The Days of Multi<セリオ編>第一部第7章 投稿者:DOM
The Days of Multi <セリオ編>
第1部 Days with Hiroyuki
☆第7章 芹香の見舞い (マルチ生後7ヶ月〜8ヶ月)



 夏休みに入った。
 学校に行く必要のなくなったマルチとセリオは、日がな一日浩之の傍にいて世話を焼けるので、喜
んでいる。
 あかりも負けずに、しょっちゅう藤田家に入りびたっている。



「浩之さん。お茶が入りましたですぅ。」

「いつもすまねーな…」

「それは言わない約束ですぅ。」

 何となくボケた会話をかわす浩之とマルチ。



「浩之ちゃん。
 今夜はお肉とお魚と、どっちが食べたい?」

 すっかり主婦気取りのあかりが尋ねる。

「おまえが食べたい。」

 浩之がからかう。

「え? …えええ!?」

 真っ赤になるあかり。



「−−浩之さんは、人の肉をお召し上がりになるのですか?」

 セリオはあくまで真面目な顔だ。

「は? …ああ、そうだよ。
 若い女の子の肉は、最高おいしいんだぜ。」

 ついでにセリオもからかおうとする浩之。

「−−なるほど。」

 納得した顔のセリオ。

「−−すると、いつぞやの雑誌は、
 食用の女の子たちを載せていたのですね?
 道理で皆、裸でした。」

 …おひ。その話はあかりの前では…

「そんな雑誌があるの?」

 あかりが目を丸くしている。

「あるわけねーだろ?
 冗談だよ、冗談。
 そうだな、セリオ?」

 浩之は一生懸命目配せをする。

「−−? …はい。冗談です。」

 セリオはよくわからないながらも、浩之に同調した。



 かちゃ、かちゃ…

 夕食が終わり、三人で片づけをしている。

「あかりさんって、本当に料理がお上手ですねー。」

「そう? それほどでもないけど…」

 まんざらでもなさそうなあかり。

「−−それほどお上手なら、いつでもお嫁に行けますね?」

 セリオもほめる。

「お、お嫁さんだなんて… そんな…」

 あかりは真っ赤になる。

「−−浩之さんもお幸せですね。」

「え?」

 あかりが怪訝そうな顔をする。

「−−こんな素敵な方を、奥様に迎えられるのですから。」

「…………」

 あかりは完熟トマトのような色になって、うつむいてしまった。

「…か、からからないでよ。」

 「からかわないで」というつもりが、焦って言い間違えている。

「−−からかってなどおりません。
 お似合いのご夫婦だと思います。
 …何より、浩之さんも、
 あかりさんのことをお気に入りのようですし…」

 ぼむっ

 と音が聞こえそうなほど、あかりの顔の朱が深まる。

「そ、そ、そうかな…?」

「はい、浩之さんはあかりさんのこと、
 とっても気に入っておられると思いますよぉ。」

 マルチも口を添える。

「−−私たちもあかりさんを応援しますので、頑張って下さい。」

「お、応援って、そんな…………ほんと?」

 照れながらも、しっかり確認するあかりであった。



 夜がふけて、あかりも帰って行った。
 さすがに、公然と泊まるわけにはいかない。

 浩之はベッドに入った。
 マルチとセリオも充電の用意をする。

「あかりさん…
 やっぱり、浩之さんと結婚なさるんでしょうね?」

 マルチが台所での会話を思い出して言う。

「−−先のことはわかりませんが…
 今のところ、その可能性が高い、と思われます。」

「もしもそうなら…」

 マルチが遠くを見るような目で呟く。

「浩之さんがご主人様で、あかりさんが奥様で…
 そのお傍に私たちがいて…
 ちょうど今のように…
 いつまでもいつまでも、そうしていられたら、どんなにいいでしょう?」

 メイドロボは人間と結婚できない。
 とすれば、幸せな家庭を築いた浩之の傍でいつまでも仕えることこそ、彼女たちの望み得る最高の
夢なのだ。

「−−私も同感です。」

 セリオは相変わらず淡々と答えるのだった。



 ピンポーン

 それから数日経った午後、藤田家の玄関のチャイムが鳴った。

「はーい。」

 居合わせたあかりが応対に出る。

「? どちら様ですか?」

 ドアをあけると、長い髪の少女が立っていた。

「? …ここ、藤田さんちですよね?」

 少女の方も、あかりを見て戸惑っている。

「ええ、そうですけど?」

「あなたは?」

「私は… 近所の者ですが…」

「近所? …浩之とは、どういう関係?」

 いきなり「浩之」と呼び捨てにする少女の物言いに、あかりは軽いショックを受ける。

「え? ええと…
 浩之ちゃんとは幼馴染みです。」

「『浩之ちゃん』?」

 小馬鹿にしたような笑みを浮かべる少女。

「そう、幼馴染みね…
 …あいつ、一体何人女を泣かせりゃ気がすむのかしら?」

「え?」

「いえ、こっちの話。
 …その、『浩之ちゃん』は、家にいる?」

「え、ええ…」

「ちょっと呼んでちょうだい。」

「えっと… どちら様ですか?」

「あ、これは失礼。
 …綾香、と言ってくれればわかるわ。」

「…はあ。」



 あかりはリビングにいた浩之のところへ戻った。

「浩之ちゃん?
 綾香さんって人が、浩之ちゃんに会いたいって…」

「何? 綾香?」

「綾香さんが!?
 ふええ、また浩之さんに怪我をさせるつもりですぅ。」

 初めて会った途端、目の前で浩之に怪我をさせた少女に対するマルチの印象が、良かろうはずがな
い。

「え? 怪我?
 …まさか、浩之ちゃんの怪我、あの人が!?」

 あかりが驚きに目を見張る。

「−−ご安心ください。
 今、格闘技データをダウンロードしました。
 前回よりさらにアップデートされているようですので…
 今度こそ遅れは取りません。」

 セリオもずいぶん気合いが入っている。

「浩之ーっ!! 何してんの!?
 まさか、逃げるつもりじゃないでしょうね?
 卑怯よ! 男らしく出て来なさい!!」

「あいつ、近所中に響き渡るような声で…」

 浩之が立ち上がる。やっとギブスがとれたばかりだ。
 マルチはおろおろしながら、セリオは毅然とした態度で、ついて来る。
 あかりも、いつの間にかお玉を持って後に続く。



「…おやまあ、これは皆さんお揃いで…」

 三人の少女を引き連れて出て来た浩之を見て、呆れ顔の綾香。

「ふーん… ハーレム状態ってわけね。
 メイドロボふたりに幼馴染みかぁ…
 皆、さぞかし従順で可愛いことでしょうね?」

「浩之ちゃんに怪我をさせたって、本当ですか?」

 あかりがいつになくとげとげしい口調で聞く。
 場合によっては、お玉をふりかざして飛びかかりそうな勢いだ。

「今日は一体、何の用だよ?」

 あかりでは綾香に勝ち目がないと見た浩之が、話を引き取る。

「…うちに来て。」

「へ?」

 意外な言葉に呆然とする浩之。

「うちに来て、って言ってるのよ。」

「ど、どうして、急に…?」

「浩之ちゃん! 行っちゃ駄目だよ!
 きっとひどい目に会わせるつもりだわ!」

「そうですぅ、行かないでくださぁい!」

「あらあら、ずいぶん信用がないのね?」

「−−前回のことがありますので…」

 セリオも警戒気味だ。

「ちょっと外野は黙っててちょうだい。
 …浩之、この間は確かにあんたにひどいことをしたわ。
 気が立ってたものだから…
 ごめんなさい。謝るわ。」

「お、おう…」

 いつになく素直な綾香に、戸惑う浩之。

「…今日は、是非、姉さんに会ってほしいの。」

「先輩に?
 …確か、休みのちょっと前から、
 体調を崩して自宅療養中とか聞いたけど…?」

「ええ。だから、あんたにお見舞いに来てほしいの。」

「お見舞い?」

「詳しい事情は車の中で話すから…
 それとも、あんたには、メイドロボと幼馴染みがいるから、
 姉さんがどうなろうと、知ったこっちゃないってわけ?」

「おい… わかった。
 先輩のためとあらば、行こうじゃないか。」

「浩之ちゃん!」

「浩之さぁん!」

「−−私もお供します。」

「やれやれ。
 ほんとに外野がにぎやかね…」



 結局、全員で来栖川邸をおとなうことになった。
 リムジンの中は広く、俺たち皆が乗ってもまだゆったりとしている。

「運転手は、あのじいさんじゃねーのか?」

「ああ、セバスを連れて来ると、またけんかになりそうだから。
 今日は別の運転手に頼んだの。」

「それで、先輩の具合は?
 よくないのか?」

「…よくないわね。
 はっきり言って。」

 綾香が唇を噛む。

「ほ、ほんとか!?
 一体、何の病気で?」

「病気じゃないのよ。
 …ただ、生きる気力をなくしたって感じで…
 日に日に弱っていくの。
 このごろじゃ、食事ものどを通らなくなって、
 点滴でもたせてるくらいよ。」

「ど、どうして、そんなことに…」

「あんたのせいよ。」

 綾香が突き刺すような調子で言い切った。

「え? 俺のせいって…」

「姉さんは、小さい頃からずうっとひとりぼっちだった。
 家族の中でも、ひとり浮いていたわ。
 それがようやく、心を許せる人を見い出した。
 …それが浩之、あんたよ。」

「…………」

 そう言えば、先輩、俺のことを「たったひとりの大切なお友だち」って…

「ところが、そのあんたが、メイドロボにうつつを抜かして、
 姉さんに見向きもしなくなった。
 姉さんは、以前にもまして自分の殻に閉じこもるようになり…
 挙げ句に、何か危険な魔法に手を出して、危うく死ぬところだったわ。」

「…………」

「幸い発見が早くて、命は取りとめたものの…
 医者の見立てではどこにも異常がないのに、
 まるで魂の抜け殻のようになってしまった…」

「…………」

「家中いろいろ手を尽くして、
 姉さんを元気づけようとしたんだけど、
 何もかも無駄だった…
 このままでは、姉さんは本当に衰弱して死んでしまう。
 だから… くやしいけど、あんたに頼む以外、もう思いつかないのよ。」

「お、俺にどうしろって言うんだ?」

「何でもいいわよ!
 ともかく姉さんを助けて!
 元気にしてちょうだい!
 あたしにできることなら、どんなお礼でもするから!
 お願いだから、姉さんを助けてちょうだい!!」

「綾香…」

 綾香は目に涙を浮かべ、真剣そのものだ。
 あかりたちも圧倒されて、言葉を出せない。

「…わかった。
 …できる限りのことはさせてもらうぜ。」



「…それじゃ、浩之ひとりで来てちょうだい。
 あとの人は、この部屋で待っていてね。」

「私もお見舞いしたいですぅ。」

「気持ちはありがたいけどね。」

 綾香がため息をつく。

「姉さんにしてみれば、あんたたちは浩之を奪い去った恋敵なのよ。
 浩之があんたたちと一緒に来たのを見たら、
 姉さん、かえってショックを受けるでしょう?」

「そ、そうなんですか…?」

 マルチはおとなしく引き下がった。



「…はい、これ。」

 綾香が俺に花束を差し出した。

「何だ?」

「お見舞いの花束よ。
 姉さんに上げたら、きっと喜ぶと思うから。」

「…綾香も女なんだな。
 細かいとこに気がつくじゃねーか?」

「どういう意味よ?
 …さあ、ここが姉さんの部屋。
 ちょっと様子を見てくるわね。」

 綾香は、いったんひとりで部屋の中に入ると、すぐに出て来た。

「いいわ。入ってちょうだい。
 …頼んだわよ。」

 一瞬すがるような目をする綾香。
 俺は頷いて、部屋の中に足を踏み入れた。

 これがひとり用の部屋か? と思うほど広い。
 その広い部屋の中に、何となく鼻孔を刺激する匂いがある。
 女の子の匂いというものだろう。
 それに、薬くさい匂いが混じる。

 先輩は、大きなベッドに横たわっていた。
 綾香に促されて近づいた俺は、息を飲んだ。
 もともと色の白い先輩は、青白い幽霊のような顔色になっていた。
 頬もかなり落ちくぼんでいる。
 この様子では、体全体痩せ衰えていることだろう。
 何とも痛々しい姿だ。

「姉さん。…浩之が見舞いに来てくれたわよ。」

 綾香が声をかける。
 先輩は、先ほどから目をあけているが、声に反応した様子はない。

「先輩。…先輩の具合が良くないって聞いたから、お見舞いに来たぜ。」

 俺も声をかけた。
 やはり反応がない。

 俺は途方に暮れて、綾香を見た。
 綾香は、訴えるような目でこちらを見ている。

「…………」

 俺は更にベッドに近寄ると、先輩の片手をそっと握った。
 肉の落ちたその手を強く掴むと、砕けてしまいそうな気がしたからだ。

「先輩。…元気出してよ。
 …せっかく友だちになれたのにさ。
 …俺、この頃忙しくて、先輩とゆっくり話をする時間が取れなくて…
 ごめんな。
 先輩は、俺が落ち込んでたとき、一生懸命慰めてくれたのにな。
 悪かったよ。
 なあ、早く元気になってくれよ。
 また、一緒に日なたぼっこしようぜ。」

 俺は先輩の手をさすりながら、一生懸命話し続けた。
 それくらいしか、俺にできることはなかったのだ。

 …かなりの時間が過ぎ、俺がだんだん諦め気分になってきたとき…
 ふと、先輩の目が動いたような気がした。
 こちらを見ているような…

「先輩! わかるかい? 
 俺だよ、浩之だよ。
 お見舞いに来たんだぜ。」

 必死に呼びかけると、今度は顔ごと動かしてこちらを見ようとした。
 綾香も近寄って来る。

「姉さん、浩之よ!
 姉さんのこと心配して、来てくれたのよ!」

 そのとき、先輩の唇がかすかに、かすかに、動いた。そして…

 ひ…ろ…ゆ…き…さん?

 聞こえるか聞こえないかの声が紡ぎ出された。

「そうだよ、浩之だ!
 先輩! わかるんだな、俺のこと?」

 先輩はしばらくぼんやりと俺の顔を見ていたが、急にはっとした表情になった。

「…………!」
 浩之さん! と驚いた声を発する。

「先輩!」

 俺が先輩の手を握ると、先輩も懸命に握り返して来た。

「姉さん! ほら!
 浩之から、お見舞いの花束!」

 さっきの花束を綾香が示すと、先輩は嬉しそうな顔をして、

「…………」
 ありがとうございます、と言った。

「よかった。
 先輩、俺心配したぜ。
 先輩の具合が悪いって聞いてさ。
 でも、少し元気が出たみたいだな。
 ちょっと安心だぜ。」

「…………」
 ご心配かけてすみません。

「いいって、いいって。
 それより、早く元気になってくれよ。」



 それからしばらく言葉をかわした後、俺は帰ることにした。
 自分を取り戻したとはいえ、先輩の体は衰弱しきっている。
 あまり長い時間お邪魔しない方がいいだろう。
 俺が帰ろうとすると、先輩は名残惜しそうだったが、思い切ったように、

「…………」
 また来てくださいますか、と聞いた。

 青白い頬に少し赤味がさした。
 勇気を振り絞って言ったのだろう。

「ああ、また来るよ。
 だから、早く元気になってくれよな。」

「…………」
 はい、と先輩は頷いた。



「ありがとう。恩に着るわ。」

 帰り際、車に乗り込もうとする俺に、綾香が声をかけた。

「これくらい何でもねーよ。
 少しは役に立って嬉しいぜ。」

「時々、見舞いに来てくれる?
 連絡してくれれば、いつでも車をよこすから。」

「いいとも。」

 あかりたちが口々に「お大事に」と言って、車が動き出した…



 綾香は、いつまでも車の後を見送っていた。

(優しいやつ… だから諦め切れないのよ…
 姉さんも、あたしも…)


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