The Days of Multi第四部第6章パート1 投稿者: DOM
The Days of Multi
第4部 Days with the Kashiwagis
☆第6章 お見合い (マルチ5才) Part 1 of 2



 金曜日。
 今日は耕一のお見合いの日だ。
 市内にはろくな施設もないこととて、会場は必然的に鶴来屋となった。

 それにしても、なぜ天下の来栖川家のご令嬢ともあろうものが、わざわざ隆山くんだりまでお見合
いのために来るのかと首を捻っていたが、何のことはない、来栖川家の別荘が近くにあって、そこに
一週間ばかり家族揃って滞在中なのだそうだ。

 何だか家族旅行のついでのお見合いのようで、

(足もとを見られてるんじゃないか?)

 とあまりいい気がしないが、もともと断わるつもりの縁談だから、向こうもあまり乗り気でない方
が好都合ではある。



 時間になった。
 耕一には両親がいないので、足立と千鶴が親代わりのような形で付き添う。
 所定の部屋へ行ってみると、確かに写真で見た美女が両親らしき人、斡旋人と思しき人と共に待っ
ていた。
 壁際に真っ黒い執事然とした服を着た巨漢がいるのが何だったが、耕一は美女の方に注意が向いて
いたので、巨漢のことはすぐに忘れてしまった。



 挨拶を終え、席に腰をおろす。
 耕一は正面の美女を見た。
 さりげなく見るつもりだったが、そのまま視線が釘付けになってしまった。

(美しい…)

 信じられないことだが、写真よりも美人なのだ!
 流れる黒髪も、澄んだ瞳も、整った顔立も… 何もかも、写真より数段上なのだ。
 ただちょっと印象が違ったのは、写真の方が人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべていたのに対し、
実物はどことなく、ぼんやりおっとりとしていることだった。
 たとえていうと、千鶴と楓をまぜてボケの部分を強調したような美女である。

 耕一がしきりに見とれていると、いきなり腿に痛みが走った。

(!!)

 涙が出そうになるのをこらえながら隣を見ると、千鶴が顔を正面に向けて微笑みながら、そっと手
だけを伸ばしてしっかりと耕一をつねっていた。
 美女に見とれていたのが気に入らなかったらしい。

(千鶴さんを怒らせないようにしよう…)

 千鶴の怒りそのものも恐いが、家に帰ってあらぬことを報告される方がもっと恐い。
 「見合いの相手にぼうっと見とれていた。」なんて楓の耳に入った日には…冗談抜きで命が危ない。



 それにしても、この美女はほとんど口を聞かない。
 会話がはずむ、というのとは程遠い状態のまま、やがて会食になったが、さすが来栖川のご令嬢、
実に優雅なお食事風景であらせられる。
 もっとも、千鶴さんもテーブルマナーは堂に入ったもので、決して遜色はない。
 結局そのメンバーの中で一番浮いているのは、俺だったりする。
 まあ、育ちが育ちだから無理もないか。

 さて、俺がこの美女の言葉を聞くのを待ちわびているのには、わけがある。
 俺は、このお嬢様が「来栖川綾香 21才」であるということぐらいしか知らないのだ。
 あの、楓ちゃんが暴走した日、お見合い写真以外の書類がきれいにふき飛ばされて、判読不能に
なってしまったからだ。

 もちろん吹き飛ばされたのは書類だけでなく、居間のテーブル他かなりの備品が被害に遭い、梓に
よると「推定被害総額ン十万円」ということだったが、正気に戻った楓ちゃんはその呟きを見事に無
視していた。さすが我が恋人。
 なお、その後柏木家の蔵から、だめになった品々の代わりが次々運び出されて、間もなく居間が元
通りになったのには、俺も開いた口がふさがらなかった。

 …因みに、綾香さんの写真だけはひそかに確保して大事にしまってあることは、楓ちゃんには絶対
知られてはならない機密事項である。

 余談になったが、そういうわけで、綾香さん本人の口からいろいろ情報を引き出したい俺なのだが…
 お嬢様は余りにも寡黙で… いや、何か口にしてはいるらしいのだが、隣にいるご両親くらいにし
か聞こえない程度の小声なので、とても俺と直接のコミュニケーションが成立しそうにないのだ。



 そう言えば、マルチはこの綾香さんと面識があるらしく、「とても明るくて、気持ちのいい方で
すぅ。」と言っていた。
 何でも格闘技が得意だとか。
 しかし、高校の時しか知らないので、その後のことはよくわからないそうだ。

 「知り合いなら、マルチは無事だって伝えてやろうか?」と俺が聞くと、マルチはさんざん迷った
挙げ句、「やっぱりいいです。」と、少し寂しそうに言った。
 まだ「命」を狙われているはずのマルチなので、下手に自分の消息を伝えたために、綾香さんに迷
惑が及んではいけないと思ったらしい。
 最近ボケが目立つと思ったが、さすがに大事なところはしっかり考えているようだ。

 それにしても、俺の目の前の綾香さんはどう見てもおとなし目で、マルチの言うような活発な感じ
とはちょっと違うのだが…
 やはり、2、3年の間に女性らしくなった、ということなのだろうか?



 そのうち千鶴さんが、綾香さんのことを失礼のない程度に質問し始めた。
 見合いの書類一式吹き飛ばされたのを知っているので、(少しは責任を感じているのか)俺に代
わって情報収集をしてくれるつもりらしい。

 だけど、隣にいてやっと聞こえるか聞こえないかの声が、なぜ直接聞きとれるの、千鶴さん?
 向こうのご両親も「ずいぶんお耳がよろしいんですね。」と感心しておられますが?
 …あ、なーるほど、鬼の聴力を使っているのか。
 俺も最初からそうすればよかった。

 よし、それでは俺も耳を澄ませつつ、ひとつ質問。

「綾香さんのご趣味は何ですか?」

 彼女がぼそぼそと答える。

「え? …オ、オカルト研究…ですか?」

 何かお嬢様の趣味というのと程遠いような…

 ん? お母様がお嬢様に、慌てて何事かささやいておいでだが…
 お? お嬢様がこちらを向いて、またぼそぼそ…
 何々?

「え? 間違えました?」

 こくこく

 ご両親様が、なぜか額の汗を拭いておられるが…?

「間違えたというと…?
 え? 趣味を間違えました?」

 自分の趣味を間違えるものかいな?

「え? オカルト研究でなくて…格闘技…が本当の趣味?」

 それは確かに、マルチから聞いた通りだが…
 しかし、格闘技にしても、オカルト研究に負けないくらい、お嬢様らしくない気がする。
 おや、またご両親様が汗を拭っておいでだが… そんなに室温が高いとも思えないが、なぜ?

 お、またお嬢様のささやき…
 ん? 耕一さんのご趣味は何ですか?…って?
 なるほど、逆襲ときなすったね。

 うーん、本当の趣味はぐーたら昼寝なのだが、見合いの席でこんなことを言うものではないくらい
の良識は、俺にだってある。ほんとだぞ。
 趣味の第二はファミレスの制服調べだが、これは最近、趣味というよりは研究の領域に入りつつあ
るので、適当ではない…と。
 初音ちゃんの下着の色調べとか、楓ちゃんの表情研究とか、梓の3サイズの演繹的決定法とか、千
鶴さんの料理の毒性テストとか(これは猫のタマが行方不明になって以来断念している)、マルチの
耳の快感度チェックとか(何のこっちゃ?)は、いずれもマニアック過ぎて、一般性に欠ける趣味で
はあるし…

 そう言えばこのお嬢様は、趣味が格闘技と言ってたな?
 とすると、俺の…というより次郎衛門の趣味、というか特殊技能なら、興味を持ってくれるかな?

「…趣味は剣道です。」

 そう、次郎衛門の記憶に従えば、かなり刀剣類を扱うことができる。…が…?
 あれ? あまり受けなかったようだ。
 まあ、格闘技とはちょっと違うか。
 えーと、あとは…

「それと、古文書研究ですね。」

 これは柏木家の秘密を探ろうとして、最近始めたことなのだが…
 ん? お嬢様が何だか嬉しそうな顔をしているぞ?
 もしかして同じ趣味を?

「綾香さんも、古文書に興味がおありですか?
 え? そうです、どうしておわかりになりましたか、って?
 それは俺… こほん、僕が、古文書研究が趣味と言った時に、
 綾香さんも嬉しそうな顔をなさったからですよ。」

 その時、お嬢様のご両親が、世にも不思議なものを見るような様子で俺に目を向けた。
 お父様が口を開く。

「あの… 失礼ですが、あなた、せり…」

 お父様はなぜか、そこで急にごほごほと咳き込まれた。
 …何だかわざとらしい気もするが?

「いや失礼…
 あなた、娘が嬉しそうな顔をしたのが、おわかりなんですか?」

 は?

「ええ、そりゃ、わかりますけど…
 当然でしょう?」

「そ、それでは…
 今、うちの娘は、どういった表情をしておりますでしょうか?」

 これはお母様。

 変な質問だ。どんな表情かって、見ればすぐわかることなのに。
 えーと… 俺はお嬢様に目を向ける。
 するとお嬢様は、実にお上品に微笑んでおられる。

 うーん… きれいだ。まさに芸術品。
 もっと見ていたいが、これ以上千鶴さんを怒らせて、鈎爪で引っかかれでもしたら大変だ。
 名残惜しいが、この辺にしておいて…と。

「そうですね。
 綾香さんは、優雅に微笑んでいらっしゃいます。」

 すると、お母様が急いで確認をとられる。

「せり…じゃない、綾香。
 あの方の言われることは本当なの?」

 ? 「じゃない」って何のことだ?

「え? 違う?
 『優雅に』というのは、お世辞だと思います?
 いえ、それはいいから…
 え? 確かに微笑んでいました?
 …あ、あなた!?」

「うむ…」

 ご両親はまじまじと俺を見つめる。
 ご両親様と「お見合い」する趣味はないのだが…?



 その後も俺は、お嬢様の表情を次々言い当てて(と言うか、見ればわかるだけなのだが)、そのた
びにご両親様に感嘆されたり、奇異の目で見られたりしていた。
 …何でお見合いの席で表情当てクイズなどしなければならないのか、腑に落ちぬまま…



 さすがに見かねたのか、斡旋人の人が「そろそろお若い方だけで…」とささやいて、ようやくご両
親も我に帰ったらしく、俺はしばらくお嬢様とふたりきりで過ごすことを許された。
 テーブルを去り際に足立さんが、

「耕一君、どうしてお嬢さんの表情が読み取れたのかね?」

 と真顔でささやいた。

 足立さんにはわからなかったのか?
 …そうか、もしかすると、俺がお嬢様の表情を読み取れるのは、メイドロボの体に入っていっそう
表情に乏しくなった楓ちゃんの顔を見慣れているせいかも知れないな。

 千鶴さんも去り際にささやいた。

「耕一さん。
 あんまりデレデレしていると、楓に言いつけますよ?(にっこり)」

 …何よりこわいそのお言葉。



 俺は窮屈なお見合いの席にあきあきしていたので、庭園の方にお嬢様をお誘いした。
 お嬢様もお気に召したようなので、ふたりでよもやま話をしながら緑の中を散策した。
 これは結構楽しかった。
 邪魔者はいないし、美女を思うさま堪能できるし…
 うーん、このお嬢様を一日中眺めていたら10年ぐらい寿命がのびそうだな、などと半ば本気で考
えてしまう。

 ところでお嬢様は変わった話題がお好きで、隆山の鬼伝説のことをいろいろお尋ねになる。
 俺は当たり障りのない程度に答えていたが、お嬢様のその方面の知識には驚いてしまった。
 さっき古文書研究が好きと言っていたのは、あながち嘘ではなさそうだ。

 そのうちお嬢様は、雨月山の恋物語の話を教えてくれと言い出した。
 俺はうろ覚えだからと言ってごまかそうとしたが、知っている限りでいいから、と言われると断わ
りきれない。
 仕方ない−−俺はあらましを語り始めた。

 雨月山に住み着いた鬼ども。
 流浪の剣士、次郎衛門。
 鬼の娘エディフェル、その恋と死。
 エディフェルの姉、リズエルとアズエルの悲劇。
 エディフェルの妹リネットと次郎衛門の復讐。
 ………

 俺は語っているうちに、次第に熱を帯びて来た。何しろ自分自身の経験が大半なのだから。
 特にエディフェルの死の場面では、つい涙ぐんでしまった。
 俺の腕の中で冷たくなっていくエディフェルの感触を、今でも生々しく思い出すことができるのだ。
 さらにリズエルの苦悩、リネットの嘆きなどが俺の心を悲しませ、泣き出しそうになるのをこらえ
ながら、何とか語り終えたのである。



 ふと見ると、お嬢様もうっすら涙ぐんでおられる。
 それを見た時、俺は「この人、いい人なんだな。」と思った。
 お嬢様は、とても良いお話をありがとうございました、とお辞儀までしてくれた。


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