The Days of Multi第三部第9章 投稿者: DOM
The Days of Multi
第3部 Days with Kouichi
☆第9章 柏木家のメイドロボ (マルチ3才)



「うーん、やっぱり心配だなあ…」
 
「ご主人様ぁ、大丈夫ですってばぁ。」

 3月。
 マルチが耕一の部屋で暮らすようになって、半年が経とうとしている。



 今、耕一が悩んでいるのは、3月下旬に開かれる鶴来屋の役員会に出席してくれとの要請に、どう
答えるかであった。
 足立からの要請によると、その役員会で耕一の会長代理就任が決まるので、ぜひとも出席してほし
いとのことである。
 大学は休みになるから、その点は構わないのであるが、問題はマルチをひとり残して行かなければ
ならないという点であった。

 面白いことに、半年前初めて会った頃のマルチは、感情表現に乏しかった代わりに、なかなか賢い
ところを示して、しばしば耕一を感心させたものであるが、感情表現が豊かになるに従って、どこと
なくボケというかドジというか、そんな面が出てきたのだ。
 もしかすると、マルチの処理能力は、本来の状態では、その大半を感情系に回しているのかもしれ
ない。
 だから、感情系がうまく働かないうちは、思考系の処理能力がぐっと高まっていたのではないだろ
うか。
 ドジと言っても、別に取り立てて大きな失敗とか危険なことをしでかす訳ではないのだが、それで
も数日ひとりで置いておくとなると、心配でしょうがない。



「絶対に大丈夫ですぅ。
 部屋の外には一歩も出ませんからぁ。」

 マルチは繰り返し太鼓判を押す。
 いささか不安を残しながらも、どうしても欠席する訳にいかないこととて、やむなく耕一は重い腰
を上げることにしたのであった。
 それでも、予定をできるだけ切り詰めて二泊三日の旅にしたのであったが。



 ウィーーーーン

 柏木家の中で、ひとりの少女が掃除機を使っている。
 今日この家をおとなうはずの、耕一を迎える準備であった。
 少女は一見すると小学生か中学生、あどけなさの残る可愛らしい顔立をしている。
 しかし、その両耳のセンサーと、特徴的な緑色の頭髪を見れば、彼女がいわゆるマルチタイプのメ
イドロボであることは明白である。
 少女の名は「ひかり」と言った。

 梓などは最初、

「マルチタイプだから、
 『マルちゃん』って呼んだらいいんじゃないか?」

 などと冗談とも本気ともつかぬことを言っていたのだが、
 初音が頭を捻りながら、

「この家を明るく照らしてくれる、という意味で、
 『ひかり』なんてどうかな?」

 と言った途端、それで行こうということになった。
 こういう点では、梓の主体性というものはいい加減である。

 ひかりは、もともとが介護用であるマルチタイプの特徴を生かして、放心状態の続く千鶴の世話に
大いに貢献していた。
 もちろん、家事は一通りこなせるので、たいていのことは任せておいても危なげがない。
 もし、家事全般苦手の千鶴が元気だったら、きっと梓に、このロボットと比較されているに違いな
い。

 ただし、柏木家では、料理だけは梓が作り、初音が手伝うというパターンが続いている。
 ひかりに料理ができない訳ではなく、梓が料理に執念を燃やしていて、譲らないのだ。
 今日も、ひかりが掃除をしている間に、梓と初音は耕一歓迎の料理作りに専念していたのだった。
 ふたりとも忙しそうに、しかし同時に楽しそうにいそいそと立ち働いている。
 その楽しさの原因が、耕一にあることは言うまでもない。



 と、その時。

 ガラガラガラ

 玄関の開く音。
 続いて、

「ごめんくださーい。」

「! 耕一!?」

「耕一お兄ちゃん!?」

 梓と初音は急いで玄関へ。遠来の従兄を出迎える。

「よお、耕一。珍しく早かったな。」

「耕一お兄ちゃん、いらっしゃい。」

「ふたりとも久しぶり。お世話になります。」

 梓の照れくさそうな笑顔と、初音の天使の微笑みに迎えられて、耕一は家の中へと向かった。

 廊下を少し進んだ所で、もうひとりの人影が耕一の前に現れた。
 ダッシュで走って行った梓たちの後から、普通に歩いて来た「ひかり」である。

「あ? …マルチ?」

 耕一が呟く。
 両耳のセンサー、緑の髪と瞳、それは「変装」前のマルチそっくりの姿をしていた。

「柏木耕一様ですね?
 初めまして。
 わたくし、こちらでお世話になっております、
 HM−12型メイドロボの『ひかり』と申します。
 よろしくお願い申し上げます。」

「あ… ああっ、こちらこそ、よろしく。」

 やっぱりマルチとは違う。無表情、平板な声。
 出会ったばかりのマルチでさえ、もう少し人間らしかった。
 梓と初音ちゃんが、マルチをメイドロボと信じられなかったのも無理はない、と耕一は思った。



「うん、うまい!
 また料理の腕を上げたな、梓。」

「い、いや、その、まあね…」

 夕食のごちそうの数々に舌鼓を打つ耕一。
 鼻の頭をぽりぽりかきながら照れる梓。
 確かに、梓の料理は、以前よりもさらに進歩したようだ。
 後で初音ちゃんがこっそり教えてくれたところによると、自分にひけをとらぬ腕を持つメイドロボ
のマルチに会って、よい意味での刺激を受けたらしい。
 さらに精進を積み重ねているのだそうだ。



「…?」

 そのときふと、耕一の目がひかりに止まった。
 メイドロボなので、むろん食事はとらない。
 じっと座っているだけなのだが…

「…………」

 その無表情で静かに座っている様子が、自分の愛したおかっぱ頭の少女を思い出させるのだ。

(楓ちゃん…)

 ふと耕一は涙ぐみそうになる。

「耕一お兄ちゃん、泣いてるの?」

 目ざとい初音に見つかってしまった。

「い、いや… その…
 あんまり美味しいもんで、感激の余り、つい…」

「ちぇっ!
 お世辞を言ったって、何にも出ないぞ!」

 憎まれ口を叩きながらも、梓は明らかに照れて真っ赤になっている。

(楓ちゃん…)

 俺、やっぱり、君を忘れられない…



「足立さん、こんな未熟者の俺ですが、
 何とぞよろしくお願いします。」

「ははは、
 まあ、最初からあんまり固くなっていると疲れるから、
 ほどほどにね。」

 翌日鶴来屋へ顔を出した耕一は、まず社長の足立に挨拶した。
 足立は、お父さんによく似ておられる、と目を細めながら耕一を歓迎した。

 間もなく役員会。
 足立が耕一を会場に紹介する。
 前社長の息子、という点が強調されるのは致し方ない。
 そうでないと、鶴来屋が収まらないのだから。

「…それでは、
 全員一致で柏木耕一君の会長代理就任を承認するということで、
 よろしいでしょうか?」

 足立がそう言うと、「異議なし」という声や、拍手が起こる。
 実にすんなりと、耕一の会長代理就任が決まった。

 役員会が終わると、出席者たちが入れ代わり立ち代わりやって来て、耕一に挨拶する。
 「よろしくお願いしますよ。」「なるほどお父さんそっくりですな。」「いや、頼もしい。」など
と笑顔で言われる。
 耕一は、若輩者にふさわしい謙遜の言葉で受け答えした。

 こうして見ると、梓の言う「悪者」だの「敵」だのは、ひとりもいないような気がする。
 しかし、実際には、このうちのかなりの人数が、千鶴追い落とし派だったわけだ。
 耕一は複雑な心境だった。

(千鶴さんは駄目で、俺ならいいなんて… どっか間違ってる…)



 足立にはほどほどと言われたものの、初めての役員会で緊張しまくっていた耕一は、柏木家に帰り
着いてほっとした。
 気が弛んだのか、夕食後に酒の入った耕一は、盛んに親父っぽい言葉を口にする。

「初音ちゃーん、
 ちょっと見ないうちに、また大きくなったみたいだねー。
 嬉しいなあ。」

「こ、耕一お兄ちゃん…
 どこ見てるの…?」

 耕一の視線が自分の胸のあたりに留まっているのに気がついた初音は、赤くなってもじもじする。

「こら、このセクハラ野郎!
 初音に嫌らしい真似したら、承知しないからな!」

「…おっ、そう言えば梓、
 おまえ、まだ携帯電話の一件で、罰を受けていないだろ?
 いやー、思い出してよかったなあ…
 それでは本日ただ今より、梓に背中を流してもらうことに…」

「な、何だよ、急に。
 そんな古い話を持ち出したりしてさ。」

「古い話だと!?
 あんな汚い方法で俺を騙しといて、古い話でごまかす気か!?」

「うっ、い、いや…」

「女なら、潔く、俺の背中を流せ!」

「『女なら』ってのは何なんだよ!?」

「ん? じゃあ、おまえは男なのか?」

「て、てんめえええええーっ!」

 梓が怒り心頭に達しようというその時、

「あの、私がお背中流しましょうか?」

 という静かな声が聞こえた。

「え?」

 皆が驚いて見ると、それはひかりだった。

「私でよろしければ、お背中流しますが…?」

「ひ、ひかり!
 いいんだよ、こんなやつ、ほっとけば。
 こいつ、すけべだから、一緒に風呂なんか入ったら、
 たとえメイドロボのおまえといえど、何されるかわかんないぞ!」

「こいつ!
 それじゃ、やっぱりおまえが背中を流せ!」

 などと騒いでいるうちに、その夜も終わる。

(しかし、メイドロボって、どうしてすぐに人の背中を流したがるんだろう?)

 そういうパターンが組み込まれているのだろうか?

(そう言えば、マルチ… ひとりで大丈夫だろうな…?)

 ちょっぴりドジなメイドロボの純な笑顔が、耕一の目に浮かぶのだった。



 翌日。
 耕一は午前中、初音とゲームをしたり、梓とだべったりしながら過ごした。
 楽しい時はあっという間に過ぎていく。

「じゃあ、そろそろ時間だから。」

 午後、列車の時間が近づいて、腰を上げる耕一。

「もうそんな時間か?
 …ちょうど暇だから、駅まで送ってってやるよ。」

「私も一緒に行くね。」

「ひかり、ちょっとの間、留守番頼むね。」

「はい。行ってらっしゃいませ。」



「耕一ぃ、また暇できたら遊びに来なよ。
 初音も寂しがるからな。」

「はいはい。」

「耕一お兄ちゃん、きっとだよ。」

「うん。また来るからね。」

 ジリリリリリリリリ…

「それじゃまた、ふたりとも元気で。」

「達者でな。」

「また来てねーっ。」

 耕一を乗せた列車は出て行った…



「…行っちゃったね。」

「ああ、そうだな…」

 耕一を見送った梓と初音は、どことなく気が抜けたような、寂しそうな様子で家路に着いた。


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第三部の終わりです。
実は、執筆開始当初、このあたりまでしかストーリーを考えていませんでした。
そのストーリーもごくごくおおまかなもので、
前にも書いたように、後はキーボードを叩きながら考える、
というより、文字の流れに任せてしまう(つまり行き当たりばったりな)やり方でした。

第四部と第五部は、そういうおおまかなストーリーさえも考えず、
思いつくままに、ひとつまたひとつと章を増やしていったものですので、
かなり支離滅裂な内容になってきます。
それでいてやたら長い。お見苦しい点も多いかと。
その点、ご了承ください。

なお、第四部から耕一の女性関係がかなり乱れた(?)ものに…
自分で書いていても、シリアスなのかコメディなのかよくわからないものに崩れていきます。
ご自分が健全な精神の持ち主とお思いの方は、この後は読まない方がいいかも…
(以上、不評を買った場合のための逃げ口上でした)


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−年表−

(   )内はおもなキャラの満年齢を現します。


<01年> (マルチ0、浩之16−7、耕一17−8、千鶴20−1、梓15−6、楓14−5、
       初音13−4、芹香17−8、綾香16−7)

    1月   マルチ誕生
    4月   マルチの運用試験、浩之との出会い
         梓の高校入学
    5月   マルチの「運用試験」2回目、浩之との再会
    7月   マルチ退学、浩之家での「運用試験」開始
    9月   綾香の非難、マルチ壊れる
   11月   マルチ回復、来栖川姉妹との交流開始

<02年> (マルチ1、浩之17−8、耕一18−9、千鶴21−2、梓16−7、楓15−6、
       初音14−5、芹香18−9、綾香17−8)

    3月   千鶴の大学卒業
    4月   楓の高校入学
         芹香の大学入学
         千鶴、鶴来屋にて会長秘書となる

<03年> (マルチ2、浩之18、耕一19−20、千鶴22−3、梓17−8、楓16、
       初音15−6、芹香19−20、綾香18−9)

    4月   初音の高校入学
         浩之・綾香の大学入学
         浩之の事故死、マルチ再び壊れる
         研究所にてマルチのリハビリ開始
    8月   千鶴、鶴来屋会長に就任
    9月   楓の死、千鶴のショック状態
         マルチと耕一の出会い、マルチの変装と命名
   10月   マルチの「マスター登録」
   11月   梓・初音、耕一のアパートへ。耕一、会長代理就任を受諾

<04年>  (マルチ3、耕一20−1、千鶴23−4、梓18−9、初音16−7、
        芹香20−1、綾香19−20)

    3月   耕一の会長代理就任
         梓、高校卒業

                               以  上


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−キャラクターリスト−

(Leaf キャラはほとんどオリジナルのままですが、設定を若干変えたり、
 名前を勝手につけたりしたものもありますので、一応全員網羅しました)


<藤田家の人々>

藤田武(たけし)      仕事の都合で不在がちな、一家の主。

藤田真希子         武の妻。夫と共に仕事をしているため、同じく留守がち。

藤田浩之          武夫妻のひとり息子。目つきは悪いが、実は優しい男。


<柏木家の人々>

柏木耕一          柏木家の男子でただひとりの生存者。柏木家の祖、次郎衛門の転生。
              やや浮気性。

柏木千鶴          耕一の従姉、柏木四姉妹の長姉。鶴来屋の会長。エルクゥの皇族四姉
              妹の長姉リズエルの転生。賢治叔父の死後、柏木家当主としての苦悩
              を一身に担う。家事、特に料理が苦手。例外的に育児は上手。ややボ
              ケ気味。

柏木梓           耕一の従妹、柏木四姉妹の次姉。皇族四姉妹の次姉アズエルの転生。
              料理が得意。短気で粗暴な面がある。勘違いの名人。

柏木楓           耕一の従妹、柏木四姉妹の三姉。皇族四姉妹の三姉エディフェルの転
              生。前世および現世における、次郎衛門/耕一の恋人。普段は天然ボ
              ケだが、いざというときは冷静沈着。

柏木初音          耕一の従妹、柏木四姉妹の末妹。皇族四姉妹の末妹リネットの転生。
              前世では次郎衛門の妻で、共に柏木家の先祖となる。やや甘えん坊の
              傾向もあるが、他人への気配りをよくする優しい娘。


柳川祐也          耕一や柏木四姉妹の叔父に当たる人物。エルクゥ化し、耕一と水門で
              死闘の末、死ぬ。


<来栖川家の人々>

来栖川昂(のぼる)     来栖川グループ初代会長。頑固だが、孫可愛がりの面も。

来栖川美子(よしこ)    昂の妻。温和な性格。

来栖川誉(たかし)     昂の息子。来栖川エレクトロニクス社長。

来栖川陽子(あきこ)    誉の妻。妄想癖あり。

来栖川芹香         誉夫妻の長女。容姿端麗、成績優秀、物腰優雅、無口・小声、天然ボ
              ケのオカルト愛好家。

来栖川綾香         誉夫妻の次女。容姿端麗、成績??、明朗活発なエクストリームの女
              王。


<メイドロボ>

マルチ/HMX−12    試作型マルチ。人間とほぼ同じ意志・感情を持つメイドロボ。ドジで
              ボケ気味だが、健気で明るい性格。

もうひとりの「マルチ」   試作型マルチの予備匡体。

セリオ/HMX−13    試作型セリオ。マルチと違って感情を持たない。探偵オタク。


ひかり           量産型マルチ(HM−12)。柏木家のメイドロボ。

ヒロミ           量産型マルチ。来栖川研究所所属のメイドロボ。

マイ            量産型マルチ。来栖川研究所所属のメイドロボ。

ユイ            量産型マルチ。来栖川研究所所属のメイドロボ。


<長瀬家および開発部の人々>

長瀬源四郎/セバスチャン  来栖川家の巨漢執事。芹香からもらった愛のニックネーム「セバス
              チャン」にこだわり続ける。

長瀬源五郎         源四郎の四男。来栖川研究所開発部の主任。マルチ、セリオの生みの
              親。


木原            来栖川研究所開発部の一員。長瀬の片腕。

内田            同じく開発部の一員。


<浩之の友人たち>

神岸あかり         浩之の同級生で幼馴染み。料理の腕は天下一品。ややボケ気味。

佐藤雅史          浩之の同級生で幼馴染み。サッカー部のエース。やはりボケ気味。

長岡志保          浩之の同級生。中学からの知り合いで、顔を合わせれば口喧嘩となる。
              「東スポ女」「歩く電光掲示板」その他多くの異名を持つ。


<その他>

足立            鶴来屋の社長。柏木家の秘密を知っている。

調査員たち         来栖川会長直属の、得体の知れぬ連中。

林田            元、来栖川研究所開発部の副主任。長瀬を中傷した挙げ句、ボロを出
              して、来栖川運輸に出向を命ぜられる。

                                  以  上


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