The Days of Multi第四部第25章 投稿者: DOM
The Days of Multi
第4部 Days with the Kashiwagis
☆第25章 柏木家の秘密 (マルチ13才)



「こんの野郎!!」

 梓のカモシカのような足が旋風をまとう。

「ぐえっ!!」

 蹴りを食らった男が吹っ飛ぶ。

「こいつ!!」

 もうひとりの男がナイフを閃かせる。

「やっ!!」

 目にも止まらぬ早さで男の懐に飛び込んだ梓は、おのが拳を相手の胸ぐらにたたき込む。

「うぐ!!」

 男は呆気なく倒れた。

 …ほどなく四人の男を轟沈させた梓は、傍らで震えている妹に声をかけた。

「初音、大丈夫か?」

「う、うん…
 ありがとう、お姉ちゃん。」



 …初音は、ひとりで買い物に出かけた帰り、車に乗ったチンピラ風の四人組の男に拉致されそうに
なった。
 男たちは、車で市内を流しながら女でも引っかけようとしているうちに、人気のない道をひとりで
歩いている初音を見つけたのだ。
 どう見ても現役の学生としか思えない若々しさとその美貌に、男たちはたちまちよからぬ考えを起
こし、初音を山奥にでも連れ込んで弄ぼうとしたのである。

 無理矢理車に引きずり込まれそうになった初音は、無意識にエルクゥの信号を発し、それがたまた
ま仕事を終えて帰宅途中の梓に届いた。
 慌てて「力」を解放した梓が現場に駆けつけると、初音を連れ込んだ車が走り出すところだった。
 梓は烈火のごとく怒り、フルパワーで追いかけたのである。

 幸い、狭い道で車が全速力を出し切れないこともあって、梓は比較的簡単に追いつくことができた。
 そして、車の前に立ちはだかってストップさせると、ロックされたドアを無理矢理引き開け(おか
げでドアは大きく歪んだ)、初音を救出し、さらに男たちをノックアウトした、というわけだ。

 妹を助け出して、ようやく落ち着きを取り戻した梓は、車のナンバーを見て、男たちがよそ者であ
ることを確かめると、

「こんなところに長居は無用だ。
 初音。帰ろうぜ。」

 だれかに見とがめられないうちにと、地面に伸びている男たちをそのままに、そそくさと立ち去る
のであった。



 長瀬刑事は表通りから、急に人気のない細い路地に入った。
 しばらく普通の足取りで歩いた後、振り返る。

「セリオちゃんだろ?
 隠れてないで、出ておいでよ。」

 一瞬の沈黙。
 そして、セリオが物陰から姿を現した。

「−−こんにちは、伯父様。」

「どうしたの、後をつけたりして? 何か用?」

「−−実は…
 先日お目にかかったとき、伯父様に一目惚れを…」

「伯父と姪の間で、嘘はいけないね。」

 長瀬は動じない。

「−−私は嘘など…」

「今日だけじゃない。
 こないだうちから何回か…
 今日なんか、かれこれ一時間もつけているし。
 …それにしても、どこで尾行のしかたを習ったの?
 警察官顔負けだよ。」

 セリオは、これ以上ごまかすのは無駄と悟ったらしく、

「−−最初からお気づきでしたか…
 尾行に気づかれたのは、伯父様が初めてです。」

「そりゃ、あれだけ上手に尾行されたら、
 くやしいけど、うちの署員でも気がつくやつはいないだろうなあ。
 …で、一体何のために、俺なんかつけ回すわけ?
 弟に何か言われたの?」

 長瀬はいつもの飄々とした顔に、楽し気な微笑さえ浮かべていた。

「−−いえ。
 主任…お父さんは、関係ありません。
 あくまでも私の独断で行動したまでです。」

「よかったら、わけを聞かせてもらえるかな?」

 セリオはしばらく考えていたが、

「−−…柏木家のことで、何を探り出されました?」

 と問いかけた。

「…梓さんの一件かい?」

「−−やはりご存じのようですね?」

「ありゃ、並の人間じゃないね。」

 長瀬はあっさり言ってから、たばこを取り出すと、口にくわえた。
 火をつけて、ふーっと煙を吐き出す。

「…例の連続殺人事件の被害者は、
 いずれも、常人とは思われぬ力で引き裂かれていた。
 だから、大形肉食獣のしわざではないか、
 などと取りざたされたのだが…」

 一息入れ、再び煙を吐いた。

「もし、梓さんのような力があれば…」

「−−梓さんが連続殺人事件の犯人だと?」

「いや、違うだろう。…犯人は男のはずだ。
 誘拐された女性たちのことを考えれば、それは間違いない。
 もっとも、共犯の可能性はあるがね。
 …あくまで可能性に過ぎないが。」

「−−すると?」

「梓さんの力が、もし柏木の血に関係しているとすれば、
 同じ血を引く男性が怪しい、ということになる…」

「−−耕一さんをお疑いですか?」

「最初はそう思った。
 犯人は耕一君で、たぶん千鶴さんたちは彼をかばっているのだと…
 賢治氏の事故死も、実は父親を憎む耕一君の犯行なのかも知れない、と。
 しかし…」

 長瀬は、頭をかいた。

「よく考えれば、俺のパートナーで、行方不明になった柳川も、
 柏木の血を引いていることになる。
 可能性という点から考えれば、犯人は柳川ということもあり得る。
 そう言えば、柳川が行方をくらまして以来、
 事件が起こらなくなったのも気になるし…」

「−−…………」

「今のところはその程度だね。」



「−−…………
 …どうして、私に、手の内をさらされたのですか?」

「こんなこと、警察内部で話す相手もいないしね。」

「−−私から、柏木家にこのことが伝わる可能性は、
 お考えにならないのですか?」

「そりゃ、もちろん考えたさ。」

「−−では、なぜ…?
 事と次第によっては、伯父様の身に、
 危険が降りかかるかも知れませんよ?」

「セリオちゃんも、伯父さんに何か話があるような気がしてね。
 …先にこちらのネタを明かしたら、
 心置きなく話してもらえるかと思って…」

 セリオは俯いた。
 ややあって、

「−−取り引きをしたいのです。」

「取り引き?」

「−−はい…」



「セリオ、話って何だい?」

 夕食後、セリオは皆に大事な話があると言い出した。
 香織と、香織を見るためのマルチが別室に引き取ると、居間に残った全員を代表して、源五郎が質
問したのだ。

「−−実は、柏木家の力のことですが…」

 綾香を除く全員がはっとする。
 セリオには、「力」のことを知らせていないはずだったからだ。

「−−嗅ぎつけた人がいます。」

「何ですって!?」

 さらにショックを受ける千鶴。

「−−その人は、さらに詳しいことを知ろうと、
 あれこれ調べまわっています。
 このまま放っておくと、
 いずれ真実を明るみに出される恐れがあります。」

「だ、誰なんだ、その人物は?」

 耕一も焦っている。

「−−隆山署の、長瀬刑事です。」

「兄貴が?
 …しかし、どうやって秘密を知ったんだろう?」

 源五郎がいぶかし気に問う。

「−−どうやら、柏木家の一員が実際に『力』をふるう現場を、
 目撃されたようです。」

「あ…」

 思わず梓が声をもらす。
 千鶴がキッと睨みつける。

「梓!? 心当たりがあるのね!?」

「あ、いや、その…」

「はっきりしなさい!」

「ち、千鶴お姉ちゃん、怒らないで…」

 初音が助け舟を出して、先日の一件を説明した。

「…そういうことなら、仕方がないけど…
 まずい人に、まずいところを見られたわね…」

 千鶴が深くため息をつく。

「セリオ、どうやってそれを調べ出したの?
 また、得意の探偵ごっこ?」

 綾香の問い。

「−−伯父様…長瀬刑事の様子が気になったので、尾行しましたところ、
 柏木家の秘密を探っておられることがわかりました。」

「尾行って…
 はあー… あんたってば…」

 綾香が、千鶴と別の意味でため息をつく。

「−−このまま放っておくとまずい、と思いましたので、
 独断で申し訳ありませんでしたが、
 取り引きをしようと持ちかけました。」

「取り引き?」

 千鶴がいぶかし気に問う。

「−−はい。
 柏木賢治さんの死と、連続殺人事件、
 その真相をことごとく知らせる代わり、
 一切を長瀬刑事ひとりの胸のうちにとどめてほしい、という内容です。
 刑事は承諾されました。」

「セリオさん!?
 まさか、何もかもしゃべってしまったのですか!?」

 千鶴が顔を蒼白にする。

「−−いいえ、そんな差し出がましいことは…
 第一、私はそれらの事件について、ほとんど何も知りませんので…
 取り引きの内容を柏木家に伝えて、
 後日改めてご返事をするということで、ご了承いただいております。」

「そうですか…」

 ほっとする千鶴。

「さて… どうしたらいいかな?」

 耕一が考え込む。

「−−取り引きに応じれば、秘密を長瀬刑事に知られる代わり、
 これ以上警察からの詮索を受けなくてすむでしょう。
 ただし、もし、長瀬刑事が取り引き相手として信用できないとなれば…」

「そのときは?」

 耕一がたたみかける。

「−−そのときは、私にお任せください。」

「セリオに?」

「−−はい。」

 耕一はじっとセリオを見つめる。
 千鶴もセリオの顔を見ている。
 どうやらふたりとも、セリオが何を考えているか、見当がついたようだ。

「セリオさん、それはいけません。」

「そうだよ。
 何もセリオがすべて背負い込まなくても…」

 ふたりがそう言うと、

「−−いえ。
 取り引きをしないとすれば、誰かが…
 それには、私が一番相応しいかと思います。」

 セリオとしては、源五郎の前でははっきり言いにくい。



「さっきから、一体何のこと?」

 話の見えない綾香が説明を求める。

 源五郎はしばらく、セリオや耕一たちの様子を見ていたが、首を振って、

「いけないなあ…」

 と呟いた。
 例によって、のほほんとした口調だ。

「−−はい?」

「ひとりで決めて背負い込んでしまう、その癖だよ。
 いつも言ってるだろう? 少しは父親を信用してくれって。」

「−−…………」

「柏木の秘密は、どうやら命をかけて守るべきもののようだ。
 その秘密を、ある人物が嗅ぎつけた、となると…」

 長瀬は淡々と続けた。

「セリオが言うように、取り引きをして、秘密を守ってもらうか。
 それとも… 別の方法で口をつぐんでもらうか…」

 後半は悲し気に、セリオ、耕一、千鶴の顔を見ながらそう言った。
 綾香も初音も、長瀬の意味するところに気がついたらしく、青ざめた顔になる。

「別の方法で…って、口止め料でも払うっての?」

 梓が尋ねる。
 この点、初音よりも無邪気なのかも知れない。

「梓姉さん…」

 楓ももちろん、長瀬やセリオの考えを理解している。
 すぐ上の姉に向かって、厳粛な面もちで告げようとした。

「そうじゃなくて… その人を…」

 セリオ同様、長瀬の前でははっきり言いにくいらしい。

「つまり、その人物に…消えてもらう、
 ということでしょうな。」

 源五郎が、わざとあっさりした口調で言ってのける。

「き、消えてもらうって… まさか!?」

 梓がようやくうろたえ出す。
 源五郎の実の兄を抹殺する話とは、思っても見なかったのだ…

「だれかが手を下さなければならないとしたら、
 メイドロボである自分がその役を引き受けよう…
 そして、その後は責任をとって、自分も死のう…
 真相を闇から闇へ葬るために、
 ということなんだろう、セリオ?」

「−−…………」

 セリオの沈黙それ自体が、彼女の真意を雄弁に物語っている。

「娘にそんな辛い役目を押しつけて、平気でいられる親がいたら、
 そりゃあ本当の親とは言えないよ。
 …父親として、おまえにそんなことをさせるわけにはいかん。」

 長瀬が珍しく厳粛な顔で言い渡す。

「−−ですが…」

「まあまあ。
 要するに、うまく取り引きができれば、
 消すの消さないのという話は不要になるわけだから。」

 耕一が取りなすように言う。

「−−では、取り引きに応じられますか?」

「耕一さん…」

「千鶴さん。
 やってみる価値はあるんじゃないかと思うけど…?」



 それから三日後。
 長瀬源三郎は、柏木家の夕食に招かれた。
 いつものメンバーからマルチが抜けた10名に、長瀬刑事を入れて11名。
 柏木家の秘密とは別系統の秘密を持つマルチは、正体がばれないよう、念のため別室で待機だ。

「いやー、うまい。
 実においしいですなあ。」

 柏木の豪邸とはイメージの合わない庶民的な料理が中心だが、ひとつひとつ手がかけられていて、
何とも美味である。

「へへ、そうかな?」

 今日の料理のチーフである梓が、鼻の頭をぽりぽりかいている。

「こんなおいしい料理は食べたことありませんよ。
 …梓さんが作られたんですか?
 こりゃ、きっとお嫁さんのもらい手にはこと欠かないことでしょうなあ。」

 梓はいよいよ照れる。
 このとき、梓内部の長瀬ポイントが20くらいアップしたという。

「それにしても…
 噂には聞いていましたが、皆さんお美しい。
 いや、耕一君や源五郎がうらやましいですよ。」

 これも本音だ。
 柏木四姉妹に来栖川姉妹、そしてセリオ。
 いずれ劣らぬ美女と美少女なのだから。

「本当におきれいですね。」

「やだー、てれちゃいますぅ。」

 香織がそう言ったので、皆大笑いとなり、固さの残っていたその場の雰囲気が一気に和んだ。



「−−さあ、香織ちゃん。
 今夜はセリオお姉さんが遊んであげますからね。」

「うん、あそぼ、あそぼ。」

 食後のお茶も終わると、セリオは自ら香織の世話を引き受けて、奥へと引っ込んだ。

 居間に残っているのは、柏木四姉妹と耕一夫妻、長瀬夫妻と刑事である。
 千鶴たちは、この際、源五郎にも詳細を聞いてもらうつもりであった。

「それでは…」

 千鶴が切り出す。

「お話ししましょう…
 すべてを信じていただけないかも知れませんが…」



 話し手は最初のうち、おもに千鶴であった。
 柏木の血の秘密、特に男性にとって残酷な宿命。
 賢治の死の真相。
 楓の死の真相。

 このあたりから、耕一が話を引き取った。

 連続殺人事件の犯人である「鬼」との戦いと勝利。
 その鬼が柳川と思われること…



 並の神経の持ち主なら、一笑に付してしまうような内容だった。
 だが、ふたりの長瀬は笑わなかった。
 話が終わった後、ふたりとも黙り込んでいた。

「…信じていただけないかも知れませんが、すべて事実なのです。」

 耕一がふたりに念を押すと、

「信じますよ。」

 と源五郎が簡潔に言った。
 例によって柔軟な頭で、受け入れてしまったらしい。

「…いや、確かに警察の連中は信じないでしょうが…」

 源三郎の方はそう前置きした上で、

「しかし、私は信じます。」

 そう明言した。
 やはり兄弟だ。

「皆さん、ずいぶん辛い目に遭われたのですね。
 そうとは知らず、さんざん嫌な思いをさせて、
 申し訳ありませんでした。」

 源三郎が頭を下げる。

「いえ、刑事さんもお仕事ですから…」

 千鶴がとりなす。

「そう言っていただけるとありがたい。
 …いや、そうとわかった以上、
 もうあれこれ嗅ぎ回るようなことは致しませんから。
 お約束します。」

 皆がほっとした顔をする。

「ところで、会長さん。
 ひとつお願いがあるのですが…」

「はい? 何でしょう?」

 千鶴の目の前に、刑事はどこからか色紙とサインペンを取り出して、

「あの… サインいただけます?」



 後日源五郎が聞いた話によると、源三郎は、千鶴からもらったサインを立派な額に入れて部屋に飾
り、家族のひんしゅくをものともせずに悦に入っているということだ…


−−−−−−−−−−−−

校正のためにこの部分を読み返していて、ふと思いました。
長瀬刑事が柏木家にやって来た第一目的は、事件の真相を知ることか、
千鶴さんのサインを手に入れることか、どっちなんだろう?と。


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