The Days of Multi第四部第14章 投稿者: DOM
The Days of Multi
第4部 Days with the Kashiwagis
☆第14章 家族の夕景 (マルチ7才)



 本編第四部第13章からの続きです。

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 その夜、俺はしばらくぶりに、柏木家の皆と食事を共にした。
 俺、柏木四姉妹、マルチ、芹香の七名で食卓を囲むと、なかなかにぎやかだ。
 にぎやかと言っても、約二名たいそう静かなメンバーがいるが。

「耕一ぃ! 何だか太ったんじゃないか?
 美人の奥さんと温泉に入って、
 すっかりふやけちまったんだろう?
 ひっひっひ。」

 そして、他のメンバー全員を合わせたくらいにぎやかなやつが約一名。

「梓。いい加減にしなさい。」

 千鶴さんが低い声でたしなめる。

「何だよ? 千鶴姉だって言ってたじゃない?
 隆山だって有名な温泉地なのに、
 どうしてわざわざ、あんな山奥の温泉に行くんだろうって。
 耕一のやつ、誰もいない所で、
 奥さんとゆっくりいちゃつきたかったんだよ。
 そうだ! そうに違いない!」

「梓… 酔ってるのか?」

 そう言えば、さっきから顔が赤いと思っていたが…

「酔ってる? あたしが?
 へっ、何言ってんだい?
 あたしのどこが酔ってるってんだよ?
 あたしはこれこの通り、しらふでございますよ、
 新婚ほやほやの旦那様…ってね!
 あははははは!」

 やっぱり酔っている。
 実は梓は、新婚旅行から帰って来た耕一とまともに顔を合わせる自信がなく、家に帰るとすぐ台所
で二、三杯ひっかけようとしたのだが… 少々量を過ごしてしまったらしい。

「梓ったら…
 ごめんなさいね、芹香さん。
 お帰りになって早々、こんなはしたない所をお見せして。」

 ふるふる

 芹香が、堅苦しいことをおっしゃらないでください、と言う。

「ところで、芹香さんって、お料理の方はどう? 得意?
 やっぱり洋食専門とか?」

 さすが酔っ払いだ。話題がポンポン飛ぶぞ。

 ふるふる

 芹香の顔が、心なしか曇る。

「え? 何だって? よく聞こえない…
 耕一! 芹香さん、何て言ってるの?」

「あまり得意じゃありません、だそうだ。」

 しかし、どうしておまえだけ、エルクゥの聴力を使おうとしない?

「まあ、そうなんですか?」

 と顔を輝かせた人が約一名。

「それじゃ、あれですか?
 もしかして、台所から閉め出されて、
 金輪際料理をしてはいけない、なんて言われたとか…?」

 こくこく

「え? そうです、どうしておわかりになりましたか…ですか?
 い、いえね、似たような体験をされた方のお話を聞いたことが…」

 ますます上機嫌になりながら千鶴さんが言うと、

「何言ってんだ。
 自分のことじゃないかよ?」

 と呆れた声で梓が呟く。

「それで、原因はやっぱり、
 最初に作ったお料理に失敗したから、とか?」

 千鶴さんは、梓を無視して話を進める。
 因みに、千鶴さんの場合は「最初」だけじゃなかったらしい。

「え? 成功しました?
 皆おいしいと言ってくれた?
 それじゃなぜ?
 え? よくわからないけど、材料の説明を始めたら皆真っ青になった…?
 あの、どんなお料理を作られたんですか?
 え? 鍋?
 鍋というとやはり、寄せ鍋とか?
 え? メインは…牛の心臓!?
 で、でも、確か、動物の内蔵を使ったお料理ってありますものね?
 ほかにどんなものを?
 え? ええ!? コウモリの羽!? イヌの肝!? トカゲの尻尾!?
 そ、それに… カエルの目玉ぁ!?
 それってもしかして… 『魔女の鍋』では?」

 こくん

 …この日、問答無用で柏木家の台所から閉め出された人が、もうひとり増えたのであった。



「ご主人様ー!
 お風呂の用意ができましたよー!」

 マルチの声が響く。

「えーと、それじゃあ、
 俺、先に入らせてもらっていいかな?」

 と立ち上がろうとすると、

「何言ってんだよぉ? 新婚なんだろ?
 奥さんをおいてっちゃ、駄目じゃないか?」

 まだ酔いの醒めない梓が言う。

「で、でも一緒というわけには…」

「どうせ新婚旅行では、いつも一緒に入ってたんだろ?
 いまさら恥ずかしがる柄かよ? いっひっひっひ。」

 梓、その親父くさい笑いはやめろ。

 俺はふと芹香と目が合った。
 すると彼女は何を勘違いしたか、赤くなって俯くと、

 よろしければ、お背中流しましょうか?

 とささやいた。

 くらくらくら

 うーん、お嬢様にお背中流していただくなんて、そんな勿体ないこと… ぜひやってほしい。

 俺がそんなことを考えていると、

「耕一さん。私がお背中流します。」

 と楓ちゃんが立候補した。相変わらずの無表情。
 …もしかして対抗意識?

「え? いや、せっかくだけど…
 楓ちゃんはいろいろ忙しいから…」

 今日のところは芹香の方が…

「そ、それじゃ、私が洗って差し上げますー。」

 今度はマルチが、照れながら立候補。
 おまえも張り合うつもりか?

「いや、だからね。
 …マルチも仕事があるだろうし…」

「じれったいなあ。
 それじゃいっそ、くじ引きで決めたら?」

 と梓が提案。

「じゃ、くじ作るかんね。
 …ええと、耕一の背中を流したい人は、手を挙げて。」

「…はい。」

「はいっですぅ。」

「…………」

「はい!」

 四本の手が上がる。
 …四本? 俺の妻は合計三人じゃ?

「えーっと、四人だね。
 楓にマルチに芹香さんに初音か。
 …へ? は、初音!?」

「え? あ、あれ?」

 必死に手を上げていた初音ちゃんは、ふと我に帰ると、見る見るうちに真っ赤になった。



 じーっ

 皆の視線は初音ちゃんに集中している。
 梓が冗談半分初音ちゃんもくじに入れたところ、その初音ちゃんが見事当選してしまったのである。

 じーっ

 皆の視線が、今度は俺に突き刺さる。
 約一名の殺気も混じっているような…

「えっ、えーっと…」

 初音ちゃんはもじもじしていたが、

「そ、それじゃ、私、水着着て来るね!」

 トテトテトテトテ…

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」



「…耕一! てんめえええええええーっ!!」

 いきなり梓が吠えた。

「初音にまで手を出してたんか!?
 いくらおまえが貧乳フェチのロリコンだからって、
 やっていいことと悪いことがあるぞ!?」

 ロリコンって… 初音ちゃんはもう20才じゃあ?

「こいつ! いつの間に!?
 やっぱり、部屋の鍵は毎晩するように、注意してやるべきだった!
 ひとつ屋根の下に狼がいるってわかってたのに…
 この頃羊の皮をかぶってたもんで、つい油断しちまった!
 寝込みを襲って、手ごめにしたんだろう!?
 それとも… 結婚を餌に、甘い言葉で騙したのか?」

 おい… 俺の隣には新婚早々の妻がいるんだぞ?



 その時、部屋の外から声がした。

「こ、耕一お兄ちゃん?
 先にお風呂場で待ってるね?」

 トテトテトテトテ…

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」



「…耕一さん、どういうことなんですか?」

 楓ちゃん、声が低くて恐いぞ。

「ご主人様ぁ、初音さんと何かあったんですかぁ?」

 なんにもない、なんにもない。

「耕一さん。初音の様子がおかしいんですけど…
 何かお心当たりでも?」

 千鶴さん、あなたも俺を疑っているのか?

「…………」

「え? 耕一さんには何人奥さんがおいでなんですか、って?」



 俺は皆の刺すような視線に耐えきれず、早々に逃げ出して来た。
 逃げた先は、もちろんお風呂場である。
 どういう事情であれ、初音ちゃんが俺の背中を流してくれると言うんだ。
 「お兄ちゃん」として、妹の心を踏みにじる訳にはいかない。
 いつも言うようだが、決してスケベ心で行動している訳じゃないぞ。

 お風呂場の戸を開ける。初音ちゃんは浴室の中にいるようだ。
 服を脱ぐ。
 タオルで前を隠しながら、

「初音ちゃん、入るよ。」

 浴室の戸をあける。

「耕一お兄ちゃん…」

 初音ちゃんが、はにかみながら立っている。
 飾り気のない紺のワンピースの水着を来ているが、やっぱり女の子、そこはかとないお色気がある。
 梓のやつ、貧乳とか言ってたが、さすがに高校生の頃からくらべると、ふっくらしている。
 どちらかと言うと慎ましい胸ではあるが、十分魅力的だ。
 腰もはっきりくびれているし、丸いお尻も色っぽい。
 なかなかのスタイルだ。
 思えば成長したもんだなあ。お兄ちゃんは嬉しいぞ。

「お、お兄ちゃん。何を見ているの?」

 見ると、初音ちゃんの顔は真っ赤になっている。
 しまった、ずうっと初音ちゃんの体を眺め回していたらしい。
 この頃こういうパターンが多いな、俺。

「ご、ごめん。
 初音ちゃん、すっかり大人びて素敵な体つきになったな、って思ってね。」

「そ、そう?」

 初音ちゃんは、嬉しいような恥ずかしいような顔をすると、

「お、お兄ちゃん。座って。
 背中流してあげるから。」

「う、うん。ありがとう。」

 初音ちゃんは俺の背中にお湯をかけると、丁寧に洗い始めた。



 しばらく洗ってもらっているうちに、だんだん緊張も取れて来たので、俺は言った。

「それにしても、珍しいことがあるもんだね。
 初音ちゃんが、俺の背中を流したいだなんて。
 高校生の頃は恥ずかしがって、
 お風呂に誘っても、いやがってたじゃないか。」

 俺が冗談半分に言うと、背中を流していた初音ちゃんの手が止まった。

「…初音ちゃん?」

「お兄ちゃん…」

 そう言うと、俺の背中に体を押しつけて来る。
 む、胸のふくらみが…

「は、初音ちゃん、どうしたの!?」

 俺が振り向こうとすると、

「見ないで!」

 と初音ちゃんが叫ぶ。

「そのままで…聞いてほしいの。」

「…………」

「私ね… ずっとお兄ちゃんのことが好きだったの。
 リネットの時から、ずうっと。」

 それは俺も知っている… どうして今頃そんな話を?

「そして、お兄ちゃんの心の中には、
 いつも楓お姉ちゃんだけがいた。
 次郎衛門の時から、ずうっと。」

「…………」

「本当は…
 本当はお兄ちゃんの『一番』になりたかった。
 お兄ちゃんの恋人に…
 お兄ちゃんのお嫁さんになりたかったの。」

「初音ちゃん…」

「でもなれない。なれるわけがない。
 最初からわかっていたんだけど…」

 初音ちゃんはぐすっと鼻をすすりながら、

「私ね… 大学でおつき合いしている人がいるの。」

 なぬっ?
 それは聞き捨てならん。俺の大事な妹に手を出すやつは…

「おつき合いと言っても、
 今までは、同じサークルの中でおしゃべりしていただけなんだけど…
 この間、デートに誘われて…」

 そいつ、ぶん殴ってやる。

「私ね… なかなか受けることができなかったの。
 それは… 耕一お兄ちゃんのことが好きで…
 諦めていたつもりだったのに…まだ好きだったから。
 それがわかったの。」

「…………」

「でも、耕一お兄ちゃんには、
 楓お姉ちゃんがいて、マルチちゃんもいて…
 そして今度は芹香さんも…」

「…………」

「もう、私が入り込む余地はない。
 それがはっきりしたから…
 かえってすっきりしたみたい。」

「…………」

「だからね…
 私、もう耕一お兄ちゃんのこと、諦める!
 今度こそ、ほんとに!
 そうして、いつか、
 お兄ちゃんみたいに素敵な人のお嫁さんになるんだ!」

「初音ちゃん…」

「でも、その前に、
 お兄ちゃんに私の気持ちを知ってほしかったの…
 夢を通してじゃなくて、私自身の口から。」

「初音ちゃん…」

「ごめんね。勝手なお話して。
 …でも、これで本当にすっきりした!
 明日から、今まで通り… 妹の初音に戻ります。」

 そうか… 初音ちゃん、自分の気持ちにふんぎりがつけたくてこんなことを…

「耕一お兄ちゃん…
 初音のわがまま、一つだけ聞いてくれる?」

「…なあに?」

「…一度だけ…キスしてほしいの…」

「…………」

「…だめ?」

 俺はゆっくり立ち上がると、初音ちゃんの方を向いた。
 俯いている初音ちゃんの顔を上に向けると、
 …そっと口づけをした。
 初音ちゃんの涙の味がした。

 俺たちはしばらく抱き合ったまま、一つの恋の終わりを告げる、甘くて切ないキスを続けていた。



「ずいぶん長いお風呂ですね…
 一体、『何を』しているんでしょう?(ひくひく)」

「あんのセクハラ野郎ーーっ!
 初音の純情につけ込んで、騙したに違いない!
 どうしてくれよう?」

「千鶴姉さんには出刃包丁、梓姉さんには金属バット、
 私は…素手で十分かしらね?(リミッター解除するから…)
 お風呂から出て来たら皆で…」

「ええと… 芹香さん!
 さっきのお鍋の作り方、教えてくださいますかぁ?
 一度ご主人様に召し上がっていただいたら、
 少しは懲りてくださるかも…」

「…………」

「え? それよりも、簡単でよく効く呪いのかけ方をお教えしましょう、ですかぁ?」


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ホッ、少なくとも初音ちゃんだけは、耕一の毒牙にかけなくてすんだようです。

芹香さんの料理の腕については、いろいろなSSで取り上げられていますが、私の知る限り、
(1)上手、(2)普通から中の下、(3)思いきり下手、(4)美味であるが危険(魔法関連)と
意見が分かれているようです。
私は(4)の立場を取ることにしました。いかにも「らしい」と思いまして…


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