中国演劇研究家杉山太郎(逝去当時、明星大学教授)が交通事故で急逝したのは、二一世紀に入ったばかりの二〇〇一年二月五日夜のことであった。私はその時在外研究で北京・中央戯劇学院に滞在していたが、杉山太郎と私が共に役員として関わっていた話劇人社の関係者から二月六日午前に電話連絡を受け、思わず驚きの声をあげた。杉山太郎と私は同年齢であり、共に中国演劇を専攻していることもあり、二十年以上の友人関係にあったからである。すぐに何人かの北京の共通の知人に連絡したが、彼らも異口同音に衝撃を示していた。その後も、しばらくは欠落感が私の心から去らなかった。
 
 杉山太郎は東京大学文学部の卒業論文に革命現代京劇を選んで以来、同大学院人文科学研究科に進級後も一貫して中国演劇、特に京劇・越劇など現在も中国で盛んに上演されている生きた中国伝統演劇を研究してきた。杉山太郎の中国演劇研究の特色は、演劇を舞台芸術ととらえ、上演された実際の舞台を研究対象としたことにある。このため杉山太郎はしばしば中国に渡航し膨大な量の舞台を観劇し、本書に収められた中国演劇論を執筆してきた。しかも、九十年代に入って以降はほぼ定期的に頻繁に書かれているため、伝統演劇を中心とした九十年代中国現代演劇状況についての重要な資料ともなっている。日本人の研究者がこの時期の中国演劇をどのように捉えていたかを知ることができるという点でも、杉山太郎の中国演劇論は貴重なものである。彼の中国演劇論は、中国演劇研究者が今後も参照すべき大きな学術価値を有しているのである。中国演劇研究の専門書発行がまだ少ない日本において、本書の発行は、中国演劇研究者に対する強い学術上の刺激となろう。
 と同時に、杉山太郎は日中演劇交流誌などを主な発表の場としていたため、その文体は平明で学術論文にありがちな晦渋さがない。近年増大している一般的な中国演劇ファンにとっても、杉山太郎の中国演劇論は歓迎を受けるであろう。

 本書は、以上の企画意図から、瀬戸宏が著作権継承者(杉山智子氏)・杉山家の同意と委託を受けて編集したものである。編集にあたっては、中国演劇論については、日本語で公開発表されたものはすべて収録した。逝去の直前まで『火鍋子』に連載していた「中国の芝居の見方」を第一章とし、同時に本書の題目とした。その他の文章は、内容などにより瀬戸宏が現在のかたちに整理・編集した。
 杉山太郎は、「中国の芝居の見方」連載終了後にこれを軸とした論文集刊行の構想を持っており、私にもその計画を直接語ったことがある。彼の急逝により、その具体的内容がどのようなものであったか、もはや誰にもわからなくなった。本書の編集内容が杉山太郎の意図から大きくはずれてはいないことを祈るのみである。

 本書は、杉山太郎の最初で最後の単独著書となった。遺稿集にありがちな感傷的なものにしてほしくないという遺族・杉山家の希望で、本書には追悼文の類や年譜は載せないことにした。遺族・杉山家は、本書が何よりも学術書として読まれてほしいと希望したということである。
 杉山太郎は、中国演劇研究と当時に中国語・日本語教育や中国人口問題研究などにも従事し、この面でも一定量の論文等を残している。当初はこれらもすべて収録することを考えたが、中国演劇論集という本書の性格を明確化するため、遺族・杉山家と協議し、語学教育・人口論などに関するものは一般人にも理解しやすいごく一部を付章として収録するほかは、本書には収録しないことにした。現在は図書館などの情報化・連携が進み、コピーの便も飛躍的に向上している。杉山太郎のこの方面の仕事に関心がある人は、巻末の杉山太郎著作目録をもとに論文などを入手していただきたい。

 本書には、杉山太郎の東大在学中の指導教授である田仲一成先生から「まえがき」をいただくことができた。編者の求めに欣然として本書の学術意義を明らかにした序文を執筆してくださった田仲先生のご厚意に心からお礼申しあげたい。
 本書は全体としては初出の文章をそのまま収めたが、明らかな誤植、固有名詞の不統一などは、遺族・杉山家の承諾を得て補正したところがある。文中の[ ]は読者の理解を助けるために編者が注として補ったものである。
 本書の刊行にあたっては、好文出版社長尾方敏裕氏、同編集部竹内路子氏にたいへんお世話になった。尾方氏の決断と竹内氏の熱意ある編集がなければ、本書は世に出ることができなかったであろう。掲載写真については、楽戯舎、黎継徳氏、藤野真子氏のお世話になった。厚くお礼申しあげたい。本書の編集にミスがあるとすれば、それは編者である瀬戸宏の責任である。

 本書はもっと早く刊行される予定であったが、編者である瀬戸宏が二〇〇三年春に一時病気入院するなどの事情で発行が今日まで遅延してしまった。刊行を辛抱強く待たれた杉山智子氏、ご両親の杉山三郎、次子氏にお詫びするとともに、本書を謹んで捧げたい。

 そして、編者としては、この『中国の芝居の見方−杉山太郎中国演劇論集』が日本の中国演劇研究者、中国演劇ファンの間で広く読まれることを何よりも望んでいる。本書を通して、日本に中国現代演劇の知識が広まっていくことが杉山太郎の強く望んだことであろうし、仕事の半ばで突然そこから離れざるを得なかった杉山太郎の霊を何よりも慰めることになるからである。本書刊行に先だって、中国戯劇出版社より黎継徳氏の編集・翻訳により伊藤茂・中山文との共著として『霧里観花ー中国戯劇的可能性』も二〇〇三年九月に出版された。これらを通して、杉山太郎の仕事が中国演劇に関心ある人々の間で長く語られ続けることを願ってやまない。
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杉山太郎『中国の芝居の見方』あとがき
                                        
 
                               瀬戸宏
 
 
(原載・杉山太郎著・瀬戸宏編『中国の芝居の見方』 好文出版 2004)
 
*四方田犬彦『ハイスクール1968』(新潮社 2004)に登場する杉山太郎は、本書『中国の芝居の見方』著書杉山太郎と同一人物である。