The Days of Multi第四部第16章パート2 投稿者: DOM
The Days of Multi
第4部 Days with the Kashiwagis
☆第16章 生まれ出づる者、そして去り行く者 (マルチ10才) Part 2 of 2



「…ところで、皆さん。
 本日は、どーして皆さんをここにご招待申し上げたか、
 おわかりでしょうか?」

 時が進み、いつの間にかかなりアルコールの入った志保が、赤い顔でそう切り出した。

「? …浩之ちゃんの知り合いに声をかけたんじゃないの?」

 あかりが不思議そうに言う。

「ふっふっふ…
 確かに知り合いには違いないけどねぇ…
 この志保ちゃんが主催するってのに、
 ただ知り合いを呼び集めるだけなんて、
 そんな芸のないことをすると思う?」

 何となく、志保の目がいやらしい光を帯びているようだ。

「じゃあ、どういうわけで?」

 雅史が尋ねる。

「わからない?
 …じゃあ、ここにいるメンバーのリストがあるから、
 読み上げて見るわよ。」

 志保は一枚の紙を取り出すと、出席者の名前を読み始めた。

 神岸あかり。
 佐藤雅史。
 長岡志保。
(ここまでが発起人よん、と志保はウィンクしてみせた。)
 来栖川芹香。
 来栖川綾香。
 保科智子。
 宮内レミィ。
 姫川琴音。
 松原葵。
 雛山理緒。

「…以上10名。さあ、おわかり?」

「…あはは、ゼンゼン、わかりマセーン!!」

 陽気に笑う金髪の美女。
 宮内レミィという女性らしい。

「同級生を中心に、
 一年後輩と一年先輩がまじってるみたいやけど…
 それがどうしたん?」

 怪訝そうに聞く眼鏡の女性は、保科智子だそうだ。

「うーん…
 もしかして、藤田君にお世話になった人ばかり、とか?」

 自分が一番お世話になったらしい女性が、二本の触角のようにぴんと立った髪を振りながら(つま
り、しきりに首をひねりながら)発言する。
 名は、雛山理緒というらしい。



「お世話になった、ねぇ…
 まあ、完全な間違いとも言えないけど…
 正解ともね…」

「勿体ぶってないで、さっさと教えてくれない?」

 しびれを切らした綾香が催促する。

「ほんっとうに、皆わかんないのぉ?
 …まあ、いいや。
 それでは、せっかくですから、お教え致しましょう!
 本日の顔ぶれの意味は…」

 志保がいったん言葉を切る。
 つられた皆が、ごくっと息を飲む。

「…浩之と『関係』があった皆さんを、
 残らずご招待申し上げた、というわけです!
 …あっ、もちろん、発起人の3名は除くってことで。」

 …一瞬の沈黙。

 そして。

「え、え、えええーっ!?」

「か、『関係』ですって?」

「…………!」

「う、嘘や! うちは藤田君とは何も…!」

「私、ヒロユキとは、結婚の約束をしただけでース!」(小さい時に、だけどネ…)

「え、ええええええええ!?」

 …………

 会場の混乱はしばらく続いた…



 最初に落ち着きを取り戻したのは、姫川琴音だった。

「長岡さん。
 『関係』とおっしゃいましたけど…
 それって、どういう意味ですか?」

 皆の目が一斉に志保に注がれる。

「あははは、『関係』っていうと誤解されるかもしれないけど…
 まあ平たく言えば、ヒロに気があった、という意味よ。」

「そんな… 何を根拠に…?」

「あら、この志保ちゃんが、
 根拠もなしに出任せを言っていると思うわけ?」

 浩之がこの場にいたら、「いつも出任せばっかじゃねーか?」とでも言ったに違いない。

「いいわよ。具体的な根拠を示せばいいわけね?
 …えーと、姫川さんの場合は…」

 志保は手帳を取り出すと、ぱらぱらとめくった。

「あ、あった。
 …えー、◯◯年◯◯月◯◯日午後◯時頃、
 学校の屋上にて、
 藤田浩之に抱きかかえられた姫川琴音の姿を確認…」

「ええっ!?」

 琴音の顔が見る見る赤く染まる。

「…さらに同日午後◯時頃、
 自分の教室で、
 やはり藤田浩之に抱きかかえられた姫川琴音が目撃される…と。
 さあ、姫川さん。
 どういうことか、説明していただきましょうか?」

「そ、それは… 別に、何も…
 特に何かあったわけじゃ…」

「そうでしょうねぇ。
 特に『何か』あったら、
 あなたはヒロの恋人になっていたでしょうからねぇ。
 …で、実際のところ、一体何があったの?」

「…………」

 琴音はうつむいてしまった。



「…というようなエピソードを、
 ここにお集りの皆さん、お持ちなわけです。
 ただの知り合いとはひと味違う、微妙な関係ですね?
 せっかくの追悼会ですから、
 やはり、そういう『関係』のあった皆さんにお越しいただく方が、
 ヒロも喜ぶに違いないと思いまして…
 それでは、姫川さんには、後でゆっくりお話を伺うと致しまして、
 リストの順に従い、まずは来栖川芹香さんから、
 ヒロとの『関係』を詳しく述べていただきましょう!」

「?」

 いきなり名前を出された芹香はキョトンとしたが、

「…………」

「浩之さんとは、別に関係というほどのことはありません、だそうよ。」

 横にいた綾香が、皆に聞こえるように言い直す。

「ほおーっ、そうですかねぇ?
 調べたところ、高校時代、
 毎週少なくとも一回、多いときは三回、
 ヒロを誘ってふたりっきりで部室に閉じこもった、
 という事実があるんですけどぉ?
 それでも、何もないっておっしゃるんですかぁ?」

 いやらしく粘っこい口調になる志保。

「…………」

「ただの部活です、だって。」

「…ふたりが、真っ赤な顔をして部室から出て来たところが、
 何回も目撃されているんだけど?」

「…………」

「たぶん、実験で呼び出した霊が部室中かき回した後で、
 あわてていたんだと思います、だって。」

 …姉さん? 何で頬が赤いの?
 まさか、本当に何かあったんじゃ…?

「ふーん、じゃあ、これはどうかしら…?
 ◯◯年◯◯月◯◯日『夜』、
 来栖川芹香は、藤田浩之を無人の学校に呼び出すと、
 ふたりで暗い部室に入り、長い間出て来なかった…」

「ね、姉さん!? それ、ほんとなの!?
 あたし、初耳よ!!
 え? 落ち着いてください?
 これが落ち着いていられますか、っての!
 さあ、納得のいくように、説明してもらいましょうか?…」

 綾香にくってかかられ、皆に疑いのまなざしで見られて、おろおろする芹香であった…



 ようやく座が落ち着きを取り戻したところで、またもや志保が口を開く。
 …さっきから、やけに楽しそうだ。

「それでは次の方…
 元エクストリームの女王、
 来栖川綾香さんにご登場願いましょう!」

 ショー番組の司会か何かのつもりか?

「あんたねえ…
 あいにくだけど、私は、浩之とは正真正銘、ただの友だちで、
 それ以上でも、それ以下でもないわよ。」

「ほほう…
 では、たとえばヒロと個人的にデートなどしたことはない、と?」

「もちろん。
 浩之と会うときは、いつも姉さんが一緒だったもの。」

「なるほど、なるほど…
 あら、手帳に妙なメモが…何々?
 …来栖川綾香、◯◯年◯◯月◯◯日より三日間にわたり、
 体調が悪いと称して学校を早退…」

 ぎくっ

「…なぜか、三日とも、早退後、姉芹香の通う学校周辺に出没。
 三日目に、『偶然』藤田浩之に遭遇。
 『体調が悪い』はずなのに、
 どういうわけか、彼を誘ってヤックに向かう…」

「そ、それはっ! 勘違いしないで!
 デートなんかじゃないのよ!
 あのときは、後輩のことで相談があって…」

「『後輩のことで相談がある』と言っていたのだが、
 なぜかその相談は5分そこそこで終わり、
 その後たっぷり1時間はよもやま話に費やす…」

「し、失礼ね! 『よもやま話』じゃないわよ!
 ちょっと私自身も悩みがあって、その相談に…」

「その後、やはりふたりして近くのゲームセンターに立ち寄り、
 『体調が悪い』にもかかわらず、
 藤田浩之とエアホッケー15回戦におよび、
 13勝2敗で圧倒する…」

「ううう…
 え? な、何、姉さん?
 え? そんなの初耳です、納得のいくように説明してください?
 ね、姉さん、落ち着いて…
 え? 私は落ち着いています?
 …じゃ、何よ、その指の形は!?
 それって呪いの印(いん)でしょう!?…」

 芹香に呪いをかけられそうになり、ダシに使った「後輩」からはジト目で見られ、しどろもどろの
綾香であった。



「…はい、それでは次は…」

「いい加減にしてよ!」

 志保は、それからリストに従って、発起人3名を除く出席者全員の、浩之との「関係」を暴露し続
けた。
 ひとわたり終わると、今度は、ひとりひとりに、暴露された内容について「弁明」の機会を提供し…
 さらにボロを出させようとしていたのである。
 あまりのことにたまりかねた綾香が、制止の叫びを上げたのだ。

「何よ、さっきから、
 あたしたちと浩之のこと、ねちねちと突っついて…
 そんなことして、浩之が喜ぶと思う?
 それに、どういう『関係』であれ、
 浩之との大切な思い出には違いないんだから、
 土足で踏みにじるような真似はやめてちょうだい!」

「ほう、『大切な思い出』ときましたね…
 やっぱり、ヒロのこと好きだったんでしょう?
 素直に白状しちゃいなさい!」

 さっきよりもさらにアルコールの回った志保が、勝ち誇ったように言う。

「ええ、好きだったわよ!
 8年経った今でも忘れられない位、好きだったわ!
 姉さんだって、葵だって、他の皆だって…
 あんただって、やっぱり好きだったんでしょう?
 わかってるなら、何でわざわざ面白半分、
 皆の神経を逆なでするようなことするのよ!?」

 綾香も、だいぶアルコールが入っている。

 綾香が堂々と、浩之への思いを告白すると、急に志保は元気がなくなった。

「…神経を逆なで? …面白半分?
 あたし、そんなつもりじゃ…」

「じゃあ、どういうつもりよ!?」

「…あたしは、ただ…」

 志保はうつむいた。

「皆… ヒロを…マルチに取られた仲間だから…
 だから… 皆で…ヒロのこと…
 思いっきり悪口言ってやろうと思って…
 だから… 皆を…招待しようって…」

「…マルチに…取られた?」

 その日、初めてマルチの名前が出ると、出席者の顔にそれぞれ言いようのない表情が浮かんだ。
 その表情には、おそらく苦悩という表現が最もよく当てはまるであろう。

「…そうよ。
 綾香さんだってそうでしょ?
 ヒロのことが好きで…
 でも、あのロクでもないメイドロボが突然現われて、
 ヒロを夢中にさせてしまった…
 マルチに、ヒロを取られてしまったわけよ。」

「…………」

「ヒロは馬鹿よ!
 あんな人形に心を奪われるなんて!
 挙げ句に、マルチをかばって、自分は死んでしまうなんて!
 呆れてものも言えないくらいの、大馬鹿よ!…」

「やめて、志保!」

 綾香がたしなめる前に、鋭い声が飛んだ。
 意外にも、声の主はあかりだった。

「あ、あかり?
 …でも、あんただって、マルチのこと恨んでるんでしょ?」

 志保も面くらった様子で、あかりに問いかける。

「…恨んでなんかないよ。」

「あかり、いいのよ。いい加減素直になったら?
 あんたがマルチを恨むのは、誰が考えても、当然…」

「恨んでない。恨むことなんかできない。」

 あかりは、うつむきながらも、きっぱりと言った。

「だって、マルチちゃんは、
 本当の本気で、浩之ちゃんのことが好きだったんだよ?
 浩之ちゃんが死んだら、自分も壊れちゃうくらい…
 浩之ちゃんの魂と一緒に、自分の心もついて行っちゃうくらい、
 それくらい好きだったんだよ?
 浩之ちゃんが死んで、私たちのうち、だれが壊れたの?
 マルチちゃんだけじゃない。
 …私たち、負けて当然だよ。…そう思わない?」

「あかり…」

 志保はそれきり絶句した。
 沈黙が部屋を覆う。



「…………」

 やがて、ぼそぼそという呟きが沈黙を破った。

「あかりさんのおっしゃる通りです、
 浩之さんとマルチさんは、お互い真剣に愛し合い、結ばれた、
 お似合いのカップルでした、と姉さんは言ってるわ。
 …因みに、あたしも同意見。」

「…私も、先輩とマルチさんは、本当の恋人同志だったと思います。
 だれも、その間に割り込めないほど、強く結びついた…
 でも、それでも、先輩は、機会あるごとに、
 私や、他の人に優しく接してくれました。
 先輩はとても素晴しい人でした。
 だから、私、先輩を好きになって良かったと思います。
 そして、先輩がマルチさんを選んだことも、当然だと思います。
 恨んだりするつもりはありません。」

 いつも控えめな葵が、珍しく自分の正直な気持を吐露すると、ほかの皆も異口同音に、賛意を表し
始めた。

「…何よ何よ、皆やけに物わかりがいいじゃない?
 あたしはそんなに簡単には割り切れないわよ。
 あのヒロの馬鹿…」

「…………」

「志保さんは、もっと自分に素直になられたらどうですか、だって。」

「あたしは、これ以上ないほど素直なつもりだけど?」

「…………」

「浩之さんのことを悪く言って、無理に忘れてしまおうとするから、
 かえって苦しいのではないのですか、だって。」

「無理にって…」

「…………」

「忘れようとするのではなく、
 大切な思い出として、素直に受け入れたら、
 きっと、本当のことが見えてくると思います…
 と、姉さんは言っているわ。」

 いつになく積極的な芹香の言葉に、志保はしばらくうつむいていたが、急に顔を覆って泣き出した。

「ううっ… ヒロ…
 い、いけない…
 涙はご法度だって言ったの… あたしなのに…
 う、ううっ…」

 志保の涙は止まらなかった。
 傍にいたあかりが近寄ると、そっと志保を抱きしめた。

「ううっ、あ、あかりぃ…」

 志保はあかりにしがみついて、泣き続けた。
 皆の目にも涙が浮かんでいた。
 しかし、それは悲嘆にくれる涙ではなく、
 自分たちが思いを寄せた男性の優しさを心に刻み、
 大切な思い出として抱きしめておくための、切なくも暖かい涙だった…



「…ごめんなさい。
 結局あたしが一番泣いちゃったわね。」

 志保が詫びる。

「ううん。とてもいい追悼会だったわ。
 来てよかった。」

 綾香を始め、皆が口々に志保の労をねぎらうと、志保も照れたような笑顔を浮かべた。

 追悼会に出席した全員、解決のつかないまま多かれ少なかれ引きずってきた浩之への思いが、吹っ
切れたような気がした。
 無理に忘れるのではなく、素直に、大切な思い出として受け入れる…
 志保を始め、追悼会に集まったメンバーにとって、今日が新たなる旅立ちの日となることであろう。


−−−−−−−−−−−−

この作品では、浩之は誰にでも優しく世話をしてやったことになっています。
ですから女の子たちと「関係」があるわけで…
ただし、浮気者ではなく、ひとりの女性への愛を貫くタイプとお考えください。

しかし、志保は浩之とマルチのこと、ずーっと引きずってたんですね。考えてみれば可哀相…


次へ


戻る