The Days of Multi第五部第8章 投稿者: DOM
The Days of Multi
第5部 Days with Serika
☆第8章 夢 (マルチ25才)



「耕一さん…」

「楓ちゃん…」

 ふたりは抱き合っている。全裸だ。

「や…やめて…」

 私は泣きそうな声で言った。

 パパが私の方を見た。

「やめろって?
 どうしてそんなことを言うんだ、香織?
 俺たちは愛し合ってるんだぞ?」

「そ、そうかもしれないけど…
 ママが…可哀相だよ… やっぱり。」

「ママが可哀相?
 …何を言っているんだ?
 ママならここにいるじゃないか?」

「え? …あっ!?」

 私は驚きに目を見張った。
 裸でパパと抱き合っていたのは、楓お姉ちゃんではなく、ママだったのだ。

「これでわかっただろう?
 パパとママは愛し合ってるんだよ。
 …さ、芹香、続きをしようか?」

「…………」

 こくん

 パパとママは熱い口づけをかわすと、布団の上に倒れ込んで…

「い、いやあ!!」

 私は、顔を両手で覆って泣き叫んだ。

 と、私の右肩に誰かが手を置いた。

「?」

 私が斜め後ろにいるその人物に目をやると…

「ち、千鶴お姉ちゃん!?
 …どうしたの、その格好!?」

 千鶴お姉ちゃんは裸で立っていた。

「柏木の血は、どうしても絶やすわけにはいかないの。」

「え?」

「柏木の男子は耕一さんしかいない。
 だから、みんなで耕一さんの赤ちゃんを産むのよ。」

「みんな…って!?」

 私はそのとき気がついた。
 千鶴お姉ちゃんの隣に、梓お姉ちゃん、楓お姉ちゃん、初音お姉ちゃんが並んで立っていることに。
 …みんな裸で。

「芹香さんの次に、私が耕一さんのお相手をします。
 次が梓、次が楓、最後が初音よ。」

「そ、そんな!? そんな馬鹿なことが!!」

 私が抗議の声を上げても、だれも反応しない。

「や、やめて、パパ!! そんなことやめてよぉ!!
 いやだよぉ、いやだよぉぉぉぉ!!」

 私は夢中で叫び続けた。

 すると、

「うるさいなあ。
 香織はいつから、そんな聞きわけのない子になったんだ?」

「…ひっ!?」

 いつの間にか、私の目の前には、パパが立っていた。
 …鬼になって。

 私が慌てて逃げ出そうとするのをパパはとらえ、床にうつぶせに押しつけ、私の背中に乗った。

「く、苦しい…」

 私はその重みに耐えかねて、手足をばたばたさせた。

「…やかましい。」

「ひいいい!?」

 パパはすさまじい殺気を放った。
 私は恐怖に震え上がる。

「い、いやああああ!!
 殺さないでええええ!!」

「…おとなしくするんだ。」

「は、はい…」

 ぶるぶる震えながら返事をする。

「パパは香織が大好きなんだよ。
 …わかってくれるかい?」

 私は夢中でこくこくうなずいた。

「香織も、パパが好きかい?」

 こくこく

「よかった。
 香織に嫌われたら、どうしようかと思ったよ。」

 パパはほっとしたような声を出した。

「パパはね、香織が世界で一番好きなんだ。」

「…………」

「誰よりも好きなんだよ。
 …ママよりも、楓お姉ちゃんよりもね。」

「…え?」

 パパは、うつぶせになった私のお尻を撫でた。

「パ…パパ?」

 私は戸惑いの声を上げた。

「ずっと待ってたんだよ。香織が大きくなるのをね。」

 パパはもう片方の手で、私の髪を撫でた。

「…大きくなって、パパのお嫁さんになってくれるのを、待ってたんだよ。」

「…パ…パ…」

 私の体は痺れたようになって、身動き一つできなかった。

「とうとう、この日が来たんだ…
 香織がパパのお嫁さんになる日が!」

 パパは、一気に私の寝間着を引き裂いた。

「ひ…」

 思いきり悲鳴を上げたつもりなのに、私の口から出たのは蚊の泣くような呟きだった。

「香織。愛しているよ。」

 私は仰向けにされた。
 相変わらず身動き一つできない。

「香織… きれいだ…」

 そしてパパは一気に…



「だめえええええええええ!!」

 私は大声で叫びながら、パパをはね飛ばした…と。

「…あ、あれ?」

 私はベッドの上で半身を起こしていた。
 私の部屋だ。暗い室内には誰もいない。

「ゆ…夢…か?」

 私は一気に脱力すると、ベッドに倒れ込んだ。

「また…変な夢、見ちゃった。」

 このところ妙な夢ばかり…



 朝食。
 私はずっと俯きながらご飯を食べていた。
 あんな夢を見た後だから、皆の顔をまともに見られない。
 特にパパの顔は…

「香織?」

 びくっ

「な…なあに、ぱぱ!?」

 やだ。声がひっくり返っちゃった…

「どっか具合でも悪いのか? 元気ないけど…」

「そ、そんなことないよ! 私は元気だよ!」

「そうか? それならいいけど…」

「香織?」

 びくっ

「なあに… かえでおねえちゃん!?」

 やだ、セリフが平仮名…じゃなくて、また声が裏返し。

「お代わりは?」

「え? …ああっ、いいえ、結構です!」

「そう?」

「香織?」

 びっくうっ

「なあに… ちづる、おねえちゃん!?」

 なんでいちいち声が…

「やっぱり具合が悪いんじゃないの?
 いつもお代わりしてたのに?
 …この頃、朝あんまり食べないみたいだけど…」

「…ダ、ダイエットよ、ダイエット!!」

「香織がダイエット? どうして?
 そんなにスタイルがいいのに?」

 千鶴お姉ちゃんは不審そうだ。

「あ、でも、そう言えば、千鶴さんだってスタイルいいのに、
 ダイエットしてた時がありましたよね?」

「こ、耕一さん、そんな昔のこと…」

 千鶴お姉ちゃんは、なぜか頬を赤らめてそう言った。
 …と思ったら、ハッとこちらを向いて、

「香織!! あなた、好きな人ができたの!?」

 ぐっ

 私はご飯をのどに詰まらせてしまった。

 …く、苦しい!!

 目を白黒させている私の目の前に、楓お姉ちゃんがすっとお水の入ったコップを差し出してくれた。

 ごくごくごく…

 ぷはぁーっ!

「…た、助かった…
 千鶴お姉ちゃん!!
 いきなり何てこと言うのよ!?
 マジで、死ぬかと思ったじゃない!!」

「あ、ご、ごめんなさい、つい…
 急にダイエットを始めたなんて言うから…」

「…千鶴お姉ちゃんは、
 好きな人ができたから、ダイエットしたの?」

 あれ? 千鶴お姉ちゃんが真っ赤になっちゃった。
 珍しいわね。



「…香織。」

 千鶴お姉ちゃんは、こんどは小声でささやいた。

「はい?」

「何か悩みでもあるんじゃないの?
 パパに言いにくい事なら、
 私でも、楓でも、いつでも相談に乗りますからね。
 ひとりで悩んでちゃだめよ?」

「あ、ありがとう…
 でも、別に今のところ、悩みなんてないから。」

 あんな夢、だれにも話せるわけがない…



 香織が学校に行き、耕一さんがいったん部屋に戻る。
 私は楓をつかまえて、気になることを確かめようとした。

「楓。あれ以来、香織の様子が変なんだけど…
 あなた、何か知っているんじゃない?」

 「あれ以来」とは、香織が耕一さんと楓の関係を知って以来、という意味だ。
 それは確かに、娘にとってはショッキングな体験だったに違いない。
 しかし、最近妙にそわそわしている香織の素振りを見ていると、どうもそれだけが原因ではないよ
うな気がするのだ。

「…………」

 楓は俯いている。
 言うべきかどうかためらっているようだ。

「知っているのなら教えて。
 何か力になれるかも知れないし。」

「…あの娘は…」

 楓がゆっくり口を開いた。

「あれ以来、毎晩夢を見ています。
 それが、あの娘の様子がおかしくなった原因です。」

「夢?」

 柏木家では、夢は往々にして重要な意味を持つ。
 悲劇に繋がることもあれば、良い結果を生み出すこともある。

「…どんな夢?」

 楓は、初音同様、エルクゥの信号をやり取りする能力に長けている。
 同族が夢を見ているときに、意識をシンクロさせることがよくあるのだ。
 おそらく香織の夢の内容も知っているのだろう。

「…毎晩、違った夢ですが…」

 楓は言葉を選んでいるようだ。

「…いくつか、共通する要素があります。
 耕一さんと芹香さんの関係。
 耕一さんと私たち姉妹の関係。
 耕一さんと香織自身との関係。
 …それらは夢の中では、すべてセックスの当事者としての関係です。
 そして、香織は、そのすべての関係に拒否反応を起こしています。」

「え? ええ? みんな…そういう関係?」

 私は頬が火照るのを感じた。

「つ、つまり…
 あの娘は、私たちが耕一さんと…そうする夢を見るわけ?」

「ええ…」

 楓も頬を赤らめている。

「そして… 香織自身も…その…耕一さんと?」

「ええ。」

 私はちょっとショックを受けた。

「多分…私と耕一さん、芹香さんの関係を知ったことがきっかけでしょう。」

 楓は俯き加減に話し続けた。

「母親である芹香さん、そして母親のような存在だった私が、耕一さんの…
 そういう相手であるということを強く意識した結果、
 私たちに対して−−千鶴姉さんや梓姉さんや初音にも−−
 反発を覚えているのだと思います。
 あの娘自身の、父親に対する慕情がありますから…
 しかも、一方で父親を慕い求め、それに答えてほしいと願いながら、
 もう一方で、父親と深い関係になることを拒否している…
 ということではないかと思うんですが。」

「そう…
 つまり、自分と家族の位置関係が崩れて、
 かなり不安定になっているわけね?」

「そうだと思います。」

「…どうしたらいいかしら?
 そういう事情だと、あの娘も恥ずかしくて、
 自分から相談しようとはしないでしょうし…」

「しばらく様子を見るしかないと思いますが…
 もし、何か危険な徴候が見られるような時は、
 すぐ姉さんに知らせますから…」

「そうね… 今のところは、それくらいかしら?」

 私はため息をついた。

「…ところで、香織はゆうべどんな夢を見たの?」

 私はつい、好奇心に駆られて聞いてしまった。

「姉さん。」

 楓は苦笑する。

「香織のプライバシーよ。」

「だって、あなたは知っているんでしょう?」

「別に、知りたくて知っているわけじゃ…」

「どんな夢なのか、具体例を知りたいのよ。
 私だって心理学をやったんだから、
 ある程度夢判断ができるんですからね。
 昨日の夢だけでいいから…教えてちょうだい、ね?」

「…しようがないわね。」

 …楓の話を聞いた千鶴はさすがに真っ赤になってしまい、とても夢判断どころではなかった。



 果てしなく広がる緑の草原。
 そこかしこに咲き乱れる美しい花々。
 さわやかな風。
 うーん、いい気持ち…

「…柏木さん。」

 私を呼ぶ声がする。
 誰かしら?
 この気持ちのいい風景の中に、私以外の姿は見えないけど?

「…柏木さん。」

 ほらまた。
 変ねえ。一体だれ?
 何だか呼ばれるたびに、せっかくのいい気持ちをかき乱されるような…

「柏木さん!」

 …はっ!?

 いつの間にか私の目の前にこわい顔が…

「せ、先生!?」

 ここは…教室!?
 ということは…

「…ずいぶん気持ちよさそうでしたね。」

 先生のこめかみがひくひくしている…



「やれやれ…」

 私は下駄箱の前にいた。家に帰るところだ。
 今日は授業中に二回も居眠りをしてしまい、そのたびに先生に叱られるわ、みんなに笑われるわ…
 毎晩妙な夢を見ては夜中に目をさまし、その後なかなか寝つかれないおかげで、このところ睡眠不
足気味なのだ。
 下駄箱を開けると…例によってラブレターが。

「はあああー。」

 何だか何もかも鬱陶しい。



(だけど… 何だって、あんな夢見るんだろう?)

 毎晩違う夢なんだけど…
 いろいろ恥ずかしいことがあって、最後には必ずパパが私を…

(やだ。…私って変態なのかしら?)

 パパと…そういうことを…求めているのかしら?
 まさか!! 冗談じゃないわ!! いくら何でも実の父親と…!!

(パパはね、香織が世界で一番好きなんだ。)

 キュン

 夢の中の、パパの言葉を思い出すと、何だか胸が切なくなる。

(誰よりも好きなんだよ。…ママよりも、楓お姉ちゃんよりもね。)

 そんなはず…ないよね? だってパパが愛しているのは…

(ずっと待ってたんだよ。香織が大きくなるのをね。
 …大きくなって、パパのお嫁さんになってくれるのを、待ってたんだよ。)

 パパ…



 私はマルチお姉ちゃんと手を繋いでいた。
 周りには、ママと、楓お姉ちゃんと、初音お姉ちゃんがいた。
 私はみんなとおしゃべりしながら、上機嫌で歩いていたが…
 ふと気がつくと、私の手は空を掴んでいた。

「まるちおねーたん? まるちおねーたん!
 どこいったんですかぁ?」

 私は大声で呼んだ。返事はない。

「どうしたの?」

 初音お姉ちゃんが寄って来た。

「ふええ…
 まるちおねーたんが、どっかいったですぅ!」

「あらあら、そんなに泣いたら、みっともないわよ。
 …それじゃ、初音お姉ちゃんと楓お姉ちゃんが、
 手を繋いであげますからね。」

 ふたりに手を繋いでもらって、私は少し機嫌を直した。が…
 間もなく、ふたりとも姿を消してしまった。

「はつねおねーたん! かえでおねーたん!
 どこですかぁ!?」

 私はべそをかきながら、ふたりの名を呼んだ。

「…………」
 どうしたんですか?

「ママぁ!
 おねーたんたちが、いなくなったですぅ!!」

「…………」
 大丈夫ですよ。ママがついていますからね。

「うう、ママ。どこへもいったら、やですぅ。」

 私は懸命にママの手を握り締める。
 ママも優しく握り返してくれた。

 少しほっとしながら、また歩き出す。そして…
 ママも…消えてしまった…

「ママぁ!! ママぁ!! やですぅ!!
 かおりをひとりにしないでくださぁい!!
 う、うう、ママ、ママぁ!!」

 私は大声で泣き出した。

「ふえええええん!!
 ママーーっ!! まるちおねーたーん!!
 はつねおねーたーん!! かえでおねーたーん!!
 …あーーーーーん!!」

「…香織?」

「ふええ… え?」

 目を上げると、パパがいた。

「パパ!!」

 私は夢中でしがみついた。

「パパぁ!! どこへも行かないで!!
 香織を置いてっちゃやだ!!」

「おやおや、どうした?
 高校生にもなって、まるで赤ちゃんみたいだぞ?」

 パパの言う通り、私はいつの間にか、高校の制服を着ていた。

「だ、だって… みんないなくなっちゃうんだもん。
 ママも、マルチお姉ちゃんも、
 初音お姉ちゃんも、楓お姉ちゃんも…」

「そりゃ、当たり前だよ。」

「…え?」

「みんな、自分の役目が終わったことがわかったんだ。
 だから、消えてしまったんだよ。」

「役目…って?」

「香織が大きくなるまで守る役目さ。」

「?」

「香織がパパのお嫁さんになるまで守る役目さ。」

「え? ええ?」

 私は混乱した。

「お、お嫁さんって…
 パパのお嫁さんは、ママと…楓お姉ちゃんでしょう?」

「それは違うよ。」

「違うって…?」

「パパのお嫁さんは、香織なんだよ。」

「そんな…」

「誰にも邪魔させないからな。」

 パパは私を抱き締めた。

「わ、私たち… 父娘(おやこ)だから…」

「エルクゥの世界では、関係ないさ。」

 パパはそう言うと、一気に力を解放して、鬼になった。

「パパ…」

 私は、その途方もない力に魅せられてしまった。

「香織。さあ。パパのお嫁さんになってくれるね?」

 私は…
 …うなずいた。

 私は…パパが…好き。
 この、地上のどんな生物をも凌駕する力を持った男性が。
 この人が…ほしい。
 この人のものに…なりたい。

 パパは私の服を脱がせ始めた。
 間もなく、私のすべてがパパの前にさらけだされる。

「香織… きれいだ。
 おまえは、世界の誰よりもきれいだよ。」

「ほんと? …香織、嬉しいよ。」

「本当だとも。…さあ。」

 パパは再び私を抱き締める。
 私は目を閉じた。

 パパ。優しいパパ。素敵なパパ。強いパパ。
 …たくましいエルクゥの男性。
 パパは私を押し倒して、のしかかってきた…



「…香織?」

 はっ!?

「な、なあに… ぱぱ!?」

 やだ、完全に声が裏返ってる。

「どうしたんだ?
 さっきからちっともご飯が減ってないぞ?」

「そ、そ、そうだっけ?
 …ごめんなさい。ちょっと考えごとを…」

「さっさと食べないと遅刻するぞ?」

「う、うん。」

 私は赤い顔に気づかれないよう必死だった。
 あんな夢を見ていることをパパに知られたら…



「…千鶴姉さん。」

「どうしたの、楓?」

「香織のことで…ちょっと気になることが…」

「どんなこと?」

「危険な徴候…かもしれません。」

「何ですって?」



 楓は、この二、三日香織が見ている夢の話をした。

「夢の中では、もはや耕一さんの相手は香織だけになっています。
 そして、香織はそのことにほとんど反発せず、
 むしろ受け入れるようになっています。」

「まさか、香織は…本気で耕一さんのことを…?」

「人間としての香織は、
 父娘の間でそうなることに抵抗を覚えています。」

 楓は言う。

「しかし、エルクゥとしての香織は…
 ひとりのエルクゥの女性として、
 驚くべき力を持つエルクゥの男性である耕一さんを欲しているのです。
 …香織の内側では、そのエルクゥの欲求が、
 次第に大きくなりつつあります。」

「まあ…」

「…今から思えば、香織が覚醒したとき、
 耕一さんのフルパワーを見せたことは、大きな失敗でした。
 耕一さんはあのとき、
 香織に嫌われるのではないかと心配していましたが、
 事実はその逆で…
 香織を魅了してしまったのです。
 下手をすれば親子の関係を乗り越えかねないほど、強く。
 あのときは、香織がまだ幼かったのではっきりしませんでしたが、
 異性を強く意識するようになったこの頃になって、
 その思慕の念が前面に出て来たのでしょう。
 そして、私と耕一さんのことが、それに拍車をかけてしまったのです。」

「このまま放っておいたら…危険なことになる、と言うの?」

「エルクゥの力を制御できない男性の場合と違って、
 香織は女性ですから、
 エルクゥの欲求に完全に飲まれてしまうことは、まずないと思いますが…
 ただ、あの娘は激情に流されやすいところがあります。
 まして今は、精神的に不安定になりやすい思春期。
 一時的に、あくまで一時的にですが、
 エルクゥの欲求に身を委ねてしまう可能性が、
 ないとは言い切れません。」

「それを防ぐ方法は…」

「香織が、自分で意識してエルクゥの本能を抑えるか…
 さもなくば、耕一さんと香織をしばらく引き離すしかないでしょう。」

「耕一さんに事情を説明して、
 万一香織が求めても、きっぱり拒むようにしてもらえば…?」

「耕一さんに、そんなことができると思います?
 相手は、芹香さんにそっくりな香織ですよ?
 そして、美人にはこの上なく弱い耕一さんですよ?
 …香織が潤んだ目で迫ったりしたら、
 どうなるかわかったものではありません。」

「…確かにその通りね。」

 この点に関しては、全然信用のない耕一であった。



(やっぱり私…変態なのかな?)

 道を歩きながら考えた。

(夢の中の私、パパに夢中で…
 パパのお嫁さんになりたいと本気で思ってる…)

 目の前の石ころを蹴った。

(本当の私はどうなの?
 …やっぱり、パパのお嫁さんになりたいの?)

 石ころは電柱に当たって跳ね返る。

(そんなはずないよね?
 だって私たち、親子なんだもの…)

 もう一度蹴った。

(いっそ親子でなければよかったのに…
 …はっ!? 私ったら、何てことを!?)

 石ころは、二メートルばかり飛んで止まった。

(や、やだ。…いくらエルクゥでも、やっぱり親子は親子…)

 そう思った私の脳裏に、エルクゥ化したパパの姿が浮かんだ。
 胸が熱くなる。心臓がドキドキする。息苦しい。

(私は…パパのことが… 嘘だよね?)

 足もとの石ころを思いきり蹴飛ばそうとして…見事にスカをくらった…



「あつつ…」

「柏木さん、どうしたの?」

 腰をさすりながら教室に入って来た私を見て、クラスメートが訝しがる。

「あ、いえ、別に何でもないのよ。」

 石ころを蹴りそこねて思いきり尻餅をついたなんて、いくら何でも恥ずかしいよね。
 でも、マジで痛いや。まだズキズキする。



「ただいま。」

「お帰りなさい。…どうかしたの?」

 私がしきりに腰をさすっているので、楓お姉ちゃんは不審に思ったらしい。

「うん、実は…
 体育の時間に思い切り転んで、腰を打っちゃって…」

 少しは脚色しないと、恥ずかしいものね。

「そうなの? どれ、見てあげるわ。
 こっちへいらっしゃい。」

 楓お姉ちゃんは、私を居間へ連れて行き、戸棚から救急箱を出した。
 私はお尻を見てもらう。

「まあ、ずいぶん強く打ったのね?
 凄い色になってるわ…
 ともかく、湿布しときましょう。」

 うう、しみるよう…



「あたたた…」

 私が腰をさすりながら玄関に入ると、

「香織? どうかしたのか?」

「あ? パパ? どうして家にいるの?」

「今日は仕事が早く終わったんだよ。」

「そうなの? じゃ、千鶴お姉ちゃんも帰ってるの?」

「いや、千鶴さんはちょっと寄る所があるそうで、
 少し遅くなるはずだ。」

「ふうん。…楓お姉ちゃんは?」

「買い物だ。」

 ドキッ

 …ということは…私とパパのふたりきり?

「ふたりが帰って来る前に、お尻の手当てをしてあげよう。」

「え!?」

「転んでお尻を打ったんだろ?」

「! …ど、どうして、それを!?」

「知ってるさ。
 …えっちなことを考えてて、転んだんだろ?」

「ち、違うよ!! えっちなことなんて、そんな…」

 違う…よね?

「まあ、いいから。早く上がりなさい。」

 パパは私の手を引っ張る。

「あ、あの…」

 私は脱いだ靴を揃える余裕もなく、そのままどんどん引かれて行く。

「パ、パパ…」

 パパは私を居間まで引いて行くと、戸棚から救急箱を出した。

「さあ、お尻を見せない。」

「い、いいよ。自分でするから…」

 パパにお尻を見せるなんて恥ずかしい。私、もう子どもじゃないんだから…

「遠慮するな。」

「きゃっ!?」

 パパは私を後ろ向きに座らせると、体を前のめりにさせ、有無を言わさずお尻をめくってしまった。

 ひ、ひどいよ、パパ!! いくら何でも、もう少しデリカシーというものを…

「あれ、変だな? 何ともなってないぞ?」

「え? ほんと?」

 こんな恥ずかしい思いしてるのに、何ともないですって?

「ははあ、そうか…」

 そうかって?

「…お尻が痛いふりをしていたんだな?」

 は?

「パパにお尻を見てもらいたかったんだろう?」

 !! ち、違うよ、私、この格好、とっても恥ずかしいんだから!!

「大丈夫だよ。」

「ひっ!?」

 パパが私のお尻を…じかに撫でた。

「香織のお尻は、とてもきれいだよ。」

 やだあ、恥ずかしいってば、見ないでよぉ。

「ママのお尻よりきれいだ。」

 だから、そういう問題じゃ… え? ほんと?

「世界一きれいなお尻だよ。」

 …この場合、喜ぶべきか、恥ずかしがるべきか…?

「この分なら、すぐにでもお嫁に行けるな。」

 そういうことって、お尻を見て決めるわけ?

「それじゃ、早速パパのお嫁さんになってもらおうか?」

 え? …な、何ですって!?

 冗談はやめてよ…と言いかけたとき、後ろで急にエルクゥの気配が膨れ上がるのを感じた。
 おそるおそる振り返って見ると…パパは鬼になっていた。
 私は何も言えなくなってしまう。

「香織。愛しているよ。」

 パパは私の腰を両手で支え…
 え? ま、まさか…後ろ…から…?
 そして一気に…



「痛いっ!!」

 私は目をさました。
 お尻をかばうためにうつぶせに寝ていたのだが、夢を見ながら体を動かしているうちに、お尻を
ベッド脇の壁にぶつけてしまったらしい。
 その痛みで目をさましたというわけだ。

 ほっ… また夢… 夢で良かった…
 それにしても、いきなり後ろからなんて… いくら夢だからって、パパのえっち…
 あれ? この場合、私がえっちなのかなあ?
 …あーん!! また今日も寝不足だよぉ…


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