The Days of Multi第五部第2章パート2 投稿者: DOM
The Days of Multi
第5部 Days with Serika
☆第2章 和解 (マルチ21才) Part 2 of 2



「…それで、芹香さんのお話が終わって、
 私が交替しようとしたら…
 いきなり男の人が立ち上がって、
 芹香さんに何かを投げつけたんですぅ。」

 マルチは、問われるままに、ある国の講演会での出来事を語っていた。

「−−それは、幼稚な作りではありましたが、
 一応爆弾だったのですよ。」

 セリオが補足する。

「爆弾!?」

 さすがに香織が驚く。

「おいおい… そんなの初耳だぞ?」

 芹香の父も目を剥いている。

「…………」

「え? 似たようなことがいくつもあったので、いちいちご報告しませんでした?
 …お、おまえ、そんな危険なことをしていたのか?」

「…………」
 どこの国にも、狂信者やテロリストはいます。

 あっさり言ってのける娘に、絶句する両親。

「−−そのときは、傍にいたマルチさんが、
 とっさに芹香さんをかばったので、
 芹香さんはかすり傷程度ですみました。」

「マ、マルチお姉ちゃんは大丈夫だったの!?」

「私は背中に怪我をしましたが…大したことはありませんでした。
 これでも、丈夫がとりえですので。」

「よ、良かった…」

「…………」
 マルチさんにも、セリオさんにも、何度も危ないところを助けていただきました、改めてお礼を申
します。

「そ、そんなことはないですぅ。
 …あれは、芹香さんの幸運のお守りのおかげですぅ。
 そうでなければきっと、私も爆弾で吹き飛ばされていたはずですぅ。
 お礼を言うのはこっちですぅ。」

「幸運のお守り?
 …ああ、姉さんがいつも身につけてる、あれね?」

 綾香の言葉に、耕一ははっとする。
 気がつくと、芹香は香織の胸元を見ていた。
 そこには芹香のくれたお守り…ではなく、初音がプレゼントした、小さいが品のいいペンダントが
光っている。

(幸運のお守りって…)

 自分の身をテロから救ったお守りを、娘に贈ったのか? だとしたら…
 耕一は、軽率に「しまっておきなさい」と言ったことを悔やんだ。
 しかし、香織は、芹香の視線にも気づかず、マルチやセリオの話に耳を傾けていた。



 夜もふけて、一同部屋に引き取る。
 以前と異なり、耕一たちは芹香の部屋でなく別室に泊まった。
 芹香は自分の部屋に入ったきり、出て来ない。
 耕一と香織はシャワーを浴びて、就寝の準備をした。
 芹香が来ないことを、ふたりとも話題にしない。

「あ、そうだ!」

 香織が何かを思い出したように言う。

「どうした?」

「マルチお姉ちゃんと、綾香お姉ちゃんに、
 プレゼントのお返し用意しておいたのに…
 渡すの忘れてた。」

「そうか? じゃ、明日の朝渡せば…」

「ううん。また忘れるといやだから… 今、渡して来る。」



 マルチと綾香に小さな包みを渡して来た香織は、機嫌良く廊下を歩いていた。
 ふたりとも、とても喜んでくれたからだ。

 ふと立ち止まる。
 母の部屋の前だ。
 ドアがわずかにあき、中から光がもれている。
 何気なく隙間からのぞいて見ると、部屋の中は誰もいないようだ。
 ゆるゆるとドアを開けながら、体を中に入れてみる。
 やはり母のいる様子はない。
 部屋の中は、前に見たときよりもずっと、その手のアイテムが増えていた。

(ママの魔法かぶれも半端じゃないわね…)

 ふと、いつぞやの人形のことを思い出した。
 あれも魔法関係の何かだったのだろうか?
 だから母は、あんなにむきになったのだろうか?

(それにしても、実の娘を突き飛ばすことはないじゃない?)

 昔の事を思い出して、腹を立てる香織。

(あの人形は確か…)

 引き出しの中に…
 そっと開けてみる。
 昔は空っぽだった引き出しは、今は得体の知れぬものでいっぱいだった。

(やだ。気味が悪い。)

 これが私の母親の引き出しなの? おお、やだやだ…

 別の引き出しをあける。

(あった…)

 奥の方に、例の人形がある。
 人形に手を伸ばしかけて、手前にアルバムのようなものがあるのに気がついた。

(ママのアルバム?)

 急に興味を引かれた。
 手に取って開いてみる。
 小さな女の子の写真。
 私? …いや、違う。

(ママの小さい頃の写真だ。)

 なるほど、皆が似ているというわけだ。
 自分でも、自分の写真を見ているような気がする。

 ぱらぱらとめくる。
 小さな女の子は、次第に成長し、中学の制服姿になる。

(私も、来年はこんな格好になるのかな?)

 改めて見ると、なかなかの美少女だ。

(私はママにそっくり…ということは、私も美少女? えへへ…)

 都合のいいときだけ母娘に戻りながら、さらにページをめくる。
 さっきと違う制服。高校のそれのようだ。

(あ、綾香お姉ちゃん…)

 母とは違う制服姿。同じ学校に行かなかったのかしら?

 さらにページをめくる…

(あ…)

 香織は呆然とした。

(この写真は…?)

 どこか公園のような所で撮ったものらしい。
 ママがいる。綾香お姉ちゃんがいる。そして…

(マルチお姉ちゃん…?)

 幸せそうに笑うマルチ。
 そのマルチの肩に親し気に手を置いている少年…

(だれ? これ…)

 少し目つきの悪い顔を綻ばせている。その顔には見覚えがない。

(だれ…?)

 何だか胸がドキドキする。
 見ると、そこから先何ページかに渡って、その四人の写真ばかり納められていた。
 少年だけがアップで写っているものもある。

(だれなの…?)

 この人は、マルチお姉ちゃんとどういう関係なのだろう?
 ママとはどういう関係なのだろう?
 …気になる。
 なぜだか、無性に気になる。

 さらにページをめくると、そこから先は空白のままだった。
 まだかなりページが残っているのに…

(続きはないのかしら?)

 この引き出しには、もうアルバムはないようだ。
 別の引き出しかしら?



「…………」
 何をしているの?

 ぎっくうっ

 香織が慌てて振り返ると、ドアの所に芹香が立っていた。
 普段着のままだ。
 手に書類のようなものを持っている。
 セリオと仕事の打ち合わせでもしていたのだろうか?

「…………」
 何をしているの?

 再び芹香が問う。
 何となく怒気を含んでいるような気がする。
 香織が黙っていると、芹香は無言で近づいて来た。
 香織の開けていた引き出しをのぞき込む。
 例の人形が無事なのを見てほっとした芹香は、アルバムに目を止めて険しい顔になった。

「…………」
 アルバムを見たの?

「え、ええと…
 ちょ、ちょっとだけ。」

「…………」
 どうしてそんな勝手なことをしたの?

「だ、だって…
 ママの子どもの頃ってどんなんだったのかなあって、
 興味があったから。」

「…………」
 人のアルバムを勝手にのぞくなんて、はしたないことですよ。

「い…いいじゃない! 母娘なんだから!」

「…………」
 たとえ親子でも、していいことと悪いことがあります。

 芹香はかなり怒っているようだ。

「…………」
 耕一さんに言って叱ってもらわなくては…こんなことでは、将来が思いやられますからね。

 芹香が耕一の名を出すと、香織の頭にカッと血が昇った。

「ふ、ふん! パパは私の味方ですからね!
 ママの言うことなんか聞くわけないわ!」

 芹香の目がすっと細くなる。

「…………」
 こんなことをするのは泥棒と同じです、いくら耕一さんでも、泥棒の娘はほしくないでしょう?

「な、何よ! 見られて困る写真でもあったわけ!?」

 父親に嫌われたくない香織は、何とか母の弱味を突こうとする。
 芹香に、ちょっと怯んだ様子が見えた。

「昔の恋人の写真とか?」

 ますます怯む芹香。

(そうか… さっきの男の人は…)

「そう… そんなアルバム、確かに人には見せられないわよねえ?」

 形勢逆転だ。

「で、その人はどうなったの?
 もしかして、今でも好きなんじゃ…?
 だから、ひとりでこっちへ帰っちゃったのね?」

 ふるふる

 芹香は懸命に否定する。

「…………」

「え? 違う? 何が違うの?
 …ママの恋人じゃなくて…マルチお姉ちゃんの!?」

 ショックを受ける香織。
 母親のようなマルチに恋人がいたという事実が、どうにも信じられないのだ。

「でも… ママも好きだったんでしょ?」

 またしても怯む芹香。

「もしかして…」

 香織はピンと来た。

「この人形… その人と関係あるの?」

 例の人形を取り上げると、芹香の顔色が変わった。

「…………」
 その人形を返しなさい。

「いやよ。昔の恋人の物を大事にしまっとくなんて…
 パパに対する裏切りよ! そうでしょ!?」

 香織にはなぜか、自分の母がひどく汚らわしい女性のように思われた。

「こんなもの…!」

 香織は人形を引き裂こうとする。

「…………」
 やめて!

 芹香は夢中で飛びついた。娘の手から人形を奪おうとする。
 しばらく、必死のもみ合いが続く。



「…ちょっと、ふたりとも、こんな時間に何やってんの?」

 はっと固まるふたり。
 寝間着にガウンをまとった綾香が、呆れたような顔でドアの所に立っていた。

「ひさしぶりの母娘のスキンシップもいいけど、
 もうちょっと静かにしてよね…
 何、それ?」

 綾香は、母娘が握りしめた人形に気がついた。

「あれ? それって、前にふたりで取り合いしてた…?
 やだ、また、あの続き?」

 きまり悪そうな母娘。

 綾香はつかつかと歩み寄ると、その人形を取り上げた。

「特にどうってことない人形よね…
 というよりも、いかにも素人が作りましたって感じだけど…
 これって、何かいわくでもあるの?」

「…ママの、昔の恋人のものよ。」

 香織がついにばらしてしまう。

「何ですって?」

 綾香が姉を見る。芹香は顔を背ける。

「…ふーん、そういうこと?」

「そうよ。ママは、パパを裏切ったのよ。
 昔の恋人が忘れられなくて、
 そんなものを大事にとってあるんだから…」

「香織。よしなさい。滅多なことを言うもんじゃないわ。」

「だって…」

「人間誰でも、大切な思い出の一つや二つあるものよ。
 姉さんが思い出の品を後生大事に取っておいたところで、
 騒ぎ立てるほどのことじゃないわ。」

「…そうかしら?
 でも、もしかしてママはその人の事が忘れられなくて、
 パパや私を置いて…」

「それはないわね。」

 綾香はきっぱりと言い切る。

「だって、その人は、とっくの昔に死んだんだもの。」

「え!? ほんと!?」

「ええ。
 …それに多分、あんたのパパも、
 その人のこと、知ってるはずよ。」

「え? え?」

 混乱する香織。

「姉さん、あんたのパパと結婚する前に、
 その人のことも話してあったはずだもの…
 そうでしょ、姉さん?」

 芹香は顔を背けたまま、小さくうなずいた。
 香織は呆然としている。

「わかった? わかったら、もうけんかはやめなさい。
 …ったく、姉さんも姉さんよ、
 ちゃんと説明してやればいいのに。
 いつまで経っても恥ずかしがりなんだから…」

 そう言うと、綾香は人形を芹香の手に押しつけ、

「じゃ、おやすみ。」

 と出て行ってしまった。

 …沈黙。



(恥ずかしがり…って、ママは…恥ずかしかっただけなの?)

 香織は、自分がとんでもない間違いをしていたらしいと気がつくと、いたたまれなくなった。

「あ、えーと… それじゃ、私もそろそろ…」

 部屋を出ようとすると、

「…………」
 待ちなさい、香織。

 呼び止められてびくっとする。

 芹香は人形を手にしたまま、もう片方の手でさっきのアルバムを取り出すと、

「…………」
 話してあげる…

 芹香は香織を促して一緒にベッドに腰をおろすと、アルバムを開きながら語り始めた。

 いつになく多弁な母の物語に、香織は次第に引き込まれていった…



 物心ついたときから、ずっとひとりぼっちで過ごしたこと…
 高校になって初めてできた、「たったひとりの大切なお友だち」…
 ふたりで作った魔法の人形…
 恋への臆病…
 その人がマルチを好きになったことを知って、味わった挫折感…
 しかし、やがて本当の意味で友だちになれたこと…
 その人と、マルチ、綾香と四人で結んだ友情、楽しい日々…
 その人の突然の死…



 芹香はここでいったん話を切ると、アルバムを閉じた。
 そのまましばらく瞑目していたが、やがて気を取り直したように、再び口を開く…



 耕一との出会い、そして恋。
 思い切っての告白…
 幸せな結婚生活。
 香織の誕生…
 育児の悩み…
 どうしても来栖川に戻らなければならなかった事情…



 香織が初めて聞く話ばかりだった。

 芹香は、長い長い話を終えると、ほっと息をついた。
 それっきり黙っている。

 隣に座って耳を傾けていた香織は、話が終わってしばらくの間身動きをしなかったが、やがてそっ
と母に体をもたせかけながら、

「ママ… ごめんなさい…」

 と呟いた。

 芹香は娘の頭にそっと手を置くと、優しく撫で始めた。
 母の手は暖かく、柔らかだった…



 どれくらいそうしていただろう。

「あっ! いっけない!」

 香織は弾かれたように身を起こした。

「…………?」
 どうかしましたか?

「パパをほったらかしてきちゃったの!
 すぐ戻るって言ったのに…
 きっと心配してるわ!」



 ふたりは耕一の部屋に急いだ。

 コンコン

「パパ? ごめんなさい、遅くなって。」

 返事がない。
 香織と芹香は顔を見合わせた。
 そっとノブを回すと、鍵はかかっていない。
 ゆっくりドアを開けてみると…
 ベッドの上では、娘を待ちくたびれた耕一が、ガウンを羽織ったままぐーぐー気持ちよさそうに
眠っていた。

 母娘はもう一度顔を見合わせた。
 …そして、くすっと笑い合った。

「もう、パパったらしょうがないわねー…
 ママ、本気でこんな人を好きになったの?」

 香織が言うと、

 こくん

 芹香はちょっと頬を赤らめながら、しかし嬉しそうにうなずいた。



 …その夜、親子三人は、一つのベッドで仲良く眠ったのだった。


−−−−−−−−−−−−

やっと芹香さん母娘の仲直りができました。

実は、ふたりが人形を取り合うシーンに続いて、
いくつかダークかつシリアスな展開も考えたんですが…
果てしなく暗くなりそうなので、やめました(死人もしくは負傷者が出る予定だった)。

うまい具合に綾香さんが来てまとめてくれたので、ほっとしています。
綾香さん、ありがとう(作中のキャラクターにお世話になりっぱなしの作者より)。


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