The Days of Multi第四部第18章パート2 投稿者: DOM
The Days of Multi
第4部 Days with the Kashiwagis
☆第18章 志保の調査 (マルチ10才) Part 2 of 2



 セリオ同伴でやって来た綾香がホテルに着いてみると、志保は先に来て待っていた。
 高校時代、遅刻の常習犯であったのが嘘のようだ。

「−−長岡様。
 お久しぶりでございます。」

 セリオも、志保に挨拶する。

「へ? ええと、あなたはセリオタイプみたいだけど…?」

「ああ、この娘は、マルチと同じときに私の高校に通っていた、
 試作型のセリオなの。
 今、私の秘書をやってるのよ。」

「へえー、そうなの?
 …だけど、あの頃、顔を合わしたことなんてあったっけ?」

 志保は思い出せないようだ。

「−−ええ。一度だけですが。」

 セリオも多くを語ろうとしない。
 やはり謎の多いメイドロボだ。

「ま、立ち話も何だから、お食事しながらってことで…」

 綾香が促して、三人でホテルのレストランに入る。
 セリオを除くふたりが料理を注文し、待っている間に一別以来のことなどを話した。
 やがて料理が来て、食事が始まる。

「…ところで、マルチのことで話があるそうだけど?」

「ええ…」

 志保はちらりとセリオに目をやる。
 彼女の前で話してもいいかどうか、判断に迷っているようだ。

「大丈夫よ。
 この娘は信用がおけるから。」

 賢いセリオは、自分からは口にしないが、試作型マルチが研究所を脱出したことに気づいている。
 …これも、どうやって知ったのか、わからないのだが。

「そう。それじゃ言うけど…
 あのマルチ、廃棄処分にされたそうね。
 なぜ、この間教えてくれなかったの?」

 浩之追悼会で顔を合わせたときのことだろう。
 志保は不服そうだ。

「涙はご法度、って言ったじゃない?
 あの席でそんな話題を持ち出したら、
 あかりや皆が、どれほどショックを受けると思う?」

 綾香は、志保の言葉を盾に反論する。

「それはそうだけど…」

 志保はまだ不満気に言う。

「まあ、いいわ。
 それはこの際置いとくとして…
 それじゃ、マルチが廃棄処分になった経緯を、
 詳しく話してちょうだい。」

「そんなことを聞いて、どうするつもり?」

 綾香は幾分警戒気味になる。

 志保はしばらく黙っていたが、やがてきっぱりとした口調で言った。

「私、この頃ようやく、マルチのことを、
 ヒロの本当の恋人として、
 そして、私自身の友人のひとりとして、考えられるようになったの。
 その友だちが、知らないうちに廃棄処分…殺されていたなんて、
 聞き捨てならないわ。
 何があったのか、知りたいと思っても当然でしょう?」

 志保は、いつになく真剣な口調だ。

「そう…
 わかったわ、話してあげる。
 と言っても、私自身、詳しい経緯はよく知らないの。
 あの頃、私と姉さんは、壊れたマルチのリハビリのために、
 時々研究所に顔を出していたんだけど…
 ある日、いつものように、ふたりで開発部をのぞいたら、
 皆お通夜のような顔をしていて、
 聞いたら、マルチが処分されたんだって…
 亡くなったおじい様の命令だったそうだけど、
 あんまり腹が立ったから、殴り込んでやったの。
 警備員の増援が間に合わなかったら、
 骨の2、3本も叩き折ってやるところだったわ。」

 さすがに本気で殺すつもりはなかったようだ。

「…それだけ?」

 志保は、探るような目で綾香に問う。

「私の知っているのはそれだけよ。」

「本当に、それだけ?」

「ええ。…どうしてそんなことを聞くの?」

「…噂があるのよ。」

「噂?」

「ええ。噂、知らない?」

「? 何の噂?」

「マルチが、実は生きている、って噂よ。」

 綾香は内心ぎくりとしたものの、辛うじて平静を装いながら、

「マルチが? 生きている?
 …もしそうなら、こんな嬉しいことはないけれど…
 それって、何か根拠でもあるの?」

「マルチが破壊されてから間もなく、
 研究所にいた量産型が、一斉に調べられたことがあったそうよ。
 その中にオリジナルのマルチが紛れ込んでいないかどうか、調べるために。
 残念ながら、マルチは見つからなかったそうだけど。」

「…じゃあ、マルチはやっぱり、
 廃棄処分になっていたと…」

「一斉点検の朝、研究所を出て行った量産型が一体あるの。」

 志保は綾香の反応に注意を向けながら、ゆっくりと付け加えた。

「そのメイドロボは、それきり帰って来なかったそうよ。
 ところが、不思議にも、
 研究所に登録されていた量産型は、全部所内に残っていた…」

「…………」

「一体、そのメイドロボは、どこから来てどこへ行ったんだろう…
 何となく、怪談めいているわよね?
 もし、メイドロボにも魂があるのなら、
 それは、もしかしたら『殺された』マルチの亡霊だったのかもしれない…」

「…………」

「それとも…
 ひょっとしてひょっとすると、亡霊じゃなくて、
 それこそ本物のマルチだったかもしれないわね。
 …そんな噂、聞いたことない?」

「…初耳だわ。」

 綾香は言葉少なだ。

「そう。
 …あなたなら、何か手がかりになるようなことを知っているかと思ったんだけど…」

「ごめんなさい。
 そりゃ、私だって、マルチが生きていてくれたら、とは思うけど…
 あいにくだけど、私には何が何やらさっぱりわからないわ。」

「…いいわ。
 今の話はもう忘れて。」

 志保は笑顔になる。

「その代わり、と言っては何だけど、
 マルチを開発したスタッフの人に紹介してもらえないかしら?」

「え?」

「私ね、ヒロの追悼会以来、考えを改めたの…
 さっき言った通り、マルチをひとりの友人として見るようにしたのよ。
 で、この際、マルチの妹たちの現状をよく調べた上で、
 マルチやヒロの遺志が活かされていくような世の中をつくるにはどうすればいいか、
 考えていこうと思っているの。
 そのために、もう20人以上のメイドロボ・マスターに会って話を聞いたんだけど、
 せっかくだから、メイドロボを生み出した側の意見も聞きたいと思って。
 …開発者の人たちが、マルチやセリオやその妹たちに何を託そうとしたのか、
 是非教えてほしいの。」

「それは…」

 綾香がためらっていると、今まで黙っていたセリオが口をはさんだ。

「−−それでしたら、
 開発主任の長瀬さんにお会いになるのが一番だと思いますが…
 いかがでしょう、綾香さん?」

 セリオは綾香に言われて、親しい仲間うちでは「社長」でなく「綾香さん」と呼ぶようにしている。
 綾香は、一瞬戸惑ったが、セリオに何か考えがありそうなので、頷いた。

「そうね。
 長瀬主任なら、志保の希望通り、
 開発側の真意を伝えられるでしょうね。
 …いいわ。
 先方の都合も聞かないといけないから、
 具体的な日時はわからないけれど、
 できるだけ早いうちに、主任と会えるようにしてあげる。
 …ただし、さっきの、マルチが生きている云々の噂は持ち出さないで。
 あれから8年も経つけど、開発部の皆にとっては、
 自分たちの手で『娘』を殺さなければならなかったことが、
 大きな心の傷になって残っているのよ。
 それさえ約束してくれれば、できるだけ便宜を図らせてもらうわ。」

「サンキュ、嬉しいわ。
 それじゃ、向こう2週間くらいまでは、ここにいる予定だから…」

 志保は、自分の滞在先と電話番号をメモして、綾香に渡し、しばらく他愛もないおしゃべりなどし
てから帰って行った。



 綾香は、セリオとふたりきりになると、早速尋ねてみた。

「セリオ。
 志保を主任に紹介するってことだけど…
 どうして、そうするのがいいと思ったわけ?」

「−−あの志保さんは、自分が興味を引かれた事柄については、
 どんなことをしても情報を集めようとします。
 もし、開発部のスタッフを紹介することを拒めば、
 きっとひとりで研究所やスタッフの回りをうろうろして、
 情報を得ようとするでしょう。
 …例の調査員たちも、まだ完全に諦めたわけではありませんのに、
 志保さんが盛んに嗅ぎ回れば、志保さんだけでなく、
 主任やマルチさんにとってもまずい状況になることが、充分考えられます。
 それならいっそ、こちらから正式に主任を紹介した方が、
 被害が少ないと判断致しました。」

「確かにそうね。
 …でも、万が一、それがきっかけになって、
 志保がマルチの真相を突きとめたりしたら…」

「−−その時は、腹を割って、すべてありのまま打ち明けた上で、
 真相を伏せていただくようにお願いすることが、効果的と思われます。」

「それで納得してくれるかしら?
 あの人、自分が集めた情報を人に伝えて驚かすのが生きがいだそうだから。」

「−−大丈夫です。
 志保さんは、あれでなかなか友だち思いの人です。
 藤田さんやマルチさんを悲しませるようなことは、できっこありません。」

「…あんた、ずいぶん志保のことに詳しいみたいね?
 さっきも、向こうは覚えていないのに、
 あんたは会ったことがあるって…
 一体どういう関係?」

「−−いえ、別に…
 それより、そろそろ会社に戻られた方がよろしいかと…」

「…………」

 綾香はうまくはぐらかされたような気がしたが、昼休憩の時間が残り少ないのを自分の時計で確か
めると、頷いて立ち上がった。



「…それじゃ、開発スタッフの皆さんがめざしておられるのは、
 人間のよきパートナーとしてのメイドロボ、というわけですね?」

 志保が問う。

「そういうことです。
 セリオタイプにしても、マルチタイプにしても、
 まだまだいくらでも改善の余地はありますが、
 そうした我々の夢を、ある程度実現させたものと言えます。
 もちろん、これからも、
 人間の友、人間に愛される仲間となり得るようなメイドロボ開発のために、
 研究を重ねていくつもりです。」

 長瀬主任はそう答えた。

 志保と綾香が昼食を共にしてから一週間後のことだ。
 例によって綾香の携帯に連絡を入れてきた長瀬に、綾香は志保の一件を説明し、こうして長瀬−志
保会談の成立となったわけである。

「なるほど、なるほど…」

 志保は、しきりにメモを取りながら、頷いていたが、長瀬の話が一段落すると、こう切り出した。

「ところで…
 マルチタイプは試作段階では、
 人間とほぼ同じ感情を持っていたそうですが、
 本当ですか?」

「…それは、あなたの方がよくご存じなのではないですか?」

 長瀬は、綾香から、志保と浩之の関係を聞いていた。

「ええ。
 確かに、私は、試作型マルチと何回か顔を合わせましたし、
 そのたびに、人間そっくりの表情をすることに気がついていました。
 …ですが、それが、ただ単にプログラムの産物なのか、
 それとも、人間のような心があって、
 そのためにああいう表情ができるのか、
 もうひとつはっきりしなかったものですから。」

「それを聞いてどうなさるおつもりです?
 ありのままに記事にされますか?」

「もし、そうすることが、マルチのため…
 私の友だちとしてのマルチや、
 マルチを好きになった別の友だちのためになるのなら…
 そして、メイドロボが人間のパートナーとして受け入れられることの役に立つのなら、
 是非記事にしたいと思います。」

 志保は真剣な顔で言い切った。

「では、もし、ありのままに書いたなら、
 マルチや…もうひとりのあなたのお友だちのためにならないとお思いでしたら、
 記事にはしない、ということですか?」

「はい。」

「…わかりました。」

 長瀬は志保を信じることにした。

「確かに試作型マルチには、
 人間とまったく同じとはいかないまでも、
 極めて人間に近い心があり、
 作り物ではない、自分自身の感情と意志がありました。
 そのような存在こそ、人間のパートナーにふさわしい、
 と思ったからです。」

「しかし、実際に販売されたマルチタイプには、
 そのような心がなかった…
 それはどういうわけですか?
 心を持ったロボットなど、
 やたらコストが高くなるばかりで売れそうにないので、
 利潤追求のため、理想を曲げて、
 スペックを落として販売した、ということですか?」

 志保の口調が鋭くなる。

「なかなか手厳しいお言葉ですな。
 …我々も、会社の一員として研究に携わっている以上、
 会社の利益を無視するわけにはいきませんので、
 ご指摘のような要素がなかったとは申しません。
 しかし…」

 長瀬は、志保の厳しいまなざしに劣らぬ真剣な顔で答えた。

「…会社の利益云々という以前に、
 我々スタッフの一致した意見として、
 試作型マルチのようなメイドロボを販売ルートに乗せるのは時期尚早だ、
 という結論に達したのが最大の理由です。
 だからこそ、まずは現在のような量産型を普及させて、
 次第にメイドロボへの理解を深めていき、
 いずれ試作型マルチのようなメイドロボが一般に受け入れられるための
 地ならしをしようと思っているのですよ。」

「…そうですか。」

 志保は、しばらく長瀬の顔を見つめた後、ほっと息を吐いた。

「もうひとつだけ、お伺いしたのですが…
 試作型マルチは、スタッフの皆さんにとって、
 『娘』のような存在だった、というのは本当ですか?」

「…本当です。」

 長瀬は、一瞬の沈黙の後、簡潔に答えた。

「それは、実の娘のように、大切な、かけがえのない存在だった、
 という意味ですか?」

「そのとおりです。」

「親は、実の娘を助けるためには、
 自分の命を犠牲にしても惜しくないと思うものですが…
 主任さんも、そういう意味合いで、
 あのマルチを自分の『娘』と言い切ることができますか?」

 志保は、これまでで一番真剣な様子を見せながら尋ねた。
 長瀬の言葉にひとかけらでも嘘があったなら決して見落とさない、とでも言うように。

 長瀬も、志保が何を聞きたいのか、わかったような気がした。

「私だけでなく、うちのスタッフの連中なら、
 だれでも言い切ることができます。
 あの娘は、私たちの本当の『娘』だと。」

 志保はじっと長瀬の顔を睨みつけるようにしていた。
 そして、ふと、やわらかい微笑みを見せた。
 生前の浩之が見たら、志保にそんな表情ができることに驚いただろう、まるで慈母のような笑み
だった。

(この人なら… この人たちなら、きっと、
 命懸けでマルチを助けようとするだろう…
 ヒロのように…)

 志保はそう確信した。
 そして、納得した以上、マルチの現状について余計な詮索はすまいと決心した。

「ありがとうございました。
 いろいろ不躾な質問を致しまして申し訳ありませんでした。
 …いつになるかわかりませんが、
 メイドロボについて記事を書くときには、
 事前に原稿をお送りしてご了解を得たいと思いますので、
 そのときはよろしくお願いします。
 今日は本当にありがとうございました。」

「どう致しまして。
 こちらこそ、メイドロボに理解のある方とお話しできて嬉しく存じます。」

 志保と長瀬は、笑みを交して別れたのであった。


−−−−−−−−−−−−

このあたりまで書いて来て、この後どう展開させればいいだろうか、しばらく停滞していました。
そのせいか、何となく文章に張りがないような気もするんですが…いかがでしょう?


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