The Days of Multi第五部第5章パート2 投稿者: DOM
The Days of Multi
第5部 Days with Serika
☆第5章 覚醒 (マルチ22才) Part 2 of 2



 その日の夕食は店屋物だった。
 楓は片腕が使えない。
 香織は、とても落ち着いて料理ができる状態ではない。
 千鶴が「久しぶりに私が腕をふるいます。」と張り切るのをしり目に、楓がさっさと電話を入れて
注文してしまったのだ。
 もちろん千鶴はぶーぶー言っていたが、耕一は楓の果断な処置に秘かに感謝していた。



 ちょうど夕食が始まる、というときに、芹香が到着した。
 よっぽど急いで来たらしく、会長にふさわしい上品なスーツの上から、マントと帽子を身につけ、
ホウキを片手に持ったまま、玄関に入って来た。
 会社から直接「飛んで」来たと言う。
 …道理で、馬鹿に早く来ることができたわけだ。

 食事は芹香の分も注文してあったので、支障はなかった。
 もっとも、誰も味わって食べる余裕などなく、ほとんど会話もないままだったが。



 食後のお茶をすすりながら、しばらく無言だった一同の中で、香織が口を開いた。

「もう、そろそろいいでしょ?
 教えてちょうだい… 私が何なのか?」

 残りの四人は互いに見交わすと、千鶴がおもむろに口を開いた…



「わ…私…たちって… 宇宙人、なの!?」

 エルクゥの血筋の由来を聞いた香織は、愕然とした顔でそう聞いた。

「正確に言うと、宇宙人の血を一部受け継いだ地球人、でしょうね。」

 楓が冷静に言い直す。

「柏木の…人は…みんな…この力を持ってるの?
 私だけじゃないの?」

「皆持っています。
 力の強さや性質に、個人差はありますが。」

 千鶴が言う。

「じゃ… パパも?」

「ああ。」

「千鶴お姉ちゃんも?」

「はい。」

「梓お姉ちゃんや、初音お姉ちゃんも力を?」

「そうです。そして、私も。」

「楓お姉ちゃんも?
 …でも、楓お姉ちゃんは、メイドロボじゃない?」

「確かに体は作り物ですが…
 魂は、本物の柏木楓です。」



 楓は、自分がメイドロボの体に宿った経緯を簡単に述べた。
 もちろん、千鶴に殺された話は省略してある。

「もし私がただのメイドロボだったら、あなたの一撃を受け止めたときに、
 腕だけでなく、全身めちゃめちゃになっていたことでしょう。
 あなたの右腕には、それだけの威力がありましたから…
 腕一本ですんだのは、私がエルクゥの力を解放していたからなんですよ。」

「そ、そうだったの…?」

 香織が改めて恐縮する。



 しばらくの沈黙の後、再び香織が口を開いた。

「ママは…違うのね?
 エルクゥの力はないのね?」

 こくん

「ママ… 知ってたの?
 パパがこういう血を受け継いでいる、ってことを…」

 こくこく

「それでも…結婚しようと思ったの?」

 こくん

「そう… そんなに…好きだったんだ…」

 …こく(赤)



 事もなげに頷き続ける母親を見ながら、香織はほとんど呆れていた。
 相手がこんな途方もない力を持っていることを知りながら、結婚するなんて…



「ママって…すごいんだね?」

 ふるふる

「…………」

「え? 香織にも、本気で好きな人ができたら、きっとわかります?
 そ、そうかな?」

 やや顔を赤らめる香織。

「か、香織!!
 そのときはちゃんと、パパやママに紹介するんだぞ!?」

 耕一が父親らしい心配をする。
 香織はようやく微笑みを浮かべた。

「わかってるわよ。
 そのかわり、『絶対反対』なんて言わないでね?」

「それは相手次第だ。」

「ずるいよ。」

 と、まだ現れもせぬ恋人を巡って、双方むきになる。
 どうやらいつもの調子を取り戻しつつある香織を見て、女性陣はほっと胸をなでおろした。



「大体話しておくべきことはそれくらいですが…
 何か聞きたいことはありますか?」

 千鶴は、男子の宿命と転生の事実を除いて、あらましを語ったことになる。

「うーん… 今のところ、ほかに質問はないけど…」

 香織はしきりに考えながら言う。

「お願いがひとつあるんだけど… いいかな?」

「何ですか?」

「みんなの…力を…見たい。」

「え?」

「だって… 話だけじゃピンと来ないもの。
 こんな途方もない力…
 自分だけが持っているんじゃないって、
 この目で確かめたいの。
 そうでないと、不安で… だめかな?」

「そうですね…」

 千鶴は考え込む。

「耕一さんはいかがです?」

「いや… できれば見せたくないな…
 見せるとしたら、体変化の寸前までがいい。」

「男の人は鬼になっちゃうから?
 いいじゃない、パパのこときらいになったりしないよ。
 だからね、全部見せて。」

「うーん… そこまで言うなら…」

「ありがとう!」

「楓は?」

「私は構いません。
 すでに香織の前で力を使っていますし…」

「そう。それじゃいいのね?」

 千鶴は立ち上がる。

「庭に出ましょう。」

「どうして? ここじゃ駄目なの?」

「エルクゥ化すると、ふだんの何倍も体重が増えるの。
 ここで一斉に力を解放したら、床が抜けてしまうわ。」

「へえー…」



 一同は庭に出た。

「香織、あなたも力を解放しなさい。
 並の人間のままでは、私たちの力に圧倒されてしまうから。」

 千鶴が言うと、

「えーと、でもどうすれば…?」

「大丈夫、私たちが力を解放すれば、
 あなたもおのずとコツがわかります。」

 楓が静かに言う。



「では…」

 千鶴は精神を集中した。

 ひゅうううううう…

 千鶴の体から、周囲を圧する風のようなものが発せられた。
 長い髪が舞い上がる。
 右手に、鋭い鈎爪が生える。
 そして…瞳が赤く染まり、虹彩が縦に裂けた。



 続いて楓が力を解放する。

 ひゅごおおおおお…

 白い冷気のようなものが吹き出す。
 体には目立った変化はないが、力が満ち満ちているのがわかる。
 そして、深い湖のような静かな瞳が、鮮やかな血の色を帯びた。



 香織も、半ば本能的に力を解放した。
 そうでないと、ふたりの姿に圧倒され、失神しかねない。
 体に信じられないほどの力がみなぎるのを感じる。
 ふだんの何倍もの体重になったにもかかわらず、この上なく身が軽くなったように思う。
 緋色の瞳で、先のふたりと視線をかわす。



「香織… あなたは、女性としてはかなり強い力を持っています。」

 千鶴が言う。

「ええ。
 ちゃんと訓練すれば、多分、私たち姉妹を凌駕することでしょう。」

 楓も付け加える。

「ほんと? 何だか信じられないけど…
 じゃ、パパも力を見せて。」



 耕一はすでに、体の変化する寸前まで力を解放していた。

「ちょっと待ってくれ。
 これ以上変化すると、服が破れちゃうんで…」

 耕一は、用意しておいたバスタオルを持って、物陰に隠れた。
 間もなく、全裸の上にバスタオルを巻いて現れる。

「それじゃ、香織。
 いよいよ力を全部解放するけど…」

「うん…」

 香織は緊張の面もちだ。

「…頼むから、嫌いにならないでくれよ?」

 耕一はそれだけが心配らしい。

「えへ、大丈夫だってば。」

 香織が笑みを見せる。



「よし… いくぞ。」

 耕一が真剣な顔になる。その途端。
 目に見えないエネルギーの流れが耕一に集約するかのように感じられた。
 同時に、耕一の体がみるみる膨れ上がっていく。
 呆気に取られている香織の目の前で、巨大化した耕一は、頭に二本の角、口に牙、手に鈎爪を生や
し… まさに「鬼」としか言いようのない姿になったのである。



「どうだ… 香織?」

 赤い瞳の鬼が呟く。

「凄い…凄いよ。本当にパパなの?」

「ああ。香織のパパだよ。」

「凄い、凄い。」

 香織は恐れるよりも、しきりに賛嘆している風である。
 これもエルクゥの血のせいだろう。
 千鶴と楓も、久々に見る耕一のフルパワーに、うっとりとした目を向ける。
 この桁外れの力が、自分たちを慈しみ、守ってくれるのだ…



 香織はふと、母親の姿に気がついた。
 芹香は、エルクゥの力とは無縁のはずなのに、力を解放した四人を前にして、平然と立っている。

「ママ… 平気なの?」

 香織が信じられないような顔で聞く。

 こくん

「…………」

「え? 人外の力に相対することには慣れていますから?
 …マ、ママもやっぱり、凄い!」

 人並みはずれた両親に、改めて感服する香織だった。



 その夜。
 香織は、両親にせがんで、親子三人一緒に寝ることを求めた。
 力の覚醒という一生一度のイベントを経験した娘の心理を配慮した耕一と芹香は、その願いを叶え
てやることにした。

「えへへ… パパって素敵。すっごーく素敵。」

 耕一の胸に頭を擦りつけるようにして、香織が甘える。

「そ、そうか? いや、それほどでも…」

 今度は母親の方を向く。

「ママも素敵。
 エルクゥの力を持ったパパを好きになるなんて…
 凄いよ。香織は幸せだよ。」

「…………」

 なでなで

 …………

 しばらく父と母の間で甘えていた香織は、やがてすーすー気持ちよさそうな寝息を立て始めた。
 耕一と芹香は、娘の幸せそうな寝顔にほっとしながら、彼女が大きな試練に打ち勝つことができた
のを喜ぶのであった。


−−−−−−−−−−−−

香織の覚醒の状況を想像してみると…
要するに、芹香さんが中学生になった姿を思い浮かべ…
うう、この時点ですでにかなり危険(何が?)。
続いて、その瞳が赤く染まったところを… はうう。
こわいような、かわいいような…
もしかすると、鈎爪つきでもいいから「なでなで」してほしい、という方も…?
いや、いないとは思いますが…


ところで、芹香さんは、以前から研究していた空を飛ぶ術を完全にマスターしたようです。
しかし、第四部であの魔法の練習をしてもらった時には、
全体の流れとは直接関係のない、さりげない柏木家の日常を描いただけのつもりだったんですが…
こんなところで威力を発揮するとは。
もしかして、耕一や香織に会うために精進を重ねたのかもしれません。


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