The Days of Multi 第2部 Days at Laboratory ☆第4章 マルチの危機 (マルチ2才) Part 2 of 2 メイドロボのチェックは最終段階を迎えていた。 30体のマルチタイプは、調査員たちによって性交機能の有無を調べられていた。 量産機のそこは、試作型と違い、何もなくのっぺらぼうになっている。 カモフラージュされている可能性もあるので、かなり丹念に調べているのだが、メイドロボのマス ターたちにしてみれば、自分の妹や娘がいたずらされているようで、とても見てはいられない。 中には、おいおいと声を上げて泣いている所員もいる。 じっくり調べた挙げ句、結果が明らかになった。 ここにいるのは全部、量産型メイドロボである。HMX−12は存在しない。 やっぱり、と男−−調査員のリーダー−−は思った。 やっぱり、HMX−12は、あの時破壊した一体だけだったのだ。 男は、自分たちの調査が徒労に終わったことを、むしろ喜びに感じた。 先に自分たちのした仕事が完璧であったことを、証明したようなものだからだ。 (この結果を報告すれば、会長の信任はますます厚くなるだろう。) 男はほくそ笑みながら、仕事を締めくくるための最終確認をすることにした。 傍らにいた部下を振り返る。 「よし。最後の確認だ。 この研究所のメイドロボは、全部ここにいるんだな?」 「はい。 研究所に登録されているマルチタイプの数は30体。 ここに集まったメイドロボも30体。 それぞれ、登録番号、マスター名等の情報が、完全に一致しました。」 「そうか。よろしい。 それでは… ん?」 男はふと奇妙な事実に気がついた。 何だって!? 「おい、研究所に登録されているマルチタイプは、30体ちょうどだな? 間違いないな?」 「はい、何度も確認しました。」 「そして、ここにいる30体は全部、 その登録されたマルチタイプと一致するんだな?」 「はい、それも確認済みですが… 何か?」 「もし、研究所のマルチタイプが30体で、 その30体が全員ここにいるとなると…」 男は自分を落ち着かせようとしながら言った。 「今朝、俺たちがここへ来る直前に、外へ出て行ったというメイドロボは… 一体何者なんだ!?」 「…あっ!?」 (登録されていないメイドロボがいたということか…? だとすれば、おそらくそいつこそ…) …そしてその時、男はもう一つの奇妙な事実に気がついた。 そのメイドロボを探しにやったふたりの帰りが遅すぎる… 「連絡がとれん、だと!?」 「はい、ずっと呼び出しておりますが… 全く応答がありません。」 いったい何があったんだ? 「よし… おまえたち、念のため、四人であのふたりを探しに行け。 見つかったらすぐに連絡せよ。 見つからない場合も、今から30分後に連絡を入れろ。 その時、次の指示を与える。 よし、行け!」 「はっ!」 10分後、四人から連絡が入った。あのふたりが見つかったのだ。 四人によると、ふたりの仲間は、研究所からさほど離れていない路上で伸びていたという。 あのふたりを倒すほどの相手とは…? しかし、その直後、俺をさらに驚かせる…いや、実はある程度予想していたことだが…報告があっ た。 あの、研究所を出て行ったメイドロボこそ、HMX−12であることを、ふたりが確認したのだ。 ところが首尾よくHMX−12を確保して引き上げようとした時…何か唐突な邪魔が入ったのだと いう。 その「邪魔」は…ふたりをそれぞれ一撃でのしてしまった。 そして、探しに来た四人が彼らを見つけた時には、その「邪魔」も、肝心のHMX−12も、姿を 消していたのだという。 (長瀬… これも貴様の差し金なのか? それとも、予期せぬハプニングなのか?) ちらと、離れた所にいる長瀬の顔を見る。 全くのポーカーフェースだ。 くっ… 悔しいが、今日の所は引き下がるしかない。 肝心の証拠(HMX−12)を逃してしまったのだ。 そうである以上、長瀬を追及することはできない。 いや、それより以前に、HMX−12を逃がしたことが会長に知れたら… 俺はどう対処すべきかを即座に判断し、決心した。 「いや、皆さん。 本日はお騒がせ致しました。 おかげで、この研究所に不審な点は何一つない、 ということが明らかになりました。 会長もきっと、お喜びの事でしょう。 また、皆さんの来栖川に対する忠誠心には、見上げたものがあります。 これもきっと、ご報告申し上げましょう。 では、本日の調査はこれまでです。 ご協力ありがとうございました。」 俺がそう言うと、マスターたちは一斉に自分のメイドロボのもとに走り寄った。 そして、ある者は床に脱ぎ捨てられた服を取ってやり、 ある者は自分の白衣を脱いで羽織らせてやり、 またある者はしがみついて、「すまん…赦してくれ」と泣き出す始末。 やれやれ… 人形相手によくやるぜ。 俺はしばらく、マスターたちの狂態に呆れていたが、ふと視線をはずして長瀬に目を向けた。 長瀬は俺の方ではなく、あらぬ方を見ている。 (長瀬… この借りは必ず返すからな。) 「すると、何か? あの情報はガセだったというのか?」 「はっ、そうとしか考えられません。 研究所を不意打ちして、出入りを差し止め、 中にいたすべてのメイドロボをかき集めて調査しましたが、 いずれもHMX−12とは似ても似つかぬ量産型ばかりで、 怪しい匡体は見つかりませんでした。 長瀬の自宅も、隅から隅まで探しましたが、何の痕跡も発見できませんでした。 一応、その他に隠れ家となるような場所がないか調査中ですが、 目下のところ、その可能性はほとんどありません。」 「ふむ。…しかし、あの林田とやらは、何ゆえそんなデタラメを?」 「私の方で調べましたところ、その男はかつて長瀬の上司でしたが、 長瀬に昇進で追い抜かれたため、いろいろと誹謗し、 かえって墓穴を掘って、左遷させられた由。 おそらく今回の事も、私怨に基づく根も葉もない中傷でしょう。」 「そうか、なるほど。 …この林田という男、 わが来栖川グループにとって、あまり好ましくない人物と見える。 何とかせねばな。 …いや、今回の君の目覚ましい活躍には感服したよ。 つまらない中傷に乗せられて君を疑うなど、わしも年を取ったようじゃの。 いや、すまなかった。この通りだ。 この埋め合わせは、きっとさせてもらうからな。 今後も来栖川グループのために、いよいよ忠勤を励んでくれれば嬉しく思う。」 「はっ。かしこまりました。」 「どうしてHMX−12はいなかったなんて報告したんですか? だって現に…」 「ありのまま報告して、やつを取り逃がしたと言えばいいのか? それも2回もだぞ。 言っただろう? そんなことをすれば俺たちの身の破滅だ。 いいな、何としてもHMX−12を見つけるのだ。 そして、我々の手で闇から闇へ葬る。 それ以外に俺たちが助かる方法はない。 わかったな!?」 「はっ!」 「何ですって!? では、マルチはそちらにいないと?」 「そうなのよ。 セバスは公園を何度も隅々まで探したし、 夕方まで粘ってたんだけど、 とうとうそれらしい娘には会えなかったって。 …途中何回か、胡散腐そうな男たちを見たので、 物陰に隠れてやり過ごしたけど、 マルチが来たのを見落としたはずはない、って言ってたわ。」 「そうですか…」 「まさか、その連中に見つかって…?」 「…いや、おそらくそうではないでしょう。 マルチが捕まれば、連中はまっ先に私を追及して来る筈ですが、 今のところ、その動きはありませんし。 それに、さりげなく見ていたところでは、 惜しい所でマルチに逃げられて地団駄踏んでいる、 という様子でしたから。」 「それじゃ… マルチはどこへ…?」 「おそらく突発的な事情により、 親父の所へ行くことができなくなり、 さりとて連中に捕まったわけでもなく… どこかへ逃げ延びたのでしょう。」 「大丈夫かしら… あの娘… 結構ドジだから…」 「綾香お嬢さん、マルチを信じましょう。 あの子は、見かけよりもずっと賢い子なんです。 特に、信じていい人間と、そうでない人間とを見分ける力がありますから… 無事に逃げ延びて、きっといつか、 私たちの前に元気な姿を見せてくれるに違いありません。 きっと、また、いつか…」 −−−−−−−−−−−− 第二部終了です。 第三部からは、「痕」メンバーの登場です。 中傷者林田がどんな処分を受けたかは、ご想像にお任せします。 お気づきかと思いますが、マルチが大体「誰と」、または「どこに」住んでいるかで、 第一部、第二部…と分けています。 そのため、セクションによって短くなったりやたら長くなったりしますが、ご了承ください。 「もう分岐はないのか?」と思っておられる方。 本来ここまでに、もう二つ分岐があったのですが、 公表するには不適当な内容に思われますので、削除しました。 これ以上命を狙われたくないもので…(苦笑) あとは、第四部と第五部に、(ほんの)ちょこっと分岐がありますが…大したことありませんので。 −−−−−−−−−−−− −年表− ( )内はおもなキャラの満年齢を現します。 <01年> (マルチ0、浩之16−7、芹香17−8、綾香16−7) 1月 マルチ誕生 4月 マルチの運用試験、浩之との出会い 5月 マルチの「運用試験」2回目、浩之との再会 7月 マルチ退学、浩之家での「運用試験」開始 9月 綾香の非難、マルチ壊れる 11月 マルチ回復、来栖川姉妹との交流開始 <02年> (マルチ1、浩之17−8、芹香18−9、綾香17−8) 4月 芹香の大学入学 <03年> (マルチ2、浩之18、芹香19−20、綾香18−9) 4月 浩之・綾香の大学入学 浩之の事故死、マルチ再び壊れる 研究所にてマルチのリハビリ開始 9月 マルチの研究所脱出 以 上 −−−−−−−−−−−−−−−−−− −キャラクターリスト− (Leaf キャラはほとんどオリジナルのままですが、設定を若干変えたり、 名前を勝手につけたりしたものもありますので、一応全員網羅しました) <藤田家の人々> 藤田武(たけし) 仕事の都合で不在がちな、一家の主。 藤田真希子 武の妻。夫と共に仕事をしているため、同じく留守がち。 藤田浩之 武夫妻のひとり息子。目つきは悪いが、実は優しい男。 <来栖川家の人々> 来栖川昂(のぼる) 来栖川グループ初代会長。頑固だが、孫可愛がりの面も。 来栖川美子(よしこ) 昂の妻。温和な性格。 来栖川誉(たかし) 昂の息子。来栖川エレクトロニクス社長。 来栖川陽子(あきこ) 誉の妻。妄想癖あり。 来栖川芹香 誉夫妻の長女。容姿端麗、成績優秀、物腰優雅、無口・小声、天然ボ ケのオカルト愛好家。 来栖川綾香 誉夫妻の次女。容姿端麗、成績??、明朗活発なエクストリームの女 王。 <メイドロボ> マルチ/HMX−12 試作型マルチ。人間とほぼ同じ意志・感情を持つメイドロボ。ドジで ボケ気味だが、健気で明るい性格。 もうひとりの「マルチ」 試作型マルチの予備匡体。 セリオ/HMX−13 試作型セリオ。マルチと違って感情を持たない。探偵オタク。 ヒロミ 量産型マルチ。来栖川研究所所属のメイドロボ。 マイ 量産型マルチ。来栖川研究所所属のメイドロボ。 ユイ 量産型マルチ。来栖川研究所所属のメイドロボ。 <長瀬家および開発部の人々> 長瀬源四郎/セバスチャン 来栖川家の巨漢執事。芹香からもらった愛のニックネーム「セバス チャン」にこだわり続ける。 長瀬源五郎 源四郎の四男。来栖川研究所開発部の主任。マルチ、セリオの生みの 親。 木原 来栖川研究所開発部の一員。長瀬の片腕。 内田 同じく開発部の一員。 <浩之の友人たち> 神岸あかり 浩之の同級生で幼馴染み。料理の腕は天下一品。ややボケ気味。 佐藤雅史 浩之の同級生で幼馴染み。サッカー部のエース。やはりボケ気味。 長岡志保 浩之の同級生。中学からの知り合いで、顔を合わせれば口喧嘩となる。 「東スポ女」「歩く電光掲示板」その他多くの異名を持つ。 <その他> 調査員たち 来栖川会長直属の、得体の知れぬ連中。 林田 元、来栖川研究所開発部の副主任。長瀬を中傷した挙げ句、ボロを出 して、来栖川運輸に出向を命ぜられる。 以 上 次へ 戻る