The Days of Multi<セリオ編>第一部第6章パート1 投稿者:DOM
The Days of Multi <セリオ編>
第1部 Days with Hiroyuki
☆第6章 幸せと不幸せ (マルチ生後7ヶ月) Part 1 of 2



「ふええ… 目が回りましたぁ。」

 おぼつかない足取りのマルチ。

「大丈夫? マルチちゃん。」

 心配そうなあかり。

「セリオはどうだ? 平気か?」

 と浩之。

「−−はい。面白い乗り物でした。」

 平然と答えるセリオ。

 …ジェットコースターから降りたばかりの四人である。



 ヒュウウウ…

「きゃあああああ!!」

 思いきり悲鳴をあげるあかり。

「ひゃあああああ!?」

 あかりの悲鳴に驚くマルチ。

「しょーがねーなー…」

 ふたりを抱き寄せて落ち着かせる浩之。

「−−…………」

 その姿を無言で見つめるセリオ。

 …お化け屋敷に入った四人である。



 マルチもセリオも、長瀬の許可をもらって、浩之たちと遊園地に来ることができた。
 遊園地へ制服で行くのも何だろうと、長瀬が奮発して買ってくれた洋服を来たふたりの姿は、浩之
の目にひどく新鮮に映った。
 あかりも可愛らしいワンピースを着て来たので、三人三様の魅力がある。

 初めて遊園地に来たマルチは、子どものように(子どもだっけ?)はしゃいでいる。
 転んで一張羅を汚すのではないかと浩之が心配するほどだ。
 あかりもいつになくうきうきした様子で、あかりギャグを連発している(浩之はそのたびに「やれ
やれ」という顔をする)。
 セリオも遊園地は初めてだが… まあ、彼女にはしゃいでみせろというのが無理な話だろう。

「セリオ。遊園地はどうだ?
 面白いか?」

「−−はい。とても興味深い所です。」

 傍(はた)から見ていてもわからないが、セリオ自身には充実した時間を過ごしている、という自
覚があった。
 もし感情があれば、「楽しい」と表現したであろう充実さだ。

 浩之は、三人の少女、特にふたりのメイドロボが遊園地を楽しんでいるのを見て、満足していた。
 それでこそ、連れて来た甲斐があるというものだ。

 四人は朝ゆっくりめに出かけ、いくつかの乗り物に挑戦した後で、あかりの心づくしの弁当を食べ
た。
 と言っても、実際に箸をつけたのは浩之とあかりのふたりなのだが…

「あかりぃ?」

「…ご、ごめんなさい。」

 山ほどごちそうを作って来たあかりが小さくなっているのには、わけがある。
 二、三日前から今日のこの日を楽しみに浮かれ加減だったあかりは、つい、マルチとセリオの分ま
で弁当を作ってしまったのだ。
 おまけに浩之の分を少し多目にと考えたので、実質五人前くらいの量になってしまった。
 さすがの浩之も、食べ切れるはずがない。

「まあ、いいや。
 残った分は晩飯にもらっとくわ。
 構わねーだろ?」

「う、うん!」

 涙目になりかけていたあかりは、ぱっと顔を輝かせた。

(浩之ちゃん。優しいね…)

 ぶっきらぼうだけど、本当は優しい浩之ちゃん。
 昔からそうだった。
 メイドロボにも優しい浩之ちゃん。
 まるで、妹か娘の世話をしているみたい。

(娘…か…)

 一瞬、自分(妻)が浩之(夫)とふたりの娘と共にお弁当を広げているような錯覚に捕われ…
 次の瞬間、顔を真っ赤にして、浩之たちからいぶかしそうに見られるあかりであった。



「大旦那様。
 お呼びでございますか?」

「長瀬…じゃない、セバスチャン。」

 とうとう、セバスチャンのこだわりが勝利をおさめたようだ。

「どうだ、芹香の方は?」

「はい。あれ以来芹香お嬢様の周りで、
 あの小僧を見かけたことはございません。」

「…そうか。
 うまくいっているようだな。
 助手までつけてやった甲斐があるというものだ。」

「は? 助手と仰せでございますか?」

「ああ、もうひとりのメイドロボ、HMX−13…セリオのことだ。
 お前のせがれが言うには、
 どういうわけかセリオまで、藤田のことが好きになったらしい。」

「藤田の事が? …お言葉ですが、
 からくり人形が、人を好きになったりするものでございましょうか?」

 セバスチャンには信じがたいことだ。

「わしもよくわからんのだが…
 お前のせがれが言うには、人間と機械の間にも相性があって、
 あの藤田はどうやら、
 メイドロボとの相性がずば抜けて良いらしい、ということだ。」

「相性でございますか…
 なるほど。」

 言いながらもセバスチャンは、今一つ納得できない様子だった。



「わー、高いですぅ。
 人が、あんなに小さく見えますぅ。」

「−−よい眺めですね。」

「きれいな夕焼けだね。」

「ああ…」

 …一日楽しく過ごした後、最後に観覧車に乗った浩之たちであった。



「−−浩之さん。あかりさん。
 今日はありがとうございました。」

「とっても楽しかったですぅ。
 ありがとうございましたぁ。」

「わ、私、別にお礼を言われるようなことは…」

「ほらほら、ふたりとも。
 また忘れてるぞ。
 友だちなんだから遠慮するなって、あれほど言っただろう?」

「−−はい。そうでした。」

「これから気をつけますぅ。」

 性格はまるで違うのに、実の姉妹のように息の合ったふたりだ。
 浩之は何となく微笑ましく思った。



 遊園地を出ようとしたとき。

「−−うっ…」

 突然セリオが、センサーの上から両耳を押さえた。

「セ、セリオ? どうした?」

 セリオは歩みを止め、目を閉じて、美しい眉をひそめている。

「セリオさん?」

 あかりとマルチも心配そうにのぞき込む。
 しばらくして、セリオは目をあけた。

「−−大丈夫です。
 何か、規格外の電波を拾ってしまったようで…」

 サテライトサービスシステムを使う関係で、セリオは電波系の衝撃に弱いのだ。

「−−ご心配をかけました…」

 と歩き出そうとする足もとがふらついた。
 浩之が慌てて支える。

「おいおい。
 少し休んだ方がいいんじゃないか?」

「−−いえ。本当に大丈夫ですから。」

 口ではそう言うものの、何となく気分が悪そうだ。

「だから、遠慮はいらないって。」

「−−ですが、次のバスに乗らないと、帰りが遅くなりますので。」

「…わかった。
 それじゃ、バス停までおんぶしてやる。」

「−−え? い、いえ。
 そんなご迷惑をおかけするわけには…
 自分で歩けます。」

「無理すんなよ。
 どうせすぐそこだし。」

 遊園地の出入口付近にバス停がある。

「ほら。」

 浩之はセリオの前で背中を見せる。
 セリオはしばらくためらっていたが、

「−−そ、それでは… 失礼します。」

 おずおずと浩之の背中に体を預け、手を前にまわす。

「よっこらしょ…と。」

 浩之は立ち上がる。思ったより軽い。
 そのまま歩き出す。
 あかりとマルチも歩き始める。

 落ち着かない様子のセリオに、

「セリオさん、まだ気分が悪いの?」

 あかりが声をかける。

「−−いえ…」

 セリオが短く答える。

「研究所に着いたら、お父さんに見てもらいますですぅ。」

 マルチも気づかわしそうだ。

「−−いえ、本当に何ともないんです…」

 セリオが落ち着かないのは、今まで人におんぶされたことがないからである。

「もっと力を抜いて楽にしなよ。
 かえってくたびれるぞ。」

 背中のセリオが緊張しているのに気づいた浩之が、そう声をかける。

「−−はい…」

 素直に返事をする。
 言われた通り、少し力を抜いて浩之にもたれかかるようにする。

(…何だか… 充実した思いがする…)

 セリオはふと、お化け屋敷で浩之に抱き締められていたあかりとマルチの姿を思い出した。
 多分、あのときのふたりも、こうした思いを抱いていたのではないだろうか?
 セリオはもう少し力を抜くと、浩之の肩から首のあたりにそっと自分の顔を置いた。
 …さらに充実した感じがする。
 気持ちがいい…とは、こういう状態を指すのだろうか?

 一方浩之は、いつになく甘えるようなセリオの仕草に多少照れながらも、自分に気を許してくれて
いることを嬉しく思っていた。
 何かをしてやりたくても、万能選手で滅多に弱味を見せない彼女なので、なかなかそうした機会が
ないのだ。
 おんぶくらい、お安い御用である。

 セリオのぬくもりを、背中で、肩で、首筋で感じる。
 両手で支えるセリオの腿は、しなやかな感触で、カモシカのそれを思わせる。
 背中に感じる二つのふくらみが、いささか落ち着かない気分にさせるのだが… 

 ほどなく一行はバス停に着いた。

「−−ありがとうございました。
 もう、ひとりで立てますから。」

「本当に大丈夫なんだな?」

 おんぶをやめるのに何となく名残り惜しい思いをしていたのは、浩之だけではなかった…



「…姉さん? 入ってもいい?」

「…………」
 今大事な実験中なので、後にしてください。

 小さな声がドア越しに聞こえた。

「そう… じゃ、後でね。」

 綾香は姉の部屋の前を離れた。

 …一時期、ずいぶん表情が明るくなった芹香であるが、このところ前にもまして無表情になった。
 何かというと部屋に閉じこもって、魔法の実験ばかりしている。
 今まで一番の話し相手だった綾香とも、ほとんど口を聞かなくなった。
 自らを、固く閉ざされた殻の中に封じ込めようとしているかのようだ。

(姉さん… どうしちゃったの?)

 綾香は姉が、誰も手の届かないところへ行ってしまいそうで、不安に駆られていた。



 夕食の時間になった。
 綾香の祖父と父親は今日ははずしている…というか、夕食を共にすることの方が珍しい。
 ダイニングルームにいるのは、綾香と母と祖母という、女だけの顔ぶれだ。

 芹香を呼びに行ったメイドが、困惑した様子で帰って来た。

「いくらお呼びしても、ご返事がないのですが…
 お部屋には鍵がかかっておりますし。」

「あの娘ったら、また魔法の実験に夢中になっているのかしら?」

 母親がため息をつく。

 綾香はふと、嫌な予感がした。
 ダッシュで駆け出す。

「あ、綾香?」

 母親と祖母が驚いて声をかけるのも無視だ。

 芹香の部屋へと駆けつける。

「姉さん? 姉さん! 返事をして!
 ここをあけてちょうだい!!」

 どんどんとドアをたたく。
 …返事はない。
 胸騒ぎが大きくなる。

「…………」

 綾香は一旦ドアから離れると、

「てやぁーーーーーっ!!」

 渾身の蹴りを放った。
 バキッと音がして、ドアが内側に開く。
 …マスターキーを取って来させるというチョイスは、焦った綾香の念頭には上らなかったらしい。

「…姉さん!?」

 芹香は、例のとんがり帽子とマントを身につけて、床の上に倒れていた。
 慌てて駆け寄る綾香。
 姉を助け起こす。

「…………!?」

 意識を失った芹香の顔は、土気色になっていた。
 胸に耳を押し当てると、心臓は動いているものの、ひどく弱々しい。
 そのままふっと、動きを止めてしまいそうな儚さがある。
 綾香の全身から血の気が引いた。

「ね、姉さん、しっかりして!!
 死んじゃやだ!!」

 必死に揺り動かす。

「綾香? どうしたの? …あっ?」

 綾香の剣幕につられてやって来た母親が、部屋の中をのぞき込んで息を飲んだ。

「お母様! ね、姉さんが、姉さんが…!!」

「せ、芹香!? …きゅ、救急車!!
 だれか救急車を呼んで!!」



 来栖川総合病院の集中治療室。
 綾香と母親、祖母、そしてセバスチャンの四人が、心配そうな面持ちで芹香の様子を見守っている。
 まだ意識は回復しない。
 医師の話では、かなり心臓が弱っていたものの、発見が早かったため、命に別状はないとのこと
だった。
 ただし、もう少し遅かったら、どうなっていたかわからない、と。

 あの後、セバスチャンが芹香たちをリムジンに乗せて、車内から来栖川系列のこの病院に電話を入
れた。
 おかげで、救急車を呼ぶよりもずっと早く病院に到着し、待ち構えていた優秀な医師団に見てもら
うことができたのである。

 部屋の様子から見て、芹香は何やら召還の魔法を行なっていたらしい。
 それらしき書物が何冊か開かれていたが、皆ラテン語で、綾香たちにはさっぱりわけがわからな
かった。

 …芹香は、浩之を取り戻すために、悪魔と契約を結ぼうとして失敗したのである…



「昨日は楽しかったですぅ。
 あんまり楽しくて、夢にまで見ちゃいましたぁ。」

 まだ遊園地の楽しさにひたっているマルチ。
 メイドロボは充電中にその日の記憶の整理をするので、夢を見るのは当たり前なのだが…

「−−浩之さんには、たいそうご迷惑をおかけ致しました。」

 最後に体調をくずしたことを申し訳なく思っているセリオ。

「いいって。気にすんなよ。」

 浩之は軽く受け流す。

「ふふっ、ね、また遊園地行こう?」

 あかりも上機嫌だ。

「ああ、また行こうな。
 …今度は弁当の量、加減しろよ?」

 釘を刺す浩之。
 和やかな雰囲気の学校帰りだ。



 昨夜芹香が病院に担ぎ込まれたことは、誰も知らなかった。


次へ


戻る