The Days of Multi第四部第18章パート1 投稿者: DOM
The Days of Multi
第4部 Days with the Kashiwagis
☆第18章 志保の調査 (マルチ10才) Part 1 of 2



「…最初のうちは、そうも思わなかったですけどね、
 だんだん、何て言いますか、
 自分の娘か何かのように思えてきて…
 そりゃ、確かに、表情もないし、
 ロボットはロボットなんですけど…
 変だとお思いですか?」

「いいえ、そうは思いません。
 ここまで人間そっくりなんですもの、
 家族のような親しみがわくのも、無理はないと思います。」

 志保はそう答えた。
 今まで何人ものメイドロボのマスターに会ったが、そのほとんどが、同じような愛着を自分のメイ
ドロボに示していたので、取り立てて驚くこともなかったのである。

「そう言っていただけると、ありがたいです。」

 相手の男はほっとしたように言った。

「わかってくれない連中も、結構いましてね。
 メイドロボを娘のようにかわいがってると、
 それだけで、メカフェチ呼ばわりされたりするもんですから。」

 男は48才。
 来栖川研究所の所員のひとりで、マルチタイプ「マイ」のマスターだ。
 …8年前、例の調査員たちのマルチ捜索の巻添えを食って、涙ながらに自分のメイドロボにあられ
もない格好をさせたマスターたちのひとりである。



 志保は、しばらく前に帰国し、いろいろなマルチタイプのマスターたちに会って、その話を聞いて
いた。
 例の浩之の追悼会以来、マルチおよびメイドロボに対する認識を改めたのだ。
 そして、マルチの「妹」たちを中心に、現代社会になくてはならない存在となりつつあるメイドロ
ボについて、自分なりの意見をまとめてみたいと、つてを求めては、いろいろなマスターたちに、
片っ端からインタビューを試みていたのである。

 志保がその世界ではかなり名の売れたジャーナリストであることを知ると、興味本位の記事を書か
れるのではないか、と警戒するマスターもいた。
 しかし、志保が自分の親しかった友だちのことをかいつまんで述べると、皆打ち解けて話し始める。
 その友だち(浩之)が、試作型のマルチを愛し、彼女をかばって命を落とした話は、その時だけは
打って変わって真摯な口調になる志保の態度と相まって、聞き手に他人事と思えぬ感動をもたらすの
だ。

 今日、喫茶店で相対しているのも、別のマスター経由で紹介してもらった人物である。
 やはり最初のうち幾分警戒気味だったが、浩之の話を聞き、志保自身もメイドロボ・マスターの心
情にかなりの理解があるのを知って、だんだんよそよそしさが取れてきたようだ。



「特にね、この間のバージョンアップで笑顔を見せるようになって以来、
 ますます愛着がわきましてね…
 うちの研究所にいるメイドロボは、みな会社所有ですので、
 私はマスターといっても名目だけなんですが、
 正直、定年退職の時には、何とかマイも引き取らせてもらえないか、
 今からそう考えて、頭を悩ませているんですよ。」

 志保は頷いた。
 前回のマルチタイプ・セリオタイプに対するマイナーバージョンアップは、「マイナー」と名が付
くにも関わらず、一部で「来栖川の奇蹟」と呼ばれるほど大きな反響を及ぼした。
 長瀬たちスタッフが表彰されたのはこのためである。

 このバージョンアップでは、メモリの増設等により、マルチタイプもオプションでサテライトサー
ビスシステムを受けられるようになったことが、ひとつの特徴であった。
 ただし、セリオタイプのようにフルスケールで活用することはできず、アクセスできるデータの種
類も、ダウンロードの速度や一度に受け取るデータの量も、限られたものである。
 しかし、一般家庭で用いられているマルチタイプの場合、たとえば特殊なレシピに基づく料理を作
らせるためにそのデータをダウンロードする、といった使い方がほとんどのため、この程度の機能で
充分実用になるのだった。
 これが、マルチタイプが再び人気を呼んだ理由のひとつである。

 だが、何といっても最大の売りは、「メイドロボの微笑み」であった。
 これまでセリオタイプもマルチタイプも、無理をすれば微笑むことはできたが、それはいかにも機
械然としたもので、誰かが言ったように、積極的に見たいというようなものではなかった。
 ところが、長瀬たちは、試作型マルチのような人間そっくりの心とまではいかないが、「心のかけ
ら」のようなものを量産型に搭載する事に成功した。
 このバージョンアップによって、マルチタイプもセリオタイプも、人間らしい微笑みを手に入れる
ことができたのだ。

 残念ながら、泣いたり困惑したり苦笑したりというような細かい表情はできず、ただ普段無表情な
のが時折人間そっくりに微笑むというだけなのであるが、その笑顔がテレビで放映されると、来栖川
の各サービスセンターにはバージョンアップの申込が殺到し、対応が追いつかないほどであった。
 また、今までメイドロボ導入を控えていた企業や施設が新規購入に踏み切るケースも結構あって、
この不況下にもかかわらず、来栖川のメイドロボ部門は再び内外の注目を集めていたのである。

 志保も、今までに何回か、そうしたメイドロボの微笑みを目にしてきた。
 彼女たちの姉であるマルチとそっくりの顔で微笑む量産型を見るたびに、まだ幾分痛む自分の心を
意識しながらも、彼女たち−−マルチの妹たちのために幸せを祈りたくなる、この頃の志保であった。



「…そう言えば、来栖川研究所にお勤めでしたよね?
 確か、あたしの友だちが好きになった試作型マルチが、
 そちらの研究所にいるはずですが…
 今どうしているんでしょう?
 お会いになる機会はありますか?」

 志保がこの所員に会ったのは、マスターとしての意見を聞くためだけでなく、マルチの消息を聞き
たいと思ったからでもあった。

「え? …あ、ご存じありませんか?
 あの試作型は、とっくの昔に廃棄処分になったんですよ。」

「え? 廃棄処分?」

 志保は意外な言葉に呆然となった。

「そうなんですよ。
 …いや、あのときは気の毒だったなあ。
 開発スタッフの連中、
 愛する『娘』を、自分たちの手で破壊しなければならなかったとかで…
 いや、私たちはその現場を見ていたわけじゃないんですが、
 その後かなり長い間、連中の様子がおかしかったですからね、
 よっぽどショックだったんでしょう。」

「ど、どうして廃棄処分なんかに…?」

「いや、理由までは…
 何でも、ある日突然会長命令が下って、有無を言わさず廃棄処分、
 関連データもすべて破棄されたとか…」

「そ、そんな…」

 浩之とマルチの間をようやく認められるようになったばかりの志保にとって、それは余りにも
ショッキングな話だった。

「あ、でも…」

 相手の男は、志保の様子を見て、いささか気が引けたらしく、慰めるつもりであろうか、妙なこと
を言い出した。

「…本当は、破壊されていない、
 という噂もあるんですよ。」

「え?」

「試作型のマルチのことです。
 壊されたのは替え玉で、
 本物はどこかに隠れているんじゃないか、なんて、
 まことしやかに言う奴がいましてね。」

「…どういうことですか?」

「実はね、開発部の連中が試作型を破壊してからしばらく経って、
 いきなり研究所が封鎖されたことがありましてね。
 研究所中のマルチタイプが一斉に点検されたんです。」

 そのときの屈辱を思い出して、男の声が震えた。

「一体一体、やけに念入りに調べられたんです。
 理由は教えられなかったんですけど、
 後で考えたら、試作型のマルチが、
 量産型に紛れ込んでいる疑いがあったんじゃないかと…」

「でも、結局、その中にマルチはいなかったんでしょう?」

「それなんですが…
 ひとつ、ミステリーがありましてね。」

「ミステリー?」

「ええ。
 …その朝早く、マルチタイプが一体、
 研究所を出て行くのを見ていた奴がいるんです。
 それが出て行くのと入れ違いに、研究所は封鎖されたんですが…
 不思議な事に、当時研究所に登録されていたマルチタイプは、
 30体全部、封鎖の時点で所内に残っていたんですよ。」

「ということは…」

「ええ。
 研究所にいるはずのないメイドロボが、
 研究所から出て行ったことになります。
 もちろん、そのメイドロボは、それきり帰って来なかった…
 ね、ミステリーでしょう?
 …その、出て行くのを見ていた奴がね、
 もしかしたら、あれが試作型マルチの本物だったんじゃないか、って…」

「…………」

「いや、もちろん、
 いくら開発部の連中が『娘』可愛さとはいえ、
 会長命令に背いてまで、
 試作型を助けようとするとも思えないんですが…
 下手すりゃ、全員クビですからね。
 ですから、私は、そいつの見間違いだと思うんですよ。」

「…………」

 志保は考えていた。
 もし、その開発部の人たちが、浩之と同じようにマルチを愛する人々であったなら、果たしてどう
いう行動を取るだろうかと…



「−−社長、お電話でございます。」

 綾香の秘書役をやっているのは、試作型のセリオである。
 かつて綾香の高校で運用試験を行ない、その後は来栖川の研究所で働いていた、オリジナルだ。

 綾香がこのセリオと親しくなったのは、運用試験中ではなく、マルチのリハビリで研究所に通って
いた頃、たまたま顔を合わせたのがきっかけである。
 そのとき綾香は、セリオが運用試験の際に、今は亡き前会長の命令で自分の生活ぶりをいろいろ
探っていたことを思い出して、彼女に文句をつけたのだ。
 …ところが、お互いの中に、マルチを気遣うという重要な共通点を見い出したふたり(?)は、い
つの間にか意気投合してしまったのである。

 社長就任に伴って秘書が必要になったとき、自分と同年配ぐらいの女性を秘書として雇い入れるの
も何だと思った綾香は、ふと、セリオなら、と思いついた。
 そして、研究所から自分の傍へと呼び寄せたのだ。
 今では、公の場でこそ社長と秘書の関係を保っているものの、普段は気心の知れたパートナーとい
う感じの間柄である。



「だれから?」

「−−長岡様とおっしゃる女性の方です。
 …藤田様のお友だちだそうですが。」

「ああ、志保ね。
 わかった、今出るわ。」

 セリオは、高校生の綾香が浩之に興味を持っていることを探り出したことがある。
 …どうやって知ったのか、いまだもって口を割らないのだが…
 そういうわけで、浩之の交友関係もある程度知っているようだ。

「…もしもし?」

「もしもし、
 来栖川エレクトロニクスの社長様でいらっしゃいますか?
 私、ジャーナリストの長岡志保と申します。」

「…やめてよ。他人行儀な。
 綾香って呼んで。
 こっちも、志保と呼ばせてもらうから。
 それでいいでしょ?」

 綾香は、今でもざっくばらんな話し方を好む。

「そう?
 その方がこっちも話しやすいけど…
 じゃ、綾香、
 ちょっと会って話がしたいんだけど、
 今日は都合つかない?」

「また、ずいぶん急ね。
 まさか、明日にはまた海外へお出かけで、
 急いでいるとか?」

「そうじゃないけど…
 できるだけ早く話しておきたいことがあって…」

「一体何の話?」

「マルチのことよ。」

「え? マルチ?」

 綾香はぎくっとする。

「…そう。
 それじゃ、もうすぐお昼だから、
 一緒に食事でもしない?
 今、どこから?」

「会社のすぐ近くまで来ているわ。」

「それじゃ…」

 会社から少し離れた、あるホテルのロビーで落ち合うことにした。
 そんな所へ昼食を取りに行く社員はいないだろうから、見とがめられることもあるまい。


−−−−−−−−−−−−

本文中に、「メイドロボに『心のかけら』のようなものを搭載云々」とありますが、
自分で書きながら、
「『かけら』というと、(心のごく一部という意味で)中途半端な心を持つわけか。
 それはロボットにとって不幸なことなのでは?」
と引っかかりを感じました。
しかし、むしろ「心の芽生え」のようなものと解すべきでは、と今では思っています。

いろいろなSSの中で想定されているように、古くなったメイドロボは来栖川に回収される際に、
そのデータの全部または一部を保存されることでしょう。
「心の芽生え」を持ったメイドロボたちの残したデータが、
さらに次の世代のメイドロボの「心の成長」に役立ち、
同時に人間社会もそうした心(の芽生え)を持ったメイドロボに対して開かれていく…
そんなことをくり返すうちに、何世代目かには、
マルチのようなほぼ人間に近い心を持ったメイドロボが、受け入れられるようになるのでは…
ということを考えたのです。
少なくとも、それが長瀬たちの願いではないかと。


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