The Days of Multi第三部第8章パート2 投稿者: DOM
The Days of Multi
第3部 Days with Kouichi
☆第8章 朝の光 (マルチ2才) Part 2 of 2



「ところで、梓お姉ちゃん?」

 梓が熱くなりかけたところに、初音ちゃんが声をかけた。

「お姉ちゃん、携帯電話なんか持ってたっけ?
 私知らなかったよ。」

「!!!
 い、いや、と、遠出するから、万一のためにと思って、
 と、友だちから借りて来たんだよ。」

「ふーん、そうだったの?」

 初音ちゃんは一応納得したみたいだが、俺は納得できない。
 何なんだ、この慌てぶりは?
 まさか梓の奴…

「梓、その携帯、見せてくれないか。」

「え!?」

 明らかにぎくりとする梓。

「携帯っていろいろ種類あるだろ?
 俺、興味あるんだよ。見せてくれ。」

「いいいいいいや、
 別にごく普通の何の変哲もないどこにでもあるようなただの携帯だから…」

「不自然に長い修飾語だな?
 まあ、いいから見せてみろよ。」

「い、いや、あの、勝手に人に見せるなって言われてるから…」

「子供じゃあるまいし、壊したりするもんか。
 すぐ返すから、ちょっとだけいいだろ?」

「そ、それは…」

 ますます怪しい。

 その時。

「梓さーん。お風呂場に携帯電話をお忘れですよー。」

 マルチが何かを手にして、トテトテやって来る。
 でかしたマルチ!

 梓は一瞬、

 びっくうん!

 となったが、すぐ我に帰ると、マルチの手の中のものを取り戻そうと猛ダッシュ!

 しかしその時には、一瞬早く行動を起こした俺が、マルチの手から件のものを無事回収していた。
 マルチは俺と梓の動きに目を白黒させている。

「ほほう、これが梓の携帯電話か…?」

「うっ…」

「どこにでもあるとか言ってたが、
 こりゃなかなか変わった携帯だぞ。」

「ううっ…」

「何しろ、デジタル時計そっくりの携帯なんてな。」

「うううっ…」

「大したもんだよな、
 これで足立さんと連絡がとれるなんて。」

 俺はだんだん怒りが込み上げて来た。
 人が一世一代の決心をしたというのに…。

「臨時役員会?」

「ひっ!」

 俺の体からにじみ出る殺気に、梓が震え上がる。

「千鶴さんが退任?」

「こ、耕一、落ち着け!」

 俺は少しずつ鬼の力を解放していった。
 部屋の温度が急に下がる。
 梓は、俺の鬼の気に圧倒されて、真っ青な顔になる。

「足立さんも責任を取らされるだと?」

「わ、悪かった! 謝る! この通り!」

 膨れ上がる鬼の気。
 梓は床にぺたっと座り込んで、ぺこぺこ頭を下げている。
 俺の体重が増し加わって、床がミシミシ言っている。

「この…!」

 俺は片手を振り上げようとする。

「お兄ちゃん、駄目ええええええ!」

「ご主人様ぁ、やめてくださあああああい!」

 初音ちゃんとマルチがしがみついてくる。
 鬼の気が恐くないのか?
 いや、ふたりとも真っ青になってぶるぶる震えている。やはり恐いのだ。
 恐くてたまらないのに、それでも梓を助けようと一生懸命なのだ。

「お願いだから、お姉ちゃんを赦してあげて!
 お願い、お願い!」

「ふえええ…
 ご主人様が恐いですぅ、
 恐いのやですぅ、
 やめてくださあああい!」

 ぽろぽろ涙をこぼしながら、必死にすがりつくふたり。参ったな。
 俺は殺気と鬼の力を収めるしかなかった。



 梓は床に座り込んで、ほーっと大きく息をしている。
 マルチと初音ちゃんは、まだ俺にすがって鼻をグスグス言わせている。
 俺は泣いているふたりの頭を撫でながら、梓の方を睨んだ。

「今日はこのふたりに免じて勘弁してやるが…
 それにしても梓、いくら何でも、ああいうやり方は卑怯だぞ?」

「ご、ごめん、悪かったよ。
 時計のアラームが鳴り出したのを止めようとして、
 とっさに思いついたんで…」

「よくあんなことを、とっさに思いつくな?」

「こないだ見たテレビで、同じような場面があったんだよ。
 それを思い出したもんで、つい…」

「あきれた奴だ。」

「ごめん。
 でもさ耕一、千鶴姉が退任に追い込まれるって、
 結局こういうことなんだろう?
 足立さんだって、やっぱり責任を取らされると思うし…」

 …確かに…そうかもしれないな。

「まあいい。
 過ぎたことはしようがない。
 ただし、こんなことをした罰は、しっかり受けてもらうぞ。」

「ば、罰だって!?」

 梓が怯えた顔になる。

「その通り。」

「ど…どんな罰?」

「そうだな…」

 例によって、ただ言ってみただけで、具体的には何も考えていなかったりする。
 しかし、梓の不安そうな顔を見ているうちに、昨日の出来事を思い起こし、

「よし、梓! 俺は今から風呂に入る!」

「はあ? まだ昼前だってのに?」

「いつ入ろうと俺の勝手だ!
 それよりお前の罰だが…」

「?」

「俺の背中を流せ!」

 もちろん冗談だ。
 梓の奴、きっと烈火のごとく怒って、殴りかかって来るだろう。
 そこをまたからかうのが楽しみ…

 梓の顔が真っ赤になる。計算通りだ。
 次は怒りに震えながら、「このセクハラ野郎ー!」とか叫びつつ、カモシカのような足が…

「そ…それが… 罰?」

 え? 梓の奴、真っ赤になってもじもじしている?

「ば、罰なら…しょうがない…か。」

 は?

「もともとあたしが悪いんだし…
 それで耕一の気が…す、済むんだったら…」

 そ、それってつまり… 本当に背中を流してもいい…ってことか?
 思わず梓のナイスバディを想像する。
 たとえバスタオルにくるんだとしても、隠しようのない胸のふくらみ…

 ごくっ。

 こういうのを瓢箪から駒っていうのかな? それとも棚から牡丹餅か?
 な、何でもいい、こんなおいしい話はそうそうないぞ。
 初音ちゃんが固まっているような気がするが、この際無視することにして、梓の気が変わらないう
ちに…

「よし、マルチ! 風呂の準備をしてくれ!」

 …ん? どうしたマルチ? 何をうなだれている?

「マルチ?」

「…やっぱり、私じゃ駄目なんですね?」

「え?」

「あれ以来、ご主人様、
 私に背中を流せとは、一度もおっしゃいません。
 でも、梓さんが背中を流すと言われたら、
 ご主人様、とっても嬉しそうで…」

「そ、そんな、嬉しそうだなんて…
 こ、これは罰なんだから…」

「ううん、本当に嬉しそうだったよ、お兄ちゃん。」

 初音ちゃん、君は固まっていたんじゃなかったのか?
 それに、どうしてそんな寂しそうな顔をする?

「耕一ぃ。」

 おお梓、待ってろ、今風呂の用意を…

「あんた、マルチに背中流させたのか?」

 は? どうしてそれを?

「さっきマルチが言ってたじゃないか。
 『あれ以来一度も』って。
 つまり、少なくとも一回は背中を流させたことがある、ってことだな?」

「そ…そうなるか…な?」

「マルチ。」

 梓はマルチの方を向く。

「はい?」

「あんた、耕一の背中を流した時、それだけですんだのか?
 …ほ、他には何もなかったのか?」

「………」

 マルチはうつむいて、見る見る真っ赤になっていく。
 よせよ、こんな時に誤解されそうな仕草は…

「な、何かされたのか?」

 ほら、案の定誤解してる。

「…い、言えませーん!
 プライバシーだから、言えないんですぅ!
 ご主人様も、そうおっしゃってましたぁ。」

 だから、誤解されそうなことを言うなって。

「ほおお。なるほどねぇ…。」

 梓がこめかみのあたりをひくつかせながら、こっちを向く。

「耕一に口止めされたってわけだな?」

 梓、どうして毎回それほどきっちりと誤解してくれるんだ?

「てんめえええええっ!
 何も知らない子供に手を出すとは!
 そこまで根性が腐ってるとは思わなかったぜ!」

「子供って… マルチはメイドロボ…」

「その根性を叩き直してくれる!
 くらええええええええっ!」

 カモシカのような足が旋風をまとって俺を襲う。
 とっさによけた俺は、部屋の中を逃げ回る。
 そして、心の中でため息をついた。

(結局はこうなるのかい…)

 それやこれやで、結局耕一は風呂に入れぬままだった。



 目的を果たした梓と初音は、その日の午後、隆山に帰って行った。



「やれやれ… 台風一過という感じだな。」

「梓さんも初音さんも、いい方ですね。」

「…マルチ。」

「はい?」

「すまん。勝手に決めてしまって。」

「え?」

「隆山に行くことだよ。
 今すぐじゃないが、大学を卒業したら、俺は向こうに移り住むことになる。
 おまえの了解も得ないで返事をしてしまって、すまん。」

「そ、そんな…
 昨日も申し上げたじゃないですか。
 私は、ご主人様が、梓さんや初音さんのところへ行って差し上げることに、
 大賛成なんですから…」

「ありがとう。
 そう言ってもらえると助かるよ。
 もちろん、マルチも一緒に連れて行くからな。」

「…………」

「マルチ?」

「ご主人様… よく考えたんですけど、
 私、やっぱりその時はご遠慮した方がいいかと…」

「何だって?」

「きっと、ご迷惑をおかけしますから…」

「…………」

 マルチの様子が昨日とは違う?
 昨日から今日までにあったことといえば…
 …夢…か?

「マルチ。…もしかしておまえ…
 自分がいると、誰かと誰かの間を邪魔することになる、
 とか思っているんじゃあ…?」

 マルチの体がびくっと動く。
 嘘をつけない性格なのだ。

「リネット…か?」

 マルチは、はっとしたように俺の顔を見る。

「ご、ご主人様!?
 どうしてそれを!?」

 やっぱり。自分だけが夢を見たと思っているんだな。

「夢、見たんだろ?」

「!!」

 マルチは驚きに目を見張っている。

「同じ夢を見たんだよ…
 俺も、初音ちゃんも。」

「ええ!? 本当ですか!?
 で、でも、どうして三人とも同じ夢を?」

「俺もよくわからないが…
 多分原因は初音ちゃんだろう。」

「初音さん?」

「ああ。
 …俺が普通の人とは違う力を持っていることは、知ってるよな?」

「ええ。」

「初音ちゃんにもその力があるんだ。
 俺とはちょっとタイプが違うけど。
 で、俺たちはその力のせいで、
 お互いの意識を、信号として直接相手に伝えることができる。
 初音ちゃんは、特にその面の能力が優れているんだ。
 …昨日、あの子少しアルコールが入ってたから、
 多分寝ている間に、無意識にその力を使ったんだろう。
 で、傍にいた俺と意識を同調させたんだと思う。
 マルチとシンクロした理由はわからないが、
 もしかすると、初音ちゃんの発した信号は、
 マルチの中枢部の電気信号と似たようなものなのかも知れない。
 というわけで、初音ちゃんを媒体に、
 俺とマルチの意識もつながったんじゃないかと…」

「…………」

「…で、俺たちはそれぞれの記憶を、
 三人とも、同じ夢という形で見ることになったんだ。」

「…………」

「はは… 厄介だよな、この力も。
 これじゃプライバシーなんて、あるのかないのか…」



「じゃあ…」

 マルチは俯きながら言う。

「ご存じなんですね?
 私が昨日取り戻した記憶の中身を…」

(そして、私のご主人様への気持ちも…)

「うん。…辛い経験をしたんだな。」

「はい。…ご主人様も。」

「ああ。…というわけで、
 おまえは、初音ちゃんと俺の邪魔をするんじゃないか、
 とか気にしているのかも知れないけど…
 俺の心は… それも知ってるよな?」

「ええ…」

(楓さん…エディフェル…ですね?)

「そういうわけだから、
 おまえが隆山に一緒に行くのは、邪魔でも迷惑でもない。
 遠慮しないで、俺と一緒に行こう。」

「…ありがとうございます。
 そうさせていただきますぅ。」

「うん。…あ、それと。」

「はい?」

「夢の話はこれでおしまい。
 お互い言いっこなしとしよう。
 ちょっと手おくれかも知れないが、やっぱり…
 大切なプライバシーだからな… お互い。」

「…はい。」

(ありがとうございます。優しいご主人様。)

「ところで、今日の晩飯は何なの?」

「え? あ? そ、そうでした。
 少し買い物をして来ていただかないと、
 足りないと思うんですけど…」

「そうか? じゃ、行って来るよ。
 何買って来るか、メモってくれるか?」

「はい、ただいま。」

 メモ用紙を取りに行きながら、マルチは思った。

(楓さんのことがあって、初音さんのことがあって…
 いっぱい辛い思いをされて…
 それに私の前のご主人様のこともご存じで…
 それでも、私に優しくしてくださるんですね。
 ありがとうございます。ご主人様…)


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