The Man Who Never Was ★☆☆

1956 UK
監督:ロナルド・ニーム
出演:クリフトン・ウエッブ、グロリア・グレアム、スティーブン・ボイド、ロバート・フレミング

左:グロリア・グレアム、中:ジョゼフィン・グリフィン、右:スティーブン・ボイド

第二次世界大戦中、シシリー上陸作戦を成功させる為に、次の侵攻目標はギリシャであるように見せかける誤情報を意図的にナチスに掴ませる極秘作戦が、英国情報部の手によって展開される様子が描かれています。その方法というのが、誤情報が書かれた密書を懐に忍ばせた死体を中立国スペインの沿岸で流し、それをナチスの手に渡るように仕向けるというもので、史実か否かはよく分かりませんが、考えてみれば相当無理がある作戦に見えます。そもそも、いい加減なスペインの検死官であれば死体の細かいチェックはしないであろうという理由からスペインが選択されるのは、アングロサクソンたるイギリス人がラテン民族たるスペイン人に抱く偏見ではないかと疑いたくなります。いずれにせよ、連合軍側のスパイは死体なので、たとえば密使を帯びたスパイが敵国内でスリリングな活動を展開するなどという通常のスパイ映画とは趣きが異なります。むしろその逆で、密書を掴まされたナチスの方が、密書に書かれている内容の真偽を確かめる為に、イギリス本土にスパイ(スティーブン・ボイド)を送り込んでくるのです。その為に、英国情報部は送り込まれたスパイを欺くため、常に一歩先を読まなければならなくなります。この作品が面白くなるのは、ナチスのスパイが情報を求めてイギリス国内を徘徊する後半の部分であり、通常のスパイ映画の逆の展開が実にスリリングです。殊に、スティーブン・ボイド演ずるナチスのスパイが、密書を持った死体の所持品に含まれていたラブレター(英国情報部は死体を本当らしく見せる為にわざわざ密書とは関係のない日用品をいくつか携帯させていた)の差出し住所を捜しあて、にせラブレターを執筆した当の娘(グロリア・グレアム)と対面して、密書を持った特使が実在の人物であったかどうか確認しようとするシーン(上掲画像参照)はスリル満点です。かくして、捻りの効いたプロット展開がオーディエンスの興味を誘う作品ですが、前半部がスローであるのに加え、スパイ映画というテーマの割に主演のクリフトン・ウエッブを含め地味さが目立ち、見る人によっては、それがマイナス要因になるかもしれません。また、名誉という騎士道的な概念が見え隠れしているのは、いかにもイギリス映画らしいところです。たとえば、ラストシーンでは、作戦の企画者(クリフトン・ウエッブ)が、作戦成功によって自分が受賞したメダルを、くだんの死体が埋められた墓に捧げます。特に名誉がテーマとして扱われている作品ではないにも関わらず、そのようなシーンが挿入されているのは、いかにもイギリス的に律義であるような印象を受けます。アメリカ映画ならば、わざとらしく見えるそのようなシーンは省略されるのが普通でしょう。これに関しては、いやいやアメリカ映画にもたとえば最近では「ダイバー」(2000)のような名誉をテーマとした作品がいくらでもあるではないかと思われるかもしれませんが、アメリカ映画ではそれがテーマとしてわざわざ強調されるところが決定的にイギリス映画と異なります。この作品を監督しているのは、70年代には「ポセイドン・アドベンチャー」(1972)や「メテオ」(1979)のようなハリウッドのド派手なパニック映画を手掛けるロナルド・ニームですが、彼はイギリス出身であり、50年代にはまだこの作品のようにむしろ地味さが目立つ作品を監督していました。


2002/03/02 by 雷小僧
(2008/10/22 revised by Hiroshi Iruma)
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