The Days of Multi第五部第3章 投稿者: DOM
The Days of Multi
第5部 Days with Serika
☆第3章 遊園地にて (マルチ21才)



「それでね、パパったらそのときね…」

 ひっきりなしにしゃべり続ける香織。

「…………」

 時々「こくこく」しながら耳を傾ける芹香。



(一体何があったんだ?)

 朝、ふと目をさますと、同じベッドに芹香と香織が寝ていたので、大いに驚いた耕一。
 だが、もっと驚いたのは、続いて目を覚ました妻と娘が、昨日までの冷ややかな関係はどこへやら、
すっかり仲良くなっていたことだ。
 芹香が着替えのために自室に下がると、香織も自分の着替えを持ってその後について行ってしまい、
結局朝食の時間まで戻って来なかった。
 そして今も、朝食の席で、母娘のむつまじい会話が続いているのだ。
 …話し手はおもに香織だが。



 綾香は、その様子を満足そうに眺めている。
 来栖川の祖父母は、急に親密になった母娘に驚いたようだが、これまた微笑ましそうに見ている。
 マルチに至っては満面の笑顔だ。

 そのとき、セリオが近づいて、芹香の耳に何かささやいた。
 芹香がささやき返すと、セリオは頷いて食堂を出て行った。

「何、ママ? もうお仕事の時間?」

 香織が不安そうに聞く。

 ふるふる

「…………」

「え? 今日の予定をキャンセルしてもらうように、セリオさんに頼みました?
 …ということは!?」

 香織が期待に満ちた表情を浮かべる。

 こくこく

「…………」
 今日一日、一緒に過ごしましょう。

「わーい! 最高!」

 心底嬉しそうな香織であった。



「か、香織… 頼むから、少し休ませてくれ。」

 耕一が弱音を吐く。

「パパ、だらしないわよ。ママを見習いなさい。」

 香織が叱咤する。

「…………」
 香織、パパが辛そうだから、ちょっと休憩しましょう。

「んもう、しょうがないなあ…」



 耕一一家は遊園地に来ていた。
 マルチとセリオも同伴だ。
 香織はその性格から予想されるごとく、絶叫系の乗り物が好きで、朝からその手のものばかり乗っ
ている。
 もちろん、両親もつき合わされている。

 メイドロボはジェットコースターの類に乗せられないきまりがあるとかで、

「残念ですが、私たちはここでお待ちしてますぅ。」

 とマルチは言っていたが…にこにこして、ちっとも残念そうではない。
 多分、猛スピードで動く物に乗らずにすんでほっとしている、というのが本音であろう。
 マルチなら、ジェットコースターが一周する前に、システムダウンしてしまうのが落ちだろうから。

 というわけで、耕一はすでに絶叫系には食傷気味。
 しかし、香織はまだまだ元気いっぱいだ。
 意外にも、芹香は涼しい顔をしている。
 耕一がそっと、大丈夫なのか、と聞いたところ、

「…………」
 運動は苦手ですが、乗っているだけなら平気です。

 という答えが返って来た。

「だけど、あんなに振り回されて、気分悪くならないか?」

「…………」
 魔法の実験で慣れてます。

「そ、そんな実験があるのか?」

「…………」
 肉体は静止したままでも、幽体を分離すると、往々にして激しく振り回されるような感覚を覚えま
すから…

「…………(これ以上聞くのは恐い)」



 マルチたちと合流し、冷たい飲み物をもらって、ほっと人心地ついた耕一。

「ねえねえ、次はどれに乗る?」

 香織ははしゃいでいる。

「…香織。
 あの手の乗り物には、マルチたちは乗れないんだぞ?
 せっかく一緒に来ているんだから、
 みんなで楽しめるものにしようや。」

 耕一としては、これ以上絶叫系はごめんと、マルチたちをだしにしたわけだ。

「あ、それもそうだね。
 …ごめんね、マルチお姉ちゃん、セリオお姉ちゃん。
 私たちばっかり楽しんで。」

「あっ、いいんですよぉ。」

「−−私たちのことは、気になさらないで下さい。」

「そういうわけにはいかないよぉ。
 …そうだ、今度はお化け屋敷に入ろ?」

「え? お、お化けですかぁ?」

 …マルチ。ロボットがお化けを怖がってどうするんだ?



 ヒュウウウ…

「びええええええ!!」

「マルチ… そんな近くで悲鳴をあげないでくれ。」

 はっきり言って耳が痛い。
 芹香がいるからエルクゥの聴力を使っているのに…

 ドロドロドロ…

「きゃあああああ!!」

「頼むから、叫ぶなって…」

 頭ががんがんする。

 ボワアアアア…

「−−あーれー!!」

「だからうるさい…って、セリオ!
 何でお前まで、悲鳴をあげるんだ!?」

「−−マルチさんひとりだと、大変そうでしたので。」

「いつからそんなしょうもない冗談を…?」

「−−耕一さんに教えていただきました。」

「…………(言い返せない)」



 ようやくお化け屋敷を出て、ほっと一息ついた耕一。

(こりゃ、ジェットコースターの方がましだったかもな?)

「ねえねえママ、さっきのお化け、まるで本物みたいだったよね?
 …ほら、破れたちょうちんのすぐ上にぼうっと光って見えた、あれよ。」

「−−? そんなところに、お化けはいませんでしたよ?」

 セリオが言うなら確かだろう。

「…………」
 そうですか、香織にも見えましたか、さすがは私の娘です。

 なでなで

「………あ。」

 香織のやつ目をとろんとさせて…って、それよりも!
 何なんだ、「香織にも見えましたか?」って気になる言い方は!?
 …いや、聞くまい。
 うっかり質問すると、マジで怖い答えが返って来そうだ。

「−−何かいたのですか?」

 セリオ、世の中には知らない方がいいこともあるのだよ…



 一日遊園地ではしゃぎ回った香織は、さすがに疲れたのか、帰る頃にはしきりにあくびをし始めた。
 見兼ねた耕一がおんぶしてやると、まるで小さな子どものように、ぐっすり寝込んでしまった。

「きょうは楽しかったですねえ。」

 マルチの笑顔。

「…………」
 そうですね、ひさしぶりにいっぱい遊びました、と芹香。

「−−あのお化け屋敷ですが… 本当に何かいたのですか?」

 あれからずっとこだわっているセリオ。

「むにゃむにゃ…
 えへへ… ママ…」

 耕一の背中で、幸せそうに寝言を言う香織。

(まあ、ちょっとしんどかったが…充実した一日だったな、うん。)

 耕一は満足そうにうなずいていた。

「−−いたとしたら、それは何だったのですか?」

 だから、こだわるなって…



 翌朝。
 さすがに二日連続で休むわけには行かず、会社に向かう芹香。

「じゃあ、ママ、またね。
 …また来るから、待っててね?」

 名残惜しそうに見送る香織。
 今日午後の便で隆山に帰るので、今回はこれでお別れなのだ。

 こくん

 芹香はうなずいて、車に乗り込もうとする。

「あ、ママ。ちょっと待って。」

 香織が駆け寄る。

「あのね。…ママにお願いがあるんだけど…」

「?」

「実は…」

 何事かささやく香織。
 聞いていた芹香はちょっと顔を赤らめると、

「…………」

 やはり何事かささやき返して、車に乗った。

「行ってらしゃーい! お仕事頑張ってねー!!」

 大きく手を振る香織。
 車の中で、こちらを向いた芹香が小さく手を振り返すのが見えた…



「香織、さっきママに何をお願いしたんだい?」

「えへへ… ないしょ。」

「あ、ひどいなあ、パパに隠し事か?」

「ううんと… そのうち、教えてあげるね。」



「お嬢様。もしやお熱でも?
 先ほどから、お顔の色が赤いようですが…?」

「…………」
 別に何ともありません。

「そうですか? それならよろしいのですが…」

 セバスチャンがなおも心配そうに言った。

 そのやり取りを無言で聞いていたセリオは、先ほど自らのセンサーがとらえた母娘のささやきを思
い返していた。



「実は… 私、妹がほしいんだけど… あ、弟でもいいや。」

 そう香織はささやいた。

「できるだけ期待に添えるようにします。」

 そう芹香は答えたのだ…



「ただいまー!」

「お帰りなさい、香織。
 どう? 楽しかった?」

 楓が問う。

「うん! すっごく!
 聞いて、聞いて!
 実はね、ママとマルチお姉ちゃんとセリオお姉ちゃんと、遊園地へ行ってね…」

 香織は、楓が呆気に取られるような勢いで、楽しかったことを次から次へとまくし立てた。
 とまどいながらも、楓は、香織と芹香が仲直りしたことを知って喜ぶのだった。


−−−−−−−−−−−−

耕一が芹香さんによそよそしかったわけは…
本文中にはっきりした説明がないので、作者にもよくわかりませんが(おい)、
やはり、芹香さんの「一生に一度のお願い」を聞いて上げられなかったこと、
その心苦しさが原因だと思います。
そんなとき、男って、かえってつれない態度を取ってしまうのだ、と。
それに、耕一の傍にいる香織の、母親に対する誤解も影響していたのでしょう。

…って、何か作者らしからぬコメントですね…


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