The Days of Multi第三部第2章パート1 投稿者: DOM
The Days of Multi
第3部 Days with Kouichi
☆第2章 黒髪のメイドロボ (マルチ2才) Part 1 of 2



 耕一は、意識のない少女の顔を見下ろしていた。自分のベッドに寝かせてある。
 あの後、少女を抱きかかえてアパートへ取って返したのだ。
 幸い、途中で誰にも遭わなかった。
 もし本当に少女が命の危険にさらされているのなら、できるだけ人目につかない方がいい。

 目を閉じた少女の顔。
 とても愛らしい顔立ちだが、どことなく寂しそうな影がある。

(それにしても…?)

 耕一は首をかしげる。
 少女の顔をよく知っているような気がするのだが…思い出せないのだ。

(どこで見たんだっけ?)

 こんな可愛い子を見かけたら、そう簡単には忘れないはずだが…と耕一は思う。
 耕一の場合、確かにそれは言える。

(…あれ?)

 うかつと言えばうかつだが、耕一はその時になってようやく、少女の両耳を覆う大きな飾りのよう
なものに目が行った。
 そう言えば、髪の毛も緑色。
 多分、先ほど見た少女の怯えた表情があまりに人間らしかったので、無意識にその可能性を排除し
てしまったのだろうが…

(メイドロボ…か?)

 そう考えると、先ほどからのもどかしい思いの正体がわかった。
 この少女をどこで見たのか?
 …いろいろなところで見かけたことがある。
 正確に言うと、この少女と同じタイプのメイドロボ、来栖川のHM−12をだ。
 スーパーやコンビニで、店のレジで、路上でよく目にする、可憐な少女たち。

 その時。

 ぶううううん…

 少女がかすかに身じろぎをした。
 気がついたらしい。
 やがて、目をあける。
 つぶらな瞳。澄んだ緑色をしている。
 少女は耕一の顔を見て「?」という顔をする。

「あの…?」

 ためらいがちに口を開く少女。

「気がついたかい?
 こわかったろう?
 でも、もう大丈夫だよ。」

「こわかった? 大丈夫?」

 そう口にした途端、先ほどの出来事を思い出したらしく、怯えた顔になる。

「安心して。
 連中は叩きのめしたし。伸びちまったから。
 それに、ここは、さっきの場所からかなり離れているから、
 君がここにいることは、誰にもわからないよ。」

「…助けていただいて、
 どうもありがとうございます。」

 少女は少し落ち着いたらしく、丁寧にお礼を言った。

「怪我はないかい?」

 少女はそれを聞くと、自分の回りを見た。
 鞄を見つける。

「自分で認識できる範囲内では大丈夫ですが…
 あの、よろしければ、メンテナンス用のパソコンを使って、
 異常がないかどうか調べたいのですが…?」

「どうぞ。コンセントはそこに。」

「ありがとうございます。」

 少女はノートパソコンを開く。
 左手首をカチリとはずす。
 その光景を初めて見る耕一は、いささかぎょっとする。
 少女は手首と耳からケーブルを繋いで、何やらパソコンを操作していたが、

「診断の結果、特に異常はありません。」

 と言ってパソコンの電源を落とし、ケーブルを片づけた。



 一段落した所で、耕一は尋ねる。

「ところで… 君、名前は?
 …あ、俺は柏木耕一。
 大学生。この部屋にひとり暮らし。
 大学に行く途中で、君を見つけたんだよ。
 で、よかったら、君の名前を教えてほしいんだけど…」

「私の…名前?」

 少女はきょとんとした顔になる。

(私の…名前… 私の…名前…)

 研究所の人たちが自分に呼びかけていた呼称があったのは、わかっている。
 だが、不思議なことに、それが自分の名前であるということが、どうしても認識できなかった。
 そして、呼びかけられた傍から、その名を忘れてしまう。

「私の…名前は…わからないんです。」

 少女は少し寂しそうに言う。

「…わからない?」

「はい。…名前はあるはずなんですけど…
 どうしても思い出せなんです。」

(記憶喪失ってやつかな?)

 メイドロボにも記憶喪失があるんだろうか?
 しかし、嘘をついている様子もないし…

 少女の寂しそうな様子が可哀相で、耕一は質問を変える。

「えーと、じゃあさ…
 君、メイドロボなんだろ?
 …誰のメイドロボなの?」

「誰の?」

「そうそう。ええと、何て言ったかな?
 …ほら、ユーザーとか、マスターとか、ご主人とか、
 そういう人がいるんだろ?」

 それを聞いて、少女は、先ほど男たちに恥ずかしい姿勢を強要された時のことを思い出した。
 あの時自分は…

(それは、ご主人様だけの…。)

 確かにそう思った。そして自分の考えに戸惑っていた。

 「ご主人様」って何のことだろう? 誰のことだろう?…

 少女は考え込んでいる。

「…もしかして、それもわからない?」

「…はい… すみません。」

 少女は寂しそうに頷く。

「そう…
 ところでさ、君、さっき、『殺される』って言ってたけど…
 どういうことか、よかったら、話してみてくれないか?
 俺にできることがあれば、喜んで協力させてもらうよ。」

「…………」

 少女は無言で耕一の顔を見つめた。
 可愛らしい少女にじっと見られて、耕一は何となくどぎまぎする。

(この人は…「信用できる人」だろうか…
 きっとそうだ… 「悪い人たち」から助けてくれたし…)

 突然現れて自分を助けてくれたあの時から、信じていい人のように思われた。

(「信用できる人」なら… きっと…「話してもいい」…)

 少女は決心した。

「私… 今日までずっと研究所にいました。」

「研究所?」

「はい。…私、何だか大事なことをいっぱい忘れてしまったので、
 親切な皆さんが『リハビリ』してくださっていたんです。」

「リハビリ?」

 メイドロボのリハビリって…?

「はい。それで、けさ、近くにお使いに行ってくれって言われました。
 そこで、ある人に会って、ついて行くようにって…
 でも、何だか様子が変だったんです。
 研究所の外へ出してもらうのって、初めてで…
 それまではずっと、外へ出ちゃいけないって、言われてたものですから。」

「ふうん。」

「それに…
 もし、その人に会えなくても、絶対帰って来てはいけない、
 帰ったら殺されるからって、そう言われました。
 …私の場合、殺されるって、
 多分『廃棄処分』とかいうことと、おんなじらしいんですけど…
 …その人に会えなかったら、ひとりで生きていきなさい、
 それが無理なら、『絶対に信用できる人』にだけ相談しなさい、
 とも言われました。
 ですから、耕一さんにお話ししているんです。」

「え? そ、そう…」

 そこまで信用されちゃったのか、俺?

「それで、言われた通り、お使いに出かけたんですが…
 途中でさっきの男の人たちに呼び止められて…
 何でも、研究所のメイドロボを検査するので、協力してほしいとか。
 …でも、私、あの人たちが悪い人だと思ったんです。
 だって、あの人たち、
 私の仲間を裸にして、恥ずかしい格好をさせたとか言っていましたし…
 私にも… その、裸になれとか…」

 少女は恥ずかしそうに口籠る。

「だから、私、逃げたんです。
 『悪い人』に捕まったら殺されるって教えられましたから…
 だけど、追いつかれてしまって、それから、あの…」

 少女はまたもや恥じらいの表情を浮かべる。

「なるほど。」

 耕一は助け舟を出す。

「そこに、俺がやって来た、というわけか?」

「そうなんです。」

 少女はほっとした様子だ。



「そうか…」

 耕一はちょっと考えて、

「それでと…
 君はこれからどうしたい?
 その、君に会うはずの人のところへ行ってみる?
 それなら俺もついて行ってやるよ。」

「…いえ。」

 少女は慎重に口を開いた。

「私、さっきから考えてたんですけど…
 その人に会う場所は、私が悪い人たちにつかまった近くなんです。
 きっとあの人たち、私のことを探し回っていると思うんです。
 今、あそこへ行けば、捕まって殺されるかも知れません。
 もしかすると、相手の方にもご迷惑が…」

「うーん…」

 耕一はうなった。少女の言う通りだと思う。
 子供っぽい容姿のわりには賢いようだ。
 たぶん、男たちのねらいは、まさにこの少女自身だろう。
 研究所の人たちは、そのことを察知して、この娘を逃がそうとしたに違いない。
 そうだとすると、この娘をあの近くに連れて行けば、男たちに見つかる可能性が大きい。
 そう簡単にあきらめてくれる相手でもなさそうだし…

 耕一は、さっき一撃をくらわしてやった相手のことを思い出した。
 鍛え上げた、がっしりした体つき。
 おまけに、胸元から拳銃らしき物をのぞかせていた。
 見るからに、まともでないという感じの男たちだった…

「それじゃ…
 あとからその人に、電話でも入れることにしようか?」

「それが…
 顔と名前は分かるんですが、住所とか電話番号までは…」

「そう…
 じゃ、名前を教えてくれないか?
 電話帳で調べれば多分…」

「セバスチャン、だそうです。」

 耕一はこけそうになる。

「セ、セバスチャン? その人、外人?」

「そうは聞いてませんけど…
 『主任に』…いえ、『私のお世話になった方とよく似た顔のおじいさん』だそうです。
 …それ以外のことはわかりません。」

「セバスチャン…の、名字ってわかる?」

「いいえ。」

 これじゃあ探しようがないな。セバスチャン、てのも多分通称かなんかだろうし。
 となると…

「よし、俺ひとりでその相手の人の所に行って来るよ。」

「え?」

「君をそこへ連れて行くのは危険だから、
 俺が代わりに行って、その人に会って来る。
 君の無事を伝えて、どうしたらいいか相談して来るよ。」

「…………」

 少女はうつむいて考え込んでいる。

「落ち合う場所と、その人の特徴を教えてくれないか?」

「…やっぱり、やめてください。」

「え?」

 耕一は少女の言葉に驚いた。

「危険だと思います。
 もし悪い人たちに見つかったら…」

「大丈夫。
 連中は俺の顔を知らないはずだから。」

「でも、私、心配です。」

「大丈夫だって。俺、こう見えても強いんだぜ。
 知ってるだろう?」

「ええ、それはわかっています。
 …あの時の耕一さん、
 力も速さも、普通の人間以上のものでしたから。」

 ぎくっ

 この娘は…鬼の力に気がついたのか?
 …メイドロボは人間の能力の限界値について、データを持っているのかも知れない。
 そうだとすれば、そのデータに照らせば、俺の力が人間以上のものとわかるのは当然か…
 この娘の前で力を使ったのは、まずかったかもしれない…

 耕一がそんなことを考えて焦っているのも知らぬげに、少女は続ける。

「でも、あの人たち、ピストルを持ってましたし…
 いくら強い耕一さんでも、やっぱり心配です。」

 少女は耕一の力の正体などには関心がないらしく、ただその身を案じている。
 耕一はそのことに気がつくと、少し安心した。

「心配することなんかないって。
 危なそうだと思ったら、すぐ逃げるから。
 その、相手の人を、いつまでも待たしておくのも悪いだろ?」

「…それじゃ、無理しないでくださいね。
 決して、無理はしないでくださいね。
 約束ですよ?」

 耕一は、心配する少女をなだめて地図を描いてもらい、相手の人相を聞くと、部屋を出て行った。



(この公園か…)

 耕一は、地図に示された場所に足を踏み入れていた。
 どこにでもいそうな大学生に見えるだろう。実際その通りなのだから。
 公園の中には人影はない。
 ただひとり、さっきからしきりに何かを捜しまわっているらしい男がいるだけだ。

(あの娘の相手かな?)

 一瞬そう思ったが、すぐにその考えを打ち消した。
 少女が落ち合うべき相手は老人のはずだが、その男はせいぜい30代。
 男との距離が縮まる。
 男が耕一に気づき、うさん臭そうに見る。

(さっきの連中の仲間だ。)

 耕一は直感した。
 黒い服。逞しい体つき。そして、一目見ただけでただ者ではないとわかる雰囲気。
 耕一は、大学に行くための近道に、公園を横切って行く、という感じに見えるように歩いて行った。
 実際、耕一の大学はこの近くなのだ。
 黒服の男はすぐに耕一への関心を失ったらしく、人が隠れられそうな物陰を片っ端からのぞき込ん
でいる。
 あの娘が隠れていないか調べているのだろう。

(この分では相手の人というのも…)

 少女と落ち合うのを諦めて、立ち去ったのかも知れない。
 まさか、あの連中に捕まったわけではないと思うが…

 さっきからエルクゥの感覚を強めて探っているものの、公園内には黒服の男以外の気配はない。
 耕一は歩き続けている。
 立ち止まってきょろきょろしたりするのはまずい。
 黒服に不審に思われる可能性がある。
 顔を覚えられたりしたら厄介だ。
 そのまま、公園の出口に向かう。

(?)

 耕一は、人の気配を感じた。公園を出て少し離れた所だ。
 住宅地の塀と電柱の間に誰か立っている。
 普通の足取りで近づく。
 2メートルぐらい離れた所を通り過ぎながら、目の端に男の姿を収めた。
 もちろん、直接男に目をやったりはしない。

(違うな…)

 この男も黒い服だ。公園内の男の仲間だろう。
 ひとりは公然と、ひとりは物陰に潜んで、あの少女を捕まえようとしているわけか。
 この分だと、公園が落ち合う場所だとばれた可能性もある。
 目的の人物もこの周辺にはいないようだし、これ以上ここらをうろついていたりしたら、耕一が怪
しまれるだけだろう。

 耕一は歩き続けている。
 どうやら目的の人物に会うことは不可能のようだ。
 そのまま、大学のある方向に足を進めて行く。

 …物陰に潜んでいた男が、電柱で顔を隠していなかったら、耕一は気がついていたであろう。
 それが、公園の黒服に見つからぬよう気配を殺して潜んでいた、目的の人物、セバスチャンであっ
たことに…



 部屋に戻った耕一を、ほっとしたような顔の少女が出迎えた。

「…ご無事でしたか。」 

「うん。…ごめん。
 君が言っていたような人はいなかったよ。
 もう少し待っていたかったんだけど、
 やっぱり、あの『悪い人たち』の仲間がうろうろしてたから…」

「そうですか。…いいんです。
 耕一さんに何かあるよりは…」

 少女はずっと、自分のことよりも、耕一の身を案じていたようだ。
 健気なものである。

「あの、耕一さん、お腹すいてませんか?
 少し早いですけど、よろしかったら、
 お食事の用意をさせていただきますが?」

「…そう言えば、ちょっと…」

 今朝はいろいろあったせいか、気がついてみるとかなりの空腹だった。

「でも、あまり買い置きの材料はないはずだけど…?」

「ごはんはありますし…
 ハムエッグと野菜サラダでしたらできると思いますが?」

 留守の間に台所をチェックしたらしい。

「いやあ、それだけできれば恩の字だよ。
 厚かましいようだけど、お願いしていいかな?」

「はい。それでは、早速支度しますので。」

 少女は立ち上がった。


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