The Days of Multi第四部第21章パート2 投稿者: DOM
The Days of Multi
第4部 Days with the Kashiwagis
☆第21章 探偵セリオ (マルチ12才) Part 2 of 2



「−−目下のところ、電話以外に、
 綾香お嬢様が『あの男』と接触した形跡はありません。」

「そうか。ご苦労、セリオ。
 引き続き、見張りを頼むぞ。」

「−−かしこまりました。」

 来栖川邸。
 会長に今日までの首尾を報告したセリオは、綾香の部屋へと下がって来た。



「…どうだった?」

「−−はい。
 旦那様は、私たちが綾香さんと主任の間を監視しているものと思って、
 安心し切っておられます。」

「そう。
 ちょっと悔しいけど、この際しかたがないわね。
 で、調査員の動きは?」

「−−妹たちのおかげで、大分戦々兢々としているようです。
 主任の回りを探るのもやめたようですし…
 隆山市へ仲間の安否を問いにひとりが向かった以外は、
 目立った動きはありません。
 こちらの正体がわからないので、うかつに動けない、
 といったところですね。」

「セリオのねらい通り、というわけね。
 …ありがとう、セリオ。
 これで、マルチの方は当分大丈夫でしょう。
 それに、マルチの回りには、頼もしい味方がついているし…」

「−−そうですね。」

 綾香はそのとき、はっと気がついた。
 果たしてセリオは、柏木家の血の秘密を知っているのだろうか?
 本来、そこまで知ることは不可能のはずなのだが…
 探偵マニアのセリオのことだ。
 あの芹香がほぼひとりで真相を突き止めたくらいだから、セリオもとっくに調べ出している可能性
もある。

「セリオ?」

「−−はい? 何かご用でしょうか?」

「あんた、柏木のお家のこと、よく知っているの?」

「−−いいえ。それほどは…」

「じゃ、あんたが知っていることを、
 洗いざらい話してみてよ。」

「−−私が知っている程度のことでしたら、
 綾香さんもとっくにご存じでしょう?」

「いいから。」

「−−…………」

「…………」

「−−柏木の皆さんのおいでにならないところで、
 こういうことを話題にするのは、失礼かと存じますが?」

 セリオが婉曲に拒否する。

「なるほど…」

 やっぱりセリオは知っているのだ。

「わかった。もういいわ。
 …さ、今日はもう遅いから、休むことにしましょう。」

「−−はい。
 おやすみなさい、綾香さん。」

「おやすみ。…あ、セリオ?」

「−−はい?」

 ドアノブに手をかけたまま、セリオが振り返る。

「探偵ごっこもいいけど…
 お願いだから、今後、
 あたしのプライバシーは尊重してよね?」

「−−…
 …かしこまりました。」

 一瞬の沈黙の後、そう答えたセリオは、静かに部屋を出て行った。



 セリオは、自分の部屋で充電中だった。

(お願いだから、今後、
 あたしのプライバシーは尊重してよね?)

 先ほど綾香に言われた言葉がよみがえる。

(プライバシー…)

 メイドロボであるセリオには、プライバシーの重要性ということが、わかっているようで、もうひ
とつよくわからない。
 そもそも、充電中は無防備になり、定期点検の際には複数の人の目に裸体を、そして体内の構造を
もさらさなければならないメイドロボに、プライバシーの重要性を理解せよというのが無理な話であ
ろう。
 …マルチのように、「恥ずかしい」ということを感じる心があれば、まだしもだが。
 だから、つい探偵まがいのことをして、綾香の機嫌を損ねてしまうのだ。

(−−浩之さんのことも、綾香さんのプライバシーだった…)

 セリオは12年前のことを思い出していた…



 …高校での運用試験の初日、屋上にひとりたたずむ綾香の後ろ姿を認めたセリオは、早速データを
ダウンロードして、探偵に早変わりした。
 開発部のスタッフに大のミステリーマニアがいて、その影響をもろに受けたセリオも、探偵趣味が
あるのだ。

 彼女は、気がつかれないようにできるだけ綾香に近づくと、聴力を最高にした。
 マルチの聴覚が人間と大差ないのに比べ、セリオのそれは、人間の数倍の敏感さにまで高めること
ができるのだ。
 そのセリオの耳に聞こえてきた綾香の呟きは…

(ひろゆき…か… はぁ…)



 綾香の通う寺女は、もちろん女子校だ。
 「ひろゆき」というのは、学校外の人間に違いない(念のため、男性教師に該当者がいないことは
確かめた)。
 しかし、それ以上の手がかりはない。
 どうやって調べようか…と思案しながら帰途についたセリオに、格好の情報提供者が現れた。
 マルチである。

 同じく運用試験の初日を終えて、バス停でセリオと落ち合ったマルチは、楽しそうにその日の出来
事を話し出した。
 その中に、「藤田浩之」という名前が出て来たのである。

 もちろん、単に名前が同じ「ひろゆき」であるからといって、綾香の想い人と断定することはでき
ない。
 だが、とセリオは考えた。
 マルチの通う学校には、綾香の姉の芹香も通っている。
 芹香の関係で、藤田浩之と綾香が知り合う可能性がないとは言えない…



 翌日、ちょうど四時限目が休講になったのを幸い、セリオはそっと学校を抜け出した。
 その前に、演劇部の部室に忍び込んで、長髪のかつらとサングラスを拝借した。
 セリオのトレードマークとも言うべき、美しい緋色の髪と瞳を隠すためである。
 もちろん、センサーもさっさとはずしてしまった。

 ほとんど人間との区別のためにのみセンサーを付けているマルチと違い、セリオの場合はセンサー
をはずすと、かなり機能が制限されてしまう。
 しかし、それさえ覚悟しておけば、自分でセンサーを取るのに心理的な抵抗などは感じなくてすむ
のだ。

 マルチの通う学校に着いたセリオは、人目につかないように気をつけながら、かつらとサングラス
を着用した。
 そして、昼休憩になるのを待って、校門の近くを通る女生徒のひとりに声をかけ、「長岡志保」を
呼び出してもらった。
 マルチの話に出て来た、浩之の友人で、かなりの情報通という女性だ。

「あんた、誰?
 あたしに何か用?」

 間もなく出て来た志保は、寺女の制服にサングラスをかけた妙な相手に、胡散腐そうな目を向けた。

「−−長岡志保さんですね?
 すみません、こんな格好で。
 学校を抜け出して来たものですから、顔を人に見られたくないのです。
 実は、この学校で最も信頼のおける、最新の情報を提供してくださるのが
 長岡さんとお聞きしたもので…」

 とたんに相好を崩す志保。
 日頃、浩之にさんざんガセだのデマだの言われているせいだろう。

「あたしに聞きたいことがあるっての?
 いいわよ、何でも聞いてちょうだい。」

 胸を張る志保。
 こうなると、相手の素性などどうでもいいらしい。

「−−実は、サッカー部の佐藤雅史さんのことなんですが…」

 賢いセリオは、いきなり浩之の話を持ち出したりしない。
 サッカー部のエースで、かなり甘いマスクの佐藤雅史は、近隣の高校にも有名なのだ。
 もちろん、寺女の生徒の間にも、かなりのファンがいて、セリオは初日からその名を耳にしていた。
 その雅史が浩之の親友であることをマルチから聞いていたので、雅史の関係でさりげなく浩之のこ
とを聞き出そうとしたのだ。

「ああ、雅史ね。
 あいつは、あたしの友だちで…」

 志保にしてみれば、他校の生徒から雅史のことを聞かれるのは初めてではないので、疑うことなく、
得意そうに話し出した。
 セリオの思惑通りである。
 志保は、雅史の人となりから始めて、部活の様子やそのモテモテぶり、しかし、まだ決まったガー
ルフレンドがいないことなどを、しゃべりづめにしゃべった。

「−−長岡さんは、佐藤さんのお友だちということですが…
 佐藤さんには、ほかにもお友だちがおいでですか?」

 話が雅史の交友関係に及んだところで、セリオがそっと水を向ける。

「雅史の友だち?
 …神岸あかりって幼馴染みがいるけど、
 雅史とは何でもないから気にしないでいいわよ。
 あかりは、やっぱり雅史の友だちで、藤田浩之って男に首ったけなんだから。」

 とうとう浩之の名が出てきた。

「−−その、藤田浩之という方も、雅史さんのお友だちなら、
 きっと女性の方にもてるんでしょうね?」

「ヒロが?
 あはは、あいつがもてるわけないわよ。
 とりたててハンサムでもなし、
 口も悪けりゃ目つきも悪い、どうしようもない男だもん。
 あかりがあんな奴に夢中なのが、わけわかんないくらいだわ。」

「−−そうですか?
 …でも、長岡さんは、その方のことがお好きなのでは?」

 何気なく言ってみただけだが、志保の反応は予想以上だった。

「え!? あ、あたし!?
 …じょ、じょ、冗談じゃないわよ!
 誰があんな奴なんか!
 …大体、ヒロには、
 あかりという、れっきとした恋人がいるんですからね!」

 真っ赤になって反論するあたり、いかにも怪しい。

(−−…なるほど。)

 感情などないセリオであるが、それでも、志保が浩之を好きなこと、しかしあかりに遠慮して言い
出せないでいることがわかった。
 見かけによらずシャイで、同時に友情に厚い面もあるようだ。

「−−ところで、その方は、
 来栖川のお嬢様とは何かご関係が?」

 セリオは、芹香と綾香の両方にかけてそう言った。

「え? 来栖川?
 …そう言えば、あいつ、このところ来栖川先輩とやけに親しくしているって、
 あかりが心配していたわね…」

 やはりそうか。
 セリオは、自分の推測がどうやら間違っていなかったらしいと思った。
 綾香は、芹香の関係で浩之と知り合いになったに違いない…



 志保から必要な情報を聞き出したセリオは、急いで寺女に引き返した。
 変装を取って元通りセンサーをつけた彼女は、何とか五時限目の始まりに間に合った。

 その日の帰り。前日のようにバス停でマルチを待っていると…

「セリオさーん!」

 元気な声が聞こえてきた。
 もちろんマルチだ。

「−−?」

 声の方を向いたセリオは、マルチの隣に男子生徒の姿を見い出して、訝しく思った。

「あ、こちらは、藤田浩之さんといって、
 とても親切にしていただいているんですぅ。」

 セリオの不審に気がついたマルチが、そう紹介する。

(−−藤田…浩之…?)

 今日の昼、セリオがあれこれ調べた、その本人?

「マルチ?」

 浩之も、訝しそうな声を出す。

「浩之さん。
 こちらは、私と同じく、運用試験中のメイドロボで、
 セリオさんとおっしゃるんですぅ。
 とっても優秀な方なんですよぉ。」

「−−来栖川のメイドロボ、HMX−13、通称セリオです。
 よろしくお願いします。」

 やっと平静を取り戻したセリオが、型どおりの挨拶をする。

「あ、こっちこそよろしく…」

 浩之も軽く頭を下げる。
 さりげない会話の中で、セリオは、浩之が綾香と面識があることをそれとなく確認しておいた。

(とりたててハンサムでもなし、
 口も悪けりゃ目つきも悪い、どうしようもない男だもん…)

 そう志保は言っていたが…
 セリオの見るところ、確かに目つきは少し悪いが、志保にぼろかすに言われるほどひどい容貌でも
ない。
 性格もそうだ。
 何より、自分たちメイドロボに対し、普通の女の子相手のように接してくれる。
 これは珍しい存在と言うべきだろう。

(−−綾香お嬢様も、この方の自然な態度に引かれたのだろうか…?)

 この男なら、天下の来栖川グループの令嬢に対しても、やはり普通の女の子相手と同様の接し方を
するに違いない。
 セリオはそう思った…
 


 研究所に向かうバスの中。
 マルチはしきりにセリオに話しかける。
 話の内容は、大半が浩之のことである。

「−−マルチさんは、浩之さんのことが好きなのですか?」

「え? …はい、もちろん、大好きですぅ。」

 マルチは屈託のない笑顔を見せる。

「−−いえ、そういう一般的な意味ではなくて…
 こんなとき、女の子が、男の子を好きというのは、
 恋の対象として好き、ということなのですよ。」

 セリオは、母親が娘に教えるような口調でそう言った。

「え? こ、恋!?
 あ、で、でも、私、そんな…」

 急に赤くなって慌て出したマルチを見て、セリオは思った。

(−−マルチさん、綾香さん、芹香さん、志保さん、それにあかりさんという方も…
 皆、浩之さんが好きなのですね。)

「そ、そう言うセリオさんはどうなんですかぁ?」

「−−え?」

 とっさに返答できないセリオ。

「セリオさんは、浩之さんのことが好きですか?
 それとも嫌いですか?」

「−−私はマルチさんと違って、感情がありません。
 ですから、人を好きになるとか、嫌いになるとか、
 そういったこともありません。」

「そうなんですかぁ?…」

 マルチは、今一つ納得のいかない顔をしていたが、ちょうどそのとき、ふたりの乗ったバスが来栖
川研究所前に停まったので、その話はそれきりになってしまった。



(でも…)

 研究所で、ひとりになったセリオは、ひそかに思った。
 そもそも好きだの嫌いだのといった感情などないセリオであるが、バス停で浩之と話しているうち
に、ある不思議な「傾向」−−としか言いようのないもの−−を自らのうちに見い出して戸惑ってい
たのだ。
 それは、浩之に対する、プラスの傾向。
 それまで、どんな相手に対しても感じたことのない傾向だ。

 機械というものは、本来、どんな相手に対しても、同じ反応を示すはずだ。
 しかし、実際には、オペレーターと機械との相性のようなものが、しばしば存在すると言われる。
 心のない機械に過ぎないセリオも、浩之との「相性」がよいのかも知れない。

(もし私にも、マルチさんのような心があれば…)

 浩之を好きになっていたかも知れない。たぶんそうだろう。でも自分には…

(私には…心がないから… 感情がないから…)

 浩之を「好き」にはならなかった…と思う。

 マルチは、心を持っていた。
 そして、浩之と相思相愛の仲になり、見るからに幸せそうだった。
 しかし、浩之が死んだとき…マルチは抜け殻のようになってしまった。
 心があったから、恋人の死に耐えられなかったのだ。
 それは不幸と呼ぶべきことではないのだろうか?

 マルチと違い、自分には心がない。
 それは自分にとって…いや、メイドロボにとって、幸せなことなのだろうか?
 不幸せなことなのだろうか?
 心って、一体何なのだろう?…

 そこでセリオの回想は途切れ、その意識は次第に薄れていった…


−−−−−−−−−−−−

セリオが志保のことを知っている理由です。
分岐<セリオ編>をごらんになった方は、すでにご存じでしょうが…
実は、セリオ編を書いたのは、この章を書き上げた後です。
セリオの回想シーンを用いながら、あのときセリオがもっと浩之に傾いていたらどうだったろう、
などと考えつつ…


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