The Days of Multi第五部第18章 投稿者: DOM
The Days of Multi
第5部 Days with Serika
☆第18章 孤立 (マルチ25才)



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<おもな登場人物>

 柏木耕一  鶴来屋の副会長。
 柏木芹香  耕一の妻。来栖川グループの会長。
       仕事の関係で、耕一と別居を余儀なくされている。
 柏木香織  耕一と芹香の娘。高校一年生。
       容姿は芹香そっくりだが、明るく活動的、やや脳天気。
 マルチ   耕一の妻(のひとり)だったが、自発的に身を引き、芹香の秘書をしている。
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 コンコン…

「香織さん? マルチですぅ。
 入ってもよろしいですかぁ?」

「あ… マルチお姉ちゃん… どうぞ。」 

 ふてくされてベッドに寝転がっていた私は、慌てて起き上がると、目をごしごしこすった。
 ちょっぴり涙ぐんでもいたからだ。



「失礼しますぅ。」

 マルチお姉ちゃんは、いつもの笑顔で紅茶の用意を持って入って来た。

「お茶をお持ちしたんですぅ。」

「わざわざごめんなさい。」

「いえいえー。」

 香のよいハーブティーだ。
 マルチお姉ちゃんは、私の隣に腰を下ろしている。
 私が落ち込んでいる様子なのを見て、慰めに来てくれたんだろう。



「…ねえ、マルチお姉ちゃん。」

「はい、何ですか?」

「マルチお姉ちゃんの初恋って、東風高校の時なんだよね?」

「え? …え、えーと…」

 予期せぬ質問だったのだろう。
 お姉ちゃんは赤くなってどぎまぎしている。

「ひろゆきさん…だっけ?」

「ご、ご存じでしたか?」

「よく知らない。
 ママのアルバムで、
 その人がマルチお姉ちゃんと写っている写真を見ただけだから。」

「そ、そうですか?」

 少し安心したようだ。



「マルチお姉ちゃん…
 その人との恋が実ったんでしょ?
 良かったね?」

「ええ。私は本当に幸せなメイドロボですぅ。」

 お姉ちゃんの笑顔に偽りはない。
 ちょっぴり羨ましいな…

「ふーん…
 毎日恋人に会えるんだから、学校も楽しかったでしょう?」

(私とは大違い…)

「ええ、それはもう…
 でも、私、あの学校にはあんまり行ってないんですぅ。」

「え? どうして?」

「最初の運用試験の時は8日間だけでしたし、次の時は…」

 マルチお姉ちゃんが口籠る。

「どうかしたの?」

「…次の時は、ご主…浩之さんが卒業するまで、
 一緒に通えるはずだったんですが…
 私が退学になってしまいまして…」

「退学!?」

 マルチお姉ちゃんが?
 とても、そんな問題を起こすようなタイプには見えないけど…

「一体どうして?」

「…私と浩之さんが、恋人同志だったからですぅ。」

「それのどこが悪いわけ?」

「メイドロボが、人間の恋人になって、一緒の高校に来ているのは、
 よくないということでした。」

「そんな馬鹿な!!」

「本当ですぅ。
 …でも、そのおかげで、私は、浩之さんのお家で、
 住み込みの運用試験をさせていただけることになりましたから、
 かえってよかったんですぅ。」

 相変わらず笑顔で語るマルチ。
 しかし、香織は、自分が通う高校への嫌悪感をさらにつのらせていた。



 香織は、「エルクゥ耳」をそばだてていた。

 ひそひそ…

 ガラッ

 香織が開けたのは、隣の教室のドアだった。
 何人かの生徒が香織を見て絶句している。
 さもあろう。例の噂をささやき合っていたのだから。

「今のお話、もう一度聞かせてほしいんだけど…?」(にっこり)



 香織は、人の思惑に構わず、噂の出所と思しき生徒を片っ端から吊るし上げていった。
 おかげで、一ヶ月もすると、少なくとも香織の耳に入る範囲で噂をささやく者はいなくなったが、
今度は眠り姫に代わって「スケバン」とか「暴力女」とか呼ばれるようになってしまった。

 しかし、香織は意に介さなかった。
 この高校に幻滅していたからだ。
 もちろん、敢えて仲間を求めることもとっくにやめている。

(こんな連中と仲間になんかなるもんですか…)

 もはや香織に話しかけるクラスメートはいなかった。



「おまえが柏木だな?」

 中庭の掃除をしていた香織に、数名の男子が近寄って来た。

「そうですが?」

 相手は三年生らしい。見るからにガラが悪そうだ。

「弟が世話になったそうじゃないか?」

「弟?」

「とぼけんなよ!
 お前の悪口を言ったとか因縁つけて、
 投げ飛ばしたそうじゃないか?」

「誰のことでしょう?」

「C組の塚本だ!
 知らねえとは言わせねえぞ!?」

「ああ… 因縁なんかつけてません、
 本当に悪口言っているのを、この耳で聞いたんですから。
 それに、投げ飛ばそうとしたのは確かですけど、
 その前に自分でひっくり返って転んじゃったから、
 私は投げていません。
 …しっかし、ふがいない弟ねー、
 自分が悪いくせに、
 兄貴に言いつけて仇をとってもらおうなんて。」

 香織は軽蔑したように言い放つ。

(パパとは大違いだわ…)

「な、何だとぉ… この!!」

 男はパンチをくり出す。
 香織は軽く流して蹴りを決める。
 …轟沈。

「こいつ!!」

 一斉に飛びかかる男たち…



 香織が三年生の男子数名を、ひとりでノックアウトしたことは、当然瞬く間に学校中に広まり…
 以後、良かれ悪しかれ彼女に近づこうとする者は、ひとりもいなくなった。



 香織はいよいよ周囲から孤立していった。


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