The Days of Multi第五部第14章 投稿者: DOM
The Days of Multi
第5部 Days with Serika
☆第14章 悪夢 (マルチ25才)



−−−−−−−−−−−−
<おもな登場人物>

 柏木耕一  鶴来屋の副会長。
 柏木千鶴  耕一の従姉。鶴来屋の会長。
 柏木楓   千鶴の妹。実は耕一の「正妻」。メイドロボ体だが、本物の楓の魂を宿す。
 柏木芹香  耕一の妻。来栖川グループの会長。
       仕事の関係で、耕一と別居を余儀なくされている。
 柏木香織  耕一と芹香の娘。高校一年生。
       容姿は芹香そっくりだが、明るく活動的、やや脳天気。
−−−−−−−−−−−−



 芹香たち三人は、香織の心の中にいた。
 マルチの心によく似て、すがすがしい草原が広がっているが…
 一箇所、うっそうと茂った森が見える。
 全体に明るい風景の中で、そこだけが何やら暗い色彩を帯びていた。

「…………」
 おそらくあそこでしょう。

 芹香たちは森へと向かった。



 森の入り口に香織が立っていた。

「ママ… お姉ちゃんたち…」

 不安そうにこちらを見上げている。

「…………」
 心配することはありません。

 芹香がそう言って抱き締める。
 香織は母にしがみついた。

「さあ…」

 千鶴の声に従って、森の中に分け入って行く。



 一行がかなりの道のりを歩いたとき。
 前方に人影が現れた。耕一だ。

「パパ…」

 香織が震える。

「香織。待っていたよ。
 さあ、パパの傍においで。」

 香織はじっと俯いている。

「どうした? パパがわからないのか?
 …それじゃ、これでどうだ?」

 耕一がエルクゥ化する。

「パパ…」

 香織の目が耕一に吸い寄せられる。

「さあ、おいで。」

 ふらふら歩き出そうとする香織を、芹香たちが引き止める。

「…………!」
 香織、行っては駄目!

「だ、だって… パパが、呼んでる…」

「あれは耕一さんじゃないわ。
 ただの思念よ。」

 楓が言うと、耕一が心外そうに、

「楓ちゃん、何を言うんだ? 俺は本物の耕一だよ。
 …香織を愛する耕一だ。
 さあ、香織をこっちへよこしてくれ。」

「だめです。」

「おやおや、相変わらず焼きもち焼きだね?
 残念ながら、今の俺は、香織に夢中なんだよ。
 エディフェルのことは過去の事。
 今さら前世の約束なんか持ち出されても迷惑だ。」

「耕一さん?」

 楓の声が低くなる。

「楓。感情的になっては駄目。
 あれは耕一さんではない。香織を愛する思念だけ。
 あんな風に言うのは当たり前よ。」

 千鶴の声に、楓はかろうじて自分を抑える。



「芹香、俺はおまえよりも、香織を愛するようになってしまった。
 おまえは柏木よりも来栖川を愛して、俺を置いて行ったな?
 香織は違う。ずっと俺の傍にいてくれた。
 今になって、俺と香織を引き離そうとしても無駄だ。
 さあ、諦めて引っ込んでくれ。」

「…………」

 芹香の目が細くなる。

「芹香さん。つられてはいけません。
 あなたが冷静さを欠いたら、香織を守ることが難しくなりますよ?」

 千鶴に言われ、芹香も何とか落ち着きを取り戻す。



「楓。あの思念を断ち切らない限り、香織を助けることはできないわ。
 わかっているわね?」

 千鶴の言葉に楓はうなずくと、エルクゥの力を解放し始めた。
 千鶴も瞳が赤くなっていく。

「ほう、力ずくで香織を奪う気か?
 面白い。相手になってやろう。」

 楓と千鶴が同時に飛びかかる。

 ガッ!!

 驚いたことに、ふたりはあっけなく弾き飛ばされてしまった。

「こ、これは!?」

 千鶴が驚きの表情を浮かべた。

「まさか!? ただの思念がこんな力を?」

 楓も珍しく焦っている。

「言っただろう? 俺は本物の耕一だと。」

「ここまで力をつけているとは…」

 千鶴の額に汗が浮かんだ。



 …長時間に渡る戦いの後。
 ついに、千鶴も楓も、相次いで地面に叩きつけられてしまった。
 すでにそこかしこに重傷を負わされ、起き上がることもままならない。

「ふふふ… 思い知ったか?」

 耕一は、母に守られる香織の傍に近寄った。

「さあ香織、おいで。」

 香織がその声に従おうとするのを、芹香が抱きとめる。

「…………」
 行っては駄目です。

「邪魔するな。」

 耕一は芹香を突き飛ばす。

「…………!」

 芹香の体も地面に叩きつけられた。
 …思念に働きかける力を使って阻もうとしたのだが、なぜかほとんど効果がなかったのだ。

 耕一は香織を抱きかかえると、森の奥へと走り去った。



「うう… こんな馬鹿な。」

 芹香の部屋で意識を取り戻した千鶴は、呻いた。

「予想外の力でした…」

 楓も呻く。
 ふたりとも、香織の心の中で受けたダメージが、かなりこたえているようだ。

 芹香も無言で青い顔をしている。

 香織は…ぼんやりとしていた。
 耕一の思念に意識を連れ去られたままなのだ。



「…………」
 事態は深刻です、すぐ手を打たないと。

「あの耕一さんの思念に太刀打ちできるのは…」

 楓が言うと、

「ええ、そうね。」

 千鶴が引き取る。

「…本物の耕一さんしかいません。」



 千鶴は急いで隆山に残っている耕一に連絡を入れ、手短に事情を説明した。
 状況が今一つ理解できないながら、ともかく香織の身に危険が迫っているというので、耕一はすぐ
来栖川邸に向かうと返事をした。
 翌朝早くには到着するはずだ。

 芹香たちはそのまま、香織の様子を見守っていた。
 三人はあることを懸念していたのだが…夜半を回り、香織がいつも夢を見る頃になって、三人の懸
念が実現した。
 香織が急に、苦し気に呻き始めたのだ。

 芹香は急いで水晶球に娘の夢を映し出した…



 香織は全裸で、縛り上げられていた。
 その体に鞭が振り下ろされる。



「…………」
 例の思念は、この際香織の意識を全面的に乗っ取るつもりでしょう。

「心配した通りです。」

「早く耕一さんが来てくれないと、取り返しのつかないことになるわ。」

 楓と千鶴も憂慮の色を深める。



 香織は蝋燭で責められていた。
 許しを求めて泣き叫んでいる。



「…………」
 香織の精神は次第に屈服しつつあります、長くは持ちそうにありません。

 芹香ももはや無表情ではいられない。



 ぐったりとした香織。
 耕一がその体に覆いかぶさる…
 香織の悲鳴。



「…………!!」
 香織!! 香織が壊れてしまう!!

 芹香が思わずそう叫んだとき。

 タタタタ…

 足音が聞こえた。誰かが走って来る。
 皆がはっとしたとき、ドアをどんどん叩く音がした。

「芹香!? 俺だ、耕一だよ!!」

「耕一さん!!」

 三人は急いでドアを開けた。

「香織は!? 香織は無事か!?」

「…………」
 危ない状況です。

「一体どういうことなんだ!?」

「耕一さんの偽者が、香織の精神を乗っ取ろうとしています。
 強すぎて、私たちでは太刀打ちできません。
 耕一さんに、その偽者を倒していただかないと、
 香織は壊れてしまいます。」

 楓が要点だけを説明した。

「よ、よし、引き受けた!!」



 芹香たちは、耕一を伴って、再び香織の心の中に入った。

「か、香織!?」

 耕一は、娘のあられもない姿に、息を飲んだ。

「おやおや。」

 思念の方は、ゆっくり立ち上がると、

「また邪魔が入ったか…
 まあいい。耕一はふたりもいらぬ。
 この際、かたをつけてしまおう。」

「それはこっちのセリフだ!!」

 耕一はエルクゥ化すると、怒りに任せてもうひとりの耕一の胸を貫いた。
 …が、驚いたことに、その胸の穴は見る間に塞がって、元通りになってしまった。
 唖然とする一同。

「ふふ、それだけか?
 それじゃ、今度はこっちだ。」

 もうひとりの耕一が攻撃を仕掛ける。

 ふたりの耕一は、激しい戦いを繰り広げた。
 力量では、本物の耕一がまさっている。
 ところが、思念の方は、どんな致命傷を受けてもたちまち回復してしまい、一向にダメージを受け
た様子がないのだ。
 逆に、本物の耕一の体には、少しずつ傷が増えていく。
 これではいつまで経っても、勝利を得ることなどできそうにない。



 耕一はいったん攻撃を控えると、息を弾ませながら怒鳴った。

「やい、偽者!!
 貴様、一体何者だ!?
 どうして香織を狙う!?」

「偽者…? 何を言っているんだ、
 俺はもともとおまえの一部だったんだぞ?」

「え?」

「耕一さんの思念の一部です。
 それを香織が、自らの内に取り込んでしまったんです。」

 楓が説明した。

「俺の…思念の…一部?」

「そうだ。俺は、耕一がこの娘を思う思念だ。」

「…嘘つけ!!
 俺の思念が、どうして娘を傷つけたりするんだ!?」

 耕一は、香織を縛りつける縄と、蝋の跡を見ながら怒鳴った。

「勘違いするな。
 これは、香織が自ら望んだことだ。」

「何だと?」

「こいつは、耕一を愛し、耕一に抱かれたいと思っている。
 だが、耕一が自分の父親であることも認識している。
 自分から父親を受け入れることには抵抗がある。
 そこで気をきかした父親は、わざと娘の自由を奪い、
 無理矢理言うことを聞かせたのだ。
 娘が、良心の呵責を覚えなくてもすむようにな。」

「ば、ばかな…」

「おまえ、香織が初めてセーラー服を着て見せた時のことを覚えているだろう?
 おまえの心は動揺した。
 美しい芹香をミニサイズにしたような娘がセーラー服を着た姿に、
 おまえは欲望を感じた。」

「だ、だれが娘に欲望なんか…!!」

「鼻の下を伸ばしていたくせに。」

「うっ…」

(そう言えば、香織にもそう指摘されたっけ…)

「そのときからおまえは娘に恋をした…
 つまり、俺が生まれたのだ。」

「…………」

「娘が覚醒したとき、
 お前はエルクゥの男として、さらに香織に魅せられた。
 香織が、千鶴や楓よりも優れた潜在能力を持っていることを悟ったからだ。」



 そうだったのか、と楓は密かに思った。
 エルクゥの男性として絶大な力を持つ耕一に香織は魅せられてしまったのだが、耕一の方もエル
クゥの女性として秀でた香織に惹かれていたのだ、と。



「娘がよその男と親し気に歩いて行くのを見て、おまえは思ったな。
 『あいつに香織はやれねえ!』と。
 …お前の心にはそのとき、
 香織に近づくすべての男を憎悪する思いが生まれたのだ…
 それがまた、俺の存在を強固なものにした。」

「…………」

「そのうち香織は、妙な力を使って、俺だけをお前の中から抜き出してしまった。
 そこで俺は、香織の中に住みつきながら、俺の思いを遂げることにした。
 香織のガードがルーズになりやすい夢の中で、交わることにしたのだよ。
 ふふっ、気持ちよかったぜ。
 長年の思いを遂げられてな。」

「こ、こいつ…」

 耕一が怒りに震える。

「何を怒る?
 こいつの方も、父親に抱かれることを望んでいたのだ。
 今だって、内心では喜んでるんだぜ?」

「…………」

「お前の中にも、まだこいつを思う気持ちは残っているはずだ。
 どうだ? やってみないか?
 きっと娘は喜ぶぞ。」

「何だと?」

「俺は、香織とのことを邪魔されたくなかったので、
 香織の意識を全面的に俺の支配下に置こうと思ったんだが…
 お前が来たのはもっけの幸いだ。
 俺をお前の中に、もう一度受け入れてくれ。
 そうすれば、俺もお前も、娘の体を思う存分楽しめる…
 夢ではなく、現実にな。」



「耕一さん!! 耳を傾けてはいけません!!
 今この思念を耕一さんの体に戻したら、
 耕一さんの人格の主導権を奪われてしまいます!!
 そうなれば香織は、その思念の奴隷にされてしまうでしょう!!」

 楓が叫んだ。

「香織を…奴隷に…?」

「そうだ、俺とおまえの奴隷だ。
 俺たちもそれを欲している。娘もそれを望んでいる。
 何をためらうことがある?
 楓や芹香を気にしているのか?
 それなら、娘を連れて身を隠してもいいぜ。
 誰にも知られずに、ひっそりと暮らすのだ。娘とふたりきりでな。 
 誰にも邪魔をさせない…」

 耕一は香織を見た。

「ほら、試してみろ。
 一度やったら、その味が忘れられなくなる。
 それくらい、いいぞ。」

 耕一は我にもなく娘に近づいた。


 A.香織は俺が守ってやる!(第15章 悪夢の終わり へ)

 B.思念の言う通りにする。(香織/悪夢編第15章 悪夢の完成 へ)


−−−−−−−−−−−−

もとは随所に具体的な夢の描写があったのですが、どうも危険そうなので削除しました。
…何かこの手のコメントが多いような気が…


戻る