The Days of Multi第四部第17章パート1 投稿者: DOM
The Days of Multi
第4部 Days with the Kashiwagis
☆第17章 綾香の秘密 (マルチ10才) Part 1 of 2



 トゥルルルルルル…

「…あ、ごめんなさい。」

 久しぶりに、綾香と両親が自宅でくつろいでいた時だった。
 携帯電話の呼び出し音が鳴り始めるや否や、綾香は詫びを言って立ち上がると、慌てて自室へ下が
り…そのまま、かなり長い時間、居間に戻って来なかった。

「…あなた。
 ちょっと気になる事があるんですけど…」

「ん? 何だ?」

「綾香のことですけど… 
 携帯電話… お気づきになりません?」

「?」

「この頃、綾香にしょっちゅう電話がかかって来るような気がするんですけど…
 それも携帯にばかり。」

「あいつも社長になったことだし、
 緊急の連絡が入って当然だろう?」

「いえ。もちろん、お仕事の電話もあるようですけど…
 そればかりじゃなくて…
 何やら長電話をしていたかと思うと、
 決まってその後はにこにこ上機嫌で…」

「上機嫌?」

「ええ。…もしかしたら…
 おつきあいしている男性でもいるんじゃないかしら、と…」

「綾香が?
 はは、まさか、あの娘に限って…」

「そうはおっしゃいますけどね、あの娘ももう26ですよ。
 それに、高校の頃から数え切れないほどお見合いしているのに、
 いまだにまとまったためしがないし…
 もしかしたら、もう心に決めた男性がいるのかも知れません。」

「それはないだろう?」

「あなたったら、本当にのんきなんですから…
 今日も長電話みたいですから、後でどんな顔しているか、
 よく見ててごらんなさいましな。」

「どんな顔って…」

 などと話していると、当の綾香が帰って来た。
 父親がほとんど反射的にその顔を見ると…なるほど、ずいぶん機嫌がよさそうだ。
 電話がかかるまでは、「はあ、今日はちょっとくたびれたわ…」などとぼやいていたのだが…

「綾香。何かいいことでもあったのか?」

 思わず聞いてしまう。

「え? …ううん、別に。
 どうして、そんなこと聞くの?」

 不思議そうに問い返す綾香。

「何だか、やけに嬉しそうだったからさ。」

「そう?」

「ずいぶんお話がはずんでいたみたいだけど…
 電話は、お友だちから?」

 今度は母親が問う。

「え? う、うん、まあね。」

「ふうん…
 で、そのお友だちって、女の方?
 それとも、男の方?」

「い、いえ、別に、大した知り合いじゃ…
 …そうだ!
 明日までに目を通しておかなくちゃならない書類があったんだわ!
 失礼するわね。」

「あ、綾香、ちょっと…」

 母親の声も聞かず、慌て気味の綾香は再び自室へと姿を消した。

「…やっぱり、変だとお思いになりません?」

「…うん。」

 父親の目から見ても、確かに今の娘の素振りは怪しかった…



 綾香の父親は、いささか気まずそうな顔で、調査員のリーダーと相対していた。

「…では、お嬢様の交友関係について調べればよろしいのですね?」

「うむ。…わかっていると思うが、
 これは決して、親としての個人的な感情から頼んでいるわけではない。
 娘は今や、来栖川エレクトロニクスの社長だ。
 その社長と結婚の可能性がある男性が存在するか否かという問題は、
 わが来栖川グループ全体の動向に関わる重大事だ。
 だからこうして、君に頼んでいるのだよ。
 …君なら、こういう重大でしかも微妙な問題を、
 うまく扱うことができるに違いない、
 そう思ってね。」

 事が事だけに、そこらの興信所に気安く持ち込むことはできない。

「承知しております。
 そこまでご信頼いただき、身に余る光栄に存じます。
 早速、調査に取りかからせていただきます。」

「よろしく…
 あ、それから、くれぐれも、
 娘のプライバシーを侵害するような真似はしないでくれ。
 …その、盗聴とか、そういった類、だな。
 そういうことをして、あの娘を怒らせたりしたら、
 手がつけられなくなるからな。」

 会長は、亡くなった父がかつて、何か娘の逆鱗に触れるような真似をして、危うく命を落としかけ
た話を思い出していた。
 父は辛うじて助かったものの、屋敷中の警備員が全滅したという。
 そういう目には遭いたくなかった。

「かしこまりました。…それでは。」

 リーダーは会長室を出て行った。



「こちら103。
 目標は今、迎えの車に乗り込みました。
 おそらく自宅に向かうものと思われますが、どうしましょう?」

「念のため尾行してくれ。
 特に何もなければ、30分後に連絡を頼む。以上。」

「了解。これより尾行に移ります…」

 調査員たちが綾香の身辺調査を始めて2週間。
 これといった収穫はなかった。
 綾香は、時々買い物に出る以外は、ほとんど自宅と会社を往復する毎日で、特定の男性と接触して
いるような兆候は見られない。

 ただ、ひとつ気になるのは、例の携帯電話の相手だった。
 その相手は、たいてい綾香が自宅にいるときに連絡して来るようだが、一度だけ会社にいる間にか
けてきたことがある。
 それは夕方のかなり遅い時間だったが、まだ会社に残っていた綾香は、急いで無人の小部屋に入っ
て、かなり長い間出て来なかった。
 …そして、出て来た時には、それまでのきつい目つきが和らぎ、どことなく嬉しそうだった。

 いつもなら、それこそ盗聴でも何でもやって、たちまち電話の相手を割り出してしまう調査員たち
であったが、今回はそういう手段を極力避けていた。
 もちろん、会長に釘をさされたこともあったが、それだけではない。

 綾香が来栖川家の跡取り娘であることは、周知の事実であった。
 来栖川グループの事実上の中心である、来栖川エレクトロニクスの社長を務めていることが、何よ
りの証拠だ。
 他には、綾香の姉に子どもがひとりあるが、現会長にとって外孫である上に、女児である。
 何かよほどのことがない限り、綾香本人か、綾香と結婚した相手が、将来の来栖川グループの会長
となるであろう。
 綾香のプライバシーを無闇に侵害したことがばれたなら、調査員たちの後々に決して益とはならな
いはずだ。

 …間もなく、調査員103からの連絡が入り、綾香が何事もなく自宅に帰着したことがわかった。

(今日も収穫はなさそうだな…)

 怪しいのは、その携帯電話の相手だけだ。
 それが誰か知ることができれば簡単なのだが…



 トゥルルルル…

「あ、失礼。」

 またもや綾香の携帯だ。
 今日は父親が所用のため、母親相手に芹香のことなどダベっていた綾香は、さっと自室に引き取っ
てしまう。

「…………」

 母親がいささか気遣わしそうな視線を投げかけるのにも気がつかず、綾香は部屋に入って鍵を締め
ると、さっそく電話を受けた。

「もしもし?」

「もしもし、綾香お嬢様ですか?」

「長瀬さん。元気?」

「ええ。ありがとうございます。
 …あの、今日はご自宅ですか?」

「ええ、そうだけど?」

「いや、先日は、まだお仕事中にかけてしまったものですから…
 あの時は失礼しました。」

「ああ、いいのよ。
 本当はとっくに家に帰っている時間だったのに、
 うるさい重役につかまって、
 しち面倒くさい話を長々と聞かされていたところだったんですもの。
 長瀬さんが電話をくれたおかげで、
 それを口実に話をやめさせることができたから、
 むしろお礼を言いたかったぐらいよ。」

「そう言っていただけると、助かりますが…
 ところで、その後、あの娘のことで何か…?」

「うん。あの娘ったらね…」

 綾香は、ついこの間芹香から聞いたマルチの様子を思い出しながら、できるだけ詳しくそれを話し
た。

「…何ですって?
 それじゃ、あの娘が焼きもちを?」

「そうなのよ。
 で、本人は、気にしているらしいんだけど…
 初めの頃の純粋さを失って、
 だんだん醜い心の持ち主になっていくんじゃないか、ってね。」

「そんなことはありません。
 それはあの娘の心が成長して、
 それだけ人間に近くなったということなんですから。
 むしろ、喜ぶべきことですよ。
 …それにしても、正直言って、
 そこまで心が育つとは、私も予想だにしませんでした。」

「何しろ、今のご主人様ってのが、結構浮気者らしいからね。
 あの娘も、焼きもちのひとつくらい、焼いて当然かもしれないわね。」

「そうなんですか?」

 長瀬の声は心なしか不安そうだ。

 長瀬には、マルチの居場所やマスターの名前などを明かしていない。
 綾香としては、耕一の了解なしに、勝手に秘密を明かすことはできないと思っていたからだ。
 長瀬の方も、なまじ居場所など知ると、会いに行くか、連絡のひとつもとりたくなり、そうすると
足がつく恐れがあるので、聞かないほうがいいと思っている。

 「浮気者のご主人様」と聞いて、長瀬が心配するといけないと思った綾香は、急いでフォローしよ
うとした。

「あ、でも、浮気者とはいえ、あの娘にはぞっこんらしいわよ。
 何でも、あの娘が崖から落ちたと思い込んで、
 自分も後を追って飛び込もうとしたそうだから。
 傍にいた家族が慌てて止めなかったら、
 本当に危なかったんですって。」

「そうですか。」

 長瀬はちょっと安心したようだ。

「それでね、あの娘の焼きもちの焼き方っていうのがかわいくて…
 ご主人様が女の子に近づくたびに、
 お茶を入れて持って行っては、様子を探ろうとするんだって…」

 綾香と長瀬のおしゃべりは続く…



 挨拶を交して電話を切った後、綾香がふと時計を見ると、いつの間にかかなりの時間が経っていた。

(ありゃりゃ、しまった。またこんなに長電話しちゃった。)

 いくら市内とはいえ、公衆電話の料金も馬鹿にならないだろう。

(今度、テレフォンカードをごそっと届けてあげよう。)

 半ば本気でそう思う。
 長瀬を相手にマルチのことを話していると、つい時間を忘れてしまう。
 この頃とみにその傾向が強くなり、電話の時間がだんだん長くなる。
 綾香は、自分のせいだと思う。
 ほかに息抜きらしい息抜きもないので、つい、マルチのことで話がはずんでしまうのだと。
 長瀬の方も、以前に比べて、電話をかけてくる頻度が増えていることには気がつかない綾香だった…



 電話を終えた長瀬は、テレフォンボックスから出ると、いつもののんきそうな様子で歩き出した。
 しかし、その心の内には熱い思いがあった。

(マルチが、嫉妬を覚えるようになるなんて…)

 嬉しい驚きだった。
 マルチの心は、依然として成長し続けているのだ。
 「限りなく人間に近いメイドロボ」を目指してつくられたマルチだが、浩之に恋愛感情を抱いたと
きから始まって、その成長ぶりは、今まで何度も長瀬たちスタッフを驚かせたものだ。
 長瀬の心は踊っていた。
 もっとも、今日に限らず、いつも綾香に電話するたびに、何かしら気が晴々するように思う。
 たとえ、マルチに関する大した情報がないときでも…

(?)

 長瀬はふと、自分の心の動きにかすかな違和感を感じたが、深く考えることもなく、家路をたどり
始めた。



「え? お見合い?」

「そうだ。
 沢石産業社長の御曹司だそうだが…」

「却下。」

「…おい、綾香。
 いくら何でもそれはないだろう?
 せめて、もう少し話くらい聞いても…」

「いやよ。その手の『御曹司』ってのには、もううんざり。
 十中八九、ただのぼんぼんで、覇気がなくて、親の七光ばっかで…
 たいてい頭もからっぽで、話をしてもつまらないし、
 お見合いするだけ無駄よ。
 謹んでお断り申し上げます。」

「おまえ…
 父さんだって、かつては『御曹司』と呼ばれていたんだぞ?」

 父親が苦笑する。

「あ、お父様は別よ。
 結構苦味走ったいい男だし、頭も切れるし、
 それでいて家族も大事にするし、
 並の御曹司とは比べ物にならないわ。」

 綾香が真顔でそう言うと、

「お…おだてても、何も出ないぞ。」

 父親は顔を赤らめながらも、まんざらでもなさそうな顔だ。

「…そ、それじゃ、どんな男性ならいいんだ?
 おまえの理想のタイプというのを聞かせてくれ。」

「理想のタイプって…」

 8年前に死んでしまった。

「…うーん、あまりこれといったイメージはないんだけど…
 あ、そうそう、柏木の義兄さんみたいな人なら、
 お見合いぐらいしてもいいかな。」

 これはまんざら嘘ではない。
 姉さんがあんなに積極的に出なかったら、自分が名のりを上げていたかもしれなかった。
 …浮気者の癖に、妙に女心を引くものを持ってるんだから…

「耕一君か?
 確かに彼は、なかなかの逸材だな…
 しかし、ああいう人物は、そうそうどこにでもいるわけではないぞ?」

 そうね。簡単に譲りすぎたかしら?

「あとは…
 そうねえ、それこそ、お父様のような人がいれば、
 考えてもいいんだけど。」

 …あたし、ファザコンの気でもあるのかな?
 小さい時から、両親といっしょの海外生活で、お父様をひとりじめにしていたようなものだから。
 その分、姉さんが寂しい思いをしたわけだけど…
 でも、いくら考えても、浩之か、耕一か、お父様に匹敵する男性なんて…
 そう簡単に見つかるとは思えない。

 一方、父親はますます顔を赤くして、

「お、親をからかうんじゃない。」

 と、照れまくっている。

「…綾香。」

 今まで黙っていた母親が口をはさむ。
 娘に甘い父親では埒があかぬと思ったのであろう。

「あなた、このところ、お見合いの話があるたびに、
 ろくに聞きもしないで、片っ端から断わっているようだけど…
 まさか、もう心に決めた男の人がある、というわけではないでしょうね?」

「はあ? 冗談じゃないわよ、この忙しいのに。
 マジで、友だちとお茶を飲む時間もないくらいだわ。
 恋人をつくる暇なんて、とてもとても。」

 けらけらと笑っている。

(嘘をついているようでもないけど…?)

 どうしても気になった母親は、ずばり聞いて見ることにした。

「このところ、ちょくちょく電話を入れてくる男の方があるようだけど…
 その人とつきあっているんじゃないの?」

 綾香がぎくっとした顔をする。
 慌てて手を振りながら、

「な、何言ってんのよ。
 あれは、そんなんじゃないのよ。
 ただの知り合いで…」

「いつも、結構話がはずんでいるようじゃないか?
 母さんの話だと、30分以上話していることもざらだとか…」

 父親も気になるらしく、またもや会話に加わってくる。

「そ、それは…
 たまにビジネスを離れた話をすると、
 つい油断して長話になっちゃうのよ。
 ただ、それだけよ。」

「…どこの、何ていう人なの?」

 綾香の慌てぶりを訝しく思った母親は、いきなり相手の正体をつかもうとする。

「だ、だれでもいいでしょう!?
 別に、どうってことない、何でもない、ただの友だちなのよ。」

「どうってことない間柄なら、
 名前ぐらい教えてくれてもいいだろう?」

 父親がたたみかける。

「だから、わざわざ名前を言うような相手じゃないったら…」

 そんな押し問答をしていると、来栖川邸で使われているセリオタイプのひとりがやって来た。

「−−お話し中のところ、誠に失礼とは存じますが…
 芹香お嬢様より、綾香お嬢様にお電話が入っております。」

「そ、そう!?
 ありがとう! すぐ出るわ!
 じゃ、お父様、お見合いの話は断わっておいてね。」

「あ、こら、綾香!?」

「ちょっと、待ちなさい…」

 綾香はすたこら出て行ってしまった。

「まったく…
 あ、ミリー、すまんが長瀬を呼んでくれないか?」

 頭を下げて出て行こうとしたセリオタイプを、父親が呼び止める。

「−−『セバスチャン』様のことでございますね?
 承知致しました。」

「…………」

 長瀬と呼ばれるたびに、芹香からもらった愛のニックネームを確認させる執事のせいか、メイドロ
ボたちまで似たようなことを言い始めた。



 …………

「旦那様、奥様、お呼びでございますか?」

「うむ、長瀬…じゃない、セバスチャン。
 ちょっと聞きたいことがあるのだが…
 近ごろ、綾香に変わった様子はないか?」

 長年芹香付きだったセバスチャンは、彼女の結婚後、綾香の護衛兼運転手をするようになった
(もっとも綾香の方が腕は立つようだが)。
 実は、芹香が嫁ぐときに、自分も柏木家について行くと言い張るのを、家族全員で必死に押しとど
め、最後には綾香が「一対一」で話(?)をつけて、ようやく事なきを得た経緯がある。

「はて、変わったご様子と申しますと?」

「具体的には…
 つき合っている男性がいるのではないか、ということだが。」

「何ですと!?」

 セバスチャンの顔が、興奮のため見る見る赤くなる。

「綾香お嬢様に近づこうとするような不埒な男がおりましたなら、
 このセバスチャン、命に替えても断固阻止致します!
 決してそのようなご心配には及びません!」

「…………」

 この手の話題になるとやけに熱くなるのが、この執事の欠点だ。

「不肖私めが綾香お嬢様をお守りするようになりましてよりこのかた、
 お嬢様が誰か男性と親しくなるようなことは、一度もございませんでした!
 このセバスチャン、自信をもって断言致します!」

「わかった、わかった。
 …ところで、綾香の携帯電話に時々電話を入れてくる男がいるようなのだが、
 誰だか知らないか?」

「は? …そのようなことをご心配でしたか?」

 セバスチャンは拍子抜けしたような顔になった。

「知っているの?」

 母親が身を乗り出す。

「は、ご心配には及びません。
 …あれは、私の愚息にございます。」

「何? おまえの息子?
 …あの、研究所でメイドロボの開発をしている、息子のことか?」

「さようにございます。」

「…………」

 綾香の両親は、意外な事実に、どう判断したものか困っているようだ。
 先に口を開いたのは、母親の方だった。

「息子さん、ご家族は?」

「いえ、それが、いまだにひとり身でございまして。」

「独身? …で、お年は?」

「42才でございます。」

 さすが父親らしく、即答するセバスチャン。

「男の厄年か…」

 その答えを聞いて、本題と関係があるのかないのかわからない感想をもらす会長。
 母親はなぜか心配そうな顔になる。

「まあ… そんなお年の離れた人がお相手だったなんて…」

「?」

 セバスチャンと会長が怪訝そうな顔をする。

「それで言い出しにくかったのね。16も違うわけだから…
 それにしても、小さい時からお父様べったりだとは思っていたけれど、
 まさかそういう趣味だったなんて…」

「??」

 ますますいぶかしそうな男性ふたり。

「道理で、同年配の男性に興味を示さないはずだわ。
 でも、相手が妻子ある男性なら、かえって諦めさせやすいんだけど、
 独身となると…
 もし、本気で結婚したいと言い出したら、どうしましょう?
 これはひとつ、早めにその息子さんとやらに会って、
 きっちり話をつけておいた方がいいのかも…
 ねえ、あなた、どうお思いになります?」

「お、奥様!」

 ようやく彼女の考えている事を理解したセバスチャンは、大慌てに慌ててその可能性を否定しよう
とした。

「愚息は、若い頃からメイドロボとやらをつくることにうつつを抜かし、
 おなごに興味を見せたこともございません。
 恐れ多くも、綾香お嬢様と妙な関係になど、
 間違ってもなり得ない相手でございますれば、
 ご心配は無用と存じます。」

「おまえ、いくら何でも、綾香がそんな年の離れた男性と…」

「何をおっしゃいます?
 さっき綾香も申していたではありませんか?
 『お父様のような相手なら、考えてもいい。』と…
 あの娘はきっと、自分と年の似通った相手では、物足りなく感じるのですわ。
 だから、父親のような、うんと年上の男性に引かれて…」

「で、ですから、奥様。
 愚息は決して…」

「息子さんの方ではその気はなくても、
 綾香の方が本気になったら、同じことでしょう?
 …いえ、きっと、息子さんの方も満更ではないに決まっています。
 だって、電話をかけてくるのは、いつもそちらからなんですものね。」

「ち、違います。
 愚息の電話はいつもメイドロボの件でございまして、
 決して浮いた話では…」

「メイドロボ?」

「メイドロボですって?」

 今度は両親が怪訝そうな顔をする番だ。

「…………」

 セバスチャンはまずいことを口走ったと思う。
 そもそも、両親の心配を除こうと、息子が電話の相手であることを告げてしまったのがまずかった。
 まさか、話がこういう方向に向かうとは、思いも寄らなかったのだ。
 しかし、いかに自分が仕える旦那様夫婦とはいえ、これ以上真相を打ち明けるわけにはいかない。
 ふたりがマルチに対してどういう態度をとるか、わからないからだ。
 下手をすると、柏木家に難を避けているマルチに、再び生命の危険が迫る恐れもある。
 …老執事の脳裏に、自分を「おじいちゃん」と呼んで迎えてくれたメイドロボの笑顔が浮かんだ
(因みに、マルチに再会して以来、ようやく『からくり人形』という言い方を改めたようだ)。

「は、はい。
 …何でも綾香お嬢様は、
 メイドロボに大変興味を覚えておられ、
 愚息の研究がどの程度進んだか、
 しょっちゅう気にかけておいでだそうで…
 それで、愚息が折々研究の進捗状況をお耳に入れておる由にございます。」

 セバスチャンは、とっさに思いついた言い訳を口にした。

「本当?
 それにしては、ずいぶん話がはずんでいるみたいだけど…?」

「は、綾香お嬢様は、
 その方面に並々ならぬ関心をお持ちのため、
 電話のたびに、あれこれこと細かく質問なさいますようで…
 そのための長電話でございましょう。」

「ふむ。…確かに、メイドロボ産業は、
 この不景気でも目だった業績を上げている、
 数少ない部門のひとつだ。
 社長として、綾香が肩入れしても、不思議はないか…」

「そうでしょうかねえ…?」

 母親の方は今一つ納得していないようだったが、とりあえず話はそこで打ち切りとなった。



 一方、綾香は、芹香からの電話に出た後、何やら難しい顔をして自室に引っ込んでしまった。

(マルチの調子がよくない、か…)

 マルチが生まれて10年になる。
 故障のひとつやふたつ起きても、おかしくはない。

(どうしようかな…?)

 今すぐ「命」に関わるわけではなさそうだが、時々思うように手足が動かなくなるらしい。
 また、最初の頃のように、頻繁に転ぶようになったという。

(長瀬さんに相談しないと…)

 次の連絡はいつ入るだろう?


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