The Days of Multi第五部第17章 投稿者: DOM
The Days of Multi
第5部 Days with Serika
☆第17章 噂 (マルチ25才)



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<おもな登場人物>

 柏木耕一  鶴来屋の副会長。
 柏木楓   実は耕一の「正妻」。メイドロボ体だが、本物の楓の魂を宿す。
 柏木芹香  耕一の妻。来栖川グループの会長。
       仕事の関係で、耕一と別居を余儀なくされている。
 柏木香織  耕一と芹香の娘。高校一年生。
       容姿は芹香そっくりだが、明るく活動的、やや脳天気。
 マルチ   耕一の妻(のひとり)だったが、自発的に身を引き、芹香の秘書をしている。
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「香織…」

「パパ…」

「会いたかったよ。」

 耕一は香織を抱き締める。

「私も。」

 香織も抱きつく。

「それじゃ、早速…」

 耕一は蝋燭を取り出す。

「パ、パパ!?」

 ぎょっとする香織。

「え? どうかしたか?」

 いいながら、太い蝋燭をケーキに立てる耕一。

「そ…そのケーキは?」

 呆気に取られる香織。

「バースデーケーキだよ。
 香織の誕生日のお祝いだ。」

 蝋燭…いや、キャンドルに火をつける耕一。

「私の誕生日って…まだ先じゃ?」

 不審そうな香織。

「いいじゃないか。前祝いだ。」

「そんなのあり?」

「それとも、ケーキは後にして…」

「え?」

「あっちが先か?」

 香織が耕一の視線の先に目をやると…
 きちんとメイクされたベッドがあった…



 はっ!?

 香織は目をさました。

(夢…)

 例の「思念」とやらを退治して以来、まだ夢は見るものの、ずいぶんおとなしい内容となった。
 耕一とそういうことになる前に目覚めるケースがほとんどだ。

(ちょっぴり残念かも… はっ!?
 い、いけない、いけない。)

 夢を見なくなるまで、隆山には帰れないし…

(本当のパパに会うためにも、頑張んなくっちゃ。)



 すーっ、すーっ…

「…よく…寝てるな…」

 男は、誰にともなくつぶやく。

「そうですね…」

 誰かが答える。

「君… すまんが起こしてやってくれんか?」

「え? ええと…」

 もじもじ…

「(しかたないか…)」

 男はおそるおそる手を伸ばす。

「か…柏木君? そろそろ起きた方が…」

 むずっ!!

「うわっ!?」

 腕を掴まれた教師は、てっきり投げ飛ばされるものと、思いきり慌てる。

 ひしっ!!

「え?」

 香織に抱きつかれて呆然とする教師。

「パパ!! やっと会えたよぉ!!」

 すべすべした頬を教師の顔にすりつける香織。

「か、柏木君!! 目をさましなさい!!」

「会いたかった… え?」

 顔を離して、寝ぼけ眼で教師の顔を見る香織。
 一瞬の静寂。
 そして…

「…きゃああああああああああ!?」

 香織の悲鳴が隣の教室にまでこだました。



 「1−Bの眠り姫」というありがたくないニックネームをつけられてしまった香織は、とかく噂の
的だった。
 転校生にして、学校一の美少女。
 秀才で、スポーツもよくできる。
 かと思うと大ボケ。
 寝惚けて教師を投げ飛ばしたり、抱きついたり。
 (香織を起こそうとする教師は、不安半分、期待半分と言われる)
 なぜか、誰もいないはずのオカルト研究会の部室に足を運んだりもする。
 そして…ひどいファザコン。

 だが、そういう噂は、香織にとって好ましくないにしても、その後でどこからともなく広まった噂
に比べれば、はるかに罪のないものだった。



「知ってる?
 あの眠り姫って、実は来栖川グループの跡取り娘って、
 もう決まってるんですって!」

「来栖川の? どうして?」

「あの娘、来栖川の女会長のひとり娘なんだってさ!」

「へーっ、知らなかった…
 …でも、あの娘、すごいファザコンだそうだけど…
 お父さんは何をしているの?」

「それが可哀相なことに、別居中なんだって。」

「別居?」

「そう。あの娘は母親と一緒に住んでるの。
 父親は、隆山にひとり置き去り。」

「隆山って、確か温泉で有名なところだよね?」

「その通り。何と、あの娘の父親は、
 隆山温泉を牛耳る鶴来屋グループの副会長なんだって!」

「ふーん、大したもんね…」

「ところが、その大したご家庭にも、複雑な事情があるようで…」

「何、複雑な事情って?」

「あの娘は、お父さんに会いたくても会えないのよ…」

「勿体ぶらずに教えてよ。」

「勿体ぶってなんかいないわよ。
 …それでは、皆さん!
 これより、私の入手した極秘情報に基づき、
 柏木香織嬢の知られざる真実をご紹介しまーす!」

「やっぱり勿体ぶってるじゃないの。」

「まずは第一のキーワード! …『不倫』!」

「ええっ!?」

 たちまち人だかりができるのはなぜだろう?

「続いて第二のキーワード! …『継母』!」

「おおっ!?」

 さらに引きつけられる生徒たち。

「そして、最後のキーワード! …『父と、娘の、ひ、み、つ』…」

 ごくっ…



 ふわあ…

 …いけない、またあくび。
 これじゃ、自分から「眠り姫」であることをアピールしているようなもんだわ。
 …と思いつつも、頭は机の方へと垂れ下がり…

(まっ、いっか。昼休憩の終わりまでひと休み…)

 授業中さんざん休んでいるはずなのだが。

(チャイムを聞き逃すと寝過ごすからね。
 …少しだけエルクゥの聴力を解放して…)



「…ふーん… 父親が浮気ねえ…」

 ? 昼メロの話かな…?

「それで母親が家を飛び出した、か…」

 よくある話みたい…

「継母がまた、メイドロボときてる…」

 メイドロボを馬鹿にしちゃいけないよ。
 マルチお姉ちゃんや楓お姉ちゃんなんか、そこらのお母さんより偉いもの…

「で、本人も、実の父親と許されない恋を…」

 やっぱりそういう人っているの?

「妊娠しちゃったそうよ。
 それを知った母親が、慌てて娘を引き取ったんだって…」

 そこまでいっちゃ、まずいよねえ…

「道理ですごいファザコンだよね…」

 ファザコンかぁ… 私もその口かなぁ…

「だけど…ああやって寝ているところを見ると、
 まるで無邪気な子どもなのに、
 人は見かけによらないものねえ…」

 私の他にも寝ている人がいるんだね…

「…え? やだ、あんた、何聞いてたの?
 眠り姫のことに決まっているじゃない?」

 …眠り姫?
 眠り姫って…

 父の浮気…母の家出…継母はメイドロボ…

 …………

 な、なぁにぃーーーーっ!?



 がばっ!!

「あっ!?」

 やおら起き上がって近づいて来る私を見て、狼狽する女子生徒たち。
 この距離で、しかも眠っている私に、ひそひそ話が聞こえるはずがないと思っていたのね?

「…ちょっと、今の話、もう一度してくれる?」

「か、柏木さん、起きてたの?」

「…今の話をもう一度。」

「え、えーと… 何の話?」

「…とぼけないで。」

 すっと目を細め、低い声でささやく。
 知らず知らず、楓お姉ちゃんの真似をしていたみたい。

 …あ、びびってる。

「あ、あ、あの…」

 口をぱくぱくさせている。それじゃ金魚だよ。

「お父さんが浮気して。
 お母さんが家を出て。
 メイドロボが継母で。
 …確かそうだったわね?」

「あ、あ、あ…」

「んでもって、父親との許されない恋の挙げ句、
 妊娠して、引き離された?
 …面白そうねー…
 …で、一体、誰のこと?」

「あ、あ、あ…」

「何とか言ってよ。」

 これじゃ続かないじゃない?

「…そ、そういう噂なのよ!」

 やっと口を聞いたわね。

「噂? …誰に聞いたの、その噂?」

「だ、だから… 噂…」

「噂がひとりであなたのところに歩いてきて、
 勝手に耳に飛び込んだわけじゃないでしょう!?
 誰かから聞いたわけでしょう!?
 誰なのよ!?」

「あ、あ、あ…」

 また「口ぱく」か。



「…よせよ、柏木。」

 少し離れたところにいた男子が、見兼ねたように口を挟んだ。
 私が問い詰めている女の子とつき合っているとかいう子だ。

「学校中の噂なんだよ。
 誰から聞いたかなんて、今さら意味ねーぜ?」

「何ですって?」

 男の子の言ったことと、「口ぱく」の女の子がほっとしている様子とに、私はさらに腹を立てた。

「冗談じゃないわよ!
 そんな根も葉もないこと言われて、
 黙ってろって言うの!?」

「黙ってろとは言わないけどよ、
 その娘を責めても始まらないぜ?」

 私は男の子を無視して、

「さあ、教えて! その噂、誰に聞いたの!?」

 女の子に詰め寄った。

「うう、う…」

 泣き出しそうな顔。

「おい、よせったら!」

 業を煮やした男の子がつかつかと近寄って、私の左肩を押した。

「気安く触んないでよ!!」

 私はその手をはね除ける。
 バシッという音がした。

「いてっ!! …こいつ!!」

 男の子がつかみかかって来る。

「でやっ!!」

「わっ!?」

 私は男の子を思いきり投げ飛ばした。
 派手な音を立てて床に沈む。

「きゃあああああ…!!」

「おい!! 先生を…!!」

 教室内を悲鳴と怒号が飛び交った。



 うるうる…

「わ、私… 自分のことを悪く言われるだけなら、まだ我慢できます。
 でも、パパやママや…家族のことをあんなにひどく言われたら、
 黙っているわけにはいきません。うう…」

 涙を拭いながら担任に説明する香織。
 もちろん演技ではない。本当の悔し涙である。

「そ、そうか…
 うんうん、気持ちはわかる、気持ちはわかるが…
 やはり、投げ飛ばすのはよくないぞ?」

 その痛みは、経験者である教師自身がよく知っている。

「でも…最初に手を出したのは向こうです。
 私は防戦したただけで…」

 うるうる…

「う、ううむ…」



 今後重々気をつけるということで、何とか解放してもらった香織だが…
 家路をたどる足取りは重かった。

(どうして…あんな噂が…
 私…我慢できない…)


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