The Days of Multi第四部第21章パート1 投稿者: DOM
The Days of Multi
第4部 Days with the Kashiwagis
☆第21章 探偵セリオ (マルチ12才) Part 1 of 2



「…この家だな。」

「ああ、間違いない。」

 車に乗った数名の調査員は、柏木家の門前を通りながら、そう確認し合った。
 来栖川の大邸宅には劣るにしても、このあたりではすば抜けて広大な敷地を誇るお屋敷だ。
 間違えようもない。

 いったんその場を離れた調査員たちは、車を適当な所に止めると、柏木家に取って返し、人目につ
かぬよう、そこかしこに身をひそめた。
 柏木家の様子を伺いながら、隙を狙って忍び込むか、できれば試作型マルチがひとりで外に出た所
を捕まえるかしようというのだ。
 調査員たちは、マルチを捕らえ、破壊した上で、山奥にでも埋めてしまうつもりだった。
 そうすれば、たとえ表ざたになっても、近頃ぽつぽつ報告されている、変質者によるメイドロボ誘
拐(法律上は盗難)事件の一つと見なされるのが落ちであろう。
 調査員たちが疑われる可能性は小さい、というわけだ。



 何の動きも見えない門前を辛抱強く見張っているうちに、不意に通用門が開いた。
 ふたりの娘が出て来る。
 ひとりは二十歳ぐらいに見える可愛らしい顔立ちの娘で、栗色の頭髪の一部が寝癖のようにぴんと
立っている。
 もうひとりは、緑色の頭髪に銀色のセンサーですぐにそれとわかる、量産型のマルチであった。
 ふたりは買い物に出かけるところらしい。

 調査員たちは、色めき立った。
 そのメイドロボこそ、試作型マルチに違いないと思ったからである。
 早速尾行を開始したが、あいにくメイドロボがひとりきりになることがなかったので、誘拐は断念
した。
 焦ってし損じたら、元も子もない。

 張り込みを始めてから三日目に、チャンスが巡って来た。
 例のメイドロボが、今度はたったひとりで買い物に出て来たのだ。
 全員で後をつける。
 途中、人気のない道に差しかかった時、調査員のひとりが後ろから声をかけた。

「マルチ?」

「え?」

 メイドロボは、驚いたように振り向いた。

「やっぱりそうか。
 HMX−12、マルチだな?」

「ずいぶん探したぜ…
 まさか、こんな所に隠れていたとはな。」

 調査員たちが回りを取り囲んだ。

「さあ。おとなしくついて来てもらおうか?」

 ひとりの男が、メイドロボの細い腕を掴んだ…



 楓は、目を回して地面に倒れている男たちを見下ろしながら、これからどうしようかと考えていた。

(この人たちは、マルチちゃんの命をつけ狙って…とうとう居場所を突き止めたんだわ。
 ただ、私をマルチちゃんと勘違いしただけで。)

 おかげで、リミッターを解除した楓に、返り討ちに遭ったというわけだ。
 冷静な楓は、禍根を絶つために、この連中を「始末」してしまおうかと(ほんの一瞬)本気で考え
たが、

(たぶん、ほかにも仲間がいるだろう。そうだとすると…)

 「始末」するのはかえってまずい。
 かと言って、このまま放置するのもよくないし…

 楓が思案していると、男たちのうちのひとりが、うめきながら意識を取り戻しかけた。
 楓はその傍に近づくと、男の腕を思いきり後ろにねじり上げた。

「うう… わっ!?
 な、何をする!?」

 男はもがいたが、楓の細腕を振りほどくことはできなかった。
 楓は、容赦なくねじり上げながら、

「あなたたちは誰?
 なぜ私を狙うんです?」

 楓は、取りあえずマルチになりすますことにした。

「うう… し、知らん!」

「そうですか…」

 楓はさらに力を込める。
 男はたまらず悲鳴をあげる。

「メイドロボの力をご存じないようですね?
 あなたの腕の骨を砕くぐらい、造作もないことなんですよ。」

 思いきり感情を殺した、無表情な顔と声でささやくと、この上ないほど無気味な迫力がある。

「く、く…
 メ、メイドロボが人間に危害を加えることなど、できないはず…」

「それは普通の量産型の話でしょう?
 私は、違います。
 何なら、試してみましょうか?」

 さらに力を込める。
 腕が砕ける一歩手前でやめる。
 男の顔は真っ青になり、脂汗を浮かべている。

 …が、口を割ろうとしない。

(やむを得ない…)

 本当に腕を折られても口を割りそうにない相手だ。
 楓は、非常手段を用いることにした。

「?」

 男は、自分の背後にいるメイドロボから、何とも形容しがたい冷気のようなものが吹き出したよう
に感じた。

「…う、うわっ!?」

 とたんに、男の腹の底から、生まれてこのかた経験したこともないような恐怖が沸き上がってきた。
 楓が、エルクゥの力を解放しつつ、殺気を放ち始めたからである。

「…いつまでも強情を張ると、ためになりませんよ?」

 同じエルクゥの力を持つ耕一や姉妹たちでさえ震え上がらせる、楓のささやき…

「うわあああああああ!
 ま、待ってくれえ!…」



「そう。そういうわけ…」

「さて。こいつらをどうしたらいいかな?」

 楓の連絡を受けた千鶴と耕一は、足立に断わって、急いで柏木家に帰って来た。
 そして、庭に転がっている5人の男たちを見下ろしながら、ひとわたり楓の説明を聞いたところだ。

 楓は、恐怖に駆られた調査員から一部始終を聞き出した後、もう一度「眠って」もらい、取りあえ
ず男たち全員を(一度に)家の庭に運び込んだ。
 そして、耕一たちに電話をして、ふたりの帰りを待ちながら、男たちを見張っていたのである。
 途中、息を吹き返しかけた男たちは、その都度楓のパンチをくらい、再び意識を失った。

「来栖川会長直属の調査員が、マルチを狙っていたとはね…」

 長瀬に近い綾香と違い、今までそのことを知らなかった耕一は、呆れたような口調だ。

「隆山に来た調査員たちは、この5人で全部。
 しかし、中央にはまだ仲間がいる…」

 千鶴も憂いを含んだ表情で呟く。

(うーん。こんな表情の千鶴さんって、とても魅力的…)

 従姉で義姉でもある美女の横顔に、つい見とれてしまう耕一。
 相変わらずの浮気性だ。

「…耕一さん?」

 すぐ傍で、楓の、低い低いささやきが聞こえる。

 ぎくっ

 耕一は慌てて真面目な顔を取り繕うと、

「な、何だい、楓ちゃん?」

 努めて冷静に答えようとする。

「…少しは真剣に考えてくださいね?」

 楓の方も相変わらず、耕一の浮気には敏感である。
 耕一の背中に冷や汗が流れた。



「…………」

「あ、せ、芹香。
 綾香とは連絡がついたのか?」

 ちょうど庭に出て来た芹香を見て、これ幸いと話を振る耕一。

 こくん

「…………」

「え? 中央にいる調査員は、綾香の方で何とか手を打ってみる?
 で、こいつらは?
 え? 芹香の思い通りにしていいと言われた?」

 こくこく

 …芹香は何だか機嫌がいい。

「どうするつもり?
 え? 隆山での記憶を失わせる?
 ど、どうやって?
 …ちょうどぴったりの魔法薬のレシピを知っているので、試してみたい?
 だ、大丈夫なんだろうね?」

 こくこくこく

「大丈夫です、万が一失敗しても、命に別状はありません、って?…」

 芹香はひどく嬉しそうだ。
 滅多にない実験の機会が与えられたせいもあるが、香織のことで知らず知らずたまっていた鬱憤ば
らしの意味もあるらしい。

「あ、それなら…」

 と、千鶴も顔を輝かせる。
 こちらも、別の意味で、日頃の鬱憤をはらしたいのだ。

「私も、前からやってみたい『レシピ』があったんです。
 よろしかったら、先に試させていただけません?
 どのみち、芹香さんのお薬も、皆さんに飲んでいただきますので…」

 にっこり(芹香)

 にっこり(千鶴)

「…………」

「…………」

 耕一と楓は無言で…調査員たちの置かれた悲惨な状況に、同情を禁じ得ないのであった…



「…というわけなんだけど…
 セリオ、何かいい知恵はない?」

「−−そうですね。」

 綾香から、調査員たちが隆山に現れたことを聞いたセリオは、少し考えて、

「−−調査員は、マルチさんの関係者を監視して、
 何か手がかりを掴んだのでしょう…
 それでは、逆に、
 こちらからも調査員たちを監視するようにしたら、いかがでしょう?」

「え? …でも、相手はその道のプロよ。
 下手に監視しようったって、そう簡単には…」

「−−こちらでも、その気になれば、
 いくらでも、その道のプロを集めることができます。」

「? ? ?」

 わけがわからない、という顔をしている綾香。

「−−失礼して、お電話をお借りします。」

 すました顔で、受話器を取り上げるセリオ。

「−−もしもし、
 私、来栖川エレクトロニクス社長秘書のセリオと申しますが、
 折り入って会長にご相談がございまして…
 はい、申し訳ありません…
 …あ、旦那様。セリオです。
 実は、綾香お嬢様のことですが…
 先日、旦那様が、気にしておられたことについて、
 いいアイデアを思いつきまして。
 はい、お嬢様が勝手に『あの男』とくっつかないように見張る方法です。」

「ちょっ…」

 綾香が抗議しかけたが、セリオは手ぶりでそれを制した。

「−−しばらく、お屋敷中のセリオタイプを、
 私の指揮下に置かせてくださいませんでしょうか?
 皆で役割を分担して、お嬢様と『あの男』を監視し、
 万一ふたりが接触しそうになった場合は、実力で阻止致します。
 …いえ、もちろん、『お嬢様には』手荒な真似は致しませんので…
 はい、ありがとうございます。
 それでは、早速そのように取りはからわせていただきます。
 お忙しいところ、大変失礼致しました。
 それでは…」

 セリオは受話器を置いた。

「セリオ!? 一体どういうこと?」

 綾香の怒りのまなざしを、柳に風と受け流しながら、セリオは答えた。

「−−『その道のプロ』を集めたまでです。」

「は?」

 綾香は一瞬きょとんとした表情をしたが、

「あ、あんた、もしかして…?」

「−−はい。
 『妹』たちに手伝ってもらって、調査員たちを監視しようと思います。
 然るべきデータをダウンロードして、
 全員『その道のプロ』になってもらうのです。
 調査員たちにはわざと、
 自分たちが監視されていることがわかるようにし向けます。
 そうすれば、彼らもうかつな動きができなくなり、
 マルチさんに危害を加えることが不可能になるでしょう。」

 来栖川邸には、セリオタイプとマルチタイプが10体ずつ働いている。
 試作型セリオが陣頭指揮に立って、10体のセリオタイプに探偵の真似事をさせれば、調査員たち
の動きを封じることもできるだろう。

 綾香は感心したようにセリオを眺めていたが、ふと気がついて、

「…あんた、あたしと浩之のことを探るのにも、
 そのデータをダウンロードして…?」

 にわか探偵になったのか、と問い詰めようとすると、

「−−旦那様のお許しが出ましたので、
 ただちに『セリオ探偵団』を編成し、調査員の監視を始めたいと思います。
 少々席をはずしますが、お許しくださいませ。」

「あ、ちょっと…」

 綾香の声も耳に入らぬかのように、そそくさと社長室を出て行くセリオ。
 …どうやら、図星だったようだ。

(…それにしても…『セリオ探偵団』ですって?)

 セリオって、探偵オタクだったのか…



「くそ! 一体どういうことだ!?」

 リーダーがいらいらした口調でそう言った。

 隆山に派遣した5人の部下は、柏木家の監視を始めて三日目に、突然消息を絶ってしまった。
 それとほぼ同時に、中央に残っていた調査員たちの回りに、例外なく監視者の影がつきまとい始め
たのだ。
 もちろんリーダーにも、である。
 監視者が何者かはわからない。
 会社で、調査員たちにあてがわれた部屋にこもっていると、監視者の影は感じられないが、一歩外
に出ると、とたんにどこかから見張られている、という気がしてくるのだ。
 これでは長瀬のプライバシーを探ることも容易ではない。
 監視することはお手のものの調査員たちも、逆に監視されることには慣れていないため、かなり
参っていた。

 しかも、正体不明の監視者が現れてから数日後、隆山市内の病院からの問い合わせがあって、それ
がまた調査員たちを困惑させた。
 例の5人が、意識不明の状態で山中に倒れているのを発見され、ずっと病院に収容されていたとい
うのだ。
 照会が遅れたのは、身元を示すようなものを何一つ身につけていなかったためで、その日になって
ようやくひとりが意識を取り戻し、連絡先がわかったのだと言う。
 病院側の話では、その男は隆山市に着いた後の記憶を完全に失っており、まだ意識を取り戻さない
ほかの4名と同様、ひどい食中毒に似た症状を呈しているそうだ。

 リーダーも、ほかの調査員たちも、何がどうなっているのかさっぱりわけがわからない。
 取りあえずマルチの破壊は中止し、部下をひとり隆山の病院に向かわせるくらいしか、手の打ちよ
うがなかった。

(長瀬! これも、おまえのしわざなのか!?)

 そうだとすれば、長瀬の背後には、何か得体の知れない支援者がいるようだ…


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