2.2日目午前(樹液採集のためのルッキング)

翌日は日曜日。時差調整のために、月曜からの着任前に一日余裕を持った日程としていたのだ。午前中は全くフリーに していたので、ブローニュの森をある程度の時間をかけて探索できる。昨日はパラレリを運良く材採集できたが、 今度は樹液採集を試みたいため、今日はできるだけ多くの木々をチェックして回ることとする。


[森の外縁付近]

ブローニュの森の外縁付近



ブローニュの森は広葉樹中心の樹林で、大木はナラ(と呼んでいいものか。葉を見るとカシワに似ているし、樹形や樹皮は どちらかというとクヌギに近い)やマロニエが多い。精力的に歩き回ってみるものの、樹液を出している木にはなかなか巡り会わない。 しかも、そうした木々の幹の上は、昆虫の気配に乏しい。踏み歩く土壌はどこも乾燥気味である。成虫採集の期待を高めることは 容易にできそうもないようだ。

しかし、歩き回っているうちに、ようやく樹液が樹皮から滲み出ているナラを見つけた。ハチが付いていたので、 間違いなく昆虫を誘う樹液であろう。よく見ると、大型の甲虫の鞘羽などの残骸が根元に落ちていた。おそらく、 ウスバカミキリ(の近縁種)のものではないだろうか。
(注)便宜上、この木をAポイントと呼ぶこととする。

   
[樹液に来ているハチ] [カミキリの鞘羽]
   
ナラの樹液にハチが来ている その根元にカミキリと思われる鞘羽と腹部が


しばらくして、再び木の根元付近に樹液が滲むナラが見つかった。そこにはコバエがいくつかたかっている。 ふと、その樹液の直ぐ下の根元に、艶消しの黒い小さめの鞘羽が落ちているのに気が付いた。これはパラレリのものだろう。 何かにやられたのか、それとも自然死か。自然死とすれば、もしかしたら活動のピークはもう過ぎたのだろうか。 見るものすべてが新鮮であり、試行錯誤の連続である。とにかく、パラレリがナラの樹液に来るらしいことが分かっただけでも 大いなる収穫だ。

   
[パラレリの羽] [樹液とパラレリの羽]
   
パラレリの鞘羽か この樹液の下でも見つかる


その後、歩き回るだけ回ってみるものの、一向に良い木に巡り会わない。どうやらマロニエは樹液を流しそうにないので、 ナラの木に絞ってチェックする。そのナラの木は、ブローニュの森にはそれこそ無数に生えているのだが、そのうち幹から樹液が 滲み出ているのは、百本に一本もないのではないか。池や小川の流れのそばの、少しでも湿潤そうな場所を重点的に見て回る。

日曜午前のブローニュの森は、犬の散歩、ジョギング、サイクリングなどの人たちで賑わっている。とは言っても、広い森の中で 他の人々と頻繁に行き交うほどではなく、勿体ないくらいの静けさだ。バード・ウォッチングの一行にも出会った。


[森の中]

森の中の風景



やがて、アスファルトの遊歩道の脇に、これまで見られないほどの樹液を滲み出しているナラに巡り会った。近づくと、 紛れもない樹液の発酵臭が漂ってくる。そこをしばらく観察していると、ヒカゲチョウ(キマダラヒカゲの近縁種と思われるが、 日本のものよりやや小型)や濃い朱色模様が鮮やかなタテハチョウ(アカタテハの近縁種か)が誘われてくる。 残念ながら、中型以上の甲虫の姿は見られない。樹皮捲れを入念にチェックするも、何も見つからない。しかし、 これまでの経験によれば、この樹液は当確だ。必ずやクワガタ類も惹き付けているに違いない。
(注)この木をBポイントと呼ぶこととする。


[樹液を流すナラの木]

根元近くで樹液を豊富に流すナラの木



[タテハチョウ]

樹液に来たタテハチョウ



それから、その木の周辺の木々を丹念に見て回るが、ナラは数の上では相変わらずいくつもありながら、樹液を出す木は とんと見当たらない。30分ほどして、再び先ほどの樹液の木に戻ってみる。樹液にはまたタテハチョウが飛来していた。 タテハチョウを今度はもっとしっかり撮影しようと木に近づくと、ふと、道路の上に黒い甲虫の影を見つけた。パラレリ♂だ!  しかし、何と……、何かに潰されていた後だった!!  今しがたのことだったのだろう、まだわずかに生きており、文字通り虫の息だった。30mmほどの大型の♂。何と勿体ないことか。 もう少しのところで採集できたというのに。それにしても、何故このような昼間(既に正午に近い時刻だった)に 道路の上を歩いていたのか。もしかしたら、樹上の高い所から何かの弾みで落ちてきたのかもしれない。 それならばと、その木を蹴ってみるが、大木のため自分ごときの蹴りではビクともせず、勿論何も落ちてはこなかった。


[潰れたパラレリ♂]

まだ息のある大型のパラレリ♂



半ばガッカリし、半ば意を強くしながら、昼食の時間が近づいていることでもあり、とりあえずその場から帰ることとした。 帰途、森の中を歩きながら、木々のチェックを続けて行く。どれくらい歩いただろう。もう足が棒になり、足先には 大きなマメができて歩くたびに鈍痛を感じていた。しかし、努力はしてみるもので、森のとある周縁部で、部分枯れしている ナラの老木に出会うことができた。その幹には、甲虫の脱出孔がいくつもあり、その近くにはわずかとはいえ樹液が 滲んでいるため、いかにもパラレリが潜んでいそうな有望な木であった。
(注)この木をCポイントと呼ぶこととする。


[ナラの老木]

部分枯れしているナラの老木(夕刻撮影)



[小さな洞]

パラレリが奥に潜んでいそうな甲虫の脱出孔





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