The Days of Multi第四部第13章パート1 投稿者: DOM
The Days of Multi
第4部 Days with the Kashiwagis
☆第13章 芹香の結婚 (マルチ6才〜7才) Part 1 of 2



 本編第四部第12章で”D.芹香さんとお見合いをする”を選択した場合の続きです。

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「…一日二日で婚約者を見つけるのは、
 まず無理でしょうね。」

 と楓ちゃん。

「…そうだろうな。」

 梓が同意する。

「…よろしいんじゃないですか?」

 楓ちゃんが短く言う。

「え? な、何が?」

 俺が聞くと、

「耕一さんの結婚相手として、
 芹香さんなら、申し分ないと思います。」

「な…何だってえええええ!?」

 その場の全員が目を剥いた。



「か、楓!? 気は確かか?
 耕一の結婚の話なんだぞ?」

「わかっています。」

「楓お姉ちゃん、
 耕一お兄ちゃんが他の人と結婚しちゃってもいいの?」

「よくはないけど、
 どうしても誰かと結婚しなければならないとしたら、
 芹香さんほどふさわしい人もいないだろうと思って。」

「か、楓、あなた、
 どうしてそんなに落ち着いていられるの!?」

 千鶴さんは信じられないような口振りで言う。
 無理もない。綾香さんとのお見合いのときも、マルチのことがばれたときも、あんなに荒れた楓
ちゃんが、こんなに冷静でいられるなんて…

「だって…」

 と楓ちゃんは説明する。

「耕一さんと結婚する人は、
 柏木家の秘密と無関係ではいられないでしょう?
 お嫁さんとはいえ、秘密を打ち明けられる人は、そうそういないわ。
 その点、芹香さんなら、もう鬼のことはよく知っているから、
 改めて説明するまでもないし…
 それに、この間のマルチちゃんの一件で、
 私が耕一さんの『本当の』奥さんだってことも、わかってくれてるし…
 さらには、マルチちゃんとの古い知り合いで、仲がいいし、
 廃棄処分云々の事情も知っているし…
 マルチちゃんが耕一さんの『愛人』だってことも、わかっているし…」

 マルチは楓の言葉に真っ赤になっていた。
 …しかし、もうひとりの妻であるはずのマルチを『愛人』呼ばわりするあたり、
 楓の『本妻』意識がかなり強烈なものであることを伺わせる。

「…要するに、柏木家の秘密も、マルチちゃんの事情も、耕一さんの女性関係も、
 いっさい隠す必要がないほど、よくご存じ。
 その上で、耕一さんと結婚したいと言われるなら、
 これ以上の良縁はないと思いますけど?
 むしろ、こちらからお願いしたいくらいじゃないかしら?」

 楓ちゃんのあくまで冷静な分析に、皆言葉を失う。



 千鶴さんは、ようやく気を取り直して反論しようとする。

「で、でもね、楓。
 柏木家の秘密や耕一さんの事情に通じているということなら、
 たとえば… この家の…」

「それに、特にマルチちゃんにとって…」

 と、楓ちゃんは千鶴さんの言葉を遮って、

「とてもいいことだと思うのよ。」

「え? わ、私ですか?」

 いきなり話を振られて戸惑うマルチ。

「ええ。ほら、前にも言ったでしょ?
 あなたは機械だから、いつ故障するかわからない。
 あなたの身元がばれる恐れがあるので、
 深刻な故障でも、サービスセンターで修理を受けることができない。
 その点、芹香さんがいてくれれば、いつでも便宜を図ってくれる…」

 楓ちゃんは、少し間をおいてから続けた。

「そうすれば、マルチちゃんは安心して、
 …ずっと耕一さんと一緒にいられるわよ。
 いつまでも、いつまでも…」

「! そ、そうですか!? そうなんですね!?」

 マルチは期待に目を輝かせた。

「楓、あなた…」

「そうでしょう、耕一さん?
 柏木家のみんなのためにも、耕一さんのためにも、
 …特にマルチちゃんのためにも、いいお話だと思いませんか?」

 楓ちゃんは、再び千鶴さんの言葉を無視して俺に言った。

「そ、そうだね。
 確かに…いい話だと思うね。」

 俺はどこまでも静かな楓ちゃんと、期待に満ちた顔をしているマルチを見比べながら、答えた。



 その夜。
 廊下を歩いていた楓は、ばったりと千鶴に出くわした。

「楓。あなた、さっき…」

 千鶴が少し刺々しい口調で言う。
 楓と話をしようと待っていたらしい。

「どうして、私の話の邪魔をしたの?」

「ごめんなさい。ちょっと用事が…」

 千鶴の脇をすり抜けて行こうとする楓。

「お待ちなさい。ちゃんと返事して。」

 千鶴が引き止める。

「私が何を言おうとしたか、わかってたんでしょう?
 柏木家の秘密とか、耕一さんを巡る事情とかを気にするなら、
 梓か初音が耕一さんと結婚する、という選択肢もあったはずよ?
 梓でも初音でも、耕一さんと結婚しても、
 あなたやマルチちゃんを押し退けたりはしないはず。
 なのに、あなたはマルチちゃんの修理のことまで持ち出した。
 来栖川の関係者にしか手を出せない問題をね。
 梓も初音も、それを聞いたら、
 マルチちゃんを犠牲にしてまで、耕一さんと結ばれたいとは言わないはずだわ。
 同時にあなたは、その話でマルチちゃんに期待を抱かせた。
 そうすれば、マルチちゃんを大事にしている耕一さんには無視できなくなるから。
 そして決定的なのは、実の妻であるあなたも、
 耕一さんの結婚相手が芹香さんなら納得するということ…」

「そこまでわかっているのなら、言うことはありません。」

 歩き出そうとする楓を、千鶴が再び引き止める。

「どうしてそんなことをしたの?
 梓や初音が耕一さんと結ばれるのが、そんなにいやだったの?」

「…姉さん。」

 千鶴に肩を掴まれた楓が、俯いたまま口を開く。

「…うちは、四人姉妹よ?」

 千鶴がはっとする。
 楓の言わんとするところがわかったのだ。

「…私、実の姉妹と耕一さんを張り合うなんて、いや。」

「…………」

「だって、私、こんな体だし…」

「!」

「同じメイドロボのマルチちゃんにだって負けてるくらいだもの…
 人間の体を持った姉さん…たちに、かなう訳がない。」

「楓…」

「いやなの…
 どうせ耕一さんを取られるなら…」

「楓…」

「いっそ…赤の他人の方が…」

 そう言って、楓は駆け出した。
 千鶴は呆然と見送るのみだった。



 結局、耕一は再び芹香とお見合いすることになった。
 前回と同様、鶴来屋の一室である。
 耕一の側には例によって足立と千鶴が付き添い、芹香の方はやはり両親、斡旋人、それにセバス
チャンと、同じ顔ぶれである。
 ただひとつ違っているのは…

「何で綾香さんがいるの?」

「あら、あたしだってわかったの?
 いやね、あんたのことだから、姉さんとふたりでいたら、
 どっちがどっちだかわからないんじゃないかと思って、試してみたんだけど…
 結構鋭いのね。見直したわ。」

「綾香!」

 お母様がたしなめる。

「はいはい、わかってます。
 今日は、家族の一員ってことでついて来ただけだから。
 安心して。あとでちゃんと、ふたりきりにしてあげる。
 でも、姉さんに変な真似したら、
 回し蹴り一本だけじゃすまないわよ?」

「綾香! いい加減にしなさい!」

 これはお父様。

「ははは。愉快なお嬢さんですね。」

 足立さんが笑って受け流す。さすが年の功。



 その後も時々綾香さんがかき混ぜたりしたが、そのせいか俺は、かえってリラックスしながら時を
過ごすことができた。
 やがて、前回同様、ふたりきりで庭園へ。
 出がけに、セバスチャンに向かって、

「今日は警護はいいからね。」

 俺が釘をさす。

「しかし、それでは…」

 と抗議しかける執事を綾香さんが遮って、

「馬鹿ねー、耕一の腕は知っているでしょ?
 警護なんて必要ないわよ。
 …耕一、キスまでは目をつぶってあげるけどね、
 それ以上姉さんに不埒な真似をしたら、容赦しないわよ?」

 綾香! というご両親の声を聞きながら、俺たちふたりは庭園に出た。



 俺と芹香さんは、鬼退治の時の話などしながら、庭園の中をぶらぶら歩いた。
 やがて話題が途切れ、しばらくの沈黙が訪れた。

「…芹香さん。」

 俺はおもむろに口を開く。
 芹香さんが俺の顔を見る。

「俺、芹香さんと『また』お見合いができて、
 それはとっても光栄なんだけどさ…
 芹香さん、知ってるだろ?
 俺が本当は『結婚』していることも、マルチとのことも…
 それに柏木家の秘密も。
 そこまで知っているのに、
 どうしてわざわざお見合いし直そうなんて思ったの?」

 芹香さんは、俺をじっと見つめた。
 澄んだ湖のような瞳。吸い込まれそうだ。
 やがて芹香さんはうつむくと、いつもよりいっそう小さな声で、聞いてくださいますか、と呟いた。

(私には、勇気がなかったんです…)



 私には勇気がなかった。
 好きな人を好きと認める勇気が。
 好きな人に向かって好きと言う勇気が。
 私はただ戸惑っていた。
 これは恋ではない、友情なのだと。
 私はただ恐れていた。
 恋する相手に拒まれることを。
 私が手を拱いている間に、時はいたずらに流れ…
 そして、その人には、本当の恋人ができた。

 私が好きだったその人−−藤田浩之さん。
 その人の恋人−−マルチさん。
 ふたりの仲を知ったとき、私の胸を襲ったのは−−後悔。
 生まれてこのかた、味わったこともないほど大きな後悔。
 どうして、もっと自分に素直になれなかったのだろう?
 どうして、「運命的な出会い」を信じることができなかったのだろう?
 そうすれば、もしかしたら、私の手はあの人に届いたかも知れないのに。
 私が失うことを恐れて何もしないでいたために、
 とうとう本当に失う羽目になってしまった。

 私はマルチさんのひたむきさが羨ましかった。
 好きな人に向かって、大好きと言える純粋さが。
 好きな人のために、自分のすべてを注ぎ出せる一途さが。
 好きな人のためなら、自分を犠牲にもできる健気さが。
 私には羨ましかった…



(その人…浩之さん… 私が生まれて初めて本当に愛した人は、
 結局マルチさんと結ばれ、そして、…天国に行ってしまいました。)

(私には、勇気がなかったんです…
 そのせいで、ずっとずっと後悔し続けました。
 …ですから。)

(私、決心したんです。
 …もし、もしも、この次、好きな人に巡り会うことができたなら、
 今度こそ勇気をもって言おうと… 二度と後悔しないために。)



 妹の身替わりになって耕一とお見合いしたとき、
 自分の言葉と表情をもらすことなく受け止めてくれる相手に…浩之のことを思い出した。
 鬼の話をしながら、いつの間にか泣きそうになっている耕一を見たとき、
 優しい人なんだな、と思った。
 自殺未遂のマルチを連れ戻そうと、躍起になっている耕一を見たとき、
 その真剣さに打たれた。
 いっしょに鬼退治をしたとき、
 マリーを失って悲しむ芹香をそっと気づかってくれたことが…嬉しかった。

 …気がついてみると、耕一を好きになっている自分がいた。



(今度こそ…後悔したくないんです。)

 芹香さんは、そう言って俺の顔を見上げると、いつになくはっきりとした声で、

「耕一さん。あなたが…」

 俺の目を見つめながら言った。

「…好きです。」

 言い終わると、ぱっと顔を両手で覆ってしまった。
 精一杯の勇気を振り絞っての告白だったのだろう。

「…芹香さん。」

 芹香さんは、自分の心のありのままを打ち明けたのだ。勇気をもって。

「聞いてくれ…」

 今度は俺が告白する番だった。



 俺は、自分と楓ちゃんが次郎衛門とエディフェルの転生であること、楓ちゃんは一度死んだものの、
ヨークによってメイドロボの体に送り込まれたことを話した。
 そして、マルチとの経緯も詳しく。
 普通に考えれば荒唐無稽な話だが、一緒に鬼退治までした仲だけあって、芹香さんはあっさりと受
け入れた。
 楓ちゃんのことについては、来栖川の別荘で鬼の気を放った時から、ただのメイドロボではないと、
うすうす見当がついていたらしい。



 話し終わると、俺は言った。

「俺、そんなわけで…
 前世からの恋人と結ばれていながら、
 マルチのことも忘れられない、優柔不断な男なんだ。
 だから、芹香さんに好きになってもらうほどの価値はないと思う。」

 いいえ、と芹香さんは答える。
 よく話してくださいました、辛かったでしょう、と。

「こんな男、きらいになったでしょ?」

 いいえ、私、やっぱり耕一さんが好きです、と言って…
 芹香さんは目を閉じた。

 こ、この状況でこの仕草は?
 そ、そういうことなのか?
 でも、綾香さんも「キスまではOK」と言っていたような…
 うん、女の子に恥をかかせてはならん。
 それでは失礼して…
 俺は芹香さんに顔を近づけると、その唇に…

「かーーーーーーーーーーーーーっ!」

 うわっ!?

 例によって、エルクゥの聴力を使っていた俺は、この大声に大きなダメージを受けた。
 俺たちふたりが驚いて見ると、言わずと知れた黒羊、いや黒執事が。

「お嬢様に不埒な真似をするでなーーーーーーーーいっ!」

「キスまではいいって言ったのに…」

 まあ、そう言ったのは綾香さんだけど。



 執事の乱入はあったものの、お見合いはまずまず無事に終わり…俺と芹香さんは、結婚を前提にお
つき合いすることになった。
 おつき合いと言っても、普段は遠方に住んでいることとて、手紙のやり取り(俺は筆無精なので、
書くのはおもに芹香さん)と電話に頼らざるを得なかった。

 後で綾香さんに聞いた所によると、芹香さんの自室には電話がないので、廊下に出て来て電話をす
る。
 例の小声なので、はた目には何もしゃべっていないように見える。
 それが時々こくこくしたり、ふるふるしたり、赤くなったり、後でぼーっとしていたりする様子が
結構不気味だったとか。


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鶴来屋の庭園で芹香さんが目を閉じた際、
本当に耕一が推測したような意図があったのかどうかはわかりません。
芹香さんって、やっぱり謎ですから。(笑)

来栖川姉妹の部屋に電話をつけないのは、翁の方針のせいです。
おもに、外部の男性と自由気ままに話が出来ないようにするためですね。
もっとも、綾香さんの場合は携帯を持っているので、あまり意味はありませんが。


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