The Days of Multi第五部第13章 投稿者: DOM
The Days of Multi
第5部 Days with Serika
☆第13章 夢の秘密 (マルチ25才)



−−−−−−−−−−−−
<おもな登場人物>

 柏木耕一  鶴来屋の副会長。
 柏木千鶴  耕一の従姉。鶴来屋の会長。
 柏木楓   千鶴の妹。実は耕一の「正妻」。メイドロボ体だが、本物の楓の魂を宿す。
 柏木芹香  耕一の妻。来栖川グループの会長。
       仕事の関係で、耕一と別居を余儀なくされている。
 柏木香織  耕一と芹香の娘。高校一年生。
       容姿は芹香そっくりだが、明るく活動的、やや脳天気。
 長瀬綾香  芹香の妹で、長瀬源五郎の妻。元エクストリームの女王。
 松原葵   東風高校エクストリーム部の創始者。現在は自分で道場を経営している。
 田口翔子  東風高校エクストリーム部の部長。
−−−−−−−−−−−−



 トゥルルルルルルル…

 カチャ…

「はい、柏木ですが… あ、芹香さんですか?
 ええ、楓です。皆さんお変わりありませんか…?
 え? 何ですか? あの、もう一度…
 …ええ!? そ、そんな馬鹿な…!?」



(何が…だんだん…収まってくる…よ…)

 香織は荒い息遣いをしながら、そう考えた。
 耕一の登場する夢は、収まるどころか、むしろどんどん激烈なものになる。
 今日は蝋燭で責められた。
 そして香織は「気持ちいい」と言って…

(何で! 私が! 変態プレーで! 燃えなきゃなんないのよぉ!!)

 違う、私は変態なんかじゃない!
 パパだって、こんなことをする人じゃない!

(何でこんな…見たくもない夢を、毎晩見なくちゃなんないの!?)

 香織は腹が立って仕方がなかった。

(どうせ、どうせその手の夢を見るなら… せめて、もっと優しいパパの…)

 そういう夢は見られないだろうか?

 香織はすっくと立ち上がると、部屋の電気をつけた。
 手ごろな紙に、鉛筆で絵を描いて行く。
 隆山の海岸。
 夕日を見ながら寄り添う男女。
 もちろん、耕一と香織だ。

「…よし。」

 その絵を枕の下に入れた。

「夢を変えてやるんだから…」



「パパ!」

 香織は、父に向かって手を振りながら駆け寄った。

「…ごめん。ずいぶん待った?」

「いや、今来たところさ。」

 嘘だ。それなら、足下に落ちてるこのたばこの吸い殻の量は何よ?

「ごめんね。ずっと待っててくれたのね?」

「…いいんだ。
 香織が来てくれさえすれば、それでいいんだ。」

「あ、ありがとう、パパ!!」

 香織は父に抱きついた。たばこの匂い。
 あまり好きじゃないけど、今日はそれすらも懐かしい。

「パパ… パパの本当の姿を見せてちょうだい。」

「いいとも。」

 耕一は一気にエルクゥ化した。

「素敵…」

 いつしか香織の瞳も朱に染まっていた。

「パパって素敵…」

「香織の方が素敵だよ。」

 ふたりはひしと抱き合った。

「香織… パパのお嫁さんになってくれるね?」

「うん…」

「どうして、ウェディングドレスを着て来なかったんだい?」

「だって、学校から直接駆けて来たんだし…
 パパ、確か、制服姿が好きだと思って…」

「おやおや、気を遣わせちゃったようだね…」

「いいの。パパのためだもん…」

「香織…」

「パパ… 好きにしていいよ…」

 耕一はエルクゥ化する際に脱ぎ捨てた上着の上に、大事そうに香織を横たえると、その上からのし
かかって来た。
 たばこの匂いが広がる…



(へっへっへ… やった! やったわよ!)

 ほぼ満足のいく夢を見ることのできた香織は、一晩に二回もその手の夢を見たにも関わらず、会心
の笑みを浮かべていた。

(今度からこの手で行こう…)

 やっぱりパパは優しいに限る。
 制服のままってのは、ちょっと恥ずかしかったけど…



 バシッ!

 香織の足がサンドバッグに食い込む。

 バシッ!

 サンドバッグが大きく揺れ動く。

「すっかり回し蹴りをマスターしたようですね?」 

「…え? あ! 松原先輩!
 お早うございます!!」

「お早うございます。
 …ふふ、柏木さんも、大分格闘家らしくなって来ましたね?」

「まあ、挨拶だけは…」

「そんなことはないでしょう。
 …ところで柏木さん、私とお手合わせ願えませんか?」

「ええ!? じょ、冗談でしょう!?
 私と先輩じゃ、月とスッポンですよ!!」

「ご迷惑でしょうが、是非…」

「そそそそんな…!!」

「実は、柏木さん。
 あなたが身につけておられる素早い身のこなしとやらを、
 是非見せていただきたいんです。」

「え? どうしてそれを?」

「先ほど部長さんから伺いましてね。
 …それがどうも不思議な身のこなしで、
 自分もいくつか武道を知っているが、該当するものがない、
 と言われるものですから、つい興味を引かれまして…」

「そ、そうですか… わ、わかりました。
 ふつつか者ですが、精一杯頑張らせていただきます!」

「ありがとうございます。」

 葵は微笑んだ。



 香織と葵は対峙していた。

(ふーむ…?)

 葵は、香織を見ながら内心首をかしげていた。
 香織の構えは例によって、部活をしながら見よう見まねで覚えたものだ。
 それは様にはなっているが、それだけで、あの部長を投げ飛ばすほどの力量など、どこにも感じら
れない。
 部長は香織のことを、「強いと同時に弱く、恐ろしいと同時に大ボケ」と評していたが… 

 一方の香織は、先日の部長以上に隙のない葵を見て焦っていた。
 部長の時のように隙を作らせるしか手立てはないだろうが、葵はいろいろ香織のことを聞いている
節があるので、まったく同じ手は通用しないだろう。となると…



 先に動いたのは葵だった。
 まずは小手調べのつもりで、何の変哲もない突きを入れてみた。が…
 驚いたことに、香織はよけようとしなかったのだ。
 突きを放った葵自身も、他の部員たちも、意外な成りゆきに驚く間もなく…突如香織の姿が消えた。
 葵の突きが決まるはずのその瞬間に、消えたのである。
 はっとした葵は、とっさに自分の背後に向けて後ろ蹴りを放った。
 やはり、蹴りを避けて大きく飛び退く香織がいた。

「いつの間に…?」

 と、再び香織が消えた。
 はっと思った瞬間、葵の頭めがけて、香織がマスターしたばかりの回し蹴りが唸った。
 葵は間一髪よける。そして大きく飛び退く。
 間合いをとった葵と香織は、再びにらみ合った。

 なるほど、不思議な身のこなしだ。と葵は思った。
 恐ろしい速さが第一の特徴。
 第二の特徴は…

(一体何? 空手でも拳法でも柔道でもないし…)

 いかなる格闘技の動きとも異なること。
 葵も、香織すらも知らなかった。
 それが、リズエルの習得したエルクゥの武術の動きであることを。



 …戦いはかなりの長時間に及んだ。
 周りで見ている部員たちも、緊張の連続に汗を拭っている。
 葵も香織も、まだろくに相手の体に触れることができていない。
 葵が動いた。
 香織も動いた。
 葵の蹴り。
 香織の跳躍。
 葵の拳。
 再び香織の跳躍…
 何度目かの跳躍の後、香織は、わずかに対応の遅れた葵の右手を取ることに成功した。

(しめた…!)

 と思った瞬間、葵の左手が香織の体に炸裂した。
 
 香織の体は派手に吹き飛ばされ、木の幹にぶつかった。

「あう…!!」

 一瞬、香織の意識は飛んだ…



 紅蓮の炎の中に累々と横たわる死骸。
 鬼どもの死骸だ。
 恋人の仇討ちだ。
 私−−いや、俺は、なおも残敵を求めてさまようように歩き回った。
 「人ならぬもの」の気配を感じる。
 最後の敵か?
 相手は巨大だ。他の鬼どもよりもひとまわり大きい。
 ダリエリか。エルクゥの長だな。

 …次郎衛門は、なぜかリネットの剣を持っていなかった。

 剣などいらぬ。
 最後の鬼。この手でしとめてくれる…



 誘いの隙につられてはじき飛ばされた香織のもとに、葵が駆け寄った。
 立ち木に激突したダメージを心配したのである。
 だが…
 木の根元にうずくまった香織は、葵を不思議な目で見ると、ゆっくりと立ち上がった。
 そして…

(!?)

 恐ろしい殺気を放ったのである。
 葵の生涯でも、これほどの殺気を感じたことはなかった。

 香織はいきなり突いてきた。
 葵はとっさによける。
 香織の蹴り。
 葵は飛び退く。

(これは一体…?)

 香織の身のこなしが、さっきまでと違う。
 速さは同じようなものだが、先ほどまでの動きには、軽やかに舞う蝶のような感じがあったのに対
し、今の動きは重厚で、別人のようだった。
 そして、先ほどまでは感じられなかった凄まじい殺気。
 素人なら、その殺気を浴びただけで腰を抜かしそうなほどだ。
 さらに、今まではむしろ防戦しつつ葵の隙を狙っていたのに、今度は自ら積極的に攻撃をしかけて
来る。
 技は単純な突きと蹴りだが、それが目にも止まらぬ速さでくり出される。
 さすがの葵もたじたじとなる。
 やがて葵に肉迫した香織は、必殺の突きを放った。
 葵の体がわずかに動き…
 吹き飛んだのは香織の方だった。



 香織が息を吹き返すと、葵と部長の顔が見えた。
 後ろに、他の部員たちの姿も見える。

「柏木さん、大丈夫ですか?」

「あ… 先輩? 私…どうして…?」

「松原先輩の崩拳をくらってダウンしたのよ。」

 と部長。

「ほうけん?」

「知らない?
 …ああ、そうか。
 あなた格闘技は始めたばかり、だったわね。」

 部長は頭をかく。

「しっかし…本当に不思議な人ねえ。
 あの動き、あの殺気…
 それでいて、技の方は妙に素人っぽいし…。」

「部長の言う通りです。
 …あなたはあの動きを、
 ご親戚の方から見よう見まねで習い覚えたそうですが?」

「ええ。」

「ふーん…
 その方は格闘技をされたことは?」

「えーと、そういう話は聞いたことないですけど…
 大学のサークルも、文化系だったと聞きましたし。」

「なるほど…
 ところで、あなたの身のこなし、
 前半と後半とでは、まるで別人のようでしたが、
 どちらもそのご親戚の方から…?」

「それが…」

 木の幹にぶつかった後、自分は次郎衛門になっていた。

「あの、思いきり木にぶつかって、半分意識を失ったものですから…
 自分がどんな動きをしていたか、よくわからないんです。」

 そうとしか言いようがない。

「そうですか…」

 葵はじっと香織を見つめていたが、やがてにっこり笑うと、

「ありがとうございました。
 あなたの身のこなし、確かに素人離れしたものがあります。
 てっきり打ち負かされるかとヒヤヒヤしました。
 また、お手合わせを願います。」

「わ、私でお役に立ちましたら…」

 香織がどぎまぎしていると、

「やっほー、葵ー、おひさ。」

 と、妙に明るい声がした。

「え? …あ、綾香先輩!?」

「こっちに来てるって聞いたもんだから…って、…香織?」

「綾香お姉ちゃん!?
 ど、どうして、ここに!?」

「あたしは、メイドロボのキャンペーンのことで、
 葵と打ち合わせに来たんだけど…
 あんたこそ、どうしてここに?」

「わ、私… ここの部員だから…」

「何ですって!?
 あんた、エクストリームをやってたの?」

「綾香先輩はご存じなかったのですか?」

「ええ、この子ひとことも言わなかったから…
 どうして黙ってたの?」

「だ、だって…
 お姉ちゃんは、エクストリームの元チャンピオンなんでしょ?
 恥ずかしくって…
 もうちょっと格好がついてから、言おうと思ったのよ。」

「…ったく、妙なとこでシャイなんだから。」

 綾香は葵に向き直ると、

「で、どう? この娘、少しは素質ありそう?」

「ええ。大ありです。
 技はこれからですが、とてもいい動きをされますので…」

「ふーん…」

(まさか、エルクゥの力を使っているんじゃ…?)

 綾香の目つきの鋭さに気がついた香織は、その意を察して、

「私、千鶴お姉ちゃんの動きと投げ技を、
 見よう見まねで覚えただけだよ。
 卑怯な真似はしていないよ。」

 卑怯な真似とは、エルクゥパワーの発動を意味する。

「千鶴さんの?」

 そう言えば、千鶴の前世はエルクゥの戦士だったとか聞いたことがある。

「そう、ならいいけど…
 それにしても、香織がエクストリームとはねえ…
 じゃ、姉さんもこのことは知らないわけ?」

「うん。…ママはともかく、
 おじいちゃんたちに知られたら、猛反対されそうだし…」

「それは言える。」

 過保護の両親を思い浮かべながら、綾香は苦笑した。



「ふーん、千鶴さんってそんなに凄いのか…」

「うん。とっても強いの。」

 葵との打ち合わせをすませた綾香は、練習を終えた香織とぶらぶら歩きながら、家路をたどってい
た。

「で、あんたはその動きを身につけたわけね?」

「完全にじゃないけど…
 一度ちゃんと教えてほしいなあ。」

 などと、言っているうちに来栖川邸に着いた。
 そこには意外な人物が…

「千鶴さん?」

「千鶴お姉ちゃん!? 来てたの!?」

「おひさしぶりです、綾香さん。
 ちょうど仕事の都合でこちらに参りましたもので…
 香織も元気そうね。学校にはもう慣れた?」

 噂をすれば何とやらだ。

「…香織。」

「楓お姉ちゃんも!?」

 千鶴と楓の姿を見た香織は、予想されるもうひとりの人物を目で探し求めた。

「…残念だけど、耕一さんは今回は来られなかったの。」

 香織の様子に気がついた楓は、静かに言った。

「そうなの…」

 肩を落とす香織。



 夕食後、芹香に呼ばれて行ってみると、その部屋には千鶴と楓の姿もあった。

「香織。今日私たちが来たのは、芹香さんに呼ばれたからなのよ。」

 と千鶴が言う。

「ママに?」

「ええ。あなたが危険な状態にあるからって。」

「危険って…」

 まさか、夢のこと?

「…………」
 香織、あなたは毎晩パパの夢を見ますね?

 ぎくっ

(ななな何でママが!? エルクゥでもないのに…)

「ど、どうして、そんなことわかるの?」

「…………」

「え? 魔法で夢の中身を知った?
 …ママ!!
 いくら親子でも、していいことと悪いことがあるわよ!!
 勝手に人の頭の中を見るなんて!!」

 香織は真っ赤になって怒った。
 放っておくと、エルクゥパワーを発動しかねないほどだ。

「香織の夢は、こちらへ来て収まるどころか、
 どんどん激しくなっていく…
 そうでしょう?」

 楓の静かな声が、香織を怒りの爆発から救った。

「え? …えーと…」

 母や千鶴の前で、その話はしづらい。

「…………」

「え? 私は興味本位であなたの夢を見たのではありません?
 あなたの身に、何かが取り憑いているような気がして、
 心配になったから調べたのです?
 …取り憑くってまさか…霊とか?」

「…………」

「え? 正確に言うと、霊ではなくて『しねん』の一種?
 …何のことだかよくわからないんだけど?」

「私がうかつだったわ。
 あなたが芹香さんの娘であることを、
 もっとよく考えるべきだったのに。」

 楓がそう言うと、香織はますますわけがわからない、といった顔になる。


「香織。落ち着いてよく聞いてちょうだい。
 あなたの精神は今、とても危険な状態にあるの。」

 楓は言葉を継いだ。

「…どういう意味?」

「あなたは芹香さんの血を受け継いで、
 霊を感知したり、働きかけたりする能力を持っている。
 今のところ、その能力の大半は眠っているようだけど…
 隆山で耕一さんへの思いがつのったときに、
 その能力の一部を無意識に発動してしまったらしいの。」

「?」

「そのとき、あなたの力は、
 耕一さんのあなたに対する様々な『思念』の中から、
 あなたへの恋心のようなものだけを抽出してしまったのよ。」

「こ…恋心って…?」

 香織は頬を赤らめた。

「父親にとって娘は、
 目の中に入れても痛くないほど可愛いもの。
 まして、芹香さんにそっくりなあなたは、
 娘であると同時に、ある意味で恋人のような要素もあるの。」

 香織は嬉しいような、困ったような顔をした。

「もちろん、父親が娘に注ぐ愛情が主体なんだけど…
 あなたの力は、『娘への愛情』を無視して『恋人への愛情』だけを取り出し、
 自分の中に取り込んでしまったらしいの。」

「取り込んだ?」

「ええ。そして、あなたは、
 その耕一さんの思念の一部を取り込んだまま、こちらへ移った。
 いくら耕一さんから離れても、その思念を有しているのだから、
 夢を見続けるのも当然でしょう。」

「じゃあ、その… エスカレートする理由は?」

 香織の顔はまっ赤だ。

「多分、実の父親に対してそういう感情を抱くことへの罪悪感のせいでしょう。
 あなたはまだ、エルクゥの意識に飲まれたわけではないから…
 その罪悪感が、夢に暴力的な傾向をもたらすのではないかしら?」

「?」

「つまり、あなたも合意のもとにそういう行為をすることには、抵抗がある。
 しかし、耕一さんが無理矢理あなたの自由を奪ってしまったのなら、
 その間に何をされても、あなたに責任はないわけだから…」

 楓も頬を赤らめている。

「そ、そ、そうなの?」

 香織の声は上ずっている。

(それで夢の中のパパは…)

「…………」
 しかし、一方であなたは、耕一さんがあなたに対して優しくしてくれることをも求めています、そ
れであなたは、思念に働きかける能力をやはり無意識に使って、夢を変えたりもしているのです。

(そ、そこまでばれてるの!?)

 楓お姉ちゃんといい、ママといい、これじゃプライバシーも何もあったもんじゃない…

「その、あなたの取り込んだ耕一さんの思念だけど…」

 楓は続ける。

「芹香さんによると、
 あなたの中で、少しづつ大きくなっているそうよ。」

「大きくなっている?」

「ええ。
 あなたが父親に暴力的な傾向を求めたり、
 一転して優しさを求めたり…
 くり返し思念に働きかけているために、
 あなたの耕一さんへの思いや、
 あなたの持つ耕一さんの情報などを吸収しながら、
 成長しているみたい。」

「…………」

 香織は呆然としている。

「このままで行くと、
 その思念は、独立した人格を持った別の耕一さんになってしまう恐れがあるわ。
 …そして、あなた自身の人格は片隅に追いやられ、
 あなたの肉体はその、もうひとりの耕一さんに乗っ取られてしまう…」

(…ひょっとすると、時々私が次郎衛門になっちゃうのは、そういうわけ?
 …ヤ、ヤバい!! 私がパパになっちゃうなんて!!)

「ど、どうすればいいの?」

「…………」

「え? あなたの心の中に入って、その耕一さんの思念を取り除きます?
 そ、そんなことができるの?
 え? 以前に何回かやって成功しているから、安心しなさい?」

 芹香はマルチの治療のことを指しているのだ。

「…………」

「え? 楓さんと千鶴さんにも一緒に来てもらう?
 ふたりともエルクゥの力を持っているから、簡単だと思います?」

 普通の人間が芹香に同行するには、長時間の準備が必要なのだ。

「…………」

「早速三人であなたの心に入ります?
 …ほ、ほんとに大丈夫なのね?」

 こくん

 芹香はうなずく。

「そ、それじゃ…お手柔らかに。」


次へ


戻る