The Days of Multi<芹香編>第一部第3章パート2 投稿者:DOM
The Days of Multi <芹香編>
第1部 Days with Hiroyuki
☆第3章 芹香と浩之 (マルチ生後4ヶ月〜5ヶ月) Part 2 of 2



「浩之ちゃん!
 いつまで寝てるの!?
 学校に遅れちゃうよ!」

(…あかり?)

 ベッドの脇で自分を揺り起こそうとしているのは、幼馴染みの女の子だ。
 かなり焦っているように見える。

「だめだよ、浩之ちゃん。
 せっかく着替えたのに、また寝込んだりしちゃ。」

「?」

 言われて俺は気がついた。昨日学校から帰ったそのままの姿なのだ。
 どうやらあかりは、俺がいったん目を覚まして学校へ行く支度をしてから、またベッドに横になっ
たものと思っているらしい。

「早くしないと、本当に遅刻しちゃうよ!」

「わ、わかった、
 わかったから、そんなに揺すぶるな!」

 いかに非力なあかりとはいえ、寝起きの頭にはこたえる。
 何とか起き上がると、鞄を手に階段を駆け降りる(鞄の中味も昨日のままなのだが…)。

「ほら、あかり、何をしてる?
 ぼやっとしてると、置いてくぞ!」

「え? え?
 ちょ、ちょっと待ってよ!」

 焦ったあかりが後に続く。
 いつものように、学校めざして駆けて行くふたり。
 いつもと変わらない朝の風景であるはずだったが…



 校門まであと一歩というところで、「宿敵」につかまってしまった。

「ヒロォ! 見つけたわよ!
 今日という今日はのがさないからね!」

「うるせえ!
 遅刻しそうなときに、何言ってやがる!
 さっさとそこをどけ!」

「ごまかそうったって、そうはいかないわよ!
 この志保ちゃんが成敗してくれる!
 覚悟しなさい!」

「どけったら!」

 俺は志保を邪険に押し退けた。

「きゃあ!?
 かよわい女の子に暴力をふるうなんて、最低!」

「いつまでもそこで寝言言ってろ!
 行くぞ、あかり!」

 俺があかりを促して駆け出そうとすると、

「待ちなさい!
 いつまであかりの純情を踏みにじるつもり!?
 …あんた、来栖川先輩といい仲だっていうじゃない!?」

 ぎくっ

 俺の足が止まる。

「ほーら、図星だったみたいね。」

「だ、誰がそんなことを…」

「昨日、校門の所で、人目もはばからず抱き合っていたそうじゃない?
 目撃者は掃いて捨てるほどいるんだからね、
 しらばくれても無駄よ!」

「うっ…」

「ひ、浩之ちゃん、本当なの?」

 あかりが涙目になる。

「あ、あかり…」

「あかり!
 こんな二股男、すっぱり諦めちゃいなさい!
 世の中には、あんたに似合いのいい男が、ごまんといるわよ!…」

 キンコンカンコーン…

「あ! やべ!」

 とりあえず駆け出す俺。

「あ、こら! 逃げる気!?」

「浩之ちゃん、待ってよー!」

 校門に駆けこもうとしたとき。
 すっと高級車が近づいて来たかと思うと、音もなく止まる。
 中から現われたのは…

「先輩…」

 先輩は、どことなくやつれたような、しかしそれだからこそ、かえってぞくぞくするほどの美しい
顔で、俺を見た。
 俺も、あかりも、志保も、思わず足を止めた。

「…………」
 浩之さん、と先輩はつぶやいた。

 それぎり何も言わない。

 俺の脳裏に、昨日見た先輩のあられもない姿が浮かんだ。

 …ごくっ

 思わず唾を飲んでしまった。

(…はっ!? 俺は何を考えているんだ?
 先輩にあんなひどいことをしておいて…)

「せ、先輩、俺…」

 そう口を開いたとき、

「来栖川先輩! ずばりお伺いします!
 藤田浩之とつき合っているというのは、本当ですか!?」

 志保が、突撃リポーターか何かのように突っ込んだ。
 しかし、先輩が何か言うより早く、

「かーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

「わっ!?」

「きゃっ!?」

 執事の大声が響いて、俺たちの頭をくらくらさせた。

「お嬢様が、そんな下賎な男とつき合ったりなさるわけがなーーーーーい!」

「で、でも、噂では…」

 志保が言いかけたときだった。

「お、お嬢様!?」

 執事の狼狽した声。
 見ると、先輩が、何と執事を思いきり睨んでいたのだ。

「…………」

「は? 浩之さんは下賎な男ではありません?
 しかし、お嬢様…」

 執事が反論しようとするのを尻目に、

「…………」
 浩之さん、行きましょう、と俺の腕をとる先輩。

 そのまま校門に入って行く。

「せ、先輩…?」

 俺は呆気にとられながら、先輩に手を引かれて校舎へ向かうのだった。

「お嬢様ーーーーーーーーーっ!
 なりません、なりませんぞーーーーーーーっ!」

「ヒロォ! やっぱり、そういう仲だったのね!?」

「浩之ちゃーん!!」

 俺たちの後から三人の大声が響いた…



 俺たちは、全員めでたく遅刻した。
 のみならず、例の三人の大声で全校の注目を集め、各教室の窓から、俺が先輩に手を引かれている
姿を目撃されてしまい…俺たちふたりは、公認(?)のカップルとなってしまったのだ。



 あかりや志保の追及を何とかかわしながら、やっと放課後に持ち込むことができた。
 誰にもつかまらないうちに、ダッシュで駆け出す俺。

「あ、浩之ちゃん、待って!」

 あかりは、一緒に帰宅する道すがら、事の真相を問いただそうとしていたらしい。
 が、その程度のことはお見通しだ。
 このまま一気に玄関へ…
 教室のドアをあけて廊下へ飛び出そうとした俺の目の前に、ひとつの顔が現われた。

「わっ!?」

 慌てて立ち止まる俺。

「待ってよ、浩之ちゃん、
 一緒に帰ろ… あっ…」

 追いかけてきたあかりも立ち止まる。
 そこに立っていたのは先輩だった。
 朝見たときと同じように、少しやつれた感じの、しかし美しい顔で俺を見つめている。

「…………」

「え? お話があります?」

 いつの間にか、クラス中の視線が俺たちに集まっていた。
 先輩、俺、あかりの三人に…

「…………」

「部室まで来てください?
 …あ、ああ、いいとも。
 じゃ、あかり、そういうわけだから…」

「…浩之ちゃん…」

 あかりが、何とも言えない心細げな声を出す。

「…………」

「では参りましょう? う、うん…」

 先輩は、あかりを無視して、というよりも、そもそもあかりやクラスの皆が目に入らない様子で、
歩き出した。
 俺もその後を追う。

(来栖川先輩って、意外と大胆なのね…)

(藤田が先輩を引っかけたとか聞いたけど、
 案外、お嬢様の方から誘惑したんじゃないか?…)

 そんなクラスのささやきを後にしながら、俺たちはクラブ棟へ向かった。



 部室の前で、俺はためらった。昨日ここであったことを思うと…
 しかし、先輩はいつものように鍵をあけて中に入ると、

(どうぞ…)

 と俺を招いた。
 しかたなく、足を踏み入れる。
 相変わらず薄暗い室内。
 先輩がろうそくに火を灯す。
 俺は、いつもの椅子に腰を下ろす。
 先輩がこちらを向くと、俺は目のやり場に困って視線を落としながら、

「そ、それで、話って?」

「…………」

「…え!?」

 俺は自分の耳を疑った。
 先輩が、「昨日はすみませんでした。」と言ったからだ。

「ど、どうして先輩が謝るのさ?
 謝らなきゃなんないのは俺の方だよ。
 先輩にあんなことをして…」

「…………」

「いいえ、私がいけないんです?
 浩之さんをだましてしまいました?
 だましたってどういうこと?
 …え? 昨日の薬は…媚薬!?」

 さすがに俺も驚いた。

「ど、どうして、媚薬なんか…?
 え? 惚れ薬をつくろうとして失敗した?
 …あ、惚れ薬って、もしかして、俺が前に頼んだ、あれ?」

 こくん

「…………」

「え? 少し大胆になろうと思って一口飲んだら、効きすぎた?
 浩之さんがあんな風になったのも、薬のせいですから、
 責任を感じることはありません、って?
 そ、そうかもしれないけど…
 でもさ、俺がしたことは…
 どっちにしても、取り返しがつかないことだし…」

 すると、先輩は瞳を潤ませて、

「え? 浩之さんは私の事をどう思いますか、って?
 そ、そりゃ… 美人だと思うよ。」

 先輩はちょっと嬉しそうな表情を見せた。
 それから真剣な顔になると、何かを口にしようとして…なかなか言い出せない、という風だった。

 しばらくして、先輩はくるりと後ろを向くと、そのままの姿勢で、小さく小さく呟いた。

「…………」

「え? 何?
 …私のこと、好きですか、って!?…」

 そりゃ…

「も、もちろん、好きだよ。
 好きじゃなきゃ、あんなことするわけない… あわわ。」

 俺はつい、言わずもがなのことまで口にしてしまう。

「…………」

「え!?…」

 俺は絶句した。
 先輩は、「マルチさんとどっちが好きですか?」と聞いてきたのだ。

「マルチと…?」

 先輩は、俺に背を向けたまま頷いた。

(マルチ…)

 俺が初めて本気で恋した少女。
 俺が初めて抱いた女性。
 風のように現われて、また去って行った、健気で可憐なメイドロボ。

 俺は…

「先輩…」

 俺は…

 俺は…

 俺は…!!



「…ごめん。」

 先輩の体がぴくりと震える。
 俺はのろのろと立ち上がった。
 俺… やっぱり、マルチのこと、忘れられない…

 部室を出て行こうとすると、後からしがみつかれた。

「せ、先輩!?
 え? 行かないでください?
 でも… 俺がこれ以上先輩につきまとうのは、誰よりも先輩に失礼だし…
 え? 私は構いません?
 いや、しかし…
 え? それに、まだお話は終わっていません、って?」

 俺は仕方なく、再びもとの椅子に座った。

「…………」

 先輩はおもむろに語り始めた…



 先輩の話が終わったとき、俺は呆然として、しばらく口が聞けなかった。

「…マルチが…俺を誘惑するために…
 俺を先輩から引き離すために…送られて来た…人形だって?」

 そんな馬鹿な…
 俺たちは真剣に愛し合ったはずじゃないか?
 なのに今さら、マルチには心がなかっただって?

「先輩のおじいさんが…企んだことだって?
 マルチに、わざわざ…そんな機能までつけさせたって?」

 俺の頭の中に、ぐるぐる渦が巻いているような気がする…
 俺とマルチって…一体何だったんだ?
 俺が悩んでいたのは…?
 何もかも…俺の心が生み出した幻だったのか?

「…………」

 先輩が懸命に謝っている。お爺様を赦してくれと言っている。
 しかし、今の俺には、そんなことはどうだっていいんだ…
 俺は椅子から立ち上がろうとした。
 が、足元がふらついて、床に膝をついてしまった。
 先輩が駆け寄る。

「俺は… 俺は…」

 先輩が俺を抱きかかえる。幼子を抱く母親のように。
 俺は、先輩にしがみついた…



 俺たちが部室を出たときには、あたりはもうかなり暗くなっていた。
 俺は一言も口を聞かなかった。
 先輩も黙っている。

 俺たちは再び体を重ねたのだ。
 それも、昨日と違い、薬の力に振り回されてでなく、お互いの意識がはっきりしている状態で、で
ある。
 俺は… 何かにしがみついていなければ深い穴の底に落ち込んでしまうような気がして、先輩にす
がった。
 先輩は、そんな頼りない俺を、優しく包むようにして、迎え入れたのだ。

 先輩…
 いつでも優しい先輩。
 俺のわがままに、辛抱強くつき合ってくれる先輩。
 風に吹かれて飛んで行ってしまいそうな俺を、つなぎとめてくれる先輩…

 俺は先輩の手を握った。
 先輩も俺の手を握り返す。

「じゃ、先輩…
 また、明日な。」

 こくん

 先輩は校門に向かって行った。

 ありがとな、先輩…



「お嬢様。今日もずいぶん遅うございましたな?」

 執事が、車のドアをあけながらそう言った。

「は? 魔法の実験が長引いたのでございますか?
 …お嬢様。このセバスチャンの目は、節穴ではございませんぞ。
 先ほどまで、あの小僧と一緒においででしたな?」

 ぴくっ

 芹香がかすかに反応する。
 …が、何も言わずシートに座る。
 セバスチャンも運転席へ。

「酔狂にもほどがございます。
 お嬢様とあの小僧とでは、所詮住むべき世界が違うと申すもの。
 …ほどほどになさいませぬと、大旦那様のお耳に入れねばなりませぬ。
 何とぞ、これ以上あの小僧とかかわり合いになることは、おやめくださいませ。」

 セバスチャンは車を出した。

 芹香はしばらく黙っていた。
 ややあって、

「…………」

「は? …な、何と申されます!?
 またマルチさんを連れて来るつもりですか、ですと!?
 お嬢様…!」

 芹香をたしなめようとした執事は、バックミラーに映る彼女の頬に涙が一筋流れるのを見て、言葉
を失った。



 その後も、浩之と芹香は毎日のように顔を合わせた。
 時にはふたりで芝生に腰を下ろして、ぼんやりと過ごし。
 時には部室で魔法の実験にいそしみ(あれ以来、その手の行為は自重している)。
 時には昼食を共にして。
 マルチとのことを知りながら、なおも浩之を暖かく受け入れる芹香は、いつの間にか浩之にとって
かけがえのない存在となっていた。

 もちろん、ふたりの仲は学校中に知れ渡っていた。さまざまな噂と共に。
 いわく、浩之が逆玉を狙って、世間知らずの芹香を誘惑した。
 いわく、芹香が魔法を使って、浩之を誘惑した。
 いわく、実は芹香は、浩之を魔法の生贄に使うつもりである…



「待ってよ、あかり。」

「志保?」

「一緒に帰ろ。」

「…うん。」

「ヒロは?」

「…部活に行ったみたい。」

「部活って… オカルト研究会?」

「うん…」



 私は志保と一緒に下校した。

「ねえ、あかり。
 あんな甲斐性なしの世話なんか、もういい加減にしときなさいよ。」

「…………」

「もうそろそろ諦めたら?
 あいつは来栖川先輩に夢中みたいだし。」

「…………」

「あんなやつ、熨斗つけて先輩にくれてやればいいのよ。
 ほかにいくらでもいい男がいるんだから。」

「…………」

 志保の言うこともわかるけど…


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お気づきのように、分岐では、セリオ編でも芹香編でも、
かなり本編と共通の文章があります(使い回しとも言う)。
これは、Leaf Visual Novel Series みたいに、
選択枝から次の選択肢へ行く間に一部ほかの分岐と同じ文章が含まれていたりする、
そういう手法を用いようとした名残りです。

まじめな話、いくつも分岐部分をつくって、
選択の仕方によっては、紆余曲折を経てまた本編に戻ったり、
違うシナリオに進んだりするような形にしたかったんですが、
文章として読みにくくなるのと、
私の頭ではとてもそんな複雑なことはできないということがわかったため、結局断念しました。


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