悪魔のワルツ ★★☆
(The Mephisto Waltz)

1971 US
監督:ポール・ウエンドコス
出演:ジャクリーン・ビセット、アラン・アルダ、クルト・ユルゲンス、バーバラ・パーキンス

左:ジャクリーン・ビセット、右:アラン・アルダ

昨日、本屋でパラパラとDVD新譜情報雑誌をめくっていると、今月中頃に「悪魔のワルツ」が国内でもDVDで発売されるように書かれていたので、今回はこの作品を取り上げてみました。前からそこそこカルト的な人気がある作品であるとは認識していましたが、実を云えば個人的には長いこと見る機会に恵まれず、昨年20世紀フォックスの「Midnight Movies Double Feature」シリーズでDVDバージョンが発売された折に初めて見たところです。ということでまだ2回しか見ておらず、レビューを書くのはもう何回か見てからにしようと思っていましたが、今月国内でも発売されるということであり、丁度良い機会なのでスニークプレビューを兼ねて取り上げることにしました。20世紀フォックスの「Midnight Movies Double Feature」シリーズは、カルトホラー作品2作を抱き合わせにしてパッケージ化されており、また10ドルそこそこと値段が安く大変お徳ですが、扱われている作品としてはハマー、アミカス、ロジャー・コーマンというような60年代70年代のカルトホラー作品がほとんどであり、一言で云えばかなりチープな作品が数多く取り上げられています。ここで云うチープとは、必ずしも作品の出来自体のことを指しているわけではなく、低予算且つ短期間で製作されたということを意味しており、これらのプロダクションによる作品は、時間というフィルターを通すことなくコンテンポラリーな作品として見ざるを得なかった製作当時よりも、むしろ製作されてからの時間が経てば経つ程カルト的なステータスを帯びるようになるタイプの作品であると見なせます。ただカルトホラー作品と云っても、60年代と70年代では印象がやや違っているところがあります。60年代は、むしろ職人的なプロセスで次々に同工異曲の作品が量産されていました。ある作品のDVD音声解説でロジャー・コーマン自身が当時を振り返って述べていましたが、兎に角2週間程度で作品を一本完成させるノルマが課せられ撮影スケジュールがぎっしりつまっており、要するに自転車操業的なところがかなりあったようです。従って、たとえばハマー、アミカスといったイギリス産であればクリストファー・リー、ピーター・カッシングなど、或いはロジャー・コーマン等のアメリカ産であればビンセント・プライスなどの馴染みの常連俳優がどの作品にも顔を出し、要するに撮影以外の余分な労力がかからないように極めて効率的な製作が行なわれていました。しかしながら生産の効率性が上がるのはプラスであったとしても、個々の作品の特徴がどうしてもならされ平均化されてしまうというマイナス効果もあり、たとえば「あれ!またビンセント・プライスか。あのおっさんの顔は見飽きたし、あのスケベ親父声は聞き飽きたぞ。」などという印象をオーディエンスに与えてしまう結果にもなり兼ねません。これに対して70年代のカルトホラーは、ハマー、アミカスのような特定のプロダクションの同工異曲の作品であるというよりは(勿論そういう作品もありますが)、そのような専門のプロダクションが衰退し独立して製作された作品であるが故に個別化が図られている印象があり結構ユニークな作品が多く、主演俳優もその都度起用される傾向があります。勿論だから60年代のカルトホラー作品よりも70年代のそれの方が優れていると言いたいわけではなく、どちらにもそれなりの長所と短所があることには間違いがありません。「悪魔のワルツ」はまさにそのような70年代のユニークなカルトホラー作品であるという第一印象があります。まず主演俳優の顔ぶれが独特で、上記挙げた4人の主演俳優すなわちジャクリーン・ビセット、アラン・アルダ、クルト・ユルゲンス、バーバラ・パーキンス及びそれに加えてブラッドフォード・ディルマンは、いずれもほとんどホラーには縁のない俳優さん達ばかりであり、アラン・アルダに至っては今日ではむしろコメディアンとして知られています(ジャック・レモン同様、時に必要以上に緊張していて結構神経質ぽいイメージがあるのは確かですが)。主演のジャクリーン・ビセットは当時はまだメジャーブレークしていなかった頃ではあれども(というよりもこの頃の女優さんは、たとえばキャンディス・バーゲンがそうであるように、それによって決定的にメジャーブレークしたという特定の作品が特にあるわけではなく、徐々にポピュラリティを挙げていったようなところがありますが)、イギリス出身の彼女のエレガントさがこの作品の1つのウリであり、そのようなエレガントさは60年代のカルトホラーにはほとんど見出せない要素でした。まあ、それに対してクリストファー・リー、ピーター・カッシング、ビンセント・プライスなどといった60年代を代表するカルトホラーのトップスター達は、むさいむさいおじさん達だったのですね。それから、この「悪魔のワルツ」は悪魔学的色彩が色濃い作品であるとはいえ、同様に悪魔憑きを扱った70年代のホラー作品でも「エクソシスト」(1973)などのようにストーリーをエコノマイズしてビジュアル面をいたずらに強調することがなく、純粋に語りの面白さで勝負しているところが特徴的であり、一種小粋なストーリーとしても評価できます。ほとんど40年近く前の映画であるとはいえ今月DVDの発売が予定されているので内容を詳しく述べることは避けますが、ラストシーンについても「驚愕のラスト症候群」に病んだ昨今のハリウッド映画のようなゴリオシの無理な展開ではなく、全体的な整合性を保ったまま意外性のあるなかなか面白いプロットが展開されており、よく出来た短編小説のラストのような小粋で洒落た印象を残します。ただまあこの手の作品を見慣れた人であれば、ある程度の予測はできるかもしれませんが。しかしながらそのことよりも、この作品で個人的に評価したいのは、悪魔的なテーマをピアノの超絶技巧テクニックという素材を絡めて扱っているところです。というのも、音楽における超絶技巧テクニックにはもともと悪魔的なイメージが付き纏っており、たとえばこの作品の原題でもありまた作品中でも演奏されるフランツ・リストの「メフィストワルツ」やタルティーニの「悪魔のトリル」などといったような超絶技巧テクニックが要求される器楽曲のタイトルからも分るように、人間技ではないような超絶技巧テクニックが要求される曲を弾くことは一種悪魔の仕業とも見なされていたところがあり、その点がこの作品ではうまく表現されているように思われるからです。それで思い出しましたが、クラシック兼ジャズピアニストであったアレクシス・ワイセンベルクがチャイコフスキーの第一ピアノ協奏曲を弾いているのを天井カメラから捉えた映像を子供の頃見た折、その目にもとまらぬ指の動きを見た私めはこれは人間の仕業ではないに違いないと思ったことがありました。この有名なチャイコフスキーの第一ピアノ協奏曲は、かつて「いい音楽は第一楽章から」などというフレーズとともにテレビコマーシャルで流され日本においてもポピュラリティが一挙に上がりましたが、チャイコフスキーが作曲した当時は演奏不能な曲であるとも見なされていた程の難曲であり、且つそれまでの華麗なピアノ曲のイメージからすれば恐ろしく重たい曲だったのです。ワイセンベルクの演奏を見た時は悪魔が憑いているのではないかとまではさすがにキリスト教徒ではないので思わなかったとは云え、いずれにせよピアノの超絶技巧演奏とは、この世に存在するあらゆるテクニックの中でも、あたかもエイリアンのような独立した生き物でもあるかのように指や腕が目にも止まらぬ速さで鍵盤の上を這いまくる動きからして最も悪魔の仕業に近いものを想起させるのは間違いのないところでしょう。このように音楽楽器の超絶技巧テクニックとは、神技であるというよりも悪魔の仕業であると見なされることがしばしばあり、キリスト教徒の目からすれば調和した神の創造世界をあたかもかき乱す偶像崇拝にも近い異教的なイメージで充満しているように表象される点が極めて興味深いところです。丁度現在、デビッド・フリードバーグというニューヨークはコロンビア大学の図像関係の専門家が書いた「The Power of Images」(The University of Chicago Press)というその名の通りイメージに内在するパワーについて豊富な歴史的実例とともに考察したなかなか面白い本を夢中で読んでいますが、意識的にせよ無意識的にせよ人類は古来よりいかにイメージの持つ強大なパワーに支配されてきたかがそこでは述べられています。勿論この本で扱われるイメージとは図像としての視覚的イメージが中心になりますが、必ずしもイメージとは絵画や彫刻などの視覚的な図像にのみ限られるわけではなく、音が醸しだすイメージであってもそれは心像として1つのイメージを構成するのであり、ピアニストの指の動きという視覚的なイメージと音という聴覚的イメージが結び付くことによりそこではよりパワフルな総合的イメージが形成されるとすら考えられるかもしれません。フリードバーグも述べるように、殊にキリスト教やイスラム教などの一神教の世界においては、偶像としてのイメージが持つ強大なパワーが常に恐れられ抑圧され、偶像破壊的な運動が絶え間なく繰り返されてきたのです。超絶技巧的なピアノ演奏が醸しだすイメージは、殊に西欧世界においてはまさしくこの偶像的とも呼べる異教的なパワーの表象であるが如くに捉えられていたようにも思われ、恐れられていたとまではいわずともだからこそ悪魔の仕業ではないのかという印象を見る者聴く者の心に強烈に刻印したのだとも云えるのではないでしょうか。つまり見る者聴く者をかどわかし惑わすことにより正統な信仰の道を踏み外させるような強烈なイメージが、そこには付随していたのではないかということです。メフィストフェレス的な悪魔伝承と超絶技巧的なピアノ演奏という題材を巧みに組み合わせた「悪魔のワルツ」という作品は、かくして西欧人が太古の昔から抱いてきた異端的なイメージに対する魅惑と不安感の入り混じったアンビバレントな態度反応が巧みに取り込まれている極めてユニークな作品であると見なして良いのではないかと考えられます。その意味では超絶技巧ピアニストを演ずるクルト・ユルゲンスのゲルマン魂炸裂する異教的なつらがまえは、気味が悪い程に役にフィットしていますね。ということで、お財布に余裕のある人は買っても損はない作品なのではないかと思います(amazon.co.jpではおよそ3000円也と記載されています)。


2008/03/08 by Hiroshi Iruma
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