The Mouse on the Moon ★★★

1963 UK
監督:リチャード・レスター
出演:ロン・ムーディ、マーガレット・ルザフォード、バーナード・クリビンス、テリー・トーマス

左:ロン・ムーディ、右:マーガレット・ルザフォード

ムーン・パイロット」(1962)と「決死圏SOS宇宙船」(1969)のレビューの中で、米ソ二大国による宇宙開発競争に関して述べましたが、それに関連した面白いイギリス映画がありました。その作品とは、ここに取り上げる「The Mouse on the Moon」です。勿論、イギリスは、宇宙開発という分野ではほとんど実績を残していないのは確かであるとしても、宇宙開発競争とはパワーポリティクスを科学という分野で実行するいわば代理戦争のようなものであった点を考えると、産業革命以後世界をリードしたイギリスにとって、自国がこのワールドヘゲモニーをめぐる争いの蚊帳の外に置かれている事実は、あまり喜ばしい状況でなかったことに間違いはないはずです。従って、「The Mouse on the Moon」のような米ソの宇宙開発競争を皮肉ったかのような作品がイギリスで製作されるのは、むべなるかなと思われます。「The Mouse on the Moon」は、ピーター・セラーズ主演の「ピーター・セラーズのマ・ウ・ス」(1959)の続編ということのようですが、正直言えば後者についてはほとんど見た記憶が残っていないのに比べると、前者は、皮肉たっぷりでパンチの効いた実に面白い作品であると評価できます。グランド・フェンウィックという世界一小さな(架空の)国の大臣(ロン・ムーディ)が、自国の財政難を解決する為に、宇宙開発競争におけるアメリカとソビエト両大国のパワーポリティクスの間隙を巧みに利用して、有人ロケット開発を名目としてアメリカから口八丁手八丁で大金(と言ってもグランド・フェンウィックにとっての大金であり、アメリカからするとはした金なのです)をせしめるところからストーリーは始まります。勿論、アメリカも馬鹿ではないのでグランド・フェンウィックなどというちっぽけな国がロケットはおろか花火すら作れないことぐらい先刻承知しているわけですが、国際協調に務めているというフリをする為に、アメリカはフェンウィック大臣が要求する額を倍にして援助します。ソビエトはソビエトで、アメリカ同様、国際協調に気を配っているかに見せかけるために、何と!使い古しのロケットをグランド・フェンウィックにプレゼントします。しかしながら、実はグランド・フェンウィックには天才科学者がいて、自国特産のワインから抽出した燃料を使って本当に有人ロケットを打上げてしまいます。驚いたのはアメリカとソビエトの首脳陣の方であり、グランド・フェンウィックなどという国に月着陸一番乗りをされた日には自国の恥じであるとばかりに、両国とも、安全性が確認すらされていないロケットを大急ぎで打上げます。かくして、月面でグランド・フェンウィックの天才科学者と米ソ両国のパイロットがご対面という次第になりますが、くだんの天才科学者が地球に一番早く帰還した者が歴史に名を刻むであろうとほのめかすと、米ソ両国のパイロットは我先に地球に戻ろうとします。ところが、彼らの乗るロケットは、悲しいことに安全性が確認されていなかったため、地球に向けて飛び立とうとした途端、飛び立つのではなく仲良く月面にもぐりこんでしまいます(この漫画的なシーンが可笑しい)。かくして地球では、3国のパイロット達は皆死んだと思い込んで盛大な式典を催しますが、そこへグランド・フェンウィックのロケットが、米ソ両国のパイロットを連れて無事に戻ってきます。ところが、パイロット達が地面に一歩足を踏み下ろした途端、誰が月に一番乗りしたかを巡って各国首脳陣が喧嘩を始めます。傍らでは、グランド・フェンウィックの公爵婦人(マーガレット・ルザフォード)が記念碑の除幕を行っていますが、皮肉にもこの記念碑は、死んだと思われていた3国のパイロット達を型どった記念碑であり、要するに3国間の協調をシンボライズした記念碑なのです。要するに、うわべは国際協力をしているように見せかけながら、裏では世界支配を巡るパワーポリティクスが行われている様子が実に面白可笑しく描かれており、それがイギリス的にひねくれたユーモアを込めて語られているのです。最も可笑しいのは、グランド・フェンウィックなどというちっぽけな国がロケットなど作れはしないと皆が知っている上、皆が知っている事実そのものを皆が知っているにも関わらず皆が援助しようとすることであり、それはなぜかというと援助してもロケットなど完成するはずはないことを皆が知っているからなのです。すなわち、他国に出し抜かれることは自国の不名誉であると内心考えているにも関わらず、国際協調に努めているように見せかけることに腐心する米ソ両国にとって、いくら援助をしても絶対にその目的を果たすことなどできはしないだろうと考えられているグランド・フェンウィックは、手頃な隠れ蓑として都合よく利用するのに格好の国なのです。傑作なのは、イギリスが間抜けなスパイ(テリー・トーマス)を送り込んで資金がどのように使用されているかを確認しようとしますが、それは何の為かというと、資金がきちんとロケット開発に使われているかを確認する為ではなく、資金がきちんとロケット開発に使われていないことを確認する為なのです。というわけで、皮肉たっぷりの実に楽しい作品であると言えるでしょう。


2003/07/12 by 雷小僧
(2009/03/01 revised by Hiroshi Iruma)
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