The Days of Multi第四部第6章パート2 投稿者: DOM
The Days of Multi
第4部 Days with the Kashiwagis
☆第6章 お見合い (マルチ5才) Part 2 of 2



 さて、そろそろ建物の中へ入ろうか、としたとき、俺は不審な人の気配を感じた。
 話に夢中になっていて気がつかなかったが、それは確かに、しばらく前から俺たちの後を一定の距
離を置いてついて来ていた…
 俺は別に狙われる覚えはないが、こちらは天下の来栖川のお嬢様、もしかして良からぬ連中がつけ
回していても不思議はない。
 これは一刻も早く建物の中へ…とお嬢様を促して歩きかけた時、

 ふらっ

 お嬢様が何かに足をとられたらしく、体をよろめかせた。
 俺はとっさに、その体を抱きかかえるようにして支えた。
 すみませんでした、とお嬢様がお礼を言う間もなく、

「かーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

 恐ろしい大声が響いてきた。

「うわっ!?」

 鬼の聴力を使っていた俺にとって、その大声は脳みそを揺さぶるような衝撃だった。
 俺は慌てて聴力レベルを普通人なみに戻すと、声の主の方を向いた。

「!?」

 それは、最初見合いの席で見た、黒服の執事然とした男だった。
 ん? この気配は覚えがあるような…
 そうか! さっきからつけ回していたのは…

 するとその男が、再び破れ鐘のような声で怒鳴った。

「お嬢様に気安く触るでなーーーーーーーーーいっ!」

 なるほど、こいつはお嬢様の護衛だったのか。
 だが、よろけたのを助けただけなのに、いきなり怒鳴られるとは理不尽だ。
 どうせぶっ潰す縁談なら、ここで大立ち回りも一興…と考えていた俺は、たぶん食事の時のワイン
が抜け切っていなかったんだろう。

 俺は負けずに怒鳴り返した。

「うるさい!
 転びそうになったのを助けて、何が悪いんだよ!?
 怒鳴られる筋合いはないぞ!
 大体何だよ、あんた!
 さっきから、こそこそ俺たちの後をつけ回してさ!
 少しはプライバシーを尊重してほしいもんだ!」

 すると大男は目を見張って、

「ほう…
 あの距離で尾行に気づくとは…大したものだ。
 貴様、ただ者ではないな?」

 いや、ただの鬼ですけど。

「金持ちのぼんくら息子を装ってお嬢様に近づくとは…
 貴様、何が目的だ!?
 事と次第によっては捨ておかんぞ!」

 むかっ。

 何でそこまで言われなければならないんだ?
 金持ちのぼんくら息子だと?
 俺が… いや、柏木家の皆がどれだけの苦悩を背負っているのか、知りもしないで!

「お嬢様に手出しはさせんーーーーっ!」

 いきなり巨漢が突進して来た。
 かなり切れていた俺は、十分敵を引きつけると、

 ふわっ

 一瞬、鬼の力を解放して、男を思いきり投げ飛ばした。
 もっとも、怪我しないように、ちゃんと柔らかそうな草むらを選んで投げたのだが。

 ずしんっ

 軽い地響きがして巨漢が地面に沈む…と思ったら、何と素早く立ち上がって、俺の方を睨みつけた。
 何というタフなやつだ。

 巨漢も今度は用心したらしい。
 慎重に俺の様子を伺いながら、ゆっくりと近づいて来る。
 見たところ、この男はかなり格闘技に通じているようだ。
 仕方ない、少々痛い目にあわせないと、おとなしくしてくれないだろう。
 俺も巨漢を油断なく見回しながら、鬼の一撃を加える機会を狙っていた。

 鬼の力は大っぴらには使えない。
 相手が気がつかない程度の素早さで一撃を入れて気を失わせるのが、もっとも効果的だ。
 そうすれば、特殊な力と見破られる率が少なくなる。

 巨漢はじりじりと近寄って、俺から3メートルばかりのところで立ち止まった。
 しばらくの睨み合い。

 突然、巨漢が踏み込んで来る。
 正拳突き。
 俺はとっさに避ける。
 すかさず男の蹴り。
 俺はまたかわした。

 巨漢の攻撃が続く。
 俺は巨漢の隙を狙っていた。
 またもや男の拳が唸る。
 俺はぎりぎりまで引きつけた。

「もらったああああああ!!」

 巨漢が叫ぶ。

 俺は男の拳が俺に触れる瞬間体を動かし、必殺のカウンターパンチをくらわした。
 もちろん、エルクゥ・パワー少々のおまけを添えて。
 巨漢は派手に吹っ飛ぶと、轟音を立てて地面に沈み込んだ。
 それっきり動かない。
 気を失ったらしい。



 俺はふうっと一息つくと、お嬢様の方へ戻ろうとした。
 ところが。
 いきなりブロオオオオオオオォォォォォンとエンジン音がしたかと思うと、猛スピードでバイクが
俺に向かって突っ込んできた。

「うわっ!?」

 何で鶴来屋の庭園にバイクが? と思う間もなく、俺はとっさによけた。
 ところが、そのライダーは、俺の横をすり抜けざまバイクから飛び上がると、見事な体のひねりを
利かせて、俺に蹴りを放ってきたのだ。

「くっ!?」

 かろうじてかわす。
 赤いライダースーツに身を包み、赤いヘルメットを冠った新手の相手は、信じられないほどのバネ
とスピードを誇っているようだ。

 俺は鬼の聴力と視力を最大限解放しつつ、次の攻撃に備えた。
 敵は俺に蹴りを放った後、体勢を直すと共にこちらの出方を伺いながら、じりじりと近寄って来る。

 じりじり

 じりじり

 じりじり

 虫が這うような動きで近づいて来るライダー。



 突然、敵が動いた。
 普通の人間の目には到底追いつけぬ素早さで飛んだ。
 それも、俺から見て全く見当違いの方角へ、である。

 俺は一瞬、敵が逃げたのだと思った。
 だが、そうではなかった。
 赤いライダーは、そこにあった立ち木を蹴ると、反動も利用して、猛スピードで俺の頭に蹴りを入
れようとしたのである。
 間一髪、避けることができたが、鬼の視力がなければまともに食らっていただろう。

(こいつは…恐ろしい相手だ…)

 俺の体をどっと冷や汗が流れる。
 相手は格闘技の達人だ。
 もちろんエルクゥ・パワーを全開にすれば、確実に倒せるだろう。だが、真っ昼間の鶴来屋で「鬼」
になったりしたら、大騒ぎになるに違いない。
 とすれば、体形が変化する直前までの力を使って打ち破るしかない。
 よほど慎重にかからないと失敗する…



 一方のライダーも、耕一の動きに舌を巻いていた。
 バイクをよけた身のこなしといい、最初のキックをかわした動きといい、常人ではない。
 といって、格闘技のプロとも少し違う。
 不思議な構え、そしてとても速い動き。
 ライダーは万全を期して、空手の必殺技、三角飛びを使った。
 一旦まったく見当違いの方向に飛んで、思いも寄らぬ角度から相手を襲う技。
 よほど格闘技に通じていない限り、よけられるはずがなかった。
 なのに相手はよけた。
 信じられないことだが、ライダーの動きを目で追い、蹴りが炸裂する寸前によけたのだ。

「一体何者…?」

 ライダーも慎重に身構えながら、耕一ににじり寄った。



 耕一はゆるゆるとあたりを見回しながら、相手の動きに備えた。
 耕一自身は格闘技の経験はない。
 次郎衛門は−−剣術が使える。
 それも、江戸時代の町道場などで教えられていた、太平の世の形式だけの剣ではない。
 命のやり取りをする実戦の剣である。
 エルクゥ・パワーを全開にできなくても、次郎衛門の剣術が使えれば−−勝算はある。
 だが、手入れの行き届いた庭園の中に、木刀代わりになるような手ごろな棒など、そうそう転
がっているはずがない。
 ライダーに狙いを気取られぬよう、必死に探す。

(あった!)

 庭園の中の立ち木を支える、何本かの棒が目に入った。
 木剣にくらべ、少々長過ぎるし太過ぎるが、この際贅沢は言っておられない。
 ただしそれを手に入れるためには、ライダーの後方に回らなければならない。
 それを黙って見過ごす相手とも思われなかった。

(よし!)

 耕一は、先ほど目にしたライダーの動きを応用することにした。
 ゆっくりと敵に近づく。
 ライダーはこちらの出方を伺っているのか、慎重に構えるのみである。

 適当な位置まで来ると、耕一は急にあらぬ方向に飛んだ。
 一瞬、耕一を見失うライダー。
 しかし、研ぎすまされた感覚が、早くも立ち木を蹴って迫って来た耕一に対して身構えさせた。
 耕一の姿を目の端におさめるか否かの瞬間、とっさに体を横倒しにする。
 大きくライダーを飛び越える形になる耕一。

 すばやく起き上がって、襲撃に備えるライダー。
 ところが耕一は、またしてもあらぬ方向に飛ぶと、別の立ち木を支えていた棒を手にした。
 それは他の数本と共にしっかり括られていたのだが、瞬間的な力の解放により縄を引きちぎると、
手ごろな一本を手にして再び飛んだ。
 ライダーの3メートルばかり手前に着地する。

 ライダーは、最初耕一のねらいがつかめなかった。
 何ゆえそのような方向に飛んだのかと。
 だが、長い棒を手にして自分の前に降り立った相手を見たライダーは、慄然とした。
 耕一は、先ほどまでとは打って変わった、激しい殺気を放っている。

(しまった…!)

 この男は格闘家ではない。剣術使いだったのだ。
 その一分の隙もない構えと、恐ろしいまでの殺気を見れば、一目瞭然だ。
 さらに、あの信じられない速さ。
 …ライダーのヘルメットに隠れた額に、冷や汗が流れる。

 耕一は、じりじりと相手ににじりよっていく。
 ライダーはその気迫に押され気味である。

(いや! 諦めない!)

 自分は守ると誓ったのだ、自分の大切なものを。
 最後の最後まで諦めない。

 ライダーは耕一を見た。
 今耕一が手にしているのは、木刀ではない。
 それより遥かに長い、真っすぐな棒である。
 もしもあの棒を大振りさせることができれば…勝機はある。

 ライダーはすばやく考えをまとめた。
 誘いの隙を見せて大振りをさせる。
 その隙に一撃を打ち込めば…その一撃で決まるだろう。



 いきなりライダーが大きく飛んだ。
 耕一が「剣」を振る。
 その動きを予想していたライダーは、身をかわしつつ、耕一の後方に着地すると、さらに飛んだ。
 目紛しく耕一の周囲を飛び回りながら、攻撃の機会を狙うライダー。
 「剣」で牽制しつつ、相手の隙を伺う耕一…

 と、耕一の剣を避けて飛び退いたライダーの体が、かすかにバランスを崩した。
 間髪を入れず耕一の剣が唸る。

 (今だ!)

 耕一はうまく誘いに乗って、剣を大振りした。
 ライダーはその剣を難なくかわすと、耕一の頭へ渾身の蹴りを…

 (馬鹿な!?)

 ライダーは愕然とした。
 大きく振られたはずの剣は、もう耕一の身に添うように引き戻されていた。

 (読まれていた?)

 自分の見せた隙が誘いであったことを、相手は見抜いていた。
 そして、わざと誘いに乗った振りをしたのだ。

 (間に合わない!)

 すでに耕一が改めて振った剣は、ライダーの身に迫っていた。

 (負けた…)

 ライダーの体に耕一の一撃が食い込む。

 (ぐっ…)

 意識が遠離る。
 大切なものを…守れなかった。

 (ごめんね… 姉さん…)

 ライダーは気を失った。



 俺は体中汗だくだった。
 何とか勝ったものの、実に際どい勝負だった。
 最後に相手が見せた隙を罠だと見抜けなかったら、倒れていたのは自分だったかも知れない。

 お嬢様にはさぞかしショッキングな光景だったことだろう。と近寄ってみると、思ったより平気そ
うなので拍子抜けした。
 ただ少し心配げに、綾香は大丈夫ですか、と聞いた。

 何のことだ?

「綾香って…
 綾香さんはあなたでしょう?」

 俺がそう言うと、彼女は目をぱちぱちさせて、そうでした、と言った。

 ? 見た目は平気そうだけど、やっぱり気が動転しているのかも知れない、早く建物に入ろう…と
思っていると、先ほどの巨漢が再び立ち上がるのが見えた。

「うぬ… 不覚…
 だが、次はこうはいかんぞ!」

 何ちゅうタフなじいさんや。
 こっちがつき合いきれないぞ。

 だが巨漢は、倒れている赤いライダーを見てはっとすると、慌てて駆け寄った。

「綾香お嬢様ーーーーーーーーっ!
 お気を確かにーーーーーーーっ」

 じいさんまで動転しているよ。
 綾香さんはここに立っているのに。

 じいさんはライダーのヘルメットを脱がせる。
 長い髪がこぼれる。
 え? 女? あの手強い相手が女だったというのか? 

 じいさんは女に活を入れる。
 女は呻いて、ぼんやり目を開ける。
 あの顔は? どういうことだ?

 女は巨漢に支えられて、よろよろ立ち上がる。
 綾香さんが「ふたり」?

 立ち上がった女は、俺を見るとはっとして、

「あんた! 姉さんをどうするつもり!?」

 と叫んだ…



 俺たちはロビーで笑い合っていた。
 来栖川のご両親は、お詫びをくり返していた。
 あの赤いライダーこそ、本当の綾香さん。
 格闘技の女王、エクストリームの女子チャンピオン、来栖川綾香さんだった。
 俺がお見合いしたのは、綾香さんの一才上の姉、芹香さん。
 知る人ぞ知る、オカルト愛好家。
 ふたりは外見がそっくりだった。

 家族と別行動を取って、後からバイクで合流するはずだった綾香さんは、
 思わぬ交通事故による道路閉鎖のため、
 予定通り鶴来屋にたどり着くことができない、と連絡を入れてきた。
 直前になって見合いを取り消すことはできないと慌てたご両親は、苦肉の策として、
 綾香さんそっくりの芹香さんを身替わりに仕立てたのだそうだ。
 道理でご両親、暑くもないのに汗を拭っておられたわけだ。

 やっと鶴来屋にたどり着いた綾香さんは、
 例の巨漢と戦っている俺を見て、
 てっきり芹香さんの襲撃者と誤解、
 姉を守るために、バイクごと突っ込んで来たということだ。
 綾香さんは、俺を忌ま忌ましそうに睨みつけると、
 「今度は負けないからね。」と言い捨てた。

 今さらお見合いの雰囲気でもなく、この話は自然にお流れ。
 まあ、俺も綾香さんも、流れてほっとしたというところだ。

 しかし、芹香さんと俺は、何か馬が合いそうだ。
 さすがの綾香さんも、
 俺が芹香さんと見事にコミュニケーションを成立させているのには、
 あいた口が塞がらなかったらしい。
 綾香さんが「何だかあいつを思い出すね。」と珍しくしんみりとした口調になると、
 芹香さんの顔も悲しそうな影を宿した。

 きっと何か辛いことがあったのだろう。
 俺が詮索することじゃない。

 …こうして俺は、新たな友人を(少なくともひとり)得て、
 無事お見合いの義務をも果たしたのだった。



 俺が帰り際、芹香さんは、俺だけにわかる微笑みを浮かべて、

「…………」
 また鬼の話をしてくださいね。(にっこり)

 と言った。

 うーん。芹香さんてやっぱりいいなあ…

「耕一さん?(つねり)」

 いてて。千鶴さんひどいよ。

「浮気はいけませんよ?(にっこり)」

 楓ちゃんには内緒ですよ…


−−−−−−−−−−−−

見合いの相手が実は芹香さんであることも、ライダーが綾香さんであることも、
すぐ気づかれたことと思います。
わかった上で、そのことを知らない耕一のつもりになって、読んでいただければ幸いです。

なお、パート1では、
「芹香さん(実物)は(綾香さんの)写真よりも数段美人」ということになっていますが、
これは美貌の点で綾香さんが劣っているという意味ではありません。
姉妹とも、写真より実物の方がずっときれい、ということです。

格闘技についての知識が無に等しいので、この作品中の格闘シーンはすべて、
聞きかじり読みかじりの情報に基づくものです。ご了承ください。
「三角飛び」の説明、間違っていないと思いますが…


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