The Days of Multi<セリオ編>第一部第8章 投稿者:DOM
The Days of Multi <セリオ編>
第1部 Days with Hiroyuki
☆第8章 6人の友人 (マルチ生後8ヶ月〜9ヶ月)



「綾香!? 何ということを!?
 どうしてあの男を勝手に家に入れたりしたのだ!?
 おまけに、芹香の部屋にまで招き入れるとは…
 一体何を考えている!?」

「お爺様こそ、何を考えてるのよ!?
 あのまま姉さんを見殺しにしろとでも言うの!?」

「だれがそんなことを言った?
 芹香を助けたいと思えばこそ、一流の医者を頼んで…」

「その一流のお医者様が、
 『このまま食事を摂れない状態が続くと危険です。』と
 おっしゃったんじゃない?
 浩之を連れて来なかったら、姉さんの食欲は回復しなかったはずよ?」

「う… し、しかし… 何も無断で…」

「相談しようにも、お爺様、なかなか連絡がつかないじゃない?
 やっと電話が通じたと思ったら、
 『ただいま大事な会議中ですので、プライベートなご用件は後にしてください。』
 ですって?」

「そ、それは… 秘書のやつが独断で…」

「まあ、そういうことにしときましょ。
 …ともかく、姉さんはどんどん弱ってたんですからね、
 何とかしなくちゃと考えて…
 あたしだって、苦肉の策だったんだから。」

「…まあ…よかろう。
 過ぎたことは言うまい。
 しかし、今後は二度と、あの男を芹香に会わせてはならぬ。」

「どうして?
 せっかく姉さんの元気が出かけたところなのに…。
 …もしかして、浩之が姉さんを誘惑するとでも思っているわけ?
 それなら心配ご無用よ。
 …ちょっと癪に触るけど、あいつ本気でメイドロボに入れ込んでるから、
 姉さんに手を出す余裕なんかないわ。
 そうでしょ、セバス?」

 綾香は、脇に控えている執事に呼びかけた。

「はっ、その通りにございます。
 先日見受けましたところでは、あの男、
 からくり人形を守るためなら、おのが命を投げ出しても悔いなき様子。
 まことに呆れ果てた男にございます。」

 口とは裏腹に、セバスチャンは何となく感心している風である。

「ほう。そこまでの入れ込みようか?
 ならば、大丈夫とは思うが…
 万一ということも…」

「お爺様も結構心配症ね?
 …それじゃ、浩之が姉さんと会うときには、
 私かセバスが見張っていることにするわ。
 それなら問題ないでしょう?」

「うむ。…では、ふたりともくれぐれも頼んだぞ?」

「ははっ。かしこまりました。」

「まかしといて。」



「よ。先輩。気分はどう…?
 うん、大分顔色良くなったな。
 この分だと、二学期からは学校で会えるかな?」

「…………」
 はい、それまでには治ると思います。

「うんうん…
 先輩ごめんな。
 俺がずうっと落ち込んでたとき、
 先輩、あんなに俺のこと心配してくれたのに…
 先輩が悩んでいるときに、俺、傍にいてやれなくて…」

「…………」
 いいんです… それに、今はこうして傍にいてくださいますから、感謝しています…



「ありがとう、浩之。
 おかげで姉さん、回復まであと一息ってとこまでこぎつけたわ。」

「これぐらいお安いご用だぜ。
 んじゃ、そろそろ帰るから…」

「あ、ちょっと待って。
 あたしも用事があるから、一緒に乗っけてってもらうわ…」



「…ここで止めて。」

 キキーッ

「浩之、降りて。」

「あん? 俺? どうしてこんなとこで?」

「ちょっと話があるの。
 …あんたんちじゃ、メイドロボや幼馴染みがいて、
 ゆっくり話ができないから。」

「一体何だよ?…」



 俺たちは、ちょっとした喫茶店に入った。
 ふたりともコーヒーを頼む。

「…浩之。」

「ん?」

「これからどうするつもり?」

「どうするって…」

「あんた、どうやら本気でメイドロボたちとつき合うつもりみたいだし、
 あの娘たちもあんたに夢中のようだけど…
 この間も言ったように、先が見えてるわよ。
 あたしが聞いたところでは、マルチもセリオも、
 今の運用試験が終わった時点で、長い眠りにつくことになる…
 多分、二度と目覚めることのない眠りに。」

「…………」

「あの…あかりって言ったっけ?
 幼馴染みの子も、あんたを好きみたいだけど…
 あんたはどういう将来の見通しを持っているわけ?
 あかりをパートナーにしたいの?
 それとも、このままメイドロボとの報われぬ恋に生きるつもり?」

「…………」

「それとも… 姉さんを選ぶ?」

「…え?」

「姉さんを選べば…
 メイドロボの問題も解決するかもよ。
 姉さんと結婚すれば、あんたは来栖川家の一員。
 そうなれば、眠ったままのマルチやセリオを目覚めさせるチャンスもあるでしょ?
 いい考えだと思わない?」

「…確かに…いい考え、だな…」

「でしょう?
 だったら、これからも姉さんと…」

「いやだ。」

「え?」

「そんなの、先輩に失礼だよ。
 マルチとセリオに会うために、先輩を利用するなんて…」

「り、利用だなんて…
 姉さんはあんたのことが気に入ってるし、
 事情を話せばきっと納得してくれる…」

「たとえ、先輩が納得ずくでも、俺がいやだ。」

 俺はきっぱりと言い切った。

「俺が先輩とつき合うのは、先輩が俺の大事な友だちだからだ。
 それ以外に理由はない。
 何か下心を持って先輩の機嫌を取るような真似だけは、したくねえんだ。」

「浩之…」

「話はそれだけか?
 んじゃ、俺は帰るぜ。」

 俺は残りのコーヒーをぐっと飲み干すと、立ち上がりかけた。

「あ、待って!
 …ごめん、謝る。
 決してあんたを軽蔑したわけじゃないのよ。
 ただ、あたしなりに、姉さんのためになる方法を考えて…」

「気持ちはわからなくもないけど…
 ちょっと違うと思うぜ?」

「うん… そうみたい。
 ごめんね、今の話は忘れて…
 お願いだから座ってよ。
 もう一つ別の話があるんだから。」

「別の話?」

「うん。」

「…何だよ?」

 俺はもう一度腰をおろした。

「…………」

 綾香はしばらく無言でうつむいていたが、やがて意を決したように顔を上げた。

「この間の、お礼…」

「?」

「ほら…
 姉さんを助けてくれたら何でもするって、約束したじゃない?
 あの約束、まだ果たしていないから…」

「ああ、そう言えばそんなことがあったな?
 …けど、俺、別に大したことしたわけじゃないし、
 お礼なんてしてもらう筋合いは…」

「ううん。
 姉さんの危ないところを助けることができたのは、あんただけ。
 ほかの誰にも無理なことを、あんたがやったのよ。
 どんなに感謝しても足りないぐらいだわ。」

「そんな、大袈裟な…」

「何でも言ってちょうだい…」

 そう言うと、綾香は、何となく潤んだ目で俺を見つめた。
 俺はどぎまぎしながら、

「な、何だよ?
 まさか、体でお礼をしますとか…」

 冗談で流そうとしたが、

「…いいわよ。
 …浩之がそれでいいのなら。」

 げっ。目がマジ…

「よ、よせよ、冗談は…」

「冗談だと思う?」

「…………」



 俺たちはしばらく見つめ合っていたが、

「…だめだ。そんなことできない。」

「浩之?」

「さっき言っただろう?
 先輩は大事な友だちだから、利用するような真似はできないって…
 綾香だって…
 やっぱり…大事な友だちだから、そんな軽々しいことはできない。」

「あんた…」

 綾香は呆然としたような顔で俺を見ていたが、やがて妙に柔らかい表情になった。

「あんたって、ばかね…」

 ばかだ。姉さんに近づくチャンスも、あたしをものにする機会も、簡単に捨ててしまって…
 ばかなやつ… いいやつ…

「ばかでたくさんだよ。」

 俺は、よく考えるときざなセリフを吐いたような気がして、照れくささを隠そうと顔を背けた。

「でもさ、やっぱり何かお礼したいのよね?
 あたしにできることって、何かない?」

 そうは言われても… いや、待てよ。

「そうだ…
 それなら、ひとつ頼みたいことがあるんだけど…」

「な、何?」

 綾香は、期待半分、不安半分の顔で俺を見た。

「実は…」

「…………ええ!?」



「ただいまーっ」

「あ、浩之さんですぅ…
 浩之さん、お帰りなさぁい。」

「−−浩之さん、お疲れ様でした。」

「もうすぐごはんだから…ね…?」

 玄関のドアの前には…綾香が立っていた。

「あ、綾香さん!?」

 三人が驚く。

「…あかりさん。マルチ。セリオ。」

 綾香は三人に真剣な面持ちを向けると、

「この間は申し訳ありませんでした。
 あなたたちに、さんざん失礼なことを言ってしまって。
 どうか許して下さい。」

 深々と頭を下げた。

「え? え?」

 あかりとマルチが目を白黒させる。

「−−綾香お嬢様。
 ともかく、頭をお上げください。」

 セリオが促しても、綾香はお辞儀をしたままだ。

「おまえたちと仲直りがしたいんだってさ。
 許してやれよ。俺からも頼まあ。」

 綾香の後ろから、浩之が声をかける。
 綾香とあかりたちとの仲直り、これが浩之の頼みだったのだ。

「仲直り…ですか?
 …はい! 仲直りしましょう!」

 ふだんとろいくせに、こういうことにかけてはマルチが一番だ。
 性格が現れているな。

「−−こちらの方こそ、勝手なことを申し上げました。
 どうかお許しください。」

 セリオが頭を下げる。

「わ、私、別に何とも思ってませんから…」

 あかりが焦ったように言う。

「…それじゃ、許してくれるのね?」

 綾香が頭を上げる。

「良かったな、綾香。」

「うん。おかげですっとしたわ。
 …ありがとう、浩之。」

「あの、綾香さん、どうぞ上がってお茶でも…?」

「ありがとう。
 でも、今日は車を待たせてあるから…
 またこの次、お邪魔してもよろしいかしら?」

「どうぞどうぞー。」

「−−お待ちしています。」

「遠慮なく遊びに来ていーぜ。」

「それじゃ、そうさせてもらうわ。
 …バイバイ浩之、皆またね。」

 綾香を乗せた車が走り去って行った…



 夏休みが明けた。
 とある放課後。

「よ、先輩。」

「…………」
 浩之さん、と先輩が嬉しそうに言った。

「今日の予定は?
 え? 綾香が迎えに来る?
 ふたりで商店街へ行く?
 へえ、そうなの。
 え? よかったらご一緒しませんか?
 そうだな…」

 俺は後ろを降り返って、

「どうする? 一緒に行くか?」

「はい。お供しますぅ。」

「私も行きたい。」

「−−ご迷惑でなければ、ご一緒したいと思います。」

「よし、決まりだな。
 先輩、一緒に行こうぜ。」

 こくこく

 先輩は嬉しそうにうなずいた。



 やがて先輩を迎えに来た綾香と合流、俺とマルチ、セリオ、あかりも商店街に向かうことになった。

「良かったな、先輩。
 すっかり元気になって。」

「…………」
 はい。それにお友だちもたくさんできました。浩之さんのおかげです。

「そう言われると照れるなぁ…
 まあ、何にしても、良かったじゃねーか?」

 すっかり明るくなった先輩を囲みながら、俺たちは笑顔で歩いて行った。

 ふと、セリオと目が合った。

「…………」

 …多分、セリオは俺と同じことを考えているのだろう。
 俺たちの−−ここにいる6人の将来がどうなるのか、さっぱり見当がつかない。
 辛い別れがあるかも知れない。
 嬉しい出会いや再会があるかも知れない。
 しかし…

(今、この瞬間。セリオがいて、マルチがいて…)

 あかりがいて、先輩がいて、綾香がいて… 幸せな時間を共に過ごしている。
 少なくとも、今、この瞬間は。
 …ならば、せめて今、この時を精一杯生きること…
 それが俺たちの取るべき道ではないのだろうか?

 俺はそっとセリオの傍によると、ささやいた。

「セリオ。俺、今、幸せだぜ。
 …おまえがいるからな。」

「−−私も… 今は満ち足りた思いがしています。
 …多分これが、幸せというべき状態なのでしょう。」

 セリオも小声で返事をした。

「今を…大事にしような。」

「−−はい。今を… この、幸せの瞬間を。」

 そう言ってセリオは、相変わらず澄んだ瞳を俺に向けたのだった…


<セリオ編> 完


−−−−−−−−−−−−

分岐<セリオ編>を書いていて思いました。
セリオって…かわいいですね。

この分岐を書き出した時は、セリオにもマルチ同様の機能をつけてもらって、
浩之と結ばれるようにしようかとも思ったのですが、
書き進むうちに、こういう終わり方の方がセリオには似つかわしいような気がしてきて、
予定を変更しました。

思いつきの分岐で、2章ぐらいで終わるはずだったんですが…
例の癖で、どんどん長くなってしまいました。


本編第一部第1章 出会い へ


本編第一部第2章 眠り へ


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