることができて上機嫌の香織は、にこやかな笑顔でミリーを見送った。



 夕方。

 ガラガラガラ…

「ただいまー。」

「ただいま帰りました。」

 トテテテテテ…

「パパ!! 千鶴お姉ちゃん!! お帰りなさい!!」

 早速父親に抱きつく香織。

「おやおや…
 何だか前よりも甘えん坊になったんじゃないか?」

「だってぇ… 会いたかったんだものぉ。」

 口をとがらしながらも、父から離れようとしない香織。

「香織。それじゃ耕一さんが靴も脱げないでしょう?
 甘えるのは後にしなさい。」

 楓がたしなめると、

「はーい。」

 と従ってみせた。



 夕食。

「お? この味噌汁は、香織の作だな?」

「そう!! わかってくれた!?」

「そりゃ、香織の味付けは天下一品だからな。」

「えへへ、うまいこと言って。」

 と言いながらも、嬉しそうに父の腕にしがみつく香織。

「おいおい、味噌汁がこぼれちゃうよ。」

 と言いつつ、相好を崩している耕一。

 仲のよすぎる父娘の姿に、早くも憂慮の眉根を寄せる、千鶴と楓であった。



 「用心」のため、耕一は当分、寝るときだけ鍵のかかる部屋を使い、睡眠薬を用いることになった。
 香織が一時的にエルクゥの欲求に飲み込まれて妙な気を起こしたり、耕一に無意識の信号を送って
刺激的な夢を見せたりしないようにである。
 高校生の香織に睡眠薬を使わせるのはいささか危険そうなので、見合わされた。
 従って、自動的に楓も香織の夢につき合わされることになる。



 たそがれ時の隆山の海岸。

「パパ!! 帰って来たよ!!」

 父親目ざして香織が駆けて来る。

「香織!! 待っていたぞ!!」

 耕一が、香織を抱きとめる。

 ふたりは、いつまでもいつまでも抱き合っていた…



(ふうっ… よかった、あまり過激な夢を見なくてすんだわ。)

 どうやら、今のところ、父のもとに帰れた嬉しさで、満足しているらしい。

(ずっとこの調子なら、あまり心配かけなくてすむんじゃないかしら?)



 香織は、もとの隆山第一高校に戻って来た。
 ここでも噂はないわけではないが、いくら何でも「父と娘の秘密」などというのはない。
 香織は、ほっとした気分で、学校生活を取り戻すことにしたのだった。


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原作(そんなたいそうなものか?)では、学校への不満をつのらせた香織が、
現実逃避を始めてまた危険な夢を見るようになり、
それと知った芹香と楓が、これでは耕一から離れて暮らす意味がないと、
しぶしぶ隆山への帰還を認めることになるのですが、
夢ばかり続いてくどいようなので、削りました。


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