The Days of Multi第三部第5章 投稿者: DOM
The Days of Multi
第3部 Days with Kouichi
☆第5章 難問 (マルチ2才)



 食後のお茶。
 熱からずぬるからず、ちょうど飲み頃だ。
 いつもながらマルチのお茶はうまい。
 まるで楓ちゃんが入れてくれたような…
 いつものようにそこまで考えて、耕一は首を振った。
 楓のことを考え始めると、今でも涙が止まらなくなるのだ。

「耕一、どうかしたのか?」

 梓がいぶかしそうに顔をのぞき込む。

「いや、何でもない。
 ちょっとこのところ肩こり気味で…」

 耕一はそう言って、首を振ったり肩を叩いたりして見せた。

「は、まったく。
 いい若い者が、年寄り臭いことを言って。」

「お兄ちゃん。
 疲れているんじゃないの?」

 憎まれ口を叩く梓に、心配そうな初音。

「きっとお疲れなんだと思いますぅ。
 毎日遅くまでアルバイトをしておられますから。」

 マルチが口を挟む。

「アルバイト? そんなに夜遅いのか?」

 梓が聞く。

「いや、それほどでも…」

 耕一が言いかけると、

「はい。たいていお帰りが遅くて。
 …時には夜中の1時、2時になることも…
 心配で心配で…」

「だからそれは…」

「耕一!」

「お、おう?」

「あんた! 大学も(!)あるんだろ!?
 そんな生活をしてたら、今に体壊しちまうぞ!」

「そうですぅ、無理はしないでほしいですぅ。」

「耕一お兄ちゃん。私、心配だよ…」

 梓は怒った顔で、マルチは気遣わしそうな表情で、初音は涙目で耕一に迫る。

 な、何でいきなりこの三人が共同戦線を張るんだ?

 耕一は焦りながら、

(やっぱりマルチは、他の女の子には近づかない方がいいのかも知れない…)

 などと考えていた。



 話が思わぬ方向に進んで行くのを引き止めるために、耕一はこう切り出した。

「と、ところで梓。
 どうして急にこっちに来たんだ?
 何かあったのか?」

「え? あ…」

 梓はようやく、自分がここへ来た目的を思い出した。

「そうだった。
 あんたに文句を言いに来たんだよ。」

 本当はちょっと違うのだが、耕一相手だと、なぜかこんな言い方になってしまう。

「文句だと?」

「そうとも。
 あたしが何回電話しても、
 あんたは、今度行くから、の一点張りで、
 結局一度も顔を出してないじゃないか?
 だから、文句を言ってやりに来たんだ!」

 違う。そうじゃないの。私が言いたいのはこんなことじゃなくて…

「そのためにわざわざ?
 初音ちゃんまで連れて?」

 耕一が呆れ顔になる。

「な、何だと?
 自分のことは棚に上げてよくも…」

 思わず手が出そうになる。

「梓お姉ちゃん、やめてよお。
 今日は、耕一お兄ちゃんの説得に来たんでしょう?」

 泣きそうな初音の声。

「あ? う、うん。そうだった…な。」

 振り上げたこぶしをごまかすために、鼻の頭をぽりぽり掻きながら、

「そう! 耕一、あんたを説得しに来たんだよ!」

「…さっきは文句を言いに来たって…」

「うるさい! 細かいことを言うな。
 似たようなもんじゃないか?」

「大分違うと思うが…」

「うるさいってば! この…」

「あのね、お兄ちゃん、千鶴お姉ちゃんのことなの。」

 またしても険悪なムードになりかけたところを救うために、初音が口を挟む。

「千鶴さん?」

「うん。千鶴お姉ちゃんの病気が、
 なかなか良くならないみたいだから…」

 梓ひとりに任せておくと話が進まないと思ったのか、初音は自ら、千鶴の病状、鶴来屋の事情、そ
して足立の要望を説明した。
 時折梓が口を挟んで脱線しそうになるのをその都度何とか軌道修正しながら、である。



「なるほど…」

 耕一は、ようやくふたりが耕一を訪ねて来た目的を理解した。
 しかし、今の耕一に即答できるような事柄ではない。
 考え込んでいる耕一に、梓は畳みかける。

「今すぐ隆山に来いって言ってるんじゃないよ。
 名前だけでも会長になっておいて、
 実際の仕事は大学を卒業してからでいいって、
 足立さん言ってたし。」

 それでも耕一は答えない。



 しばらく沈黙が続いた後で、耕一がゆっくりと口を開く。

「ところで…」

「うん?」

「おまえと初音ちゃんがここにいるってことは、
 誰が千鶴さんの面倒を見てるんだ?
 ひとりでほっとくわけにはいかないんだろ?」

 時間稼ぎもかねて、さっきから気になっていたことを聞いてみる。

「ああ…」

 肩すかしを食らったという感じをあらわにしながら、梓が答える。

「メイドロボ…」

「えっ!?」

 耕一とマルチが驚く。
 梓はふたりの驚きように怪訝そうな顔をしながら、続ける。

「メイドロボを買ったんだよ。
 あたしたちが学校に行っている間、
 千鶴姉ひとりきりにしておくのは心配だし。
 そしたら、これがもともと介護用とかで、
 千鶴姉の世話なんか堂に入ったもんでさ。
 助かるよ。掃除や庭仕事、力仕事なんかも手伝ってもらってる。
 料理はあたしと初音で作るけど、ね。
 今回は、思い切って、そのメイドロボに任せて来たんだ。
 そうでもしないと、耕一とゆっくり話ができないと思ってね。」

「そうか…」

「そんなことより、さっきの返事はどうなんだい?」

「うん…」

 耕一は、少し考えた後で提案する。

「梓じゃ…」

「え?」

「梓じゃ駄目なのか?」

「な、何が?」

「鶴来屋の会長。」

「ば! 馬鹿言え!
 あたしに務まるわけないだろう!?」

「どうしてだよ?
 おまえ、千鶴さんの妹だろう?
 千鶴さんにできて、おまえにできないわけないさ。」

「できないって!
 千鶴姉とあたしじゃ出来が違うんだ。
 あたしじゃ、逆立ちしたって千鶴姉の代わりなんかできないよ!」

「そう言うけどな…」

「耕一お兄ちゃん。」

 初音が再び口を開く。

「よくわからないけど、足立のおじさんは、
 耕一お兄ちゃんじゃないと無理だろうって。」

「足立さんが?」

「うん。」

「そ、そうだった。」

 梓がやっと思い出したように言う。

「鶴来屋の中にいる、千鶴姉をよく思わない連中というのは、
 賢治おじさんがいた頃は忠実な人たちだったんだって。
 だから、千鶴姉の妹であるあたしじゃ、また反感を買う恐れがあるけれど、
 おじさんの息子である耕一なら、きっと反対派も鳴りを潜めるに違いないって。」

「………」

 耕一は再び黙り込んだ。



「お兄ちゃん…」

 暫くして初音が口を開く。
 伏し目がちに、しかし、ある決心を込めながら。

「あの… お兄ちゃんの思った通りにしてね。
 …私たちは、お兄ちゃんが一緒に暮らしてくれれば、
 そりゃ凄く嬉しいけど…
 でも、それは私たちの勝手な考えなんだから…
 もし、私たちのせいで、
 お兄ちゃんがやりたいことや、大事なものを諦めなくちゃならないようだったら、
 その方が私たちには辛いから…
 もし、こっちにいた方がお兄ちゃんにとって幸せなら…
 そうしてくれた方が…」

 初音は涙ぐんでいた。
 梓は口を挟むことができず、黙り込んでいる。



 耕一は困惑した。
 初音が悲しむのを見るのは忍びない。
 しかも何という健気な言葉だろう。

 −−初音ちゃん、心配しないで。俺、皆と一緒の方がずっと幸せだから。
   今すぐは無理だけど、大学卒業したら、隆山に行って初音ちゃんたちと住むからね。−−

 そう言ってやれたら、どんなに喜ぶだろう。
 自分もどんなに満足だろう。
 しかし…耕一には自信がなかった。
 楓との悲しい思い出を吹っ切れる自信が。
 そして、それができない限り、柏木家での生活は決して幸せではあり得ない。
 自分にとっても、従姉妹たちにとっても… そう思う。
 自分の内心を覆い隠して、表面だけ幸せそうに繕う自信はない。

 そして…マルチ。
 マルチを放り出して隆山に行くことなどできない。
 しかし、連れて行くとすれば…
 少なくとも、梓と初音に事情を話して、協力してもらわなければならないし、
 自分が会長職に就いたりしたら、今よりもっと彼女が人目に触れる機会も増えるだろう。
 そうなったら、いつまで秘密が保てるか…



 耕一は考え事をしながら、無意識のうちに、ちらちらマルチを見ていた。

「ご主人様。」

 その視線に何かを感じ取ったのか、不意に今まで黙っていたマルチが口を開く。

「私のことでしたら、ご心配なく。
 どうぞ、おふたりのところへ行って差し上げてください。」

「マルチ?」

 耕一は、思わずその名を口にしてしまった。

「ご主人様は、本当に私に良くしてくださいました。
 …危ない所を助けてくださって。
 親切に匿ってくださって。
 私がオーバーヒートする度に、心配して介抱してくださって。」

「いや、マルチ…」

「本当はわかっていたんですぅ。
 アルバイトで遅くなるのだって…」

 マルチは静かに続ける。
 きれいな微笑みを浮かべながら。

「私の充電のせいで電気代が跳ね上がってしまって、
 それを補うために、長時間のバイトをしてくださっていたんですね?」

「………」

 知っていたのか。

「私のために、そこまでしてくださって…
 私とっても嬉しくて、
 でも、いつも申し訳なく思っていました。
 このままではいつか、ご主人様のお体が壊れてしまうって…
 …私のことを気にかけてくださっているから、
 このおふたりの所へ行けないんですよね?
 もう私は、ご主人様から十分よくしていただきました。
 今度は、このおふたりを幸せにして上げてください。」

 マルチはそう言うと、話がよく飲み込めないでいる梓と初音に向かって、

「おふたりとも、ご安心ください。
 ご主人様は、おふたりのことを、
 とても大切に思っていらっしゃいますから。
 …初音さん、先ほど、
 ご主人様に幸せになってほしいとおっしゃいましたけど、
 ご主人様にとって本当の幸せは、
 初音さんと梓さんが幸せになることなんですぅ。」

「え?」

 梓と初音の戸惑ったような声。

「ですから、きっと、ご主人様は…
 おふたりのところへ…行って…くださいます…から…」

 マルチの言葉を涙がさえぎり始めた。

「ご、ご主人様…
 今日まで本当に、本当にありがとうございました。
 うぅ… マルチは…
 マルチは、とってもとっても幸せでした。
 ご主人様のことは、決して忘れませえええん!」

「…忘れないって…
 どうせその記憶も消えちまうんだろ?」

「はい、多分… え?」

「廃棄処分になったら、な?」

「ご、ご主人様…?」

「いい加減にしろ!
 さっきから聞いてたら、ひとりで勝手なことを…
 悲劇の主人公を気取るんじゃない!
 大方、自分がいると邪魔だから、
 ここを出て行って、すぐに正体を見破られて、
 捕まって、廃棄処分になるのが自分には相応しいんだ…
 くらいに考えていたんだろう?」

「そ、それは…」

「そうなんだろう?」

「…はい。」

 マルチは、本質的に嘘をつくのが苦手なのだ。

「まったく…
 そんな勝手な真似をしたら、承知しないからな。
 いいな! 俺に断わりなく出て行ったりしたら、ただじゃおかないぞ!」

「でも、ご主人様…」

「ご主人様の言うことが聞けないのなら」

 と、耕一は初めて自らをマルチの主人の位置に置きながら言った。

「それこそ、メイドロボ失格だぞ?」

「………」

「わかったな!?」

「は、はい! わかりました!」

 耕一はふと面を和らげると、

「悪かったな。
 俺のために、そこまでおまえを苦しめてしまって。」

「そ、そんな、私は…」

 なでなで

「…あっ。」

「心配するな。
 お前を邪魔者だなんて思ったことは、一度もないから。」

 なでなで

「………」

「頼りないご主人様だけど、これからもよろしくな。」

 なでなで

「うぅ、ご主人様あああ…」

「あのぅ…」

 取り残された梓が、おずおずと口を開く。

「あん?」

 マルチの頭を撫でながら、耕一が答える。

「さっきからよくわからないんだけどさ…
 一体この娘何者なの?」

 しかたがない。梓たちにも説明しておくか。

「この娘はな、HM−12、通称マルチタイプという…」

 耕一が今までの経緯を説明すると、梓と初音はひどく驚いた。
 特に、マルチがメイドロボという最も肝心な一点が、なかなか信じられなかったらしい。

「確かに言われてみれば、髪と目の色が違うだけで、
 うちのメイドロボとそっくりだけど…
 でも、うちのはこんなに表情豊かじゃないぜ。
 おまけにこの娘、涙まで流すし…
 耕一! あんた、いい加減なこと言って、ごまかすつもりじゃないのか!?」

 疑り深いやつだ… いや、当然の反応なのか?

「しかたないな…
 マルチ、左手をはずして見せてやれ。」

「はい。」

 マルチは左手首をはずすと、内部の機械がふたりに見えるように示した。
 ぎょっとする梓と初音。

「ほ…本当だ…」

「ロボット…なんだね…」

 やっと信じてくれたか。



 梓と初音ちゃんは、俺の話を咀嚼しているかのように、しばらく黙っていたが、ふと初音ちゃんが、
思いついたようにマルチに尋ねた。

「そう言えばマルチちゃん、さっき言ってたよね?
 耕一お兄ちゃんは、私たちのことが大切で、
 私たちの幸せを願っているって…
 どうしてそんなことがわかるの?」

「あ、あれですかぁ。」

 マルチは少し笑って、

「それはですね、梓さんからお電話があると、
 その夜、決まってご主人様が寝言をおっしゃるんですぅ。」

「寝言!?」

 俺が驚くと、

「ね、寝言って!?」

 梓がなぜか赤い顔をする。

「あんた、耕一の寝言を聞いたことがあるのか?」

「え? はい、ありますよー。」

「そ、それはつまり…
 寝言が聞こえるほど、耕一の寝ている傍にいる、ってことか?」

「はい? …ええ、そういうことになりますね。」

 梓… ますます赤い顔になって… 絶対誤解しているぞ。

「ま、毎晩なのか?」

 梓… 声がひっくり返っている…。

「?」

 梓のただならぬ様子に、きょとんとするマルチ。

「耕一と…毎晩…一緒に…その…
 ね、寝ているのか?」

「え? え? ええええええええーーー!?」

 やっと梓の問いの意味に気がついたマルチは、梓以上に真っ赤な顔になる。
 オーバーヒートするなよ。

「ち、ち、ち、違いますよーーっ!
 ご主人様はよく、お酒を飲んでそのままお休みになるので、
 お布団とかかけて差し上げるんですぅ!
 そんな時とか、よく寝言をおっしゃるので、
 それで知っているだけなんですよう!」

 マルチは手をぶんぶん振りながら、一生懸命説明する。

「そ、そうか。」

 梓はほっとしたような顔になる。
 見ると、その隣で初音ちゃんも胸をなでおろしている。
 俺と目が合うと、初音ちゃんはまぶしいばかりの「天使の微笑み」を見せてくれた。うーん…

「そ、それで、寝言がどうしたんだって?」

 梓はマルチを促す。

「あ、はい。」

 マルチも少し落ち着きを取り戻す。

「梓さんからお電話があるとですねー、
 その夜は、たいていお酒を召し上がって、
 そうして寝言をおっしゃるんですぅ。」

「そ、そうか?
 俺には覚えがないけど…」

「寝言なんだから、本人が覚えてるわけないだろ?
 …で、マルチ、耕一は何て言うんだい?」

「はい。…一番多いのは、
 『梓、すまん。』と『初音ちゃん、ごめんよ。』ですねー。」

 うっ。

 俺は喉が詰まったようなうめき声をあげた。

「そ、それから?」

 いつの間にか、初音ちゃんも率先して聞いている。

「ええと、いろいろありますが…
 『本当はふたりの傍についていたい。』とか、
 『俺が行っても幸せにできない。』とか、
 『俺には自信がない。』とか…」

「マ、マルチ。」

 よせよ、恥ずかしいじゃないか。

「『せめてふたりだけは幸せになってくれ。』とか、それから…」

「マルチ!
 もういい、わかったからやめろ!」

「え? まだ、いっぱいありますけど…」

「もういいの!」

「…はい。」

 やっとマルチが寝言の暴露をやめてくれた。
 梓と初音ちゃんは「もうちょっと聞きたかった。」「でも聞いている方も恥ずかしかったりする。」
という二つの思いを交えた表情を浮かべていた。



 またしばらくの沈黙。

「…耕一ぃ。」

 それは、梓のためらいがちな言葉で破られた。

「あんた、マルチのことが心配で、うちに来られないのか?
 それなら大丈夫だよ。
 あたしも初音も、秘密は守るし。
 マルチも、この狭い部屋に閉じこもっているより、
 うちに来た方が、ずっとましだと思うけど…?」

「…確かに、ここは狭いけどな…」

「あ、ご、ごめん、そういう意味じゃなくて…」

「まあいいさ、事実だから。」

「耕一お兄ちゃん。」

 初音ちゃんが言う。

「梓お姉ちゃんの言う通りだよ。
 マルチちゃんも連れて来ればいいよ。
 私たち、きっと仲良しになれると思うし。
 (ここで初音とマルチの目が合い、微笑みを交わす)
 お兄ちゃんは、私たちを幸せにする自信がないって言うけど、
 私たちは…お兄ちゃんが傍にいてくれるだけで…幸せだから。」

 初音ちゃんの遠慮がちなお願い。

「なあ、耕一。
 初音もああ言っているし、遠慮しないでうちに来いよ。
 マルチと競争で、毎日うまいもん食わしてやるぞ。
 (梓もマルチと微笑み合う)」

 梓の不器用な誘い。

 正直言って嬉しい。でも…
 でも…。

「何だよ。他にも何かあるのか?」

 俺は答えない。

「耕一お兄ちゃん。
 よかったら私たちに話して。」

 俺は答えられない。

「ご主人様?」

 俺は答えようとしない。



 それは…楓ちゃん。
 俺と楓ちゃんの仲は千鶴さんしか知らない。
 その千鶴さんはああいう状態だし。
 梓と初音ちゃんは知らないはずだ。
 楓ちゃんとの−−そしてエディフェルとの出会いと別れ、その辛い思い出が染みついた柏木家。
 それが俺の隆山行きをためらわせる。

「………」

「………」

「………」

「………」

 だんまりが続く。



 ほっと息をついて沈黙を破ったのは、俺だった。

「少し考える時間をくれ。」

「そ、そうか。」

 梓が答える。

「まあ、今言って今答えを出せと言うのもあれか…
 でもな、足立さんの話だと、
 近頃、千鶴姉を追い落とそうとする動きが急に活発になってきたんだと。
 下手をすりゃ、臨時役員会を召集して、
 一気に会長退任に持ち込む可能性もあるってさ。」

「なるほど… だから急ぐわけか。」

 いつまでも答えを先延ばしにするわけにはいかないか。

「お前たちは、いつまでこっちに?」

「あたしたちか?
 …一応、明日の午後には立つ予定だけど。」

 一瞬、初音ちゃんが何か言いかけたが、梓が手で制したらしい。
 ちょうど考え込んでいた俺は、あまり気にも止めなかったが…

「明日か… わかった。
 明日、お前たちが帰る前に、答えを出しておく。」


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