The Days of Multi第四部第4章 投稿者: DOM
The Days of Multi
第4部 Days with the Kashiwagis
☆第4章 嫉妬 (マルチ5才)



 鶴来屋の会長室。
 足立と千鶴が、仕事の打ち合わせをしていた。
 話が一段落すると、足立は急にくだけた口調になる。

「ところで、ちーちゃん。
 ちーちゃんには、つきあっている男性とかいないの?」

「何言ってるんですか、足立さん。
 そんなおつき合いしている暇なんかありませんよ。」

「そうだねえ、忙しすぎるものねえ…
 それじゃ、気になる男性とかは?」

「だから、そんな人いませんってば。」

 足立の言いたいことがわかっている千鶴は、笑って流そうとする。

「ふうん。
 …ところで、耕一君には、意中の女性とか、いないのかな?
 もしかして、結婚を前提におつき合いしている女性とか?」

「え?」

 千鶴はぎくりとする。
 足立の言葉で、千鶴は当然楓を思い浮かべた。
 しかし、それは「結婚を前提にした」間柄なのだろうか?
 楓は戸籍上死亡したことになっている。そして今の体はメイドロボ。
 どう考えても、耕一と正規の結婚ができるはずはない。
 今さらながら、その事実に思い当たったのだ。

 耕一はどうするつもりだろう?
 楓のために一生独身を貫くつもりだろうか?
 それとも、どこかで割り切って別の女性と結婚するのだろうか?

 前者の可能性は…耕一のことだから、結構高い。
 しかし、耕一はゆくゆく鶴来屋の会長になるだろう。
 そうなった場合、独身であることは、いろいろ不都合である。
 そうだとすると、やはり後者の可能性が… では、その場合、誰と結婚するだろうか?

 むろん、お見合いで決めるということもあり得る。
 だが、鬼の秘密を熟知した耕一が、今さら秘密を知らない赤の他人を妻に求めるとは思えない。
 そうするとやはり… 柏木家の残る三人の女性が候補者…

 もちろん、ここまでの論理展開には、千鶴の希望的観測がかなり含まれている。
 にもかかわらず、やはりその三人以外には考えにくい、と思う。
 そうなると… 千鶴にもチャンスがあるわけで…

 千鶴は、耕一が楓を選んだと知った時点で、耕一のことを諦めたはずだった。
 しかし、その楓に、耕一との結婚が無理だとすると…

 そう、私なら…、と千鶴は思う。
 私なら、耕一さんが楓を傍に置くことを認めてあげる。
 耕一さんにとっては楓が本妻、ということで構わない。
 時々でいいから私のことも愛してくれれば…



「ちーちゃん?」

 足立の声に、はっと我に帰る。

「どうしたの?
 何だか、ひどく考え込んでたみたいだけど?」

「あ、ご、ごめんなさい。
 つい、ぼんやりしてしまって。
 …ええと、耕一さんにはそういう方はいないと思います…
 もちろん、私が耕一さんのこと、
 全部知っているわけじゃないですけど。」

「そう? …ふむ。
 てっきり、だれか意中の人がいるものと思ってたんだけどねえ?」

「どうしてですか?」

「いやね、彼、今までお見合いの話を全部断わっているから…」

「えっ!?
 足立さん、耕一さんにお見合いの話を持って行ったんですか?」

「いやいや、私じゃないよ。
 何でも、近所の世話好きの人が耕一君に目をつけて、
 然るべき女性を何人か紹介したらしいんだが…」

「耕一さん、断わったんですね?」

「そういうこと。
 それも、自分はまだ若すぎるからとか、未熟だからとか、
 そんな理由にもならない理由でね。」

「そうでしたか…」

 耕一がそんなにいくつもの結婚話を断わっていたとは初耳だ。
 やっぱり楓のため? それともほかの柏木家の女性のため?
 それ以外の理由は考えにくい…

「それにしても、足立さん、
 人の家のお見合い話なのに、ずいぶん詳しくご存じなんですね?」

 不審に思った千鶴が尋ねると、足立はばつが悪そうに、

「うーん…
 耕一君の結婚問題は、鶴来屋全体に影響を及ぼす可能性があるからね。
 悪いが、ちょっと女性関係を調べさせてもらったんだよ。
 彼、一向に結婚しそうな気配がないから。」

「…呆れた。」

 千鶴は、少し拗ねたような目で足立を睨む。

「いや、悪かった…
 しかし、結果は、
 どうやら彼には特定の女性はいないらしい、ということだったよ。
 だからこそ、今のうちに、しっかりつなぎ止めておいてほしいんだが…」

「え?」

「あ、いや、こっちの話。」

「………」



「ねえ、梓?」

 千鶴は、夕食の準備をしている妹に声をかけた。

「あん? 手伝いなら間に合ってるよ。」

「どういう意味?
 …いえ、そうじゃなくてね、
 ちょっと聞きたいことがあって…」

「何だよ?」

「ちょっと小耳に挟んだんだけど…
 耕一さん、今まで何度もお見合い話があったって本当?」

「へ? 耕一?
 …いいや、あたしが知ってる限り、
 そういう話は一回きりだと思うけど…
 そうだったよな、初音?」

 傍らで手伝っている妹に振ると、

「うん、そう。一回だけだよ。
 あの瀬野さんが持ち込んで来たんだけど、
 お兄ちゃん、すぐ断わっちゃったんだよ。」

 初音はちょっぴり嬉しそうに言う。

「そう…」

 千鶴は苦笑する。

 瀬野さんには、ひところ自分も次から次へとお見合い話を持ち込まれて、断わるのに苦労した覚え
がある。
 今度は耕一さんに目をつけたわけか。
 それにしても、あの瀬野さんが、一度断わられただけで諦めるというのも妙な気がする。
 しかし、妹たちが嘘をついている様子もないし…

「千鶴姉、どこでそんな話を聞いて来たんだ?」

「え? あ、いえ、ちょっとした噂で…
 そう、一回だけだったのね。」

 足立が調べたことをばらすわけにはいかないので、適当に濁しておいた。



 夕食の席。
 例によって賑やかな食事を楽しんでいるとき、初音がふと思い出したように言った。

「そう言えば、耕一お兄ちゃん。」

「ん? 何だい?」

「知ってる?
 耕一お兄ちゃん、
 何度もお見合いしたって噂があるんだって。」

 初音は、千鶴が止める間もなく、無邪気にそう言い放った。
 「お見合い話があった」はずが、いつの間にか「お見合いした」に変わってしまっているのは、そ
れを否定してほしい初音の願望の現れだろうか?

「ぐっ!」

 耕一は食事を喉に詰まらせて、目を白黒させる。

「あ、ご、ごめんなさい、お兄ちゃん!」

 初音がうろたえる。
 その時、耕一の目の前にすっとお茶が差し出された。
 出したのはもちろん、ひかり=楓である。

「あ、ありがとう、楓ちゃん。」

 お茶を流し込んで一息ついた耕一は、楓に礼を言う。

「それで、本当なんですか?」と楓。

「え? 何が?」

「耕一さんが、何度もお見合いした、という話です。」

 耕一の背筋がぞくっとする。
 楓の、メイドロボ特有の無表情な顔。
 それが今の耕一には、自分を睨んでいるように思えてならない。
 背中に青白い炎がちらついているような気がするのは…錯覚だろう、そう思わなければ命が危な
い…

「どうなんですか?」

 楓の目がすっと細くなる。
 そのまま耕一の方に顔を近づけて来る。

 はっきり言って非常に恐い。
 夜中に夢に見て、うなされそうな気がする。

「ち、違う! 嘘だ!
 根も葉もない噂だ!
 お見合いなんか、一度もしたことがない!
 本当だよ! 信じてくれ!」

「火のない所に煙は立たない、と言いますし…」

「本当だってばぁ!」



「楓、違うのよ。」

 千鶴が見かねて助け舟を出す。

「違うって、何が?」

 依然として目を細めたまま、姉の方を向く楓。
 さすがの千鶴も気押されそうになりながら、

「さっきの初音が言ったこと。
 『何度もお見合いした』んじゃなくて、
 『何度もお見合い話があった』、という噂なのよ。
 ほら、意味が大分違うでしょ?」

「…初音?」

 楓の細められた目は、今度は妹に向けられる。
 初音も震え上がりながら、

「あ、そ、そうだった!
 千鶴お姉ちゃんの言う通りだよ!
 私が言い間違えたの、ごめんなさい。」

 それを聞いて、ようやく楓のまなざしが穏やかになる。
 耕一始め、皆がほっとする。



「でも、所詮噂なんて、あてにならないものですね。
 耕一さんのお見合い話だって、たった一回だけなのに、
 いつの間にか、何回もあった、なんてことになってるんですから。」

 千鶴はこの話を一笑に付して終わらせるために、そう言った。
 梓も初音もうんうんと頷く。が…
 楓はその視線の端に、耕一が一瞬−−ほんの一瞬−−引きつった顔をしたのを捕えてしまった。
 再び楓の目が細くなる。

「…何回もお見合いの話があったんですか?」

 今度は声まで低くなる。
 もともとが設定年令の低いメイドロボなので、そんなドスの聞いた声は出しようがない。
 今のも低目とはいえ、可憐な声である。
 なのになぜか、それを聞いた耕一は、自分の腹に冷たいものが走ったような気がした。

「そ、それは…」

 耕一が口籠る。
 そのうろたえた様子に、楓の目はさらに細く、針のようになる。

「私は…一度しか…聞いて…いません…けど?」

 その声は、一段と低く、小さく、ささやくような声になる。
 とはいえ、相変わらず可憐な少女の声である…はずだ。
 なぜか耕一には、ガラガラヘビが無気味に尻尾を鳴らす音のように聞こえたのだが。

「初音は…聞いていたの?」

 まず外堀から埋めていくつもりか、妹に声をかける。
 初音は真っ青になって、ぶんぶん首を振る。
 もはや声を出す余裕もないようだ。

「…梓姉さんは?」

「し、知らない!
 あたしも、一度しか聞いてないよ!」

 梓も思いきり否定する。かなり焦った表情だ。
 一刻も早く視線をはずしてほしいらしい。

「まさか… 千鶴姉さん?」

「わ、私も… 今日初めて聞いたのよ!
 その、瀬野さんが持って来た、ただ一度のお見合い!
 あのしつこい瀬野さんが一度で諦めるなんて、
 変だなとは思ったんだけど…!」

 千鶴もいつになく焦って、言わなくてもいいことまで言ってしまう。
 楓はその言葉に、何かしら手がかりを見い出したようだ。

「瀬野さんが…たった一度で…諦めるわけがない…」

 再び耕一に向けられた目は、依然針のように細く鋭い。
 声の方は、これ以上ないというほど、低く押さえつけられている。
 それでも、誰が何と言おうと、可憐な小学生の女の子っぽい声である−−客観的には。
 しかし、なぜか耕一には、それが地獄の釜のふたからもれる湯気の音のように聞こえた。

「そう…なんですね?」

 楓がだめ押しをする。
 耕一は余りのプレッシャーに、口をぱくぱくさせるばかりである。

「いつ頃? …何回ぐらい?
 …どうして黙ってたんです?」

 耕一の目の前で、地獄の釜のふたがゆっくりと開き始める… 耕一を飲み込むために…
 もはや耕一を待つのは破滅の運命のみ… 思えば短い一生だった…

 はっと耕一は気を取り直す。
 ばかな、たかが何回かお見合い話を断わったぐらいで、どうして俺の人生終わりにしなきゃならな
いんだ?
 まだ何か逃れる道はあるはずだ!
 …よし、こうなったらいちかばちか…

「か、楓ちゃん!」

「…何ですか?」

 うっ、何とも腹に響くささやき… だが、ここで負けてはならん!

「楓ちゃん、話がある!
 こっちへ来てくれ!」

 そう言って、楓の手を引きながら居間を出て行く耕一。

「…どこへ行くんですか?」

 相変わらず低い声で尋ねながらも、耕一について行く楓。
 ふたりが居間を出て行く。

 一瞬後に、居間に残された全員がほーっと大きな息をつく。

「か、楓ったら…
 いつの間にあんな迫力を身につけて…」

「あ…あたしゃ、もう少しで息が止まるとこだったよ…」

「ふええええん、こわかったですぅ!
 あれがエルクゥの力なんですねぇ!
 ほんと凄いですぅ!」

「マルチちゃん、それはちょっと違うと思うよ…」



 耕一は楓を連れて、自分の部屋の近くまで来ていた。

「耕一さん…
 私を部屋に連れ込んで…有無を言わさず押し倒して…
 なんて考えていないでしょう…ね?」

 うっ、と耕一がうなる。

「女は…無理矢理抱いてしまえば…言うことを聞く…
 なんて、考えが古すぎますよ?」

 かわいい顔して凄いこと言うね、楓ちゃん?

「そ、そんなわけないだろ!?
 俺はただ、楓ちゃんと話がしたくて…」

 部屋に連れ込んで云々…も、考えなかったわけじゃないのだが…

「話なら…ここでも…十分できる…と思いますが?」

 頼むから、その低く押さえつけるようなささやきはやめてくれ…
 心臓にサンドペーパーをかけられているような気がする…

「よ、よし、わかった!」

 俺は楓ちゃんと向かい合う。

「楓ちゃん!」

「…何ですか?」

 うっ、相変わらずの細い目… だがここで挫けては元も子もない!
 俺は楓ちゃんの両肩に手を置くと、一気に抱き寄せ…

「!?」

 唇を奪った。
 さすがにこれは予期していなかったらしく、楓ちゃんは俺の腕の中で戸惑ったようにかすかに体を
動かすばかり。



「それにしても、耕一さん、
 楓を連れ出してどうするつもりかしら?」

「そりゃ、ひたすら楓のご機嫌とるしか、
 あいつの生き残る道はないだろう?」

「でも、もし失敗したら…
 お兄ちゃん、大丈夫かしら?」

「ご主人様が心配ですぅ…
 様子を見て来ましょうか?」



 俺は思う存分楓ちゃんの唇をむさぼってから、おもむろに離した。

「耕一さん…
 キスでごまかそうとしても…駄目ですよ。」

 楓ちゃんはさっきまでの低い声で話そうとしているらしいが、実際には声がところどころ上擦って
ひっくり返ったりしている。
 かなり動揺しているようだ。頬も赤いし。
 よし、第一段階は成功。第二段階に移る!

「楓ちゃん…
 瀬野さんが初めてお見合いの話を持って来た日のこと、覚えているか?」

「え? は、はい、覚えています。」

 楓ちゃんは、ごまかされないぞ、という感じで、きっと俺を見る。

「うん、よろしい。
 その日の夜、楓ちゃんはどういう行動を取ったか…
 覚えているか?」

「え?」

 楓ちゃんはきょとんとする。

「だからさ…
 楓ちゃんはその日の夜…
 何もしないで休んだんだっけ?
 それとも、何か特別なことがあったんだっけ?」

「………」

 楓ちゃんは俺の言わんとするところがわかったらしく、見る見るうちに頬を染める。

「あっ、あの…」

「そう、楓ちゃんは、
 俺が誰か他の女性と結婚するつもりじゃないかと心配になって、
 俺のところへ来た…
 そして俺たちはめでたく結ばれたわけだ…
 そうだね?」

「は… はい…」

 おうおう、真っ赤になってうつむいちゃった… いいぞ、第二段階も成功!
 いよいよ第三段階、正念場だぞ!

「つまり… 俺にお見合い話があると、
 楓ちゃんはそれだけで不安になるわけだ…
 俺のことを愛してくれてるから…
 そうだよね?」

「はい…」

「そこでだ…
 さっき楓ちゃんも言ったように、
 あのしつこい瀬野さんが、
 たった一回断わられたくらいで諦めるわけがない、
 何度でもお見合い話を持って来るに決まってる、
 それは俺も、梓や初音ちゃんから聞いて知っていた。」

「………」

「もし瀬野さんが、
 この家に何度も押しかけて来てお見合い話を持ち込んだら、
 君はどう思うだろう?」

「………」

「たとえ俺が最終的に断わるにしても、
 君は瀬野さんが来る度に、不安な思いに駆られなくちゃいけない。
 余計な心配をしなくちゃいけないというわけだ。」

「それじゃ…?」

「そう。
 どうせ断わる話なら、何もいちいち楓ちゃんを不安がらせる必要はない。
 そう思って、瀬野さんから二回目の打診があった時に、
 外で会うことにしたんだ。」

「外で?」

「うん。近くの喫茶店。
 家には思春期の女の子が居て、
 家でお見合いの話をすると刺激が強いから、って理由でね。」

「じゃ、その喫茶店で…
 お見合いの話を… 何度も?」

「そう。全部断わるためにね。」

 再び楓ちゃんの目が剣呑な光を帯びる前に、俺は急いで結論を伝えた。

「ともかく来る話来る話、すべて丁重にお断り申し上げたよ。
 おかげでこのごろは、やっと瀬野さんも諦めたのか、
 話を持って来なくなった。
 正直ほっとしているところさ。」

「………」

「そういうわけなんだよ。」

「今の話… 本当ですか?」

「本当だとも。信じてくれよ。」

 俺は楓ちゃんの目をジッと見つめた。
 楓ちゃんも俺の目を見つめ返していたが、やがて頬を染めると目を伏せて、

「はい… 信じます…
 耕一さんのこと…」

 ふうっ、どうせなら、もう少し早く信じてくれるとありがたかったんだが。

 俺はさっきと打って変わって恥ずかしそうにしている楓ちゃんを見ているうちに、少しいじめてみ
たくなった。
 よし、予定外だが、おまけの第四段階へ突入!

「それにしても、楓ちゃんて案外焼きもち焼きなんだなー、
 知らなかったよ。」

「え? わ、私、焼きもちなんか…」

「だって、俺のお見合いのことでむきになってたじゃない?
 あれが焼きもちでないとすると、何なんだろうなぁ?」

「そ、それは…」

 楓ちゃんは、困って後ろを向いてしまった。
 俺はそっと後ろから抱き締めながら、

「心配しないで。
 焼きもち焼いた楓ちゃんも、結構かわいかったから。」

 一時はどうなるかと思ったのも事実だが。

「こ、耕一さん…」

 俺はそっと楓ちゃんの胸の方に右手をやりながら、

「そう言えば、楓ちゃん…
 今夜当たり、また俺のとこへ来てくれるんだよね?」

「え? あ、ええと…」

 俺は楓ちゃんのつつましい胸をそっと撫でる。
 楓ちゃんの体がぴくりと震える。

「違ったっけ?
 今日こそはと期待してたんだけどなあ。」

「あ、あの…」

「残念だなあ。今日じゃなかったのか。
 じゃあ明日? 明日も駄目なの?
 それじゃ明後日?」

「あの…」

「俺寂しいなあ…
 毎日楓ちゃんと顔合わせてるのに、
 なかなかふたりきりになれなくて、さ」

「あの… こ、今夜伺います。」

「ほんと? 嘘じゃないね?」

 俺は無邪気な子供のように瞳を輝かせてみせた。

「は…はい。
 必ず…行きますから…」

 楓ちゃんは俺の方を向くと、消え入りそうな声で、

「うんと…可愛がって…くださいね。」

 俺は強烈なカウンターパンチを食らって、ふらふらになった。
 が、何とか持ち直して逆襲の体勢へ。

「そ…それじゃ、約束のしるしに…」

 そう言って楓ちゃんを抱き寄せると、再び唇を奪った。

「ん…」

 楓ちゃんは目を閉じて、俺に体を委ねたのであった。



「ふえええん…
 いくら何でも遅すぎますぅ!
 ご主人様の身に何か…」

「マルチ、心配するな。
 耕一がむざむざやられてたまるものか。」

「で、でも、梓お姉ちゃん。
 耕一お兄ちゃん、お食事の途中だし…
 いつまでも帰って来ないなんて…
 私も心配だよ。」

「初音、マルチちゃんも、心配いりませんよ。
 耕一さんにはエルクゥの力があります。
 たとえ楓がメイドロボのリミッターを解除して耕一さんを襲っても、
 死ぬことはありません。
 せいぜい骨の一本や二本折るぐらいで…」

「お、お兄ちゃああああん!」

「ご主人様ああああ!」

「あ、待て、ふたりとも落ち着け!」

「で、でも!」

「でも、ですぅ!」

「あ、でも、楓もエルクゥの力を…
 多分持っているでしょうね、力は魂と共にあるから…
 そうするとリミッター無視のメイドロボ・パワー、プラス、
 エルクゥ・パワーとなるわけで…
 たとえ耕一さんでも、ひょっとすると命に関わるかも…?」

「こ、耕一ぃぃぃぃ!!」

「お、お兄ちゃああああん!」

「ご主人様ああああ!」



「何を騒いでるんだ?」

「だってお兄ちゃんが…
 あ、あれ? 耕一お兄ちゃん?」

「ご主人様!?
 お怪我はありませんか!?」

「怪我? 何のことだ?」

「耕一… どうやって機嫌取ったんだ?」

 梓が信じられないものを見た、という顔をする。
 無理もない。
 何しろ、出て行った時と打って変わって、楓は恥ずかしそうに顔を赤らめながら、さりげなく耕一
とお手々つないじゃったりしているのだ。

「何があったか、大体想像はつきますけどね…」

 千鶴が呆れたように呟いた言葉は、誰の耳にも入らなかったらしい…



 その夜、耕一の部屋で何があったかは… 各自適当に妄想していただきたい…


−−−−−−−−−−−−

これまで結構シリアスな展開だったと思うのですが…
この章あたりから崩れていきます。


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