『モンド』『ガッジョ・ディーロ』と常に自らのルーツであるロマ(ジプシー)をテーマに映画を撮り続けてきたトニー・ガトリフ監督の最新作『ベンゴ』は、「フラメンコの揺籃」と称されるアンダルシア地方を舞台にした情熱のフラメンコ映画である。

移動、迫害、いく世代にもわたる旅を経てアンダルシアに辿りついたロマ民族のたくましさ、民族の誇りと血の絆がヨ−ロッパ大陸の片隅アンダルシアの地で、壮大な自然のエネルギーと長い歴史の中で結びつき生まれた生きざまの音楽、フラメンコ。アントニオ・カナーレス、トマティートほか現代フラメンコの頂点に立つ多くの天才的ダンサー、ミュージシャンたちと共に本物のフラメンコを見事に映像化し、ガトリフ監督は自らの血に流れるロマの魂をあぶり出し、誇り高き民族の物語を作り上げた。2000年ヴェネチア国際映画祭のクロージングを賑やかに飾った熱いフラメンコ魂が、世界中を揺るがせる。

物語はアンダルシアの男カコが年頃の一人娘ペパを亡くした悲しみを紛らわすために 開く盛大なフラメンコパーティから始まる。カコのそばには、彼を慕いフラメンコを心から愛する甥ディエゴがいた。不自由な体いっぱいで喜びを表すディエゴの命はカ ラバカ家によって狙われていた。カコの兄マリオがカラバカ家の一人を殺し、行方不明になっていたからだ。カラバカ家の仇討ちが遂行されるまで、ディエゴを追い続け る死の影。家族、祝祭、音楽、嫉妬、後悔、哀しみに溢れる一族の歴史の中でカコは否応なしに仇討ちの闘争へと巻きこまれていく。
カコの苦悩、ディエゴの希望…胸を打つエピソードが、情熱のフラメンコと共鳴し、血の復讐の物語はカコの死をもって、誇り高きロマの魂の物語へと昇華されていく。

題名である『ベンゴ』は、“VENGAR =復讐する”と“VENIR=何かがやって来る”を意味するスペイン語である。


 
       
  生きざまの音楽であるフラメンコを映像化するには、人が実際に生きた経験を具現化すべきだと考えていたガトリフ監督は、アンダルシアの大切な友人たちを役者として使い、彼らと彼らの家族のための映画を作ったという。そして、主人公カコ役には現代フラメンコダンサーのカリスマ、アントニオ・カナーレスを選び、カコが息子のよう に可愛がる甥ディエゴ役は、監督の友人であるオレステス・ビリャサン・ロドリゲスに託した。ガトリフ監督は「カコはアンダルシアの男だ。威厳があり、誇り高く、感情は激しい。どれをとっても実にフラメンコ的な男なのだ。」と語り又ディエゴについては、「ディエゴは運動神経に障害をもつ。しかし、彼は生きる喜び、音楽のリズム、バイブレーションを何ひとつ逃さず感じている。彼もまたフラメンコ魂の象徴的存在であり、実際に運動神経障害者でありフラメンコを誰よりも愛しているオレステス以上の適役は考えられない。」と語る。


 
       


  ガトリフ監督のフラメンコに対する熱い情熱と信頼のもとに集まった「ベンゴ」の最高のミュージシャンたち、フラメンコのルーツがここに終結した。崇高さ漂うサン・フランシスコ旧修道院の中を響き渡らせる、フラメンコギターの名手、トマティートの力強いギター。そして、エジプトのスーフィ教音楽の最後の伝承者である、心も体も捧げるかのごとく歌うアマッド・アル・トゥミの歌声。グアディアーナ川の上を静かに漂い、アンダルシアの真っ青な空に震えながら立ち上る歌声、偉大なるフラメンコシンガー、ラ・パケーラ・デ・ヘレス。アンダルシアの「ふつうの人々」の地をも揺るがす情熱のダンスとともに、スクリーンにあますことなく映し出せれたフラメンコの生粋がここにある。急激な変化を体験する現代人にとって、「ベンゴ」が伝える本物のフラメンコの情熱と炎は私たちの心を揺すぶり続け、何かを語りかけてくるに違いない。