The Days of Multi第五部第5章パート1 投稿者: DOM
The Days of Multi
第5部 Days with Serika
☆第5章 覚醒 (マルチ22才) Part 1 of 2



 私と浩ちゃんとは昔のような仲良しになった。
 浩ちゃんはほとんど毎朝、私を迎えに来てくれる。
 もともと近所だから、遠回りというわけではないけど…
 時々は私の方から迎えに行こうかと言ったんだけど、
 「女の子が迎えに来たりしたら、心配症の母さんが大騒ぎするからよしてくれ。」だって。
 学校のみんなは、私たちの事をいろいろ取りざたしているようだけど、
 私たちは、ただの仲のよい友だち。
 それ以上でも、それ以下でもありませんからね?



 6月下旬。
 帰り支度をしていると、静原さんが、折り入って話がある、と言ってきた。
 何だろう? また浩ちゃんのことかしら?
 静原さんについて、校舎の裏手に出た。
 人気のないところだ。

「静原さん。話って?」

「あの… 柏木さん、ごめんなさい!」

 そう言うなり、静原さんは、スカートの裾を翻して走り去って行く。
 一瞬呆気に取られた私が後を追おうとしたとき。
 見知らぬ女子生徒が私を取り囲んだ。総勢6名。

「あの…?」

「柏木さんね?」

「…そうですけど?」

 ヒュッ

「きゃっ!?」

 いきなり足を払われた私は、地面に尻餅をついた。

「いたた… な、何を?」

 私が抗議の目を上げると、

「何よ、その生意気な目つき?
 …大体、あんた目障りよ!」

 ゴッ

 今度は背中に蹴りを入れられた。

「あう!!」

 強烈な痛みに、思わず涙をこぼす。

「ちょっと美人で男の子にもてるからって、
 いい気にならないでよね?」

「わ、私… いい気になんか…」

「…それ!」

 リーダー格の娘が合図をすると、残りの五人が、地面にひざを突いている私を掴んで身動きできな
いようにした。

「さあ、約束しなさい。
 今後一切、佐々木君には近づかない、ってね?」

「浩ちゃんに?」

 そうか… この人たちは、浩ちゃんの…熱狂的なファンってわけね。

 パシッ

「ひゃ!?」

 自分が平手打ちを食らったとわかるまでに、しばらく時間がかかった。
 …親にさえ、顔をぶたれたことなんかないのに。

「何が『浩ちゃん』よ!?
 さあ、約束しなさい! 佐々木君を諦めるって!!」

「諦めるも何も… 私たち、そういう仲じゃ…」

「何でもいいのよ!!
 ともかく、もう会わないと誓いなさい!!」

「…嫌です。」

「何ですって?」

「浩ちゃんは、私の友だちです。
 あなたたちが何と言おうと、友だちは友だちです。」

「…へーっ、いい度胸してるじゃない?」

 憎しみと嘲りの混じった視線。

「まあいいわ。
 そんなこともあろうかと、カメラを用意して来たんですものね。」

「カメラ?」

 彼女は、ポラロイドカメラを取り出した。

「さあ、どこまで強情張れるかしらね?」

「な、何をする気?」

「これより、隆山中学一の美少女と名高き、
 柏木香織さんのヌード撮影会を致しまぁす。」

「ヌード…って!?」

 冗談じゃないわよ!!

「まずはお胸を拝見といきますか?」

 一斉に私の制服の胸元を押し広げようとする。

「ちょ、ちょっと、やめてよ!!」

 制服のリボンを奪われ、胸を覆う下着が半ば露にされる。

「あら? 何、これ?」

 リーダー格の娘が、私に近づくと、胸のペンダント−−幸運のお守り−−を手にした。

「何よ、このデザイン?
 趣味が悪いわねえ。
 こんなのが柏木さんの好み?」

 ぐっと引っ張る。

「あう!」

 プチッ

 細い鎖が切れて、ペンダントは少女に奪われた。

「返して!!
 それはママの、ママの大事な…!!」

「ママ?
 …ああ、夫の浮気にたまりかねて、
 あんたを捨てて行った優しいお母様のことね?」

「え?」

「隠してもだめよ。
 学校中、知らない人はいないわ。
 あんたの父さんが鶴来屋の会長さんに手を出したのがばれて、
 怒って出て行っちゃったんでしょう?
 あんたは置き去りにされて、ろくでもないメイドロボに育てられた、
 不幸なお姫様なんでしょう?」

「な、な…」

 私は怒りに震えるあまり、言葉を発することができなかった。
 この人は…ママの悪口を… パパの悪口を…
 …楓お姉ちゃんや、千鶴お姉ちゃんの悪口まで!!

(赦さない… 絶対に赦さない…)

 私の内に、激しい怒りの炎が燃え上がった。

「そのママの形見が、この古臭いペンダント?
 これがそんなに大事?
 ふふ、それなら…」

 少女はペンダントを思いきり地面に叩きつけた。

「やめてええええええ!!」

 私は絶叫する。
 少女はペンダントを踏み壊そうと、足を上げた…



 ドクン!

 私の心臓が大きく跳ねた。

 ドクン! ドクン! ドクン!

 不意に、燃え上がる怒りとは別の、不思議に熱いものが全身にみなぎった。

 ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン!

 信じられないほどの力が体の中に…

「やめてええええええ!!」



 私はペンダントをしっかり握り締めていた。
 幸い、壊れてはいないようだ。

(良かった… ママからもらった、大切なお守りだものね。)

 ゆっくりと振り返る。
 私が突き飛ばしたリーダー格の少女は、派手にひっくり返ったままだ。
 私が振りほどいた五人の少女たちは、ばらばらに弾き飛ばされて、呆気に取られている。
 自らの内に、青白い怒りの炎が燃え上がるのを感じる…
 私は少女たちを睨みつけた。
 彼女たちの間に、怯えの表情が広がって行く。
 私は、自分の瞳が赤く染まっていることに気がついていなかった…



 グシャッ

 足の下で、ポラロイドカメラが粉微塵に砕ける。
 紙コップを踏んづけたような感じだ。ほとんど抵抗がない。

「赦さない…」

 自分の声とは思えない、低い、しかし威圧感を伴う声がもれる。
 身を寄せ合った少女たちの顔が恐怖に歪む。

「絶対に赦さない…」

 一歩一歩、近づいて行く。
 そのたびに、少女たちの怯えが増し加わる。

「た、助けて… 赦してぇ!」

 口々に哀願する。

「だめ… 赦すもんですか。」

 私は、右腕に力が集結して行くのを感じた。

「だって、あなたたちは…
 ママの悪口を… パパの悪口を…
 お姉ちゃんたちの悪口を…!!」

 私は、怒りを込めて右腕を振り上げた。

「私の大事な人たちの悪口をぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 鈎爪が空を切る。

「きゃああああああああああああああああ!!」

 少女たちの絶叫…



 柏木家の縁側。
 夕日に映える庭の景観が美しい…はずだ。
 実際には、自分の視覚が映し出したものを、自分で認識することができなかった。
 視界を彩る紅が、夕日のせいなのか、自分の瞳の色のせいなのか、それすらもよくわからない。
 ただ…赤一色の世界にいた。それだけだ。

「…香織。少しは落ち着いた?」

 静かな声が耳に響く。
 ゆっくりと振り向く。

「楓お姉ちゃん…」

 私はその左腕に目を向けた。

「ごめんなさい…」

 ふるふる

 穏やかな微笑が私を慰めてくれる。

「修理すれば、すぐに元に戻ります。」

 その腕は、肘から下が大破していた。



 香織がエルクゥの力を込めて振りおろした右腕をかろうじて受け止めたのが、楓の左腕だった。
 例によってリミッターを解除し、エルクゥの力を解放していた楓であったが、無理な体勢からの防
御と、香織の怒りの凄まじさによって、その腕を一瞬で使い物にならなくされてしまった。
 幸い、楓を傷つけてしまったことに気がついた香織が、呆然としてそれ以上の破壊活動をやめたの
で、事なきを得たのだが…

 香織の突然の覚醒は、強力なエルクゥ信号の放射を伴うものだった。
 楓も、耕一も、千鶴も、その強い信号を受けて愕然とした。
 それが香織のものであっただけでなく、凄まじい怒りに満ちたものだったからだ。

 隆山中学は、鶴来屋からはかなりの距離があるが、柏木の屋敷からはさほど遠くない。
 そういうわけで、楓が際どい所で現場に駆けつけることができたのだ。
 少しでも遅かったら、少女たちは皆殺しになっていたことであろう。

 やや遅れて耕一と千鶴が到着する前に、楓は放心状態の香織の着衣の乱れを直してやった。
 胸元を露にされた娘の姿を見たら、今度は耕一が逆上して、少女たちを皆殺しにしかねない。
 そして、逆上した耕一を止めるには、本気の殺し合いくらいしか手段はないのである。

 とりあえず、香織は柏木家に連れ帰るとして、恐怖に気を失った少女たちの処置をどうするかが一
番の問題であった。
 エルクゥの力を目のあたりにしているのだ。放置しておくわけにはいかない。
 一番手っ取り早いのは「抹殺」してしまうことだが…

 耕一と千鶴が思案していると、楓があることを思い出した。
 マルチの破壊をもくろんだ調査員たちに芹香が用いた、記憶の一部を失わせる薬である。

 千鶴は、持っていた携帯電話で、取り急ぎ芹香に連絡を取った。
 芹香は、娘が突然エルクゥの力に覚醒したことを聞いて驚いていたが、柏木家に残っている魔法薬
のありかと、その使い方を詳しく伝えた。
 傍らで耳を傾けていた楓は、電話が終わると、千鶴と耕一を番に残して、薬を取って来た。
 千鶴は自分で処方を試そうとしたが、耕一と楓が反対し、楓が術を施すこととなった。
 何によらず、千鶴が人にものを食べさせたり飲ませたりすると、騒動のもととなりやすいからであ
る。

 薬はうまく効いたらしく、物陰で様子を伺っていた四人の前でやがて息を吹き返した少女たちは、
自分たちがどうしてそんな所にいるのか思い出せず、ぼんやりとした様子で家路についた。
 耕一たちは、それを見届けた上で、柏木家に引き上げたのである。



「楓お姉ちゃん…」

 香織は力のない声で聞いた。

「私は…何なの?」

 自分が素手でメイドロボの腕を大破させたのを知った香織は、自分が何者なのか、なぜそんな力が
あるのかを知りたいと、切に願っていた。

「話してあげる…
 でも、もう少し待って。」

 楓は言った。

「芹香さんがこちらに向かっています。
 一緒の方がいいでしょう?」

「ママが…?」


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