The Days of Multi第五部第6章 投稿者: DOM
The Days of Multi
第5部 Days with Serika
☆第6章 同族 (マルチ22才)



「おはよう、浩ちゃん!」

「ああ、おはよう。
 …どうした、何かいいことでもあったのか?」

「え?」

「やけに嬉しそうだからさ。」

「そ、そう?
 …へへ、実はね、昨日ママが来てくれたんだ。」

「あ…」

「…いいよ、噂は知ってるから。」

 浩の顔色を読み取った香織があっさりと流す。

「…知ってるのか?」

「うん。でも、全然気にしてない。
 根も葉もない噂だから。
 パパとママ、本当はすっごく仲良しなんだもん。」

「そうか…」

「そうだよ。
 …ゆうべも、パパとママと私と三人でおしゃべりしながら、
 一緒に寝たんだから!」

「!…………(赤)」

 浩は、思わず香織の寝間着姿を想像してしまったようだ。



「……………」
 耕一さん、落ち着いて下さい。

「だ、だけど、芹香。
 あの野郎、あんなに香織にくっついて…」

「…少なくとも50センチは離れています。」

 楓が冷静に分析する。

「それに、今にも手を握らんばかりに…」

「…男の子は右手に鞄、左手はポケットの中です。」

「ほら! 公然とデートの相談を…!」

「…明日は男の子の都合が悪くて迎えに来られない、という断わりです。
 …いい加減にしてください、耕一さん。
 それでは、正確な判断ができません。」

「できるさ!
 …あの男は、美人に目がないスケベ野郎で、
 香織の美貌に惹かれて近寄って来たものの、
 誠実さを貫くつもりなんかこれっぽっちもなく、
 他にいい女がいればすぐそっちへ乗り換えようという、節操なしに違いない!
 あいつに香織はやれねえ!」

「美人に目がない節操なし…
 つまり、性格的には耕一さんと大差ない、というわけですね?」

「か、楓ちゃん… 突っ込みがきつい…」



 楓は母親代理の立場から、芹香に、香織が最近浩という昔なじみとよりを戻したことを伝えた。
 芹香もその子を見たいだろうと思ったからだ。
 ところが、それを耕一の「エルクゥ耳」に聞きつけられてしまい、結局三人で物陰から様子を伺う
羽目になったのである。



「私の見るところ、男の子…浩君の方は、
 この頃だんだん、香織を異性として意識し始めたようです。
 対する香織は、まだ幼友達の延長という要素が強いようですね。
 話の内容も無邪気なものですし…
 しかし、ふたりとも、互いに好意を寄せていることは間違いありません。」

「……………」
 そうですね、仲がよさそうです。

「芹香、お前ずいぶん落ち着いてるじゃないか?
 香織に悪い虫がついても平気なのか?」

「……………」
 香織には友だちが必要です。

 浩之に会うまでひとりの友人もなかった芹香は断言する。

「友だちなら、女の子でいいじゃないか?
 何もあんな男と仲良くならなくても…」

「香織は男の子にもてるようですから、
 かえって女の子たちの反感を買っているようです。
 あの娘も、ああいう性格ですから、
 周囲のご機嫌をとってまで仲良くしてもらう気はないようですし…
 それに、浩君は、香織の将来の結婚相手として、かなり有望です。」

「な!? 何を、楓ちゃん!?
 馬鹿も休み休み言ってくれ!!
 だれがあんなろくでもない男に香織を…」

「……………」

「え? 耕一さんの態度は、綾香の結婚に反対した父とそっくりです?
 い、いや、この場合は事情が違うだろう?」

「娘をよその男に取られたくなくて嫉妬に狂う父親、
 という点で、まさに同じです。」

「…楓ちゃん。さっきからずいぶん厳しいじゃない?」

「耕一さんがもう少し大人になってくれないと、
 香織のためになりません。」

 楓は静かに言葉を継ぐ。

「あの娘は遅かれ早かれ、
 結婚問題を考えなければならない時が来ます。
 しかし、柏木の血の秘密を理解した上で、
 なお香織を望んでくれるような男性は、そうざらにはいません。
 秘密を誰彼の見境なく伝えるわけにもいきませんし…
 その点、幼友だちなら、気心も知れていますし、
 エルクゥの秘密を乗り越えられるくらい強い絆を結ぶことも、可能でしょう。」

「だからって、あの男を結婚相手に決めつけるというのは…」

「もちろん、今すぐ婚約とか、
 そういうことを言っているのではありません。
 あくまでも、将来有望な候補のひとりというだけです。
 それでも、候補は候補ですから、
 今のうちから注意しておいた方がいいと思います。」

「しかし…」

「耕一さんがそんなでは、
 香織の相手が誰であれ、満足できないでしょう。
 それでは将来、結婚など到底不可能です。
 …いくら香織が可愛くても、
 耕一さんが結婚するわけにはいかないのですよ?」

(うーん、できればそうしたいくらいだが… 芹香にそっくりだし…)

「…耕一さん?」

 ぎくっ

 楓ちゃんの声が低い。考えを読まれたか?
 芹香は顔が赤いし…って、どうして芹香まで?
 エルクゥじゃあるまいし…

「……………」
 耕一さん、思ったことが顔に出るたちですから…

(…俺の顔って一体?)



「ところで、さっき噂がどうの…とか言ってたけど、何のことだろう?
 …楓ちゃん、何か知らない?」

 楓に逡巡の色が見えた。

「知ってるんだね? どんな噂?
 教えてくれよ。」

「…実は…」

 楓はややためらってから、口を開いた…



「…な、何だって!? 俺と千鶴さんが!?
 だ、誰がそんな無責任な噂を!?」

 耕一は激昂する。

「噂ですから、出所はわかりませんが…
 香織も浩君も知っているようですから、
 かなり広まっているのでしょう。」

「く、くそー…」

「客観的に見て、誤解されやすい状況であることは否めません。」

 楓はあくまでも冷静だ。

「そ、そんな…
 何とかそんな噂が流れないようにしないと…」

「今の柏木家のあり方が変わらない限り、それは無理でしょうね。」

「そんなにあっさり結論を出さないでくれよー…」



 香織が上機嫌だったのは、ひさしぶりに母に会えたから、だけではない。
 父のとてつもないパワーに魅せられたから、だけでもない。
 力に目覚めた香織には、浩に同族の匂いが感じ取られたからだ。
 もちろん、エルクゥの血はごく薄まっており、鬼化できるほどではない。
 それでも香織は、浩がたとえわずかでも自分と同じ血を受け継いでいることを知って、何となく嬉
しかったのだ。

(エルクゥ化できるのは柏木家の血筋に限られるけど、
 同じ血を引く人は市内にかなりいる、って言ってたっけ…)

 香織は千鶴の言葉を思い出しながら、その第一号が浩ちゃんか、などと考えていた。



 浩と共に校門をくぐる。
 …なるほど、薄まってはいるが、同族の匂いを持つ生徒がほかにもいる。
 さりげなく調べてみると、一年生では、A組に香織のほかふたり、B組にひとり、C組に浩ともう
ひとり、エルクゥの血筋が見つかった。
 もちろん、香織以外はごく薄い血の持ち主でしかない。
 意外にも、香織のクラスで同じ匂いを持つ生徒のひとりは、隣の席の静原だった。
 柏木家と静原家は、長い歴史の中のどこかで関わりを持ったことがあるのだろう。
 そう考えた香織は、何となく不思議な感慨にとらわれてしまった。



 その静原は、昨日のことを気にしているのだろう、香織が席についても顔を背けている。
 何となく、申し訳なくて小さくなっている、という感じだ。
 香織はその様子を見ると、腹を立てるよりも気の毒になった。

「静原さん。」

 呼ばれた少女の体がびくっと動いた。

「いいのよ。昨日のこと、気にしてないから。
 …どうせ、脅かされて、いやいややらされたんでしょう?」

 静原の体は小刻みに震えている。
 香織はそれを見て、いよいよ気の毒に思う。

「大丈夫。すべて丸く収まったから。
 静原さんが気にすることはないのよ。」

「え?」

 静原は、初めて香織の方を見た。

「ほ、ほんと?
 …ひどい目にあったとか、そういうのは?」

「全然。」

「…よ、良かった…」

 静原は、心底ほっとしたように息を吐いた。
 が、すぐに俯くと、

「ごめんなさい。…あの人たち、乱暴だから…
 柏木さんのこと、心配だったんだけど…」

「だから、もういいって。」

 香織は手を差し出した。

「友だちになろう?」

 静原は一瞬ためらった後、香織の手を取った。

「…うん。ありがとう。」


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