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アントニオ・カナーレスは、現代の「もっとも模倣されたフラメンコ・ダンサー」だと言われる。ほんとに一時期は(今もつづいているが)、ほとんどすべての男性ダンサーが、姿勢や体の使いかたはもちろん、ジャケットをぬいで肩にかける仕草から、観客に右手を突きつける決まりのポーズのような細部まで、カナーレスを真似て踊っていた。 それほどカナーレスの個性は圧倒的だし、創りだしたスタイルは魅力的だったのだ。そして、みんながカナーレスの踊りを自分のものにしたころ、彼はもっと先に進んでいた。現代フラメンコの頂点に立って、なお全身をつづけるアーティストなのだ。 カナーレスが生まれたのは1961年、アンダルシアの州都セビージャ(セビリア)だ。祖父はこの街のヒターノ(スペインのロマ/ジプシー)地区トリアーナで、ヒターノの特技のひとつである鍛冶屋をしていて、歌い手だった。母は踊り手。――ふたりともプロではなかったが、フラメンコはそういう人たちが守り育ててきたアルテ(アート、芸術)なのだ。 フラメンコはべつに習わなくても踊っていたカナーレスは、17才のころ首都マドリードに出て、本格的にさまざまなジャンルの舞踊を学んだ。スペイン国立バレエ団を経て、80年代前半に、パリを本拠とする女性現代舞踊家マギー・マランのカンパニーで、振付師・主役として活動。そこから国際的な評価を得て、バレエや現代舞踊の世界のトップ・ダンサーたちと各地で競演してきた。 92年にスペインで自身の舞踊団を結成し、93年の作品「トレロ(闘牛士)」は現在までに世界各地で400回以上公演という現代の名作だ。 カナーレスは単なる天才フラメンコ・ダンサーというだけではない。音楽家たちとの緊密なコラボレーションで、総合的な舞台づくりをしてきた。「トレロ」では闘牛士(そして牛!)の心理の内面を踊りで演じた。「ベルナルダ」では、自分の娘を殺さなければいけない母親という至難の役を演じた。(「あのときは、悪い人間である自分がつらくて、舞台で泣いてしまうことがあった」と彼は語る) この映画ではカナーレスは踊らない。でも、すべての面で偉大な表現者であるカナーレスは、踊らなくても自分を伝える。アントニオ・カナーレスという人間がそこに生きている……それだけでいいのだ。 |
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印象的な涙を流す、控えめながら、存在感をもつカコのいとこ・トレスを演じた。彼は小さな劇団の役者であり、フラメンコに魅せられた男である。優しさと情熱をたた
え
た瞳で彼は語る。「撮影中だけでなく、カメラがまわっていない時も、自分自身がとても濃く、自然なものだった。無理矢理演じたものは一切無かったし、つくりものも
なかった。
監督には、みんな全信頼を寄せていたよ。彼は俺たちの言葉を話すからね。だから撮影がはじまって、すぐに感じたんだ。これは本物の映画になると。」 |
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感情を剥き出しにして、カコ一族に敵対意識をもつ、カラバカ一家 フェルナンド・カラバカを演じた。彼は、セヴィリアで人気のある広場ラ・アラメダに立つノミの市
で古道具屋を開いたり、農業労働者として働いている。昔の版画によくあるジプシーの典型的な風貌をかわれ、出演した。すぐさまこの役になりきり、映画が完成した後
も、こう語っている。「この物語はもう、俺の中に生きている。それが事実さ。」 |
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甥っ子のディエゴによくしっている娼婦を贈りたいと願うカコの優しい想いがこもっているシーンで娼婦カタラナを演じたマリアの本職は舞台女優。彼女は、ディエゴ演じるオステスが俳優ではなく、本当の身体障害者であるという事実を
本番直前に知らされ、パニック状態に陥ったという。「狂気じみた瞬間だったわ。私
は自分が本当に娼婦のような気持ちになった。もちろん優しくて、母性的な娼婦よ。そして彼のことを魅力的に感じたの、本当に魅力的にね。」 |
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カコ:アントニオ・カナーレス ディエゴ:オレステス・ビリャサン・ロドリゲス いとこのアレハンドロ:アントニオ・ペレス・デチェント いとこのアントニオ:ボボーテ いとこのトレス:フアン・ルイス・コリエンテス フェルナンド・カラバカ:フェルナンド・ゲレロ・レボリョ フランシスコ・カラバカ:フランシスコ・チャベロ・リオス
アンセルモ:マヌエル・ベガ・サラサル ラ・カタラナ:マリア・ファラコ アルマ:ナスターシャ・マイギーン ラ・コネハ:マリア・アルテア・マヤ&トマティート、シャイフ・アマド・アル・ トゥニ、 ラ・カイータ、 グリトス・デ・ゲラ、レメディオス・シルバ・ピサ、ラ・パ ケーラ・デ・ヘレス |
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