The Days of Multi第五部第16章 投稿者: DOM
The Days of Multi
第5部 Days with Serika
☆第16章 クラブ (マルチ25才)



 本編第五部第15章からの続きです。

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<おもな登場人物>

 柏木耕一  鶴来屋の副会長。
 柏木千鶴  耕一の従姉。鶴来屋の会長。
 柏木楓   千鶴の妹。実は耕一の「正妻」。メイドロボ体だが、本物の楓の魂を宿す。
 柏木芹香  耕一の妻。来栖川グループの会長。
       仕事の関係で、耕一と別居を余儀なくされている。
 柏木香織  耕一と芹香の娘。高校一年生。
       容姿は芹香そっくりだが、明るく活動的、やや脳天気。
 マルチ   耕一の妻(のひとり)だったが、自発的に身を引き、芹香の第二秘書をしている。
 セリオ   芹香の第一秘書。耕一の影響で、ときどき妙なジョークを言う。
 長瀬源五郎 マルチ・セリオの生みの親。今はメイドロボのカスタマイズを生業としている。
 長瀬綾香  芹香の妹で、源五郎の妻。元エクストリームの女王。
 松原葵   東風高校エクストリーム部の創始者。現在は自分で道場を経営している。
 田口翔子  東風高校エクストリーム部の部長。
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「てぃっ!!」

「はっ!!」

 二つの影が空中で交差する。
 鈎爪のぶつかり合う音がする。
 第一の影は地に着くと、もう一方に飛びかかる。
 第二の影は寸前に身をかわすと蹴りを放った。
 第一の影も身をかわし、大きく飛び退く。

 第二の影が声をかける。

「驚いたわ、香織。
 たった一度手合わせをしただけで、
 ここまで私の動きを身につけてしまったなんて。」

 第一の影が答える。

「えへへ。私、物まねには自信があるんだ…」



 私たちが力を収めて綾香お姉ちゃんのところに戻って来ると、お姉ちゃんは言った。

「…エルクゥの力って…何て言うか…
 ほんと、すごいね。
 それに加えて、これだけの身のこなしがあれば…
 あーあ、やんなっちゃうなあ、
 あたしが昔やってた格闘技なんて、お遊びもいいとこじゃないよー。」

 お姉ちゃんは無念そうに頭をかいている。

「でも、綾香さんは昔、エルクゥの力を使う耕一さんと、
 互角の勝負を演じたことがあるじゃないですか?」

 千鶴お姉ちゃんが慰めるように言う。

「え!? それ、ほんと!?
 パパと互角ですって!?」

 あの強いパパと?

「そうは言っても、あのときの義兄さんは、
 体が変化する前で力をセーブしていたから、
 フルパワーじゃなかったそうだし…」

「フルパワーの耕一さんと一対一で戦って勝てる生物など、
 この地上には存在しません。」

 千鶴お姉ちゃんは言い切った。

 楓お姉ちゃんといい、千鶴お姉ちゃんといい、静かな調子で淡々と話すと、ものすごい説得力がある。

「もちろん、同じエルクゥの力を持つ私たちの中にも、
 太刀打ちできる者はありません。
 力をセーブしていたとはいえ、
 あの耕一さんを危うく倒したかも知れないなんて、
 並の人間にできることじゃありませんよ。」

「パパって…そんなにすごいの!?」

 いくら何でも、そこまでとは知らなかった。

「綾香お姉ちゃんも、すごいんだね?
 そう言えば、今も、力を解放している私たちを平気で見てたじゃない?」

「え? いや、確かにすごい圧迫感を感じて、息苦しいほどだったけど…」

「普通の人なら立っていられません。」

 と千鶴お姉ちゃん。

「少し気の弱い人なら失神しています。
 息苦しい程度で何とか立っていられるというのは、
 綾香さんの力量が並々ならぬものであることの証拠に他なりません。」

「そうかな?
 …ありがとう、少しは気が楽になったわ。」



 夢の問題を解決してもらった私は(あうー、思い出すだけでも恥ずかしい!)、せっかく千鶴お姉
ちゃんが来てくれたので、無理を言って、例の身のこなしを教えてもらうことにしたのだ。
 幸い、昔綾香お姉ちゃんが使っていた練習場が来栖川邸内にあったので、思う存分体を動かすこと
ができた。

 聞けば、この動きは、千鶴お姉ちゃんが自ら訓練して身につけたもの(「鬼退治」のためとか言っ
てたけど詳しくは教えてくれなかった)と、お姉ちゃんの前世であるリズエルが習得していたエルクゥ
の武術を組み合わせたものなのだそうだ。
 道理で、部長や松原先輩が、「見たことのない動き」と不思議がっていたわけだ。

 それにしても…千鶴お姉ちゃんって家事に関してはとことん不器用なのに、この動き(実戦用)の
すごさったら…昔よく、梓お姉ちゃんが千鶴お姉ちゃんに睨まれて青くなっていたけど、それも無理
はないと納得してしまう。



 数日後。
 私は例によって、「見よう見まね」でいくつかの型を覚えさせてもらいながら、エクストリームの
練習に励んでいた。

「はい、そこまで!!」

 部長の声が響く。

「では、今日は、先日知らせておいたように、
 試合形式で練習をします。
 一本勝負で行ないます。」

 対戦相手が発表される。
 うちの部は男女合同だが、こういうときはむろん男女別だ。
 初めに男子の部の試合があった。男子部員は8名で、四試合が行なわれる。
 なかなか熱のこもった試合だった。

 次が女子の部。女子は私を入れて14名。
 三試合目に部長が登場。
 相手は中堅どころの女の子だったけど…秒殺って感じ。
 わ、私… 知らないこととは言いながら、あんな強い人を投げ飛ばしたわけ!?

 五試合目に私。
 相手は、私より頭ひとつ高い、がっしりした女の子。
 皆が口々に「中島さん、頑張れー」と応援している。
 す、すごい声援。気後れしそう…

 そのとき、「柏木さん、頑張ってー」という声が…
 見ると、私を勧誘に来たふたりだ。
 ありがとう、とことん面倒見てくれるのね?

 中島さんもかなりの実力者みたい。
 何とか例の投げででも、一本取りたいんだけど…
 幸い、千鶴お姉ちゃんにみっちり仕込んでもらったから、身のこなしも、投げや蹴りや突きも、数
段パワーアップしたはず。



 …因みに、千鶴お姉ちゃんは、最後に呆れ顔で言ったものだ。

「あなたって、ほんとに物まねがうまいのね?
 …もう教えることがないわ。
 あとは、今まで覚えたことを、できるだけ無駄なく、できるだけ迅速に、
 連続して使えるように工夫しなさい。」



 というわけで、この何日か、私は学校から帰ると、綾香お姉ちゃんの練習場で工夫を重ねていたのだ。
 でも、実践ではどうだろう?

「レディー…ファイト!」

 中島さんは、いきなりラッシュをかけて来た。
 げげ!? ヤバい!!
 …えい! 得意のジャンプで後ろに回る。
 中島さんは私のジャンプを予想していたらしく、振り向きざまキックを放つ。
 私は素早く身をかわし、再び背後を取る。
 中島さんがこちらを向いて牽制の突きを放ったときには、さらに彼女の右側に移動して…
 えい!! 千鶴キック!!(何て言うのか知らないんだもん)
 …見事に決まった。
 中島さん、ダウン。

 痛かった? ごめんなさい。
 でも、試合だから…勘弁してね。



 全ての試合が終わった後、部長がやって来た。

「柏木さん、さっきのキックの入れ方は?」

「あ… すみません、なってませんでした?」

「いえ、そうじゃなくて、とても見事だったけど、
 もしかしてあれも、親戚の方の『見よう見まね』?」

「え? …えへへ、わかりますか?」

 私が舌を出すと、部長も苦笑しながら、

「そりゃね、例によって見慣れないものだったし…
 でも、あなたの動き、
 この間よりずっと無駄がなくなったような気がするんだけど?」

 ううっ、さすがに鋭い…

「…実は、先日、その親戚の人に久しぶりにお会いしたので、
 無理を言って、みっちり仕込んでもらったんです。」

「ほんと? なるほど、そういうわけ…」

 何だか部長の目が光ったような…

「…ところで、よかったら、残った時間で、
 私とちょっと手合わせしてくれない?
 あなたの動き、とても参考になるのよ。」

「い、いえ、とても私には…」

 秒殺されるのも嫌だし…

「何言ってんの?
 この間も、松原先輩と対戦して、いい線いってたじゃない?
 あの、元エクストリームのチャンピオン相手によ?」

「あううう…」

 結局、対戦することになってしまった。
 しかし、松原先輩といい部長といい、少しでも強くなることに命賭けてるみたい…



 ヒュッ

 パッ

 ブンッ…

 私は部長の隙を伺おうと素早く動き回った。
 しかし、部長も今日は警戒していて、なかなか隙がつかめない。
 やっと部長のガードが弛んだ瞬間を狙って、投げをきめようとしたとき…
 強烈なキックを頭に食らっていた。

(いけね… 誘いの隙か…)

 いつもこれに引っかかっちゃう…

 その後は…意識がもうろうとして…
 自分がどこにいるのかよくわからなかった。
 ただ、何かが自分に攻撃を加えようとしていることがわかった。
 私は…力を使った。



 気がつくと…私は細い立ち木を一本、根元から蹴り倒していた。
 すぐ傍に、部長が地面に倒れて、呆然としている。
 部員のみんなもぽかんとしている。
 私は…自分のしたことを理解して、全身から血の気が引いた。
 意識の飛びかけた私は、自制を失って、瞬間的にエルクゥの力を発動させてしまったのだ。
 私にとどめをさそうとした部長にエルクゥのキックをくらわそうとして…幸い部長がとっさによけ
たので…その前方にあった立ち木を折ってしまったのだ。

(終わった…)

 そう思った。
 私のエクストリーム生活は、始まって一ヶ月もしないうちに終わってしまったのだ。
 意識が飛びそうになる度にエルクゥパワーを発動させるようじゃ…このままエクストリームを続け
たら、死人の山を築くことになるだろう。
 …悲しかった。
 エルクゥの力を見られた心配よりも、せっかくできた仲間を失う悲しみの方がずっと大きかった。

 私は急いで力を収めた。
 幸い、部長以下全員、折れた立ち木に気を取られていたようで、私の瞳の色や鈎爪を見とがめた人
はいなかったようだ。
 
 まだ固まっている部長に向かって、私は沈んだ声で言った。

「…すみません、部長。
 私、今日限り退部させていただきます。」

「…? え? 退部?」

「はい。せっかく仲間に入れていただいたのに、申し訳ありません。
 …皆さん、どうもありがとうございました。
 短い間でしたけど、みなさんと一緒に練習できて、とても幸せでした。」

 私は部員の皆にもそう挨拶した。
 まだ固まっている人の方が多かったが。

「た、退部って… 柏木さん、理由は?」

 部長が尋ねる。

「理由ですか?」

 エルクゥの力…とは言えない。

「理由は…」

 私は、折れた立ち木を指さした。

「…あれです。」

「…………」

 部長は複雑な表情を浮かべる。

「失礼します。」

 私は後ろを向いて、ゆっくり歩き出す…はずだったが。
 不意に涙が溢れて来て、抑えることができなくなった。
 二、三歩歩いた後、たまらなくなって、走り出した…わあわあ泣きながら、顔を両手で覆って。
 柏木さん! という声が聞こえたが、私はやみくもに走り続けた。

「うう… うわああああーーん!!」

 小さな子どものように泣きながら駆けた。

 陸上部でも、エクストリーム部でも…
 結局、私には、「仲間」は無縁だったのだ。
 陸上部では、私の脳天気な性格のせいで。
 エクストリーム部では、エルクゥの力のせいで。

 もう…仲間を求めるのはよそう…
 私には、エルクゥの力を持った家族がいる。
 秘密を知った上で受け入れてくれる親戚もいる。
 それ以上求めても、傷つくだけだ。

 仲間を探すのはよそう…



 性格の明るさが売りのつもりだったが、さすがにエクストリームをやめたときはショックで、二、
三日ふさぎ込んでしまった。
 おかげで皆に大分心配をかけたようだ。

 ママは、夜、私を自室に呼んで、一緒に寝ようと言ってくれるし。
 マルチお姉ちゃんは、私が好きそうなデザートを作っては持って来てくれるし。
 綾香お姉ちゃんは、(私が部をやめた理由を話しておいたので)みんなによけいな詮索はやめるよ
う、さりげなく釘を刺してくれたし。
 セリオお姉ちゃんは、私がフリーズするようなジョークを連発したし。
 おじいちゃんは、お小遣いをくれようとしたし(もちろん、ありがたく頂戴した)。
 おばあちゃん(妄想癖あり)は、なぜか「香織。気を落としちゃ駄目。今にきっといい人が現れる
わ。」とのたまうし…
 …長瀬のおじちゃんも何かしてくれようとしたみたいだが、どういうわけか綾香お姉ちゃんに阻止
されたらしい。



 ふう…
 エルクゥの力を気にしないで仲間を作るなんて、無理だろうなあ…
 あ、でも、文化系のクラブなら?
 …いや、やっぱりやめとこう。
 大勢の人と触れ合えば触れ合うほど、力のことを知られる機会が多くなってしまう。

 文化系のクラブ棟に足を向けたものの、そう思って結局通り過ぎようとした私は…
 ふと、クラブ棟の前に立っている数名の男女に気がついた。
 何となくぼんやりとした様子だ。



(何をしているんだろう?)

 誰かを待っている様子でもないし…
 好奇心に駆られた私は、つい、何をしているんですか、と聞いてしまった。
 すると、ひとりの男子が、

「風の音を聞いているんです。」

 と言った。

「風の音?」

「ええ。」

 それぎり黙る。

 私も耳をすませた。
 風の音…って、何も聞こえないけど?

 私はエルクゥの聴力を使ってみた。
 すると…
 何かしらささやくような音が聞こえて来た。
 多分、これが風の音なのだろう。
 ふうん… 結構面白い音だ。

「面白い音ですね。」

 と言うと、さっきの男子が、

「あなたにも聞こえますか?」

 と尋ねてきた。

「ええ。空気がささやくような感じでしょう?」

「空気のささやき…
 なるほど、言われてみればそんな感じですね。」

 それからその人は、私の方に体を向けて、

「よい目とよい耳をしておられるようですね。」

 と言った。

 は? 耳はわかるとして…この際、目が何の関係あるの?

「目がいいって… どういうことですか?」

「私たちのことがおわかりになるからですよ。」

 私が「?」という顔をしていると、相手は怪訝そうな顔になって、

「お気づきではなかったのですか?」

 と言う。

 ますますわけがわからない。

 すると、その人は突然私の顔をまじまじと見て、

「あの… 失礼ですが、来栖川芹香さんのご親戚か何かですか?」

 と聞いてきた。

「母をご存じですか?」

「お母さん? …あなた、芹香さんの娘さんですか?」

「ええ。芹香の娘で、柏木香織といいます。」

 そのとき。
 今まで何の反応も示さなかったほかの人たちが、一斉に私の方を向いて、

「えっ?」「芹香さんの娘さん?」「本当ですか?」「そう言えばそっくりだ。」

 などと言い出した。

「あの、母とはどういう…?」

「いや… そうですね、お母さまにお伝え願いますか?
 部長ならびに部員一同が、よろしくと言っておりましたと。」

「ええと、何部の方ですか?」

「いや、それだけでおわかりのはずですので…」

「で、母とはどういうご関係ですか?」

「…それは多分、お母さまの口からお聞きになった方がよいでしょう。」

 ? 何か変な人たちだ…



「えええーーっ!?」

 私は大声を張り上げた。

「嘘でしょう!? あれがみんな幽霊だなんて!?
 第一、みんな足があったわよ!?」



 ママの話では、私が会った人たちは、オカルト研究会の幽霊部長並びに幽霊部員の皆様に違いない
というのだが…
 真っ昼間、学校の中で堂々と幽霊が出るようじゃ、世の中おしまいよ!



「…………」

「え? 幽霊に足がないというのは俗説に過ぎません?
 部長があなたの目をほめたのは、
 普通の人に見えない霊体を見ることができたからです?
 じょ、冗談じゃないわよ。
 第一、私、幽霊なんて今まで一度も見たことなんか…
 え? そうじゃない?
 昔、遊園地のお化け屋敷で見たことがある?
 …ええ!?
 じゃあ、あの、セリオお姉ちゃんが気がつかなかったあれって、
 やっぱり本物だったの!?」

 こくん

 ぞわっ…

「わ、私… そんなもの、見たくないわよ!!
 え? 慣れたら大丈夫?
 んなもん、慣れたくないわよぉ!」

「…………」

「え? この間、霊や思念に働きかける能力の制御を身につけたので、
 今まであまり働いていなかった力まで目覚めてきたのでしょう?
 じゃ、じゃあ、これからは、その… いっぱい見るってわけ!?」

 こくこく

 ひええええーっ!!

「や、やだよ、そんなの…
 どうして私にそんな力があるのよ?
 え? ママの力を受け継いだから?
 …ううううううーーーーっ!!」

 私は癇癪玉を破裂させた。

「何よ!?
 エルクゥの力だの、霊を見る力だの、こっちの都合も考えず!!
 何で私がそんな力を受け継がなきゃならないのよ!?
 おかげでこっちは大迷惑よ!!
 こんな力、ない方がずっといいわ!!」

 …な、何よ、ママ、そんな悲し気な顔で見ないでよ。別にママを非難したわけじゃ…それとも、し
たことになるのかな?

「え、えーと、その…
 ともかく、幽霊とはあまりお近づきになりたくないなあ、なんて…」

 そう言って退散しようとしたのだが…

「…………」
 あの人たちは、寂しい人たちなんです。

「え?」

 私は思わず立ち止まった。

「…………」
 あの人たちには、自分たち以外に、友だちも仲間もいないんです。

(「仲間」が…いない…)

「…………」
 あの人たちは、私があの学校に入る前からあそこにいました。
 そして、私が卒業して20年以上経った今でも…
 …ほかに受け入れてもらえる場所がないからです。

(受け入れて…もらえない…)

「…………」
 あなたが私から受け継いだ力は、うまく用いれば、あの人たちのような孤独な存在を助けるのに、
役立てることができるのです。

(孤独な存在を…助ける…)

「…………」
 「私たち」の力は…確かに人とは違うかも知れませんが、必ずしも自分や他人を不幸にするための
ものではない、それだけはわかってください。

(ママ…)

 「私たち」…か。
 そうだ。
 もしかすると、ママも自分の持つ力に悩んだ時期があったのかも知れない。
 そしてきっと、自分なりの答えを見い出したのだろう。
 いや、答えというよりは、決意のようなものかも知れない。
 自らの力をありのまま受け入れ、人のため、自分のために活用しようという…

「うん… ごめんね、カッとなって。」



 翌日。
 私はまた、クラブ棟に行った。今日は、外に人影は見えなかった。
 オカルト研究会の部室を探す。
 ドアの前に立って、深呼吸。
 ノックをする。
 …返事はない。
 ノブを回す。鍵はかかっていないようだ。

「失礼しまーす。」

 そう言って足を踏み入れた。中は薄暗い。
 電気のスイッチを探り当てて、入れる。
 照明がつく。

「お留守ですか?」

 人影はない。
 …いや。
 部屋の隅の方にひとり…
 「部長さん」だ。

 私はぺこりとおじぎした。

「昨日は失礼しました。
 母がこちらでお世話になっていたそうですね?」

「私たちの正体を知った上で、
 わざわざご挨拶に来て下さったんですか?」

 部長さんが言った。

「ええ。」

「怖くないのですか?」

「ううーん…
 ほんとのほんとを言うと、ちょっぴり怖いです。
 私もともと、お化けとか苦手で…」

 部長さんはくすっと笑うと、

「正直な方ですね。」

 と言った…



 間もなく他の部員さんも、ひとりまたひとりと集まって来た。
 挨拶だけして帰るはずだった私は、いつの間にか腰を落ち着けて話し込んでしまった。
 幽霊といっても、別に恐ろしい話題を持ち出すわけではない。
 オカルト関係のことを除けば、ごくありきたりの会話だ。

(普通の人と…変わらないじゃない?)

 ただ、幽霊というだけで、敬遠されるのだ。

(エルクゥの力を持っているだけで「仲間」に入れない私と、
 どれほどの違いがあるって言うの?)

 …………

「すっかりお邪魔してしまいました。
 そろそろ失礼します。」

「あの、柏木さん。」

 と部長。

「よろしければ、また遊びに来ていただけませんか?」

「え? …でも、母と違って、私はオカルトに興味ないですから。」

「いえ、ただ顔を出してくださればいいんですよ。」

「はあ…」

「うちにいるメンバーはこれだけでね、長年変化なしなんですよ。
 どうしても雰囲気が暗くなりがちで…
 あなたのように明るくて楽しい方が来てくださると、
 部室まで明るくなったような気がするものですから。」

「そ、そうですか…」

 そう言われて、時々顔を出すことを約束してしまう、人の良い香織であった。


−−−−−−−−−−−−

自分で書いておいて何ですが、明るい雰囲気が好きな幽霊っているんでしょうか?

なお、幽霊部員の皆さんが風の音を聞いていたのには、深い意味はありません。
強いて言えば、それだけ時間を持て余して(変化の乏しい毎日を送って)いる、ということですね。


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