The Days of Multi第四部第11章パート1 投稿者: DOM
The Days of Multi
第4部 Days with the Kashiwagis
☆第11章 鬼退治 (マルチ6才) Part 1 of 2



「こんばんはー。
 ごめんくださーい。」



「? 今時分誰だろう?」

 夕食後のリラックスしたひととき。
 玄関先をおとなう声が、すべての始まりであった。

「はーい。」

 梓が出て行く。
 玄関先で、何やら話し声がしていたかと思うと、

「おい、耕一。
 あんたにお客さんだとよ。」

 と怪訝そうな顔で戻って来る。

「お客さん? 誰だ?」

「さあ? 会えばわかると言っているけど?」

「何だ、そりゃ?」

 俺が玄関先に出てみると、

「あ! あ、あんたたち!?」

 そこにいたのは… 黒髪長き乙女がふたり、そして黒服の巨漢がひとり。
 そう! 天下無敵の来栖川姉妹と、その用心棒執事だった…



「やっほー、耕一。
 こんばんはー。」

「……………」

「え? 夜分にお邪魔します、って?
 いえ、別に…
 だけど、こんな時間にどうしたの?」

 俺が芹香さんの前に歩み寄ると、

「かーーーーーーーーーーーーーっ!」

「うわっ! びっくりするじゃないか!?」

「お嬢様に気安く近づくでなーーーーーーーーいっ!」

 巨漢の執事が思いっきり怒鳴る。



 トタトタトタ…

「耕一さん、今凄い声が聞こえましたけど?」

「こ、耕一、大丈夫か?」

「耕一さん…?」

「耕一お兄ちゃん?」

「ご主人様ぁ?」

 ほら… 今の声でみんな出て来ちゃったよ…



「あ… 来栖川のお嬢様方?」

「あ、千鶴さん、おひさしぶりー。」

「……………」

「え? おひさしぶりです、ですか?
 いえ、こちらこそ…」

「芹香さん、綾香さん、
 この間は危ないところを助けていただき、ありがとうございましたぁ。」

「あら、マルチ。
 どう、ご主人様に虐められてない?」

「いいえー、とてもよくしていただいてますぅ。」

「そりゃよかったわ。」

「あの… それで今日は、おふたりで何かご用事でも?」

 千鶴さんが尋ねる。

「ええ… 実はですね、このセバスチャンが、
 ぜひ耕一と勝負がしたいって言うもんで…」

「ええ!?」

 柏木家のメンバーが驚く。



「…お嬢様。」

 セバスチャンと呼ばれた巨漢が、たしなめるような視線を飛ばす。

「…あははー。
 というのは冗談で、実はあたし、
 耕一のことが忘れられなくて、押しかけて来たんです。
 無理にでも傍に置いてもらおうと思って…」

「えっ、ええええええーっ!?」

 思いきり驚く柏木家のメンバー。うち何人かから、殺気も感じられる。



「…お嬢様!」

 再びセバスチャンの険しい目つき。

「だってー、本題が切り出しにくいんだもの、
 ちょっとは冗談を交えないと…」

 綾香さんがセバスチャンに笑いかける。冗談ですむか?

「…セバスチャン?」

 俺はふと、その名前に聞き覚えがあるような気がした。
 どこで耳にしたんだっけ?
 えーと…

「あ!?」

 そういえば人相風体も…
 マルチが研究所を抜け出した時、落ち合うはずだった相手か…

「セバスがどうかした?」

 綾香さんは訝しそうだ。

「いや… ちょっと。」

 俺はそう言うと、マルチに近寄ってささやいた。

(マルチ。このセバスチャンって、4年前におまえが落ち合うはずだったあの人かい?)

(え? あ、そうなんですぅ。
 私もこの間、芹香さんたちの別荘で、あの時のことを伺ったんですけど…
 何でもあの時、私のお父さんが綾香さんに私を匿ってもらおうとしたそうで、
 それでセバスチャンさんが迎えに来てくれたそうなんですけど…
 結局あんなことになってしまって…)



「何をこそこそ話しているんですか?」

 楓ちゃんが低い声で言う。やっぱり俺とマルチの間が気になるらしい。
 これは下手にごまかすよりも、はっきり言ってしまった方がいいな。

「いやね、マルチが4年前に廃棄処分にされそうになった時、
 本当はこのセバスチャンというじいさん… あ、ごめん…
 執事さんと落ち合って、助けてもらう予定だったんだと。
 名前に聞き覚えがあったんで、マルチに確かめていたんだ。」

「ん?」

 セバスチャンが俺の方を見る。

「あら、耕一は知らなかったの?
 …そっか、今までセバスを正式に紹介したことなかったっけ?
 そうよ。この人は、あの時マルチを拾って私の所に連れて来る手はずだったの。
 途中で邪魔が入ったようだけど。
 …そう言えば、耕一がマルチを助けてくれたんですってね。
 改めてお礼を言うわ。
 あの時あの連中に連れて行かれたら、
 マルチは間違いなく殺されていたんですもの。」

「…そうだったんですか。」

 ほっ、楓ちゃんが納得してくれたようだ。一安心。



「ところで、今日綾香さんたちがここに来た本当の理由って、何なの?」

「うん。それなんだけど、実は姉さんが耕一に首ったけで…」

 …また冗談かい?

 そのとき芹香さんが、相変わらずマイペースでぼそぼそと呟いた。

「え? 鬼について調べているので、協力してほしい…ですか?」

 千鶴さん始め、柏木家の皆の顔色が変わる。

「あ、あら、姉さん、
 人が苦労して、遠回しに話を持って行こうとしているのに、
 そう簡単に結論を言わないでよ?」

 綾香さんが焦る。

 いち早く衝撃から立ち直った千鶴さんは、微笑みを浮かべながら、

「ええ、確かに、この隆山は鬼の伝説で有名ですので、
 そう言ったお話なら、いくつか存じ上げてますが…
 でも、そういう内容でしたら、市の図書館や郷土資料館、
 あるいは市役所の観光課に行かれた方が、資料が豊富かと存じますけど…?」

 ふるふる

「……………」

「え? そういう施設の資料では真実がわからない、ですか?
 でも、うちにお越しになっても、施設にある以上の情報は…」

「……………」

「え? 耕一さんが鬼に詳しいようなので、ぜひお話を伺いたい、ですか?」

 千鶴さんは、困惑気味の顔を俺に向ける。

「せ、芹香さん、俺、詳しくなんかないですよ。
 この間お話ししたようなことしか…」

「……………」

「え? 雨月山の恋物語を、ぜひもう一度聞かせてほしい?
 え、ええと…」

 俺も困ってしまう。

 千鶴さんは、いつまでも玄関先での立ち話というのも何だと思ったらしく、

「まあ、その程度のお話でしたら…
 どうぞ、よろしければお上がりくださいませ。」

 と三人を迎え入れたのである。



 楓ちゃんとの結婚式に使った客間に、全員が集っていた。
 いつの間にか、ビールや日本酒、ワインが行き交う酒盛りになっている。
 綾香さんは梓と意気投合、何やらふたりで大笑いしているが、よく聞いてみると、俺をこき下ろし
て、あることないこと言っているらしい。あいつら…

 部屋の隅に控えているセバスチャンは、最初のうちこそ室内を睨みつけるように鋭い眼光を飛ばし
ていたが、

「いつぞやは申し訳ありませんでしたぁ。
 とうとうお会いできなくてー。
 …長瀬主任のお父さんなんですか?
 今まで知りませんでしたぁ。
 綾香さんたちが高校生のとき、何度もお目にかかりましたのにぃ…
 私、主任のこと、お父さんとお呼びしてるんですぅ。
 それじゃ、セバスチャンさんは、私のおじいさんということですねー?」

 というマルチの満面の笑みや、

「どうぞ、お楽になさってください。
 執事さんって、大変なんでしょう?
 ボディーガードも兼ねておられるんですか?」

 とお酒を勧める初音ちゃんの天使の微笑みの前に、いつの間にやらすっかり相好を崩している。
 こうして見ると、孫に囲まれた好々爺という感じだ。



 その中で、比較的静かな一団が俺たち−−俺、芹香さん、千鶴さん、そして楓ちゃんの四人だ。
 俺たちも(楓ちゃんを除いて)アルコールが入っているのだが、俺は失言しないよういつもより酒
量を控えているし、千鶴さんと芹香さんは結構な量を飲んでいるはずなのに、一向に酔った様子もな
い。…このふたりって、一体?

 そういうわけで、特に取り乱すこともなく、会話が進む。
 話題はもちろん鬼の話、である。
 芹香さんにせがまれて、俺はもう一度、雨月山の恋物語の話をした。
 今度はリズエルとエディフェルの転生を傍においての話なので、前回と別の意味で熱がこもり、千
鶴さんと楓ちゃんもところどころで真剣なあいづちを打ったり、言葉を挟んだりしながら、厳粛な雰
囲気で話が進められた。

 語り終わったとき、やっぱり俺は涙ぐんでいた。
 芹香さんもこの間と同じように涙を浮かべているし、千鶴さんと楓ちゃんは涙こそ見せないものの、
じっとうなだれている。



 そのとき、室内に、ぎゃははははは、という場違いな大笑いが響いた。
 見ると、顔を真っ赤にした梓と綾香さんのふたりが、肩を叩き合ってげらげら笑っている。
 ふたりの周りには、和洋とりどりの酒瓶が何本も転がって…いつの間にあんなに飲んだんだ?

「…耕一って、どうしようもないすけべだよねー。
 美人に目がないし。」

「…そうなんだよー。
 おまけに貧乳フェチでさ。
 …そうそう、うちじゃ、あたしだけ肩身が狭いんだよ。
 なんせ、みんな胸なしだから。」

 ひくっ

 千鶴さんと楓ちゃんの眉が引きつった。

「…でも、綾香さんとこ、ふたりとも美人だねー。
 そう言えば、耕一とお見合いしたんだって?
 すけべな真似されなかった?」

「それがさあ、あたしお見合いに遅れちゃって…
 で、姉さんがあたしになりすましてくれたんだけど…
 耕一ったら、別人だってことに気がつかないのよー。」

「あっはっは!
 あいつ、美人ならだれでもいいんだよ、きっと!」

「…でも、そういう梓さんとこだって、姉妹揃ってきれいじゃない?
 柏木美人姉妹って、この辺じゃ有名なんでしょう?
 よく、ひとつ屋根の下で、耕一が手を出さないわねー?」

「はっ、あいつにそんな甲斐性があるもんか!
 しっかり楓の尻に敷かれちゃってさあ…
 楓の一睨みですくみ上がっちゃうんだよ。
 この間なんか、マルチに手を出したのがばれて、
 寿命が縮まりそうな顔してたし…
 あ、それは知ってんだっけ?」

「そう言えば、マルチも男運が悪いわねー、
 最初のご主人様は結構いい男だったのに、早死にするし、
 次のご主人様は、メイドロボの純情を弄ぶ変態男だし…」



 あいつら、よくもまあ、好き勝手なことを…
 しかし、陽気な笑い声のおかげで、重苦しい雰囲気が少しは和らいだようだ。
 その時、芹香さんが口を開いた。

「……………」

「え? その次郎衛門とリネットは夫婦になったんですね、って?
 え、ええ、そういう話ですけど…?」

 俺は楓ちゃんを気にしながら答えた。

「……………」

「え? そのふたりの子孫がどこにいるか知りませんか、って?
 さ、さあ、何せ昔のことですし…
 それに伝説ですから、どこまでが本当か…
 え? すべて本当です?
 ど、どうしてそんなことが…?
 え? 鬼の霊を? …呼び出して聞いた?
 ま、まさか?
 え? 降霊術に成功した?
 その鬼は自分たちのことを…『エルクゥ』と呼んだ!?」

 俺だけでなく、千鶴さんと楓ちゃんも驚いている。
 「エルクゥ」という名称は伝説の中にも、文献にも登場しないはずだ。
 それは、実際にエルクゥである者しか知り得ない事柄のはずなのである。なのに…



「その… 鬼の霊ですけど…」

 千鶴さんが緊迫した面持ちで尋ねる。

「名前は…名のりましたか?」

 芹香さんはこくりと頷く。

「……………」

「え?」

 俺たち3人は、その名を聞いて思わず声をハモらせた。

「ダリエリ!?」


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