The Days of Multi第四部第24章パート2 投稿者: DOM
The Days of Multi
第4部 Days with the Kashiwagis
☆第24章 兄弟 (マルチ13才) Part 2 of 2



「…ところで、柏木家に住んでるってことは、
 鶴来屋の会長さんとも、
 しょっちゅう顔を会わせてるってことか?」

「ああ、もちろん。毎日だよ。」

「そうか…」

 しばらく取り留めもない話が続く。
 そのうち、セリオが綾香を呼びに来た。
 失礼、と立って行く。



 源三郎は綾香の姿が見えなくなると、

「なあ、源五郎。
 鶴来屋の会長さんのことだが…」

 と切り出した。

「うん?」

「おまえ、どう思う?」

「どう思うって?」

「どんな人だ?
 性格というか、人柄というか…」

「なぜ、そんなことを?」

「うん…」

 源三郎は一瞬口籠ったが、

「実は…
 おまえにとっちゃ、もう身内になるわけだから、
 不愉快な話かも知れないけど…
 あの人は以前、
 殺人事件の容疑者扱いされたことがあるんだよ。」

「殺人事件の!? …まさか。」

「本当だ。
 あの人の叔父に当たる賢治という人物が、
 不可解な事故死を遂げてね。
 そのおかげであの人が、
 大学卒業したてだというのに、会長就任を果たしたのだよ。」

「じゃあ、千鶴さんが鶴来屋をわがものにするために、
 その賢治さんを殺したと疑われたわけか?」

「まあ、そんなところだ。」

「…その、亡くなった叔父さんというのは、
 確か耕一君の父親だったな?」

「ああ。」

「それじゃ、その容疑は見当違いもいいとこだ。
 千鶴さんは、むしろ、
 耕一君にさっさと会長職を譲って、引退したいくらいのつもりだよ。
 簡単におっぽり出さないのは、あの人の責任感が強いせいで、
 鶴来屋それ自体に固執している様子はないな。
 おりおりの家族の会話を聞いてても、千鶴さん以下全員、
 亡くなった叔父さんを慕っていたようだし。」

「…それは確かか?」

「ああ。こう見えても、少しは人を見る目を持っているつもりだ。」

「…………」

 源三郎は考え込んだ。そして、

「俺もな。
 いろいろ調べるうちに、
 あの人が賢治氏を殺害したというのは、違うような気がしてきた。
 しかし、それでも…」

 源三郎は弟の目をのぞき込んだ。

「あの会長さんには…
 いや、柏木家には、どうも不可解な点があって、
 それが賢治氏の死に関係しているような、
 そういう気がしてならないんだよ。
 そして、会長さんは、明らかに何かを隠している節がある。」

「…………」

 源五郎は思った。
 おそらく、それは柏木家の超能力とやらに関係したことなのだろう、と。

「賢治氏の死後間もなく、
 この隆山で謎の連続殺人事件が起こった。
 その、連続殺人の最後の犠牲者が、柏木楓…
 つまり、会長さんの妹なのだ。」

「…………」

「その後しばらく、会長さんは精神的なショックを受けて、
 自宅療養をしていたが…
 現場近くにいたはずの耕一氏の証言も曖昧で、
 何があったのか、もうひとつよくわからん。
 おまけに、俺のパートナーで、
 一緒に賢治氏の件と連続殺人事件とを調べていた柳川ってやつが、
 その楓さんの事件以後、ふっつり消息を絶っちまうし…
 後でわかったことだが、その柳川はどうも、
 千鶴さんの祖父に当たる耕平氏が、お妾さんに生ませた子どもらしい。
 …連続殺人と同時に、三人の女性が誘拐監禁される事件があって、
 調べてみると三人とも、
 何らかの形で柏木家ないし鶴来屋との接点があった。
 結局、連続殺人も、誘拐監禁も、
 麻薬でいかれた大学生のしわざということで落着したが…
 その犯人の部屋ってのが、行方不明になった柳川の部屋の隣ときていてね。
 …ともかく、柏木家については、腑に落ちないことだらけなのだよ。」

「…………」



「セリオ、何の用事?」

「−−お話し中、申し訳ありません。
 実は、主任のお兄様の件ですが…」

「あの人がどうかしたの?」

「−−刑事さんと伺いましたが…?」

「そうらしいわね。」

「−−柏木のお家の付近で、
 何度かお見かけしたことがあります。」

「ほんと? そりゃ奇遇ね。」

「−−いえ。あれは偶然ではありません。」

「?」

「−−あの方は、明らかに、
 柏木家を探ろうとしておいででした。」

 さっきセリオが「伯父様」を見つめていたのは、そういうわけらしい。

「柏木家を? …一体何のために?」

 柏木家で後ろめたいことと言えば、試作型マルチをかくまっていることぐらいだが、あのマルチの
捜索に警察が乗り出すとは考えられないし…

「−−千鶴さんは、
 以前、殺人事件の容疑者にされかけたことがあります。
 そのときの担当が、あの長瀬刑事でした。
 おそらくは、まだその線を諦めていないのではないかと…」

「何でそんなこと知ってるの?
 …あんた、また例のデータを使って探偵ごっこしたのね?」

「−−そういうわけで、
 お義兄様にはあまり気を許されない方が、よろしいかと思います。」

 都合が悪いことは聞こえないふりをするというのも、考えてみれば人間に近い証拠なのだろう。

「…ご忠告ありがとう。」



 源三郎はじっと考え込んでいた。
 そして、おもむろに口を開く。

「源五郎。」

 いつになく真剣な面もちだ。

「な、何だい?」

 気押され気味の弟。

「実は… 会長さんのことで、おまえに頼みがあるのだが…」



「え? 何ですって?」

 千鶴が驚いて聞き返す。

「ですから…
 サインをいただきたいんですが…」

 源五郎は些か困惑気味だ。

「今日、長瀬の兄がひょっこり店に訪ねて来ましてね。
 その人が千鶴さんの大ファンだそうで…
 私たちが柏木家にお世話になっていると知って、
 是非ともサインをもらって来てほしいと言うんです。」

 綾香が説明する。

「そ、そんな… 
 ファンだの、サインだの…
 私、アイドルタレントでも何でもないんですから…」

 千鶴は盛んに照れている。

「あったりめーだよ、
 そんな年食ったアイドルがどこの世界に…」

 脇で聞いていた梓が呆れたように言いかけると、

「あ・ず・さ・ちゃん…?」

「ひっ!?」

 次女、沈黙。

「…そ、それにしても…
 長瀬さんのお兄さんって、ここらの人だったんですか?」

 耕一が、場を取り繕うように言う。

「いや、もともとは違うんですけど…
 今は、こちらの警察署に勤務だそうで…」

「警察署!?」

 千鶴と耕一が同時に叫ぶ。
 ふたりはただちに、当然の結論を導き出した。

「隆山の警察署勤務で…」と千鶴。

「長瀬と言えば…」と耕一。

 …あの男に違いない。
 長瀬刑事との会見を思い出したふたりの顔がひきつる。

「…兄が何か、お気に触るようなことでもしましたか?」

 源五郎は心配そうだ。

「い、いえ、以前ちょっとしたことで、
 お目にかかったことがある程度で…
 そうですか。あの刑事さんが長瀬さんの…」

「ま、全く、世間は狭いですねえ。
 あはは、あはははは…」

 耕一の笑いがやけにうつろに響いたとき。

「お待たせしました。
 お食事の用意ができましたですぅ。」

 マルチが夕食の知らせに来た。

「あ、それじゃ、またお食事の後でご相談しましょう。」

 長瀬刑事へのサインをどうやって断わろうと思案しながら、千鶴が促す。

「それじゃ、そういうことで…」

 長瀬も居間へ向かおうとすると、

「パパぁ!
 今日は、パパの好きな焼き魚にしたんですよぉ!」

 マルチがひときわ甘ったるい口調で言う。

「パ… パパ!?」

 長瀬が焦る。
 耕一もこけている。
 千鶴たちは唖然としている。

「マルチ! セリオに何を吹き込まれた?」

「あれ?
 『パパ』と呼ぶとお父さんが喜ぶから是非呼んで上げなさい、
 と言われたんですけどぉ?」

「セリオのやつ…
 援助じゃあるまいし…」

「援助? 何かお手伝いがおいり用ですかぁ?」

「い、いや、そんな手伝いはしなくてよろしい!」

「?」



 居間に一同がそろう。
 柏木四姉妹に、耕一と芹香と香織、長瀬夫妻、マルチとセリオ、計十一名のそうそうたるメンバー
である。
 女性陣はいずれも美形(うちひとりは成長途中)。
 男子は耕一と長瀬のふたりだけ。
 はっきり言って、うらやましい境遇だ。

「−−パパ、お代わりはいかが?」

「セリオ! いつまでパパ呼ばわりする気だ?」

「パパー?」

 香織まで真似をする。

「香織のパパはこっちだろ?」

 耕一が娘の鼻をちょんと突くと、香織がくすぐったそうに笑う。
 さらに、こちょこちょとやる耕一。
 きゃっきゃっと笑う香織。

「…………」

 芹香も何か言いながら、娘の方に手を伸ばしたが…
 香織は知ってか知らずか、母の手が触れる前に、立ち上がって楓の方にとことこ歩き出した。
 空しく手を差し出したまま固まる芹香。
 ちょっと気の毒だ。

「かえでおねーたん!
 パパがかおりに、わるいことするですぅ!」

 いくぶんマルチの口調が混じっている。
 しょっちゅう傍にいるから、移ったのだろう。

 香織は、楓が無表情なメイドロボから静かな笑みを浮かべる美少女に変身して以来、マルチや初音
同様になつくようになった。
 おかげで芹香は、自分がますます取り残されていくような気がする。

「耕一さん、食事中あまりふざけないでくださいね?」

 香織の頭を撫でながら、楓が耕一に向かって言う。
 口調は至って静かだが、

「はい…」

 耕一はおとなしく返事をする。
 耕一が楓には頭が上がらないことを、香織は子どもながらに見抜いているのだ。

 芹香が香織を連れ戻そうと呼びかけたが、香織は今度は初音のもとに行くと、ひざの上に座ってし
まった。
 母親の声が小さ過ぎて聞こえなかっただけなのだが、芹香にしてみれば娘に無視されたような気が
する。

「香織! いい加減にしなさい!
 こっちへ来て、ちゃんと御飯を食べなさい!」

 耕一が見かねて注意すると、

「あーーん、パパがしかるですぅ。
 しかられるとこわいですぅ。
 こわいのやですぅ。あーーん。」

 香織は今度は、マルチの懐に飛び込んだ。
 無意識かも知れないが、言葉もますますマルチっぽくなっている。

「大丈夫ですよぉ。
 ご主人様はお優しいですからぁ…」

「マルチ。
 香織を甘やかすとつけあがるばかりだから、
 程々にしておいてくれ。」

「で、でも、泣いておられますよぉ?」

「嘘泣きに決まってるだろ!?」

 …にぎやかしい食事風景の中、ひとりだけ寂しい思いをしていたのは芹香だった…


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