私のパソコン経歴の話

長い話しなんだなこれが。昔の機種、専門用語続出ですね


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FM-7
Word-Bank LX
PC-286
Macintosh LC2
Macintosh LC630
今使っているのはマックのLC630という古めの機種で、最新の物に比べたらずいぶんと見劣りする
スペックなのですが、この話を書こうと思っていろいろ思い出して見ると、今のパソコンは信じ
難いほど高性能になっていますね〜。贅沢言っちゃいかんなぁ。

一番最初に買ってもらったパソコンは富士通のFM-7です。まだ高校生だったかな? FM-8の後継機種で、画面の1ドット毎に色が16色指定できるHi C/P機。タモリがCMしてたな。 当時のシステム構成は、本体とディスプレイ。これに持っていたカセットテープレコーダーをつないで データのロード/セーブをしていました。貧相やなー。これでもたぶん20万円はしたはずです。 その頃はフロッピーディスクなんて高価なものはとてもじゃないが買えなかった。 FM-7はCPUが6809で、RAMは64KBしかない! しかも、32KBはBASIC-ROMに食われて、まともに 使えるRAMは半減していた。その頃はパソコンにOSなどはなく、システムは全てROMによって動かされ ていてアプリケーションはBIOSに直接アクセスをするのであった。原始的だな〜。 ただ、RAMが32KBではいかにも少ない。アプリケーションによってはROMとアドレスが重なっているため に使用不能となっている裏RAMに勝手にROM-RAMのスワップをかけて直にアクセスするものもあった。 システムによるメモリ管理なんて何もなかったのですね。要するに、当時のパソコンはシステムが アプリケーションに乗っ取られる形で動いていたのでした。 所で、これを何に使っていたかというと、ベーシックでプログラムを作って遊ぶか、雑誌に載っている 付録のオブジェクトを打ち込んで遊んでいた。暫くすると、テープアスキーが出た。画期的だった。 市販のゲームはなかなか高価で手がでなかったのであまり買わなかった様に思う。 だが、ベーシックなんて底が知れたもので、やってる内に限界が見えてくる。遅い。面白くない。 欲求不満が募って来たところに、雑誌にアセンブラーが載っていたので、これを打ち込んで使うように なりました。これは面白かったですね〜。 6809マシン語の入門誌を買って、適当なプログラムを作って遊んだ。 さらに、僕が大学に入った頃に、兄貴が当時まだ高価だったフロッピーとOS-9を買ってしまった。 フロッピー(EPSON TF-10)には感激したが、OSにはもっと刺激があった様に思う。 パソコンOSとしては画期的なマルチタスク機能を有していたのですね〜。信じられんでしょ? 後でMS-DOSを使うようになって、なんてアホなOS(DOS)だろうかと嫌になりましたからね。 ただ、スペックは素晴しかったが、メモリが64KB(OSはBASIC-ROMは使わないのでRAMは64KB) しかない上に、CPUが遅く、OS-9に対応するソフトがないために、全く実用には向かなかった。 あと、買った周辺機器はブラザーのプリンターかな。こうして見ると、結構投資しましたね。 次へ 戻る
さて、話は変わるが、FM-7などには漢字ROMがない。つまり日本語がディスプレイには表示できない。 漢字ROMを持っているプリンターにコードで漢字を送るという正気の沙汰ではないようなことも行われ ていたし、半角カタカナで文章を書くというのもざらに行われていた。今となっては信じ難い。 ところが、たぶん大学2年ぐらいからパソコン通信が流行り出した。ネットワーカーマガジンというのも、 そのころ創刊された。『よく解らんが面白そう』と考えた僕は、EPSONのワープロWord-Bank LX と通信ボードとモデム(1200BPS)を買った。これも結構な値段で、熱転写プリンターと一体型で液晶画面 が40X10語位のもの。確かにデフォルトの変換は結構賢かったが、辞書に学習機能がなかった。(T_T) さて、目的のパソコン通信はPC-VANに接続をしてみたのだが、全然つまんなかったんだな、これが。 たまには楽しい情報も目にしたが、そこで会話されている内容が面白くない。パソコン関係のSIGは確かに 賑やかだが、その他の部分は参加者の層の薄さをはっきり示していて、まだまだだなと思い知らされた。 今にして思えば、当時パソ通をしている人々の趣味はパソコンであり、通信すること自体が目的になって いて当然。一般の人が参加して来なければパソコン以外で面白い話題が出て来る訳はないのだ。 インターネットブームがあったからここまでコンテンツが充実したんだと思う。よくここまで来たよね。 (僕が朝日ネットに入った理由も、この辺りにある。かつて文系のネットに憧れた後遺症ですね) 次へ 戻る
さて、そのうちパソコン通信している影響で、『折角だからパソコン買おう』となってしまい、 これまたEPSONの98互換機、PC-286(初代)を買ってしまった。安かったからね。 CPUは80286で10MHzだったような気がする。フロッピードライブ2基とマススロットルと言って フロッピードライブ本体と同じサイズのデバイスを入れる拡張スロットルが2基分開けてあった。 そこにパソコン通信の売り買いコーナーで手に入れた40MBのハードディスクと、なぜか勝手に 付いてきた(店の手違いか?)2MBのI/O-BANK方式(懐かしい)拡張メモリを入れて使いました。 そろえた周辺機器はプリンターとハンディースキャナーだったかな。マウスとジョイスティックも あったと思う。モデムはそのまま1200BPSを使い続けました。 一言で表現するならば、286はFM-7に比べると、使えたマシンでした。まずアプリケーションが多い。 DOSはタコになったがメモリが640KBもあるし、HDはあるし、日本語は使える。決定的だったのは、 中古で譲ってもらったHDに”初期化が面倒”という理屈でソフトをそのまま残して送ってもらえた事 があります。様々なユーティリティ、ゲーム、実用ソフトが20MB分以上入っていて、このHDが来てか ら286の能力が3倍位上がった気がしますね。どんなに良いシステムでもアプリがなければ何も出来な いと言うことをOS-9+FM-7との比較で思い知った訳です。 使用方法は、パソコン通信に使う、フリーソフトで遊ぶ、レポートを書く、ゲームをする、プログラム をする・・・ときわめて広範囲に渡った。プログラムは当時の流行りでpascalとCでしました。 この頃、パソ通が楽しくて、IBM/PC-ATマシン用のソフトをPC-98で動かすためのpeseudoという エミュレーションソフトがあって、これを使って当時まだ珍しかったアウトラインプロセッサーとか マウスが使えるエディターとかを使っていました。海外のソフトは進んでいる!!と思ったものです。 使いやすいとか、奇麗とかではなくて、なんか根本的な所が違ったですよね。 次へ 戻る
さて、会社に入ると初めの1年間は3人部屋に住まねばならず大変狭い。自分用の電話も部屋にはないし、 パソコンは家に眠っていてもらった。2年目となり寮が三田の個室になると、電話もあるし部屋も広い。 これはパソコンが使えるなと考えたのですが、会社ではほとんどマックを使っていましたので、今さら 286に戻るのも何だなということで、Macintosh LC2を買いました。 薄型のデザインでなかなか奇麗。画面サイズが12インチで3万色、13インチで256色対応であった。 ディスプレイケーブルの特定ピンをGNDに出来るようにスイッチを付けて、時々切り替えて使いました。 CPUはMC68020の20MHzだったかな?メモリーは標準で4Mだった。640KBの壁がないのは画期的。 ディスプレイはソニーのRGB2系統+ビデオ入力2系統という妙な入力体系を持つ奴を買いました。 当時は286とLC2の両刀使いを考えて買ったのですが、結婚した今はマックとビデオの掛け持ちです。 周辺機器は、そんなになくて、モデム(2400BPS)とMIDI音源だけかな。MIDI用の鍵盤も入るか。 プログラムをしなくなったためにプリンターは必要なくなってしまいました。 マックは全般的に遅い(LC-2は特に遅かった)のですが、使いやすさは感激物でした。 だれが使っても使いやすいように出来ている。DOSは逆で、どんどん自分専用のマシンにカスタマイズ されて行って使いやすくなった。バッチを多用することで面倒な手続きはなくせるが、凝りすぎると、 暫く使わないと、自分のシステムのなかで迷子になってしまうことだってあるくらい。情けなぁ〜 当然ながら、他人が構築した会社のDOSシステムなんて本当に使いづらかった。身動き取れない。 パソコンを使いやすくすることに喜びを感じる人には良いが、一般の人には、DOSは向かないと思った。 さて、マックの使い道ですが、仕事やゲームや通信やMIDIに大変活躍しました。ハイパーカードも 結構遊ばしてもらって、妙なスタックも作って楽しかった。ほんのちょっとしたコマンドを使うだけで 高度な操作を楽々とやってくれるのには驚きましたね。絵を出す、動かす、音を出すと言ったデータの 操作能力にたけた、作って遊ぶのではなくて、使って遊べるプログラムのようなものだった。 次へ 戻る
今使用中のパソコンは冒頭でも書きましたが、Macintosh LC630です。 CPUは68040の33MHzですから、今どきのパソコンとしては遅いです。使用している周辺機器は問題の ある288モデム、MIDI、バックアップ用の1GのHD、TV・ビデオボードかな。画像入力デバイス として使っているビデオカメラも一つの周辺機器と言えるかもしれない。 用途は通信、ホームページ作り、仕事、(まれに)ゲーム、MIDIと多忙です。ディスプレイはTV として朝から夜までフルに稼働しています。最近、疲れぎみなのか、時々縦長画面になる・・・ これくらいの機能のパソコンになると、一通りの事は出来る訳で、最近の人は恵まれてるよな。 現状で不自由してないし、資産が無駄になると嫌なので、新しい装置に替える予定は当分ありません。 結婚してからは、お金もそうは無闇に使えないからねぇ。 前々から思っていたことですが、パソコンというのは何がやれるかで価値が決まるのでしょうね。 どんなに速いマシンでも、アプリがなければ使い物にはならない。でも、本体だけではゲームか仕事 くらいしかできません。これは入力装置がキーボード/CD−ROMだけで、処理すべきデータがない からだと思う訳です。ところが通信をすると画像・音声データや文字データなどがどどっと入って来て 扱うデータ量が膨大になる。もう「丸を書け」と言ったら画面に丸を書くだけの箱ではない。 さらにキーボード/モデム以外の入出力装置を持っていると、やれることが増える。うまくできる様に なるとかではなくて、根本的に出来なかったことが出来るようになる。 やっぱ、周辺機器をたくさん持つのが、パソコンを生かす最良の方法だと思うな〜。と書きつつ、 カラリオが買いたいなと思う今日この頃である。 戻る
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