The Lavender Hill Mob ★★☆

1953 UK
監督:チャールズ・クライトン
出演:アレック・ギネス、スタンリー・ホロウエイ、シドニー・ジェームス、ジョン・グレグソン

左:スタンリー・ホロウエイ、右:アレック・ギネス

Kind Hearts and Coronets」(1949)のレビューで言及したイーリングコメディの代表作の1つとして、チャールズ・クライトンが監督した「The Lanvender Hill Mob」が挙げられる(イーリングコメディについては「Kind Hearts and Coronets」のレビューを参照のこと)。チャールズ・クライトンというとおやどこかで聞いたことがあるぞと思う人も多いかもしれない。というのも、勿論彼はベストセラー作家で映画監督でもあるマイケル・クライトンとは何の姻戚関係もないはずだが、ケビン・クラインが目茶苦茶なキャラクターを演じてオスカー(助演男優賞)をかっさらった1980年代の人気作「ワンダとダイヤと優しい奴ら」(1988)の監督として突如復活するからである。「ワンダとダイヤと優しい奴ら」にも見られる独特なブラックジョークの原点を「The Lavender Hill Mob」に見ることが出来るが、この作品はあちらの評価は相当高いにも関わらず日本では全く知られていないのが残念なところである。そもそもこの映画はT・E・B・クラークによる脚本がオスカーを受賞しているが、典型的にイギリス的なこの作品がイギリスアカデミー賞などではなく本家アメリカのアカデミー賞を受賞すること自体異例であったと言えよう。またぞろアレック・ギネス主演の泥棒ものだが、彼が扮する金貨製造局で働くしがない公務員が、金塊を溶かしそれをエッフェル塔の模型に鋳直しておみやげ品として国外に持ち出し悠々自適の暮らしをしようと目論むが、悪いことは出来ないものでいざ実行に移そうとすると次から次へとトラブルが発生し、その挙げ句最後は結局お縄を頂戴するというストーリーが展開される。世に泥棒ものの映画は数多くあれども、金塊を溶かしエッフェル塔を型取ったおみやげ品に加工して国外持ち出しを図ろうなどというチャーミングなアイデアにはなかなかお目にかかれるものではない。しかも持ち出すまでは良かったけれども、間違ってそれが実際に売られてしまい、主人公とその相棒(スタンリー・ホロウェイ)が、売られた純金のエッフェル塔モデルを取り戻す為に右往左往する様子には笑える。言ってみれば小市民が一生に一度大それたことを実行に移してはみたけれども、あまりにもそれが自分の器量に合わないので状況の方が自分の手からするりとこぼれてしまったというような内容であるが、だからと言ってこの映画は、「結局そのようなことになるのだから小市民は小市民らしくおとなしくしていなさい」などというような道徳的な訓戒を垂れようとしているのでもない。ある批評家が「この映画は無情(heartless)である。そしてその無情さがこの映画の優雅さ(elegance)の秘密である。」というコメントをしているが、イーリングコメディの1つの特徴は、いわばモラル的な判断を停止させてその中で1つの美学を見出そうとするところにあり、従ってこの映画でも犯罪が扱われながらも、モラル的見地からそれに対して訓戒を垂れようとする意図はあまりない。その意味で言えば、1970年代以前の泥棒映画の中では泥棒は絶対に成功しないというニュートンの重力の法則にも匹敵するような堅牢な法則が、ひょっとするとこのイーリングコメディの一作によって見事に打ち破られるのではないかと最初に見た時密かに期待したが、やはりイーリングスタジオの作品を持ってしてもこの法則を打ち破ることは出来なかったようである。付け加えておくと、この作品中一度は盗むことに成功した金塊が主人公達の指の間から最後にはするりとこぼれ落ちていくが、同様にイーリングスタジオの手から大きな金の鉱脈がするりとこぼれていったとも言われている。というのは、オードリー・ヘップバーンが冒頭のシーンに一瞬顔を見せているからである。オードリー・ヘップバーンという女優は、実際にどうであったかは別として、苦労して苦労してスターになったという印象を与えるタイプの俳優ではなく、スター性を持って生れたようなタイプに属し、最初から彼女のエッセンスはこの無名時代の映画のほんの一瞬の演技の中でも全て具現化されているように見える。従って、余計にイーリングスタジオは金の卵をみすみす取り逃してしまったと言われるわけである。しかし、よくよく考えてみれば、オードリー・ヘップバーンがアレック・ギネスのようにイーリングコメディの常連になるのは、吉永小百合が吉本コメディの常連になるようなものであり、そもそも有り得ない話かもしれない。

※当レビューは、「ITエンジニアの目で見た映画文化史」として一旦書籍化された内容により再更新した為、他の多くのレビューとは異なり「だ、である」調で書かれています。


2004/05/23 by 雷小僧
(2008/12/30 revised by Hiroshi Iruma)
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