The Days of Multi第四部第5章パート1 投稿者: DOM
The Days of Multi
第4部 Days with the Kashiwagis
☆第5章 楓の結婚 (マルチ5才) Part 1 of 2



「え、縁談!?
 耕一さんに、ですか?」

「うん…」

 足立は困惑した表情で千鶴に答える。

「そ、そんな!
 どうして断わってくださらなかったんですか?」

「それがね…
 縁談の斡旋者が…」

「?」

「ほら…
 例の、代議士の…倉橋先生…」

「あ…」

 足立が挙げたのは、祖父の耕平の代から関係のある代議士の名前であった。
 その人の斡旋となると、無下に断わるわけにはいかない。

「私もね…
 できれば断わりたかったんだが…」

「………」

「ともかく耕一君に話してみてくれないか?
 …いや、とりあえず、お見合いだけしてくれれば、
 先生の顔は立つそうなんだ。
 耕一君が気に入らなければ、断わってくれてもいいんだから。」

「…はあ。」

 千鶴は応じるしかなかった。



 翌日の朝食の席、千鶴は何度もため息をついて、皆を心配がらせていた。

(お見合いするだけと言ってもね…)

 柏木家ではそれだけで十分問題になるはずだった… 少なくとも約一名にとっては。

 千鶴はちらっと楓に目を向ける。
 楓はいつものようにお茶の準備をしていた。

(この間は、お見合いの話を持ち込まれたことがあるというだけで、あの騒ぎ… それなのに…)

 千鶴は、耕一にどうやって切り出そうかと考えていた。
 いや、耕一にだけ話してそれでおしまいというのなら、ふたりで鶴来屋に出勤してから折を見て話
せば良い。
 問題は、楓にあらかじめ話した方がいいかどうか、という点であった。

 この間の荒れ方を見ると、黙っていた方がよさそうだが、普段は天然ボケのくせに、こと耕一のこ
ととなると楓の勘はひどく鋭くなる。
 今度のお見合いも、最終的には楓にばれる公算が大きい、と思う。
 そうなると、知っていて楓に黙っていた千鶴にも、とばっちりがかかることになるだろう。
 妹とはいえ、いや、妹であるがゆえに、その性格を熟知しているがゆえに、恐ろしいのである。
 かてて加えて、この間自らが口にした「楓のリミッター無視状態メイドロボ・パワー、プラス、エ
ルクゥ・パワー」の真の威力がどのようなものか、まだ目にしたことがないのも恐ろしい。

「…はぁ。」

 またしても千鶴の口からため息がもれる。

「千鶴姉…
 やっぱりどこか具合でも悪いんじゃない?
 本当に仕事休まなくて大丈夫なのか?」

「ありがとう、梓…
 別に具合が悪いわけじゃないのよ…」

「じゃ、何か心配ごと?
 …千鶴お姉ちゃん、私じゃ頼りにならないだろうけど、
 皆で知恵を合わせれば、何とかなるかも知れないから…
 良かったら話してみて。」

「…初音。」

「そうだよ、千鶴さん。
 ひとりでくよくよ考えてると、体にも毒だよ。
 俺で相談に乗れることだったら、遠慮なく話してよ。」

(耕一さんもこう言ってくれてることだし… えい、決めた!)

「そ、そうですか?
 …実は耕一さんに相談に乗っていただけると、
 とても助かるんですぅ。」

「本当?
 千鶴さんの力になれるなんて、嬉しいなあ。
 一体どんなことですか?」

 でも千鶴さん、何だか急に話し方がマルチっぽくなったような?

「はい。実は昨日、足立さんに持ちかけられまして…」

「何を?」

「お見合いの話ですぅ。」

「お見合い!?」

「お見合いだって!?」

「お見合い…ですか?」

「お見合いなの?」

「お見合いですか? おめでたいですねー。」

 マルチ、反応がずれてるぞ。



「そ、そう。お見合いねえ。
 それって、どうしてもしなきゃならないんですか?」

「ええ、祖父の代からお世話になった方の紹介で…
 どうしてもお断りできないんだそうです。」

「そりゃ困ったね…
 でも、そうするとまさか、
 いや応なくお見合いして、いや応なく結婚って羽目に?」

「あ、いえ。
 お見合いだけすれば、紹介者の方の顔は立つんだそうです。
 あとは、こちらが気に入らなければ、お断りしても構わないそうで…」

「ほ、本当ですか?
 そ、そうでしょうね。
 いやあ、びっくりした。
 今どき、有無を言わさぬ政略結婚なんて冗談じゃない、
 と思いましたよ。」

「あら、いくら何でも、そんなひどい話を、
 足立さんが承知するわけないでしょう?」

「そうですよねぇ。
 …なるほど、だったら答えは簡単じゃないですか?
 悩むほどのことはないですよ。」

「え? そうですか?」

「はい。
 そりゃ、ともかくお見合いだけして、
 で、もっともらしい理由をつけて、断わったらいいんですよ。
 そうすりゃ、紹介者の方の顔も潰れないし…
 そうでしょ?」

「ええ… やっぱりそうですよねぇ。
 わかりました。
 それじゃ足立さんに、
 お受け致しますってご返事しときます。」

「そうそう、それがいいですよ。」



「ねえねえ、お姉ちゃん、
 そのお見合いって、いつなの?」

「え? えーっと、そう、
 ちょうど一週間後、来週の金曜日よ。」

「へえ、結構急なんだねえ…
 ところでさ、相手の人ってどんな人?
 やっぱりホテル関係者とか?」

「それがねえ、実はかなりの大物なのよ。
 ほら、来栖川グループってあるでしょ?
 あそこの会長のお孫さん。」

「へえーっ、来栖川グループの?
 そりゃ確かに大物だわ。
 何でまた、そんなところからお見合いの話が?」

「私も事情はよく知らないわ。
 代議士さんの紹介としか聞いていないし…」

「そりゃきっと、その孫ってのが、よっぽど出来が悪いんだよ。
 で、結婚相手がなかなか見つからないんで、
 その代議士さんに泣きついてさ、
 代議士さんも困って、一応足立さんに話はしたものの、
 妙な相手を紹介して気が引けるもんで、
 気に入らなかったら断わってもいいということで…」

「梓! いい加減にしなさい!
 事情もよくわからないのに、でたらめばかり…」



「ん? マルチ、どうした?
 さっきから首をかしげているけど?」

「はい。えーと。
 多分私のデータが間違っていると思うんですけどー…」

「何のことだ?」

「はい。
 私の知る限り、来栖川グループの会長さんには、
 お孫さんがふたりおられるんですけどー、
 おふたりとも女の方なんですぅ。
 だから、おかしいなぁと…」

 マルチは、以前親交のあった来栖川姉妹の顔を思い浮かべた。

「マルチちゃん。」

 今まで黙っていた楓ちゃんが口を挟んだ。

「ひかりの持っているデータも、同じ内容を示しています。
 来栖川会長のお孫さんは、
 来栖川芹香さん、22才、
 同じく綾香さん、21才。
 このおふたりだけです。」

「そうですかぁ。変ですねー。」

「そうですね。変ですね。」



 来栖川製のメイドロボがふたり首を捻っていると、

「何が変なんですか?」

 と千鶴さんが不思議そうに尋ねる。

「だって千鶴さん、お見合いなんでしょう?
 女同志でお見合いなんて、変じゃないですか?」

 マルチと楓ちゃんが、こくこく頷く。
 梓と初音ちゃんも「うん」「そうだね」と同意を示す。

「はあ? 当たり前でしょう?
 お見合いというものは、
 男の人と女の人がするものですよ。」

 と千鶴さん。

「だ、だって、千鶴さんがお見合いするのに、
 相手も女の人なんて、おかしいじゃないですか?」

「え? 私?」

 千鶴さんは一瞬きょとんとして、

「耕一さん! 何てこと言うんです!
 どうして私が、お見合いなんかしなくちゃならないんですか!?」

 烈火のごとく怒り出した。
 …何でそんなに怒るの?

「ち、千鶴さんのお見合いじゃないの?」

「当たり前です!!」

「そ、それじゃ…」

 そのとき俺は、楓ちゃんが何となく殺気を放ちつつあるような気がした。
 同時に、何かひどく悪い予感がし始めた。
 い、いや、きっと気のせいだ、気のせい…

「そ、そうか! 梓のお見合いですね?
 それなら話がわかる。相手が女性なのも…
 お見合いは男性と女性でするものだし。」

「耕一! それじゃあたしが男みたいじゃないか!?」

「みたいじゃなくて、そのものだろ?」

「て、てんめええええええええー!」

「いいえ。
 梓のお見合いじゃありません。」

 ぎくっ

 楓ちゃん発する殺気がますます強くなったような… いや、まだ諦めるのは早い。

「あ、でも、梓のことだから、
 将来きっと、結婚相手に苦労するでしょうねえ。
 今から足立さんに、それとなく心当たりを当たっておいてもらおうかしら…?
 あ、そうそう、梓、あなた、正式な縁談になる前に、
 かおりさんとの間はちゃんと清算しておくんですよ?」

「余計なお世話だああああああああああああ!!」

「え、ええと、お話し中、誠に恐れ入りますが…」

 俺は何とか会話に入り込もうとする。

「千鶴さんでもない、梓でもない、とすると…
 もしかして、初音ちゃんのお見合い?」

「お、お兄ちゃん、私、お見合いなんて…」

「初音にお見合いなんて、いくら何でも早すぎます!」

 あっさり却下されてしまった。

 ひゅううううううううううっ

 な、何だ?
 気がつくと、楓ちゃん発する殺気が部屋中渦巻いていて、白い冷気が目に見えるような感じがする。
 ううっ、何となく事態は最悪の方向へ向かいつつあるような…

「え、えーと…」

 俺が最悪の事態を避けるべく必死に知恵を絞っていると、初音ちゃんが、

「ねえ、お姉ちゃん、一体誰のお見合いなの?」

 と実にあっさりと無邪気に聞いてくれた。

 ああ! 初音ちゃん、その質問は最後の最後まで取っておくべきだったのに!
 千鶴さん、頼むから即答しないでくれ…

「もちろん、耕一さんのですよ。
 最初からそう言っているつもりなんだけど?」

「………」

「………」

「………」

「………」

「………」

「………」



 ごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!

「きゃっ!?」

「うわっ!?」

 楓ちゃんの殺気は、ついにブリザードのような威力をもって居間を吹き荒れ始めた。

「か、楓ちゃん、落ち着いて… げっ!?」

 こちらを向いた楓ちゃんの瞳は、鮮やかな紅に染まり…虹彩が縦に裂けていた。
 メイドロボもエルクゥ化できるのか?

「耕一さん…
 お見合いするんですね?」

 楓ちゃんが感情の全くこもらない声で言いながら、ゆっくりと俺に近づいて来る。

「ち、千鶴さん、何とか言って… え?」

 千鶴さんの姿がない。

「マ、マルチ…
 千鶴さんを知らないか?」

「え? あ、千鶴さんはですねえ…
 『急用を思い出しましたので、電車で一足お先に鶴来屋へ参ります。
  耕一さんは後から車でゆっくりお越しください。』
 とおっしゃって、たった今出て行かれましたぁ。」

「な、何て逃げ足の早い…」

「…耕一さん?」

 ひくっ

 背中に大きな氷柱を当てられたような、このうそ寒さ。

「お見合い…するんですね?」

「か、楓ちゃん、
 どうせお見合いした後で断わるんだし…」

「お・見・合・い・するんです、ね!?」

 うぐぐっ

 ど、どうしよう、このピンチ?

「あ、それからですねー、
 これがお見合いの相手の方のお写真と、関係書類一式だそうで…
 千鶴さんが出がけに置いて行かれましたぁ。」

 マ、マルチ。今そんなヤバいものを持ち出したら…

 ひゅごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!

 ほら、案の定殺気がさらに強まったじゃないか、千鶴さんも何てものを残して…
 ん? 待てよ? 写真…か。
 こ、これはもしかすると… 起死回生のチャンスかも!



「マ、マルチ、その写真よこせ!」

「はいですぅ。」

 俺はマルチから封筒を受け取ると、殺気がさらに強まりそうな気配に先手を打って、楓ちゃんに呼
びかける。

「楓ちゃん!
 俺がどんなに君を愛しているか、
 今から証拠を見せてあげるよ!」

「?」

 ほんの少し殺気が弱まったようだ。よ、よしこの調子で…

「この中には、お見合いの相手の写真が入っている。
 普通お見合い用の写真というものは、
 なぜか、実物よりきれいに写っているものだ。
 きっとこの中の写真も、さぞきれいな、実物以上の美しいものだろう。
 しかし!
 相手がどんな美人であれ、
 俺は楓ちゃん以外の女性には、これっぽっちも興味はない!
 (…赦せ、マルチ。
  あとでハンカチセット1ダース買ってやるからな。
  因みに、用途はおまえに任せる。)
 今からこの写真を見て、それでもって鼻をかんで捨てて見せる!
 それが俺の愛の証しだ!」

「………」

 殺気がさらに弱まった。
 楓ちゃんの瞳は相変わらず赤いが、何となく期待の色が見えるようだ。
 俺の行動に注目しているんだな。

 よし、見てろ楓ちゃん、この写真の主がどんな美人であろうと、俺は立派に鼻をかんでみせる。
 多分鼻が痛くなると思うが、そんなことは愛の前には何でもないことさ!
 特に命がかかっているとなれば、なおさら…

 おおっと、楓ちゃんがいらいらしているようだ。
 これ以上待たせると、効果が薄れてしまう。
 よし、封筒からさっと写真を取り出して…

「見てくれ、楓ちゃん! これこの通り…」

 そう言って俺は写真を鼻先に持って来て…

 ………
 ………
 ………
 ………
 ………
 …美人だ。

 俺は目の前に浮かぶ美女の像に、思わずくらくらっとなった。
 何だこれは。半端な美人じゃないぞ。第一級の美人だ。
 長く艶やかな黒髪。澄んだ大きな瞳。整った顔立。
 そしてスーツの上からでもわかる、均整の取れたプロポーション。
 うーん。まるで顔も体も、何から何までスペシャルオーダーの部品で組み立てたような見事さだ。
 つまり、非の打ち所がない。
 おまけにこの表情。ちょっと人を小馬鹿にしたような笑みが、写真全体に活力を与えている。
 この写真は生きているのだ。
 こんな美女の写真は、ちょっとお目にかかれない。ずうっと眺めていたい。
 できれば、額に入れて部屋に飾っておきたいくらいだ。鼻をかむなんてとんでもない…

 …ん? 鼻をかむ? 何でそんな大それたことを考えたんだ、俺は?
 …何だか、とても大事なことを忘れているような気がするが…

 …俺の背中にぞくっと冷気が走る。
 写真に張りついた目を懸命に引き離して、顔を上げると…
 そこには…真っ赤に燃える二つの瞳があった…

「う、うわあああああああああああ!?」


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