ムーン・パイロット ★★☆
(Moon Pilot)

1962 US
監督:ジェームズ・ニールソン
出演:トム・トライオン、ダニー・サバル、ブライアン・キース、エドモンド・オブライエン

左:ダニー・サバル、右:トム・トライオン

ディズニー産であり、お子様向けの映画であることに間違いはありませんが、実はひょっとするとこの作品、シニカルな批判映画でもあるのではないかと密かに考えています。では、何をシニカルに批判しているかというと、レーザービーム砲なき宇宙戦争にも喩えるべき60年代当時の米ソ二大国による宇宙開発競争をです。「決死圏SOS宇宙船」(1969)のレビューでも述べたように、60年代当時の宇宙開発競争とは単に純粋科学の分野においてどちらがより優秀な国であるかを実証する競争であったのみではなく、それを隠れ蓑としたパワーポリティクスの行使とも大いに関係していました。純粋科学などという領域が本当に存在し得るかについてはここではとりあえず棚上げするものとして、一般には純粋科学がニュートラルであると考えられているだけに、そのようなニュートラルな領域で最大の成果を生み出した方が、社会体制或いはイデオロギーとしても優れているという考え方が存在し、それがパワーポリティクスの手段として利用されていたのです。この仮定自体が極めて怪しいにも関わらず、宇宙開発という科学の最先端部分で相手を出抜くことが、第三世界の国々を資本主義に、或いは社会主義に染め上げること以上に重要であると考えられていたからこそ、60年代には莫大な予算を必要とする激しい宇宙開発競争が行われていたのです。その証拠に米ソ二大国によるパワーバランスが崩れ始める70年代後半以降は、経済的にガタガタになるソビエトにおいてばかりではなく、おゼゼにはソビエト程困っていそうには見えないアメリカにおいても、華々しさはあっても象徴的な意味合いしか持たない月に人間を送り込むなどという行為よりも、他の惑星への無人探査船派遣計画やスカイラブ計画などの現実的利益が見込める地球周辺をターゲットとした宇宙計画へと関心の中心は移っていったのです。「ムーン・パイロット」は、まさにそのような宇宙開発競争が、これからヒートアップしていく時代に製作された作品です。ストーリーは以下のように始まります。主人公タルボット(トム・トライオン)は、いやいやながら人類初の月旅行パイロットに指名されます。そこでタルボットは、「誓いの休暇」(1959)よろしく母親の元に、これが最後になるかもしれない訪問をしようとしますが、月に行く情報が漏れることを恐れた宇宙センターの所長(ブライアン・キース)に誰とも話をするなと釘をさされます。しかし、実家への帰途、飛行機に乗ったタルボットの隣の席に座った宇宙人(ダニー・サバル)がしきりに彼に話かけるので、彼女がまさか宇宙人だとは知らない彼は、彼女をスパイであると考えて、宇宙センター所長に連絡したところ、所長はボディガード(エドモンド・オブライエン)を派遣します。その後の展開はお楽しみということで詳しくは述べませんが、この作品はコメディであり、かなりハチャメチャな展開になります。要するに、地球よりも遥かに文明が発達した惑星からやって来たこの女性宇宙人は、タルボットが乗る予定の宇宙船には欠陥があることを指摘しにきた、すなわち情報を与えにきたに過ぎませんが、周囲は皆彼女が情報を盗みにきた敵のエージェントに違いないと考え、情報が漏れてはいけないということで必死になって神出鬼没の宇宙人からタルボットを守ろうとします。このような展開からも容易に推察されるように、地球人にとって、宇宙開発はパワーポリティクスであり、情報を盗まれることが致命的だと考えられているからこそ、皆で必死になってタルボットを謎の女性から隔離しようとするのです。それに対して、女性宇宙人の方では、宇宙飛行がパワーポリティクスになり得るとは夢にも考えていないのです。ブライアン・キースとエドモンド・オブライエンがいつもの頑固さでパワーポリティクスを嬉々として実行する地球人を演じていますが、これがなかなか傑作で、二人の騒々しいシーンを見ていると宇宙開発を隠れ蓑とした米ソ二大国のパワーポリティクスのカリカチュアを見ているような気さえします。というわけで、見方によっては、当時の社会批判(政治批判)も感じられる作品であるとはいえ、勿論子供が見ても面白い作品であることに相違はありません。また、ブライアン・キースとエドモンド・オブライエンの似た者同士のがなり合いは、映画ファンにはこたえられないでしょう。ダニー・サバルはフランスの女優さんで、映画音楽作曲家モーリス・ジャールの元奥さんです。英語圏映画への出演は、恐らくこの作品と「ボーイング・ボーイング」(1965)のみではないかと思われますが、彼女のフランス語訛り以上に滑稽な英語のしゃべり方はもっと見たい(聞きたい)気がします。


2002/10/12 by 雷小僧
(2008/10/20 revised by Hiroshi Iruma)
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