夕暮れにベルが鳴る ★★☆
(When a Stranger Calls)

1979 US
監督:フレッド・ウォルトン
出演:キャロル・ケイン、チャールズ・ダーニング、コリン・デューハースト、トニー・ベックリー

左:コリン・デューハースト、右:チャールズ・ダーニング

暗闇にベルが鳴る」(1974)という類似の邦題を持つ作品がありましたが、それと同様サイコキラーものの作品であり、この手の映画の中では最も優れたものの1つです。サイコキラーもの映画というと50年代まではほとんど存在すらしなかったジャンルであり、大筋ではヒッチコックのポピュラーな作品「サイコ」(1960)をその嚆矢とすべきであるように思われます。この記念碑的作品「サイコ」が描く異常性、狂気性が極めて演劇的であるのに比べ、「夕暮れにベルが鳴る」では精神に異常を来たした殺人鬼の狂気的な行動が実にリアルに描かれています。外見はごく普通に見えながら、まともな人間には何でもない些事がきっかけとなって次第次第に態度振舞いが硬直化し、最後には狂気的な暴走に走る人物が、「夕暮れにベルが鳴る」では極めて説得的に描かれているのです。喩えれば、近年頻発する幼児虐待殺人の犯人はきっとこんなヤツに違いないと思わせるようなリアルさがあります。「夕暮れにベルが鳴る」の殺人鬼も幼児殺人犯ですが、この犯人を演じているトニー・ベックリーという俳優が役柄にピタリとマッチしていて素晴らしく、バーで喧嘩すれば居合わせた客に殴られて簡単にのびてしまうなど一見すると弱々しく見えながら、状況が悪くなると次第に狂気性が見え隠れし始める様子を、実にリアルに彼は演じています。そもそも、そのような役はオーディエンスに顔馴染みの俳優よりも無名の俳優(※)が演じた方が効果的であろうことが予想され、どう見てもリアルであるようには見えない「サイコ」のノーマン・ベイツやレクター博士のようなキャラクターを演ずるのとは勝手が違うのです。ところで、「暗闇にベルが鳴る」にも同様な傾向がありましたが、サイコキラーもの映画というと血糊にまみれたシーンがこれでもかと挿入されるケースが多いのに対し、「夕暮れにベルが鳴る」には全くそのような傾向が見られず、まみれるどころか血糊はほとんど一滴も流されず、純粋にストーリー展開のみでホラーサスペンスを盛り上げている点が高く評価できます。昨今のサイコホラー映画には、視覚イメージや聴覚イメージを駆使して単純に観客を脅かすことしか頭にないのではないかと思われるものが多いように見受けられ、「夕暮れにベルが鳴る」のドラマチックな展開を少しは見習った方が良いのではないかとすら言いたくなります。血糊など一滴も流さずに、コワいコワいサイコホラー映画を製作することが可能であることが分かるはずです。また、「夕暮れにベルが鳴る」は全体的な構成に工夫が見られ、主演のキャロル・ケインは冒頭の1/4と最後の1/4にのみ登場し、中間は全く登場しません。キャロル・ケインが登場するパートでは、姿を隠したサイコキラーに彼女が電話を通じて心理的に脅される様子が実に見事に描かれているのに対し、中間部では、同じサイコキラーが孤独なオールドミス(コリン・デューハースト)にしつこく付き纏う様子が描かれています。キャロル・ケインが登場するパートとは異なり、中間部では、サイコキラーは常に画面上に姿を見せており、のみならず精神に異常を来たした幼児殺人犯というよりも、むしろ誰にも相手にされないが故に不器用に彼女に近付き何とかお話をしてもらおうとする哀れな男として振舞っています。バーでしつこく彼女に付き纏って他客に簡単にぶちのめされるのもこの中間部においてであり、また太鼓腹を抱えていかにもフットワークの悪そうな私立探偵(チャールズ・ダーニング)に執拗に追い回され、脅すどころか脅されるのがサイコキラーの方なのです。つまり、最初と最後のパートでの巧みに姿を隠したサイコキラーが示す異常性は、実は中間部において示される脆弱なキャラクターの裏返しであることが説得的に伝わってくるのです。どうしてもコミカルに見えざるを得ないチャールズ・ダーニングがミスキャスト気味であることを除けば、この手の作品としては文句無しの出来であると言ってよいでしょう。ラストシーンが唐突であり、何かが欠けている印象を受けるというコメントもあるようですが、「夕暮れにベルが鳴る」は瞬間的な煽情性よりも持続的な緊張感にポイントが置かれており、ド派手な効果を期待するとそのような印象を受けるのかもしれません。

※IMDbによればトニー・ベックリーという俳優さんは新人などでは全くなく、かなりポピュラーな作品にもそこそこ端役で出演しており、むしろ「夕暮れにベルが鳴る」は、翌年ガンで亡くなる彼の最後の出演作であるようです。


2006/01/14 by 雷小僧
(2008/12/15 revised by Hiroshi Iruma)
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