冒頭のシーンで、エジプトのスーフィ教音楽の継承者アル・トゥニと、まったく即興のセッションを繰り広げるのはトマティート。――今いちばん「乗っている」フラ メンコ・ギタリストのひとりだ。ラテン・ジャズのピアニスト、ミシェル・カミロと の共演で、日本でも幅広い層のファンをつかんでいる。 でも彼は、自分の音楽はアンダルシアの、ヒターノのフラメンコだと断言する。
1959年アンダルシア東部アルメリアに生まれた。「小さなトマト」という意味の芸名は、やはりギタリストだった祖父から受け継いだもの。
不世出の歌い手カマロンの伴奏者として世に認められ、カマロンの死後はソリスト として活躍している。深みのある太い音色、独創的なメロディを次々と繰り出す即興性が、聴くものをひきこむ。
なお彼とこの映画で共演しているベルナルド・パリージャ(ヘレス出身)は、フラメンコ・ヴァイオリンの第一人者だ。

 
       
 
       
  1934年、ヘレスの生まれ。しかし今でも声量は衰えず、闘牛場の端で(マイクなしで)歌って、反対側の観客席の最上段でも聞こえる。男性も含めて、今日のフラメン コでいちばん声の通る歌い手だ。
声の大きさばかりではない。かつてはフラメンコ調の歌謡曲を歌っても人気が高かったくらい、歌がうまい。それが「フラメンコのメッカ」とまで呼ばれるヘレスの街で、一族全員がアーティストというような環境で育ってきたのだから、すべての面で圧倒的な表現力をもっている。パケーラは今日のフラメンコのいちばん重要な宝物 のひとつだ。
この映画では、長年彼女と共演しているパリージャ・デ・ヘレスのギターとともに、見事にリズムに乗ったブレリーア(ヘレスで生まれた速いリズム)と、悲嘆を叫ぶシギリージャ(フラメンコのもっとも深く神秘的な形式)で聴くものを圧倒する。
 
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  酒場のシーンで、日本の曲を歌って、なんともアヤシい空気をかもし出しているのがマリア・ラ・コネーハだ。日本のメロディでもフラメンコになってしまうところが、この人のすごいところ。「ウサギのマリア」と言う意味の芸名をもった彼女は、長年タブラオ(フラメンコのショーを見せるレストラン)で歌って踊って、お祭り気分を盛り上げてきた。この映画で歌う曲も、30年も前に日本のタブラオに出演したころ覚えたものだ。
夫は名高いギタリスト、息子や娘もフラメンコ・アーティストとして活躍している。
なお、アントニオ・カナーレスは彼女の持ち味が大好きで、舞踊団で重要な脇役として使っている。「ベルナルダ」での頭のおかしい老女役は絶品だった。

 
       
 
       


  パーティのシーンで延々と歌って大きな渦巻きをつくっているのがラ・カイータ。彼女はアンダルシアではなく、隣のエストレマドゥーラ地方、バダホスの出身だ。ここもヒターノが多く住み、独自のフラメンコ伝統を誇っている土地である。
彼女の顔を見ると、ヒターノがインドから来たというのは本当だなと納得させられる(?)。トニー・ガトリフ監督は彼女の生粋のヒターナ性格と感性を愛して、他の映画にも起用した。
カイータの歌は、時にはアメリカ黒人のソウル・ミュージックにも聞こえる。フラメンコの新しい流れの中にいながら、古い根の叫びをもちつづける彼女は、ほんとうに貴重な存在だ。決してスターではないが、一度聴いたら決して忘れられないアーティストだ。