The Days of Multi第四部第11章パート2 投稿者: DOM
The Days of Multi
第4部 Days with the Kashiwagis
☆第11章 鬼退治 (マルチ6才) Part 2 of 2



 気がつくと、いつの間にか初音ちゃんも俺の傍に来て、真剣な顔をしていた。

「ダリエリが… どうかしたの?」

 初音ちゃんは小声で俺に聞く。
 それに対して俺が返事をする前に、芹香さんが再び口を開いた。

「……………」

「え? ダリエリという名に心当たりがありますか?
 い、いえ。鬼にしては変わった名前だと思って…」

「……………」

「え? 鬼と言うよりも宇宙人らしい?
 この近くにその宇宙船が眠っているはず?
 その中に…ダリエリとその仲間の霊が宿っている、って?」

「……………」

「え? ダリエリに頼まれた?
 自分たちの仲間の霊を宿すべき体を探して、助け出してほしいと?」

 俺たちは驚くばかりだった。



 ややあって、千鶴さんが口を開く。

「芹香さん。
 …どうしてそんなお話を、私たちになさるんですか?」

 やや警戒するような口調だった。

「……………」

「え? それは皆さんが…次郎衛門とリネットの子孫だからです!?」

 今度こそ俺たちは、驚きに打たれて言葉を失った…

「…きゃはははー!
 それで耕一、泡食って逃げ出したわけ?」

「そうなんだよ!
 まったく身の程知らずなんだから…」

 …雰囲気を壊すやつらだ。



 さらに幾ばくかの時が流れ。
 梓と綾香さんは轟沈。幾多の酒瓶に囲まれて、高いびきをかいている。
 セバスチャンは相変わらず部屋の隅に陣取って、「おじいちゃん、どうぞー」というマルチのお酌
に嬉しそうにしている。
 残りのメンバーは、芹香さんを中心に真剣な面持ちをしている。

 芹香さんの話をまとめると、こうだ。

 芹香さんは、去年のお見合いの少し前、隆山の別荘で降霊術を行なっていて、偶然ダリエリの霊を
呼び出した。
 ダリエリは自分を呼び出す力のある芹香さんを見込んで、自分と仲間を救い出してほしいと頼んだ。
 エルクゥの霊を受け入れている「船」、ヨークの寿命が尽きそうになったからである。
 しかし、十分な情報を得る前に術の効力が切れ、ダリエリは姿を消した。

 芹香さんは、それから隆山の鬼のことをあれこれ調べ始めた。
 ちょうどその頃、例のお見合い騒動があって、俺から雨月山の伝説を聞き、それがダリエリの話に
合致することを確認した。
 そして、その伝説に出て来る次郎衛門とリネットの子孫に尋ねれば、より詳しい情報が得られるに
違いないと考えたのだ。
 隆山市の各所に伝わる古文書を調べていた芹香さんは、最近になって、雨月寺に保存されていた鬼
に関する古文書の一部にアクセスすることに成功、柏木家が次郎衛門の子孫であり、現存する唯一の
鬼の血筋であることを突き止めたというのである。



「……………」

「え? 鬼に関して知っていることをすべて話してほしい?」

 俺は、いや、俺たちは皆困惑した。
 鬼の血筋、鬼の力を知られることは危険なことだからだ。

「……………」

「え? そうでないと、ダリエリたちをよみがえらせることになる?
 でも、どうやって?
 え? 別荘にいる何体かのメイドロボに乗り移らせる!?」

 その方法なら、楓ちゃんの例もあり、成功する可能性は高い。

「でも芹香さん、鬼をよみがえらせるなんて危険ですよ。
 やめた方が…
 え? ダリエリに助けると約束した?」

「……………」

「え? ダリエリたちをよみがえらせないと…
 鬼どもがレザムからの迎えを呼ぶ!?」

 「迎え」に来る連中は、当然狩猟者たちだ。
 地球に来て、狩りをすることもなく引き上げてくれるとは考えにくい…



 かなり長い沈黙の後、千鶴さんが口を開いた。

「芹香さん。
 柏木家と鬼の秘密について、誰にももらさないとお約束いただけますか?
 もしそうなら、私たちの知っていることを、残らずお話し致しますが…」

「……………」
 お約束します、と芹香さんは言った。

 千鶴さんはほっと息をつくと、おもむろに話し始めた。
 先ほど俺が話したことと重複する部分もあるが、今度はありのまま、真実を告げようとして。



 遠い昔、皇族四姉妹を始めとするエルクゥたちを乗せて、レザムを飛び立ったヨーク。
 地球への不時着。狩りの始まり。
 皇族の三女エディフェルと剣客次郎衛門の出会い。そして恋。
 エディフェルの死。そして、彼女の姉、リズエルとアズエルの死。
 エディフェルの妹リネットの力を借りた次郎衛門の復讐。
 エルクゥの頭目ダリエリとの死闘と勝利。「鬼」どもの全滅。
 エルクゥのただひとりの生き残りであるリネットを妻に迎える次郎衛門。
 柏木家の始まり。
 今に伝わる鬼の血と不思議な力…そしてそれゆえの苦悩。



 千鶴さんは、転生のことを除き、洗いざらい話した。
 芹香さんは、皇族四姉妹の悲劇、そして柏木家の男たちの苦悩を聞きながら、うっすらと涙を浮か
べていた。
 話し終えると、千鶴さんはこう言った。

「芹香さん…
 私たちは今まで、この血筋のために、
 たくさんの苦しみを味わってきました。
 今、私たちが望んでいるのは、ただただ平穏な生活…
 それだけなんです。
 でも、柏木家の秘密がもれたならば、私たちは…
 二度と平穏な暮らしを手に入れることはできないでしょう。
 そのことをわかっていただきたいのです。」

 芹香さんはこくんと頷くと、

「……………」
 絶対に秘密をもらすことは致しません、と言い切った。



 千鶴さんは安心したように笑みを浮かべると、

「それで、芹香さんは…
 ダリエリたちの霊をどうなさるおつもりですか?
 何かお考えがあるようですが…?」

 こくん

「……………」

「え? ヨークの現在位置を教えてほしい?
 し、しかし、それは俺たちにもよくわからないんだけど…?」

 そのとき楓ちゃんが、

「正確な位置はわかりませんが…
 おおまかな場所なら見当がつきます。
 それでよろしいのなら…」

 芹香さんは大きく頷いた。



 芹香さんのプランを聞いた俺たちは、早速懐中電灯を持って水門へ−−ヨークの眠る近くへと出か
けることにした。
 セバスチャンは、当然同行すると言い張る。
 俺たちはためらったが、芹香さんが、信用がおける、と太鼓判を押したので、承認することにした。
 皆がごそごそ用意をしている気配に気がついたのか、梓と綾香さんも目を覚まし、事情はよくわか
らないながら、ついて行くと言う。
 結局、マルチを除く全員が出かけることになった。

 「しっかり留守番を頼むぞ。」と言い残すと、事態の重大さを飲み込んでいないマルチは「はい。
どうぞご安心ください。」とにっこり微笑んだ。
 俺がマルチを残したのは、いざというときに、マルチは戦闘要員となり得ないからであった。
 最悪の場合、マルチひとりだけでも生き残ってほしかったのである。

 柏木家の門を出ると、リムジンが停まっており、中にマルチタイプのメイドロボが乗っていた。
 お待たせしましたマリー、よろしくお願いしますね、と芹香さんが声をかけると、マリーと呼ばれ
たメイドロボは「はい。」と頷きながら、バッグを持って出て来た。



 水門の近くへ来た。
 このあたりです、と楓ちゃんが言うと、芹香さんは、マリーの持っていたバッグの中から、何やら
いろいろと取り出し始めた。
 最後に、魔女がかぶるようなとんがり帽子とマントを取り出すと、それを身につけた。
 不思議によく似合う。

 芹香さんは、比較的平坦な地面を選ぶと、そこに杖で大きな何重かの円を描き、さらに絵のような
記号のようなものをたくさん書き足していった。
 いわゆる魔法陣というものらしい。
 書き終えると芹香さんは、俺たちに向かって、懐中電灯の灯を消して身を隠してください、私がい
いと言うまで声を出してはいけません、と念を押した。
 俺たちは、術が失敗して鬼が暴走した場合の引き止め役なのである。

 俺たちが物陰に身を潜めると、芹香さんは、その場にただひとり残っていたマリーを招き寄せた。
 マリーが近づくと、芹香さんはぼそぼそと呟いた。

(マリー、いよいよですが… 本当によろしいのですか?)

「はい。おまかせください。」

(こんな辛い役割をお願いしてしまって… 赦してくださいね。)

「いえ。お嬢様のお役に立てるなら、それもメイドロボの務めです。」

 芹香さんは優しくマリーの頭を撫でていた。



 やがて芹香さんは、マリーを魔法陣の中の所定の位置に立たせると、おもむろに呪文らしきものを
唱え始めた。

「……d……z……l……」

 急に風が吹き始めた。
 芹香さんのマントがはためく。

「……e……y……m……ヨーク……」

 地面が微かに揺らいだ。

「……f……x……n……エルクゥ……」

 さらに大きく地面が揺れる。風が強まる。

「……g……w……o……ダリエリ!」

 最後に芹香さんが、普段からは想像もつかないようなはっきりとした声でダリエリの名を呼ぶと、
ひときわ大きく地面が揺れ動いた。
 そして突然、揺れも風もぴたっと収まったかと思うと、魔法陣の上にぼんやりとした人影のような
ものが現れ始めた。

「……………」

 人影のようなものは、次第にその数を増し、何十となく現れた。
 やがて、人影の一つが芹香さんと話し始めた。
 …ダリエリだ。
 前世の記憶を持つ俺たちには、ダリエリの気配が容易に見わけられた。



「おまえはこの間の…
 我らに見合う体を見つけてくれたのか?」

(はい。)

 芹香さんは、魔法陣の中にいるマリーを指さした。

「何だ、これは?
 こんなちっぽけな脆弱な体では、狩りができぬではないか?」

(この体は、人間のものではなく、
 人間の何倍もの力を出せる、特別な体です。
 ご心配には及びません。)

「本当か?
 …しかし、見た所、これ一つしか体がないようだが…
 我らは何十人といるのだぞ?」

(ほかの皆さんの体は、少し離れた場所に用意してあります。
 この場所にすべて運ぶことが不可能でしたので…
 とりあえず、皆さんこの体の中にお入りください。
 ほかの体が置いてある場所まで運んでから、
 改めておひとりおひとり、別の体に入っていただきます。)

「うむ…」

 ダリエリは、芹香さんの言葉を値踏みしているようだった。

(私の術の効力は、もうすぐ切れます。
 決めるなら早くしてください。
 …どのみち、ヨークの寿命も、
 いつ尽きるとも知れないのでしょう?)

「…よし… お前を信じよう。」

 ダリエリの影は、マリーに近づくと、すっとその中に吸い込まれた。

「なるほど… 確かに面白い体だ…」

 マリーの可憐な声がダリエリの言葉を紡ぐ。
 強烈な違和感がある。

(時間がありません。ほかの皆さんも早く…)

「うむ… よし、皆も入れ。」

 その声に応じ、何十という人影がマリーの中に吸い込まれる。

「うう…。体が動かんぞ?」

(大丈夫です。
 一度にたくさんの意識がひとつの体に入り込んだので、
 とっさに制御できなくなっただけですから。
 しばらくすると落ち着いて、体が動くようになります。)

 言いながら、芹香さんはマリーに近づく。

「本当か?」

(はい。それでは、約束の場所へご案内しましょう。)

 芹香さんは、マリーの背中に手を回して、エスコートするような仕草をした。
 その手が、何かに触れる。
 とたんにマリーの体ががくんと崩おれる。
 芹香さんはその体を支えながら、俺たちの方を向いて、

(うまくいきました… 皆さん、どうぞ出ていらしてください。)

 と声をかけた。



 芹香さんのプランと言うのは、エルクゥの霊をすべて乗り移らせた上で、そのメイドロボのメイン
スイッチを切ってしまうという単純なものだった。
 そうすれば、誰かが再びスイッチを入れるまで、ダリエリたちはこの体の中で眠り続けることにな
る。

 一部始終を見ていた綾香さんは、酔いも完全に醒めたらしく、

「しっかし…
 姉さんて、ほんと妙なところが凄いのね。」

 と呆れたように呟いた。

 芹香さんがじっとマリーをかかえたまま悲しそうにしているので、俺がどうしたのと聞くと、
 はい、この娘と私は仲良しだったんです、と言った。
 その目には涙が光っていた。



 マリーの体は、近くにある次郎衛門の墓に運んだ。
 深夜の墓地は気味悪いものであるが、多人数なのと、先ほどの異様な経験のせいか、普段怖がりの
初音ちゃんもおびえることなくついて来た。

 次郎衛門の墓自体は素朴なものだが、すぐ傍に大きな岩があって、「次郎衛門顕彰之碑」と彫って
ある。
 じいさんが亡くなる前に、近年の観光ブームに合わせて、次郎衛門伝説を一つの売り物にしようと
作らせたものだそうだ。
 俺がエルクゥの力を使ってその岩を動かすと、綾香さんとセバスチャンもこの時だけは目が点に
なっていた。

 次いで、芹香さんがバッグに入れていた折り畳み式のシャベルを使って、俺が穴を掘った。
 穴が適当な深さになると、マリーの体をそっと横たえた。
 静かに土を被せる。
 元通り岩を上に置く。
 この記念碑は鶴来屋が管理しているので、部外者が勝手に触ることはできないはずなのだ。



 すべてが終わると、芹香さんはじっとその碑を見つめた。
 傍らにいた俺には、その微かな呟きが聞き取れた。

(おやすみ、マリー… また、会いに来ますからね。)

 こうして、現代の鬼退治は幕を閉じた。



 …後から綾香さんに聞いたところによると、芹香さんは、ダリエリを騙した結果になったことを
ずっと気にしていたという…


−−−−−−−−−−−−

「痕」の設定とは違いますが、
この作品では、ヨークの中にいるエルクゥたちは、
再生まで眠るがごとく時を過ごしていることになっています(楓の場合参照)。
だから、レザムへの呼びかけもしていません。
しかし、ヨークの寿命が尽きかけたため、エルクゥたちの眠りが乱され、
自分たちが乗り移るべき体を見つける必要ができた、というわけです。

因みに、ダリエリが「レザムの迎えを呼ぶ」というのは、はったり臭いです。
レザムはかなり遠方なので、迎えが間に合うとは思われませんから。
…しかし、間に合わなくても迎え(狩猟者)に来られるのは、やっぱりまずいですね。


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